前章―『Chapter1「産まれながらに強い」』
――この世界には『竜の奇跡』と呼ばれる存在があります。『竜の奇跡』は特別な血統を持つ一族の中からごく稀に産まれてくる人です。
特別な血統というのは「ブローデン家」「スローデン家」「ヴェイガード家」の3つの一族を意味します。それらは伝説にある【竜】の末裔とされる一族です。
グランダリア大陸を見守る陽射しのように輝かしい母、始祖竜ダリアは伝説において人間となりました。その子孫が「ブローデン」だと言われています。また、彼女を支えた守護竜ヴリンベルも人間となって「スローデン」の始まりになったと言われています。
そして彼らの友人であり、人々を導く為に同じく人間になった「タンベラ」の血統こそは「ヴェイガード」とされているのです。
これら3つの家にある人々はこうして特別な始まりがあるとされていますが、だからといって彼らが特別に人間らしくないところはありません。
確かにブローデンは帝国の皇帝として今も特別な立場ではありますが、ほとんどは普通の人間となんら変わらないのです。化け物のように強かったり頑丈だったりもしませんし、一般的な範疇での魔法を扱うに少々長ける程度でしょう。
ほかのスローデンとヴェイガードも同じで、それぞれ特別な地位にあったりあったとしても普通の人と大きな違いはないのです。
しかし。それら3つの家に産まれた人の中に、ごくごく稀にですが……明らかに普通の人間とは言えない存在が生じることがあります。
まるで過去にあった竜が乗り移ったかのような、その力を欠片でも噴出させたかのような、人間としては異常に“強く”、“頑丈”な個体……それこそが『竜の奇跡』です。
『竜の奇跡』は見た目こそ普通の人間と変わりません。ですが明らかに人間の常識を超えた力をもっており、時折歴史上に出現しては何らかの奇跡や強い印象を残していきます。かの破壊帝、サルダン=ブローデンは最も有名な存在でしょう。
さて、そうした歴史に出現した『竜の奇跡』の1人として――
先導竜タンベラを祖とするエルダランド王国には「勇者の伝説」が残っています。それは長い王国の歴史において「最も強い奇跡」と呼ばれる(元)王子の伝説です。
彼が産まれたのは雲一つないある日の早朝。エルダランドのお城に三番目の王子としてこの世に姿を現しました。
誰もが産まれた瞬間こそ、それが『竜の奇跡』であるなどとは・・・・・割と察した人も多かったらしいです。
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|エルダランドの勇者物語 ~前章、王子と王子~|
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――Chapter1「産まれながらに強い」――
記歴770年。かつて技術の発祥地として文明の最先端にあったエルダランド王国は見る影もなく、すっかり大人しくなっていました。
長い時間の中でアプルーザン帝国に人材が流れ出たことも原因とされますし、大きな戦乱において特別良い活躍が無かったことから凋落したとも言われます。悪く捉えればすでに没落し始めていたとも言えますが、良く捉えれば平和だったとも言えるでしょう。
ウェイリー=ヴェイガード王の統治もそうした世相を踏襲するかのように穏やかなもので、王は争いを好まず平穏を愛していました。
王にはすでに2人の王子が産まれていて、その内長男であるキャレル王子は産まれながらに病弱でした。彼は勉学を好み聡明ではあるのですが常に体調が優れず、度々瀕死になるほど落ち着けない人生を送っています。
一方、次男であるアイザード王子は健康であり、尚且つ兄と同じく勤勉な様子もありました。ただし、彼は幼少期から戦記物をこよなく愛し、陰りの見える王国の現状をこころよく思っていなかったようです。そして槍術を始めとして武術を数々学び、「ゆくゆくは自分こそこの王国を率いるのだ!」と強い自負心と責任を感じておりました。
王様をはじめとして周囲の人々も「アイザード王子こそ世継ぎになるだろう」と考えていました。兄のキャレルも同じ考えであり、まったく競争心もなく弟の未来を応援する立場にありました。
記歴770年はアイザード王子が10歳になった年です。つまりは10歳になる前から周囲にそのような期待を抱かせるほど、彼は精力的な存在だったと言えます。
そうした時期に……王妃様は身ごもり、通常では考えられない早さでお産の時を迎えました。お腹に子があると解ってから3ヵ月のことだったと伝えられます。
当時の人々は「大丈夫なのか」と心配していました。あんまり正常ではない様子なのでちゃんと子供が産まれるのか、王妃様は無事にいられるのかとハラハラして時を過ごしたことでしょう。
王様こそ最も心配していた人であり、あまりの心配で寝不足になり食欲も減ってすっかりやせてしまったと伝わります。
そうした周囲の心配の中……ついに王妃様は三番目の子を産みなされました。
産まれたのは男の子。それも至って健康体で元気な子でした。
「うぉあー! うぉあー!」
と泣き叫ぶ(?)赤子を見て周囲は安堵しました。王妃様もむしろ苦しみ少なくお産を終えて愛おしそうに我が子を見つめます。
しかし、それがなんとも……元気なことは結構なのですが少々様子が変なのです。
「うおあぁぁ~~……あ。ふわぁ~~お……ううむ」
この世に産まれ出でた赤子はもっとこう、泣き叫んで取り乱したようにするものです。健康に産まれたのならば尚更そうなるでしょう。
それがこの赤子は太々(ふてぶて)しく。少し泣き叫ぶ……というより雄たけびを上げた後にすっかり落ち着いてしまいます。そして目をこすって薄目にチラリと、周囲を観察し始めたのです。
周囲にあった医師や使用人達は「睨まれている気分だった」と、とても産まれたばかりの赤子とは思えない圧力を感じたことを書き残しています。
随分と態度の太い赤子ですが、ともかく彼はこの世に産まれました。
神殿で祈りを続けていた王様もすぐに駆けつけ、我が子を抱き上げます。この王様に対しても赤子は強い眼差しを真っすぐに向け、高々と挙げられてもまるで動じず、まゆをひそめて面倒そうな表情をしていました。
王様は直感します「これは強い子だ……」と。巧みに指先を用いて耳をほじっている我が子に“普通ではない”と期待を抱きました。
王様は赤子を抱いたまま神殿――始祖タンベラの霊廟へと向かいます。そして竜の伝説が記された石碑を前にひざまずきました。
「おお、偉大なる我が先祖よ……もしやこの子はあなた様の奇跡でありましょうか?」
王様の問いに石碑は答えません。しかし、代わりのように赤子が「あー!」と叫び、そして石碑に向けて手を伸ばしました。
王様は恐る恐るに赤子を霊廟の床に下ろしました。硬い石の床に産まれたばかりの赤子を置いて……自分は何をしているのだと思いつつ、王様は気が付くとそのようにしていました。
床に置かれた赤子はさも自然かのように床を這いました。手足を用いて四足歩行に進み、竜の石碑を前に止まってそれに触れたのです。
そして王様の方を振り返り、ニッコリと満面の笑みを浮かべて「んあー!」と唸ったそうです。
キャキャとはしゃいで石碑を叩いている我が子の姿を見た王様は「ああ、竜の奇跡よ」と呟き、涙を流したと言われます。石碑がよだれだらけになって雑に叩かれている様子を見てもそれを止めようとはせず、ただただ歓喜にむせび泣いていたそうです。
産まれた赤子は『リィンダイト』と名づけられました。これは王国の鉱山から希少に産出される宝石の名称から取ったものです。
リィンダイトは王国の象徴色でもある紺色の宝石で大変加工が難しいものの、非常に頑丈な鉱石としても知られます。
しかし、後の世にも彼はこの真の名よりも愛称で呼ばれることが多いです。それは彼の人柄や彼自身がそのように名乗っていたからでもあるでしょう。
リィンダイト王子――すなわち【リッキー=ヴェイガード】はこのようにして産まれました。
晴天の日。城下に集った群衆に向け、掲げられたリッキーの姿に城を揺るがす大歓声が上がり、人々は竜の歌を奏でて喜び合います。健康無事な王妃様の姿にも、惜しみない拍手と歓声が上がりました。
王国の誰もがその出生を祝福し、10年ぶりの祝賀ムードの中、国民もそろって宴に酔いました。
ただ、1人を除いて……。
『エルダランドの勇者物語 ~第一章、王子と王子(1)~』