第1深 最弱不敵。
この世界の全てはダンジョン化している。
地、海、空の全てがそうだ。
この世界は空さえも失った。
km単位上空を覆うはダンジョン壁。
それを見上げれば無数の光が無数の渦巻き模様を形作り密集していて…なんとも神秘的…もしくは不気味な光景が広がっている。
(…いや、この場合はダンジョン天井か…)
それでは語呂が悪いとされたのだろう。果てなく広がって見えるあの超巨大天井は天の蓋と書いて『天蓋』と呼ばれている。
ちなみに象徴的に光って滲むあの渦巻き模様は、ダンジョン共が吐き出す『魔素』が天蓋に堰き止められ、生まれたものらしい。
そうして『六属性』の魔素がせめぎ合い、照らしたり、暗くしたり、暖かくしたり、寒くしたり、雨を降らしたりと様々な気象を再現している。際限なく排出される魔素の余剰分はそうやって消費されていて───
という、ぼんやりとした思考を遊ばせる事でその男、『ソラ』(25歳独身、職業:探索者)は時間をやり過ごしていた。
ついでに今は亡き両親はこの『空を無くした世界』でなにゆえ、『ソラ』などと名付けたのか…そんな疑問を久し振りに想い返してみたり。
とにかくこのようにしてとりとめのない思考に心を委ねるしかなかった。こうでもしていないと頭がおかしくなりそうだったからだ。何故なら…
(昨日は色々…あり過ぎたし 知り過ぎた …)
──とある『ダンジョン国家』。
その統治エリアの一つである『11区』。ソラが住む『ニョルニ』というダンジョン都市はそこにある。
ここはそのニョルニ中心に建つ超々々巨大なビルディング『統治支局』、その玄関前。
…に、ある魔動バスターミナルだ。ターミナルであるので出入りするバスは当然多い。それらが向かう先は多方面に渡る。ニョルニ街内を巡るバスの他にも、エリア内ならニョルニ外の居住拠点を巡るバスもある。
そしてソラが今並んでいるのは『未討伐ダンジョン行き』のバス停留所。
その証拠に彼の他に並ぶ者も皆『探索者』だ。客層に相応しく他にない物騒な雰囲気を醸している。
その物騒に紛れるようにして一部同業者達から不穏な視線を向けられているのはとっくの昔に気付いているソラであったが、他路線が吐き捨てる排気魔素諸共、どこ吹く風としてバスを待つのだった。
やがて到着したダンジョン行きバスには他のバスにはない“ものものしさ”があった。
まずタイヤでなくキャタピラ仕様。角々としたシルエットを描くボディはぶ厚く何層もの板金で鎧われ、窓の全てが鋼の格子で覆われている。それはフロントも例外ではない。よって見通しが非常に悪く運転手には相応の運転技術が要求される。
(まあそこは『スキル』と『クラス』でカバーしてんだろうがそんな事より。…いい加減新調した方が良くないか?このバス)
この戦闘車さながらの設えは『魔物』の襲撃に備えてのもの。血の染みた板金に刻まれたキズや凹みや歪みを見るに、乗れば少なからずの危険が伴う事は…容易に知れる。
だがその程度の危険は探索者には付き物だ。車内のオイル臭にもセットで慣れているソラはさっさと乗り込み座席に座った。すると
「ようおっさん、ここいっかぁ?」
おそらく十代後半であろう。戦士風の若い探索者が声をかけてきた。
「…席なら他に沢山空いてるし、俺の名前はソラでおっさんじゃない…が、まあどうぞ。」
憤慨する程ではないが一応訂正しておくソラなのである。まだ25歳…十分に若者の範疇にあるはずだと彼なりの自負がそうさせた。
「ああすまねえなソラのおっさん。…ドッコイセ…っと」
ソラの訂正を軽く拒んで…要するに舐めた口をききながら若僧は隣に座った。一方のソラは動じない。伊達に『底辺弱者』を長年やってない。こうやって鬱陶しく絡む輩には慣れっこだった。
なので礼儀知らずなこの若僧探索者はとりあえず放置。キャタピラ特有の激しい振動に揺られながら、ソラはまた何気ない思考に没頭し──
そのままバスに揺られてしばらく。
窓の外には放置され錆び朽ちた旧世代車両が道路脇へ雑にどかされていた。重ねられたそれらが魔物よけの防壁がわりにと延々連なっているのだが、その効果は申し訳程度でしかない。バリエーション豊かな魔物達には、こんな防壁などものともしない種がざらにいる。
そしてそんな防壁もどきに挟まれて延びるこの道も道路と呼べるものではなかった。舗装は割れ…というか砕けている。せめて瓦礫の撤去だけでもすればいいと思うが、対魔物の護衛を付けた大規模工事など、あまりにコストがかかり過ぎる。
まぁこんな悪路を想定してのキャタピラ仕様。ここぞとばかりに本領発揮……すればしかし、その代償として車内の揺れはさらにと増す。上下左右に翻弄され乗り心地は最悪だ。でも耐えるしかない。居住区を一歩出れば、どこもこんなものだから。
そうやって『激しい揺れとそれによる強制的な視界誘導』に耐えること、数十分。その視界に偶然入ってきたのは、遠くに廃墟然と朽ち建つ高層ビル群。そのシルエットはいかにも脆い感じだ。
風化途上にあるそれらが生むダストのせいでボンヤリとしか見えないが、その霞みの中を飛行系の魔物が飛び交っている。
文明の荒廃を表すならあれは極み。『地獄門の向こう側』を彷彿とさせる風景だ。普通ならそう感じて当然なのだろうが、『ダンジョンに潜る』を仕事とする探索者にとってあの程度の荒野風景は見慣れ…いや、見飽きているし、何かのバックストーリーでもなければ見て楽しむものではない…。
そう思ったソラは窓から視線を外した。
そしてうつむき、目をつぶる。
後はもうこの揺れについても諦めて到着までこの姿勢を維持する……つもりでいたのだが。
「──なぁ、おっさ……いや、ソラのおっさん。その腕、どうしたんだぁ?」
先程の若僧探索者が話しかけてきた。暇つぶしなのか知らないが、口調の方は不躾なままだ。
ソラの肩口は着込んでいる軽鎧のショルダーガードに隠れ見えない。だがその下では元々右腕など無かったかのように滑らかな皮膚に覆われ…そのついでに革鎧特有の蒸れた匂いにも包まれ…いや、つまりはしっかり欠損している。
無遠慮にもこの若僧探索者はそれを指摘してきたのだ。なので、
「見ての通りだが?」
無遠慮には無愛想。ソラの返事は素っ気ないものだった。
「…へえ。確か昨日はあったよな?右腕。」
若僧の方はまだこの無遠慮を引っ張るつもりのようだったが。
「ああ。失くしたのは昨日だからな。」
ソラの対応はあくまで素っ気ない。
「はあ?欠損した昨日の今日でもう『クエスト』受けんのかよ?……必死だねえ。『底辺探索者』は生きるだけでも大変って事スかw」
ソラの素っ気なさに苛ついたのか、若僧探索者の口が悪い形に歪み出す。口調も嬲るようなものに変えてきた。口臭にまで小狡さを感じる。しかし、何度も言うがソラはこういうのには慣れっこだった。なので。
「ああそうだ。大変なんだ。」
その返しはやはり素っ気ない。あえて堂々と肯定したのはここで話を打ち切る気満々だったからだ。
…それに、若僧探索者の指摘は間違いでもない。実際、『生きるだけでも大変だ』…とちょうど今痛感していた所だ。
(はぁ…きっと…、こんな訳の分からない種族になってもそれは変わらないんだろうなぁ…)
──まあ、力を得たのは有り難いが。
(…ホント、厄介な事になったもんだ。)
一旦脇に置いていた昨日の出来事が脳裏に過る。暗鬱たる気持ちも復活した。それは顔に出ていた。貫いていた無愛想に引き続きこのしかめっ面。若僧探索者はそれが気にいらなかったのか、
「おいおい眠たい事言ってんなよおっさんっ!」
突然語気を強め、尚もと言い募ってきた。何の執念が働いてこうなのか。本当にしつこい。
「利き腕を欠損して次の日すぐ復帰だあ?そんなもんどう考えたって普通じゃねえだろっ!」
「…話が見えないな。何が言いたい?」
「なぁ…前からおかしいと思ってたんだよ。何度死にかけても毎日毎日凝りもせずクエストに向かえちまうあんたの神経とかさ…なあおっさんよ。察しろって。」
その疑問に答えるなら『度が過ぎた諦めの悪さと皮肉に溢れた悪運』…これに尽きる。そう思うがしかし、言いたくはないソラ。答えるならばやはりこれしかない。
「うーん…だから。さっきからお前は何が言いた──」
ガコっ!
──これは。
年長者であるソラの鼻っ柱が若僧の肘鉄によって打たれた音。躊躇いのない一撃…荒事を得意とする探索者らしい動きだった。
( うーん…これ… )
座席に空きがある中わざわざ隣に座ってきたのは……腕を欠損している右側から攻撃すれば咄嗟の防御など出来るはずもない…そう見込んでのことか。
(…って事はこの若僧…端からこうするのが狙いで近付いてきたのか?)
…と、鉄臭元となった自身の鼻を押さえながら考えるがしかし、ソラはまだ動じていなかった。その無抵抗を怖じ気と勘違いした若僧探索者はさらにと調子に乗ってくる。
「察し悪りいおっさんだなぁオイ。美味い話あんなら俺にも一枚噛ませろって話よ。なぁ…なんか握ってんだろ?欠損再生は無理でも、重症を一発回復させちまうような手段をよぉ」
どうやらこの若僧探索者はソラが何らかの特別な回復手段を独占していると思っているらしい。誰も知らない薬草の群生地なり、秘薬のレシピなりを秘匿しているのだと…
当然、どれもソラには預かり知らぬ事。見当違いも甚だしいし、しかもこの若者にしてみれば『これは義憤からの行動である』と信じているのだから笑える。
『もしその秘匿が事実ならばあんな…スキルの一つも持たず、探索者の底辺を這いずる者が独占していいはずがない!そうだろう!?』
…という先輩にあたる探索者達からの唆しを鵜呑みにしたこの若者は、『大義は自分に有り』と信じ込んだ。それでこんな人目のある場所でこんな恐喝紛いの事をしている。これは若さゆえの短絡。
……まあ、その先輩探索者達はこの若僧をソラの反応を引き出すための囮にしただけ。この若者も話の流れによっては…というか計画上消えてもらわなければ困る…という、もはや語る価値もないゲスな算段があって…
…いや、
語る価値もないなら語っても仕方がない。その真相のあたりは端折るとしよう。
それにこの程度の非道はこの非情な世界では日常の類いだ。一般教養の域すら出ない…つまり誰にとっても他人事ではないが、誰かの興味を引ける話でもない。そんなレベルだ。
…そしてこういった安い企みなど簡単にひっくり返してしまうような特大の災難に見舞われる事もよくある事……でもないが。
まあ実際にある。
──例えば、こんな風に。
ガッゴォオオオオォォォォォォンンッッ!!
「──ぅおぉ?」
精一杯凄んでいた最中にバスが急制動し、それに不意を突かれた若僧はつい間抜けな声を上げてしまった。それに続いたのは、
「ひ…な、なんで───!」
引き攣った悲鳴。それはバスの運転手があげたものだった。それにさらにと続いたのは、
ガ、弩ゴオォンッッ!!ガシャアアアアアアッパリパリ…ッ
この超重車両を揺らす凄まじい衝音。衝撃に耐えられず窓ガラスの多くが割れた。飛び散るガラス片から目を守りつつ外を見れば、
ガゴオオンッ!ドガアァッ!ボゴオォンッ!バガアァンッ!ドゴオォンッ!ボガァアンッ!
…目を血走らせ、垢で練り固めたような髪を振り乱し、食いしばった口端から大量の唾液を散らせ、この装甲バスを乱れ打つ、
鬼ども──オーガの群れ。
頭頂に生やす角の根本から全身に及ぶは超常的節骨の節くれ。醜と剛を高次元で融合させた怪物ども。それが大挙して肉迫していた。その血生臭い口臭を、ガラスを失くし歪んだ格子越しに届けてくる。
それを見た若僧探索者は総毛立った──自分は今──逃げ場なき密室にいるのだと。咄嗟に後ろに控える先輩探索者達に視線を送るが
(ああ…駄目か)
どの顔も驚愕と絶望に固定されている。どうやらこの先輩方は頼りにならない…そんな事に今更思い至ったその時。
「はあ……早速これか」
聞こえた。すぐ横から。溜め息混じりの呑気な声が。その場違いな頼もしさを手繰るようにして見てみれば──
「ソラの…おっさん…?」
あの、、最弱のはずの。
…若僧探索者はゴクリと唾を飲み込んだ。そして先程までカモと見定めていた男を、じっと見る。
彼が見せる相変わらずの動じなさを。この絶望空間の中で唯一『どう戦い抜けるか』を思案してそうなその、不敵なる面魂を。
──あまりに急な絶対絶命。
それにより追い込まれた本能がそうさせたのか。それとも若いなりに培ってきた探索者的勘でも働いたのか。
──生き延びるにはこの男を頼るしかない。
何故かそんな事を考えている自分がいた。…それを不思議に思う余裕すら、もうこの若僧探索者にはなくなっていたのだが。
《クレクレ劇場。》
若僧「──なぁおっさん……いや、ソラのおっさん、遂に始まっちまったなぁ?」
ソラ「見ての通りだが?」
若僧「ああ!?眠たい事言ってんなよおっさんっ!」
ソラ「…話が見えないな。何が言いたい?」
若僧「なぁ…前から思ってたんだよ。毎日毎日凝りもせず投稿するために、一体どうやってモチベ保てばいいか…なあおっさんよ。察しろって。」
ソラ「うーん…だから。さっきからお前は何が言いた──」
ガコォッ!
ソラ「うぁぃとぁっ!?なんで!?」
若僧「察し悪りいおっさんだなぁオイ。『感想』書いてもらったり『ブクマ』してもらったり『レビュー』もらったり『評価採点』してもらったり…そーゆーモチベ爆増の美味い話あんなら俺にも一枚噛ませろって話よ。
なぁ…なんか握ってんだろ?エタりそうになっても一発回復させちまうような手段をよぉ」
ソラ「いやお前全部言っちゃってんだけど!?」
若僧「──ぅおぉ?」
ソラ「ああもう今度はなんだ一体?」
若僧「何も押さずにプラウザバックするつもりか?そりゃないぜセニョール!?」
ソラ「セニョ…?いやお前誰に言って──」
運転手「ひ…な、なんで───!」
ソラ「そしてお前も。何なんだ…つか誰なんだ。」
…という訳で。
ダンジョンがある世界。
なので当然魔物が蔓延る危険な世界。
しかも全てがダンジョン化した世界。
探索者達の活躍の場は事欠かない世界。
スキルやクラスがある世界。
荒廃してはいるが文明はそれなり、
でも中世チックでなく、
現代でもない世界。
そして、底辺探索者のソラ。
記念すべき第一回なので世界観を丁寧に描きました。
この世界に何が?気になる!
そんな読者様のために1月3日までは
連日投稿は当然として、
毎日3話くらい投稿しようと思ってます。
今後ともよろしくお願いします!