前章―『Chapter2「産まれながらに強すぎた(前編)」』
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――Chapter2「産まれながらに強すぎた(前編)」――
エルダランド王国を統べるヴェイガード家。偉大なるタンベラの子孫として敬われ、数百年もこの地を治めてきました。
しかし、長い年月を経る内に人々は過去を忘れていくものです。遥か古にある竜の伝説より現代の情勢にこそ興味と重きを置くようになりました。
帝国として大陸に君臨してきたアプルーザンですら、この頃には「国民をないがしろにしている」と強い反発を受けています。そのあおりを受けて、当時の皇帝は都を移して新しい制度を定める必要があるとまで考えていました。というより、周囲からそのように突き動かされていたのです。
ダリアの子孫とされるブローデンですらその有様ですので、ヴェイガード家も過去にあったような絶大絶対なる統治を行うことは難しくなっていました。
ウェイリー王はしかし、時を同じく生きる皇帝と同じ穏やかな心の持ち主です。民が望むのであればそれに合った国の形を成しても良いのではないかとも思っていたようです。
ですが、両者共にこれも同じく……。
その後を継ぐとみなされる者たちは別の考えを持っていました。
エルダランドの【アイザード王子】は非常に野心的な人です。病弱な兄に代わって自身が次の王となり、過去にあったとされるヴェイガードの強い支配を再び取り戻そうと考えていました。
そのために幼い頃から勉強に励み、身体を鍛えて心身共に優れた指導者になろうと努力を続けてきた人です。
10歳にもなると国家の重鎮が集う国政会議に出席したり、兵士を連れて城下を周り、威厳を示して自分という存在を周知させようと頑張っておりました。これに従う家臣も多く、「弱い王家」を嫌う人たちが現状に不満を抱いていたことは事実です。
ところが、すっかり国民は平穏な日々に慣れ切っており、アイザード王子のこのような威圧的な振る舞いをあんまり良くは思っていなかったようです。王様もまた、度々彼の振る舞いに対して「怖がらせるのはよくない」と注意しています。
王様の言葉はあまりアイザード王子に届いていなかったようです。統治者として自分の方が優れていると王子は強い自信を持っていたのでしょう。
そんな王子に弟が産まれました。それはリッキーです。
リッキーは産まれてすぐに四つん這いで歩いたとされますが、生後1週間後には立っていたともされます。むしろ歩き回って汚れた下着を勝手に脱ぎ捨てていたとも記録にあるようです。
話し始めるのも早かったようで、生後1ヵ月もすると「おっぱい! おっぱい!」と王妃様を呼んでいました。「ママ」よりも先に覚えた言葉がそれだったようです。
王妃様はすっかりリッキーを可愛がっておりました。王様も成長がやたらと早い我が子を「やはり奇跡」と口癖のように関心して愛でていたようです。
リッキーは生後半年もするとすっかり世界になれたようです。彼はお城の廊下を我が物顔で歩き回り、厨房の入口で仁王立ちする姿をよく見かけられるようになりました。
完璧に生えそろった乳歯をニヤリと口元からのぞかせて「おじちゃん、ごはんまだ?」と王宮のシェフに催促するのが日課となっていたそうです。
リッキーが1歳になった頃にはある程度の生活ルーティンが出来上がっていました。
朝起きて歯をみがき、顔を洗ってお城の使用人たちにあいさつをして周り、誰よりも早く朝食のテーブルに腰掛けて図書室から持ってきた絵本を読みあさる……。
誰よりも早く起きて日課をこなした後。あしを組んで椅子に座り、お城の豪華なダイニングルームで「ママ、パパおはよう!」と、片手でサインを送りながら両親を迎えたとされます。その姿は今も絵画としてエルダランド王国に残っています。
普通では考えられないほど成長が早く、何をするにしてもすぐ覚えるリッキー王子。この姿に王妃様は愛おしさと頼もしさを感じつつ、少しの心配があったようです。あまりに特別すぎて、平凡な自分の近くにあることが窮屈になってしまうのではと不安でした。
しかし王様は少しも心配など無く、リッキーの全てに「さすが奇跡!」と関心しきりです。彼をよくほめていたようで、2人の兄にも「すばらしい弟だ。よくめんどうを見ておくれよ」と言いつけたとあります。
リッキーもまた両親を愛しました。すっかり自立して活動するようになっても夜は母のそばで眠るようにし、ひまさえあれば父の仕事ぶりをながめておりました。
お城の使用人たちもリッキー王子を愛しました。あまりに異常な成長速度を畏れる者もありましたが、それも王子のくったくない笑顔であいさつをされると親しみへと変わりました。
だれを相手にしても偉そうににすることなく、平等に親しく優しく、それでいてず太い貫禄があり……彼がまだ3歳の頃にはもう、1人の立派な王子として周囲は彼に敬意と信頼を置いていたようです。
そうして周囲のだれもが彼を親愛するようになると、お城の中であることをささやく者が現れます。
この頼もしい王子こそ「次の王様にふさわしいのではないか?」……と。
そもそも。『竜の奇跡』とされる存在はブローデン家でもスローデン家でも、歴史の中で基本的にその家を継いできました。最も竜の血が濃く現れている存在こそ当主として相応しいと考えられるからであり、これはヴェイガード家でも同じです。
王様も考えてはいました。リッキーが5歳になった頃にはすでに木剣を振るって武術の修行も始まっており、学問への姿勢も問題ない様子から「やはりこの奇跡こそ……!」と次の王様として彼を意識するようになっていたようです。
…………が、しかし。
エルダランドには当時、すでに2人の王子様がおりました。長男のキャレルは年を経るごとに体調不良の傾向が強まり、とてもまともに王座に座っていられる状態ではありません。本人も「私に王位は無理なようです」と王に謝罪をして身を引いています。
問題は次男です。それはエルダランドの王子として当時最も名をはせていたアイザード王子です。
アイザード王子はリッキーより10歳も年上で15歳にもなるとすっかり立派な青年に育っておりました。学問にも熱心で武術の修行も欠かしません。そして国民やお城の使用人、家臣たちへ“存在感”を示すことも欠かしていませんでした。
年を経るごとに弱まる国の力。帝国への人材流出に国民の危機感欠如。頼りの鉱山資源も採掘量が減少傾向にある経済……それらを踏まえて、アイザード王子は「強い国家」を取り戻すべきとする思念を強めておりました。
そして、そのためには“自分こそ”が必須であり、だからこそ日々の努力を怠らなかったと自負していました。つまりは「強い自分が治める強い国家」こそ彼の望みだったのでしょう。
そんなアイザード王子から見たリッキーとはどのような存在だったのか。
努力によって“自分の権力”として取り込んだ周囲の人々。単に産まれて生きているだけで“親愛”を得ていく年の離れた弟。
お城のうわさ話しが耳に入ります。「ほんとうにふさわしい次の王様はだれか?」――そのうわさを聞くたび、アイザード王子は自分の存在を誇示しました。そうした変なうわさを聞き逃さないよう、音に集中して生活するようになりました。
そうして生活に工夫をし、どれだけ努力を続けても……日に日に周囲の視線は自分からそれていくのを感じます。
アイザード王子が耳をたてていると家臣たちはうわさをひかえるようになりましたが、注目と視線だけは隠せません。アイザード王子は自分の近くにある人間の数が少しずつ減っていることに敏感でした。だから近くに居るように、人を呼びつけることも増えました。
王様の近くに姿を現すことも増えました。あいかわらず小言に聞く耳はもたず、「こうした方がよいのでは父上?」と助言をするばかりですが、ともかく王の意識の中にあろうとしたようです。そして幼い弟を「まだ早い!」と叱って玉座から遠ざけます。
リッキーは兄の言葉を受けても「わかった、後で遊んでね!」と怒りもせずひるみもせず。ニッコリとほがらかに笑ってどこかへと別に遊びに行きました。そうしたふてぶてしい弟の背中を兄はにらみつけます。
ウェイリー王は我が子兄弟の様子をだまって見ておりました。王は理解していたのです。軽く扱われながらも、これまでのアイザード王子をだれより見てきたのは王様です。もちろん、王妃様もこの向上心に満ちた息子のことを気にかけておりました。
そうした両親の愛情はリッキーが産まれても変わりません。しかしアイザードからすれば確実に自分を意識する時間が減っていることが解ります。
仕方がないのです、新しく子供が産まれれば両親の時間はその子にもさかなくてはなりません。決してそれまでの子をないがしろにするつもりはなくとも、両親の時間を増やすことはできないのです。
ですが、アイザードは両親が自分への愛を薄めていると感じます。
それまで焦りというものと無縁だったアイザード。だから両親の愛情など当たり前として気にもしていなかったのでしょう。それが強力なライバルが現れたことで意識するようになると、とたんに喪失感におそわれました。
長男のキャレル王子はそうした気持ちを察してか、よくアイザードに会いに行っていました。しかし、アイザードは優しい兄のことを親愛はしているものの、病弱な彼のことを尊敬するまでには至っていませんでした。だから彼の言葉にも話し半分だったようです。
そして――リッキーが7歳になった頃。王国にとっての伝説であり、アイザード王子にとっての悲劇が起きます。