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後章―『Chapter12「机の上の幻想」』

******************************



――Chapter12「机の上の幻想」――



 エルダランドのお城。そこにある王の間に家臣たちが集っていました。もちろん、王様も玉座に座っています。


 みんなそろって顔色が悪いです。それはきっと、紺色の絨毯じゅうたんの真ん中に立つ人の姿と、“彼女”が行う報告に身を震わせているからでしょう。


 赤黒いコートで身を包んだその女性はアプルーザン帝国からつかわれてきた魔術師です。彼女はすっぽりと頭部をフードでおおっており、その髪色もわかりません。表情も口元を薄い布で隠しているので、見ただけで性別を判断することは難しいでしょう。


 そうして王の間に立つアプルーザンの魔術師。彼女は少し強い口調で王様になにかを報告していました。


 魔術師が言うには――


「――確かにあなたがたの王子はくだんの魔女に使える3人の魔法使いたちを倒し、魔女そのものも追いつめて……彼女の破滅はめつを誘いました。それ自体は賞賛しょうさんすべきこととも思いますし、うわさに違わぬまことの奇跡なる存在と認めましょう。

 ……ですが。貴国の王子はそれ以上に危険な存在だと言わざるをえません。帝国の遣いであるこの私を布袋に包み、誘拐し、乱暴な扱いで山へと運んだ挙句あげくに……魔女討伐の生き証人となるよう強要したのですから。この行為は一国の王子として問題ある行動であり、我々アプルーザンとしても遺憾いかんの意を表する次第です」


 次々と事実を並べられて、王様は呆然としながらも顔色をどんどん悪くしていきます。それは周囲の家臣たちも同じです。


 冷え切った王の間の空気も構わず魔術師が続けます。


「――そもそも、私からすれば魔女とその側近である3人の魔法使いの情報を得た段階で“これならバシャワールで対応できる”と判断できていました。あとは陛下の了承を得た上で改めて仲間と出向き、対応する算段もありました。過去にあったような強大な勢力もない魔女たちならばこのような無謀むぼう野蛮やばんな手段を用いる必要もなかったのです。実際の彼らを見てもそのことは確信に変わるだけでした。

 あなたたちの王子はつまり、そうした事実を無視して“自分の力を誇示するために”このような蛮行ばんこうおよんだと言わざるを得ません。彼はかつての“赤トカゲ”以来に大きな活躍の場を得たと、今回の問題をそのような認識であったのでしょう。よって、軽率にも帝国の使者を縄で縛って無理やりに誘拐し、精神的に監禁かんきんするという犯行を実行したのです……帝国と貴国の関係性など軽く見ているのです。ええ、それは我々にとって大変に侮辱ぶじょく的なことです。

 さて……報告は以上となります。陛下、このことに関してどのようにお考えでしょうか? ああ、申し訳ありませんが今度はあまり待てません。即刻に本国へと報告を行いたいので――」


 アプルーザンの魔術師はそう言ってやっと口を止めました。その頃にはすっかり、王の間にある人々は蒼白そうはくした表情で彼女のことを見ています。


 エルダランドのウェイリー王はしばらく呆然とした後に「あ、うん……報告、感謝する」

とだけ言ってまただまってしまいました。


 家臣たちもざわざわとして「帝国を怒らせてしまう」「交易こうえきを止められたら我々は終わりだ」「まして攻め込まれでもしたら……」と、話題は国の心配でもちきりです。


 王様は玉座のヒジおきにひたいを着けて「う~~ん」とうなっています。


 そうした様子を見たアプルーザンの魔術師は言いました。


「陛下、今回のことをまるでまったく問題とせず過ごすことは……あまり良い案ではないでしょう。これまでの度重なる怠慢たいまんとした貴国の対応に加え、このような横暴おうぼう。それに彼が今後この国にどのような立場を得るのか……それによっては帝国として強い警戒としかるべき関係の見直しを必要とすることを、ここに申し上げておきます」


 鋭い眼差まなざしがフードの下からのぞいています。冷たい目つきに見られた王様はサッと顔をふせてそらしました。


 そうしてどうにか答えます。


「……わ、我々エルダとしてもそちらとの関係を悪くしたいなどとは決して思わん。これからも良き友人として、良好な関係をきずいていきたいと考えている。今回の件に関しても、わしとそちらの皇帝とよく話してだな――」


「皇帝陛下は現在、病床に伏しておられます。代理として……交渉するならば“皇子”と行うことになるでしょう……ええ、ユウマ=ブローデン様は帝国をこよなく愛するお方です。そして、そのためには甘えた考えを一切許さない方でもあります。どうか、殿下の機嫌をそこなうことがないよう賢明けんめいな“処罰”をご検討けんとう願います」


 ウェイリー王は愕然がくぜんとした表情で口を開いて固まりました。友人であるシラード帝は平和を愛する人でウェイリー王とよく話しが合いました。今回のことを聞いても、きっとなにか穏やかな解決を望んでくれたでしょう。


 しかし、長男であるユウマ=ブローデンは父親とまるで異なります。


 常人である皇帝とは違い……ユウマ皇子は竜の奇跡として産まれ、後の皇帝となるべく周囲からも期待されて育ちました。そして自らもそのことを自覚して研鑽けんさんを重ね、今では皇帝よりも国の中心にある人物です。


 シラード帝が病と高齢であることから倒れると、いよいよ彼の権力は増大しています。永遠の老婆が率いた全盛期の教団を壊滅かいめつさせたのも、くせの強い帝国各地の精鋭集団を彼がきっちり統率しきったからです。


 そして、ユウマ皇子はとても“帝国を愛している”ことでも知られていました。より正確に言うと……“強い帝国”を望んでいるらしく、帝国の栄光に傷を付ける行為は一切許さない強硬きょうこうな姿勢がハッキリとしています。


 祖竜ダリアへの信仰も深く、彼女の頭蓋骨ずがいこつとされる骨のドームに落書きをした青年に対して“決闘”を申し込み、それによって青年を2度と立ち上がれなくしたとする記録も残っています。


 もし、そのような人物が今回にあったリッキー王子の犯行を聞いたら……とても“無かったこと”になどしてはくれないでしょう。


 ウェイリー王は頭をかかえてうなります。実際にユウマ皇子と会ったこともあるので、なおさら「ただでは許してくれない」と実感があります。なにかしら、エルダランドとしての対応をしなければ……。


 頭をかかえてうなだれている王様。玉座から聞こえてくる苦しそうなうなり声に「ふぅ」と、魔術師はため息をはきました。


「決めた対応はそちらで帝国へと遣いを出してください。私は先に戻って、事の報告を急ぎ行います。何にせよ、帝国の脅威が1つ消えたことは事実ですから――」


 そう言ってその場を去ろうとする魔術師に、王様が「待って!」と慌てて声をかけました。


 机から身を乗り出している王様に対して、アプルーザンの魔術師はフードのすきまから見える視線を、真っすぐに向けます。そして、口元を隠す薄い布をとりました。


 表情をあらわとして、魔術師の女性が言います。


「これは間近で“彼”を見ていた私見なのですが……リッキー王子の行動には責任がともなっていると思います。きっともう、あなたの息子は子供ではないのでしょう。そしてそのことをだれよりも望んでいると――――そう、感じました」


 魔術師の女性は「……余計なことを言いました」とすぐに口元を薄い布で隠し、一礼して玉座に背を向けます。


 紺色の絨毯じゅうたんを歩く魔術師。その背中にある竜角の紋章。


 家臣たちはだれもが彼女をおそれ、その姿が王の間を出たことで「ホッ」と安心を覚えています。


 しかし、王様だけは違いました。ウェイリー王は彼女が残した言葉について考え、そしてリッキー王子の幼い頃の姿を思い浮かべています。


 ――幼い頃から知っているのは当然です、父親ですから。王様は彼の成長をずっと見守ってきた1人なのです。


 だからこそ、彼が今回のようなことをしてしまった理由を……あの日に見た王妃様の涙を無視するような行いをどうして……。


 たしかにここ数年はふざけたことばかりしているリッキーです。しかし、彼は遊びで国の危機をまねくようなことをする人でしょうか。そのことに気がつかないほど、ふざけてしまっているのでしょうか。



 今も責任感が強い兄に気をつかっている彼が、果たしてそのようなことを……。



 そうして王様が黙り、静かに考え事をしていると。いきなり、王の間にあるとびらが勢いよく開かれました。


 開かれた扉の先には紺色の甲冑かっちゅうに身をつつんだ男性の姿があります。


 遠征えんせい帰りらしく、目の下にあるくまはいつもより濃くなっています。そして目つきもまた、いつもより鋭く、険しいものです。金色の頭髪も後ろにきっちりと流しきれていません。少し寝ぐせのように乱れてしまっています。


「おお、アイザードや……戻ったか。はるばる西の湖まで遣わせて悪かったのぅ。どうか身体を休めて――」


 王様がねぎらいの言葉をおくりました。その相手は兵士数名と共に水源の汚染問題を解決しに行っていた将軍……。


「父上ッ!!! ついにあの男がやらかしましたか……! すでに話しは聞いております。これはさっそくに対処すべき問題、国難の危機に違いありません! そこで、まずは私の考えをお聞き願いたいのですが――」


 戻るなり、強い口調で王様につめよる将軍。それはアイザード王子です。


 険しい表情でつめよられて王様はのけぞりました。そうして目の前でなにか色々話し始めた息子を見ながら……まだ戻ってきていない、もう1人の息子のことを考えています。



 ――――そして、それからすぐのことです。



 再び勢いよく開かれる扉。王の間がざわざわと騒がしくなります。


 扉が開ききるよりも先に、押しのけるように王の間へと入ってくる男……一歩一歩、歩くたびに長い黒髪が背中ではずんでいます。


 その男はたくましい肩をゆすって胸を張り、堂々とした歩行で周囲の家臣たちに“腕の力こぶ”を見せつけながら歩いています。


 そうして王の間の中心辺りで立ち止まると、たくましい男は言いました。


「父上ッ!!! 俺はやってきましたよ! この国を不安にさせる……“悪い魔女”をッ、俺は見事倒してまいりました。そのことを、ここにご報告いたしまぁっす☆」


 へらへらと笑いながら大声でそのように言い放つ男。このたくましい男は――誘拐犯、リッキー王子です。


 調子よく王の間に入ってきたリッキーですが……どうにも周囲の家臣たちの顔色が悪いことに気がつき、見渡しながら言います。


「おぅおぅ、みんなどうしたぃ!? 君たちが不安に思う魔女はもう、居ないッ!! 俺が側近そっきんもろとも倒したからな……もう大丈夫だ、安心したまえ。それともなにか? その証拠でも見せろって……そりゃまぁ、現地に行ってもらわないと如何いかんとも――」


 言葉の途中ですが、リッキーの発言はここでふせがれます。それはものすごい剣幕けんまくでよってきた男が言葉をさえぎったからです。


 紺色の甲冑を身にまとう“アイザード将軍”が、リッキー少年の上着にあるえりをつかんでねじり上げました。手甲の金属にアゴを押し上げられて、リッキー少年の顔が上がります。


「おっと……何事ですか、兄上!? 俺はこの国のために魔女を――」


「やってくれたな、おい。キサマ……大人しくしていろと言ったのに!! 魔女がどうした、キサマは帝国に対する反逆でもしたいのか!?」


「えっ。な、なんのことだい?? 僕にはさっぱりだよ、兄さん……なにをそんなに怒っているの??」


「しらばっくれるんじゃない!! こちらはもう、全て知っているんだよ。キサマが帝国の使者を“誘拐”して、自分の欲望を――自身を顕示するために使者を道具かのように利用したことを、ここにあるだれもがすでに周知している!! 本当にどこまでも……どこまでもふざけやがって!!!」


 リッキーほどではなくともアイザード将軍の腕力もかなりのものです。片腕でリッキーの襟元えりもとをねじり上げ、そのまま彼の片足を浮かせるほどに力を込めています。


 そうして首元をしめられながら、言葉を強く浴びせられながら……リッキーは「ニヤリ」と笑いました。


 へらへらとした笑みを浮かべてリッキーは言います。


「お~~、そうか。あの人が全部バラシてしまったのか? しまったなぁ、秘密ひみつにしてくれって、そういう条件で解放したのになぁ~~♪」


 自白しました。犯行を認めてなおもへらへらとしている弟の態度に……兄であるアイザードは我慢がまんの限界を迎えたようです。


 アイザード将軍はつかんでいた弟の襟を放して、手甲に包まれた左拳を握りました。


 放されたリッキーはまるで無防備です。構えることもなく、ただ笑ったまま……しかし、そのまゆ毛は下がっています。兄が構えた拳に対する恐怖はありませんでしたが、“悲しい”という気持ちはあったようです。


 そうして兄が弟の顔へと拳を振り下ろそうとした時――玉座にある王様が立ち上がって叫びました。


「やめなさいっ、アイザード!!!」


 その言葉1つでアイザード将軍はピタリと止まりました。そうして驚いた表情で振り返ります。彼の人生において父親に怒鳴られた経験はただの1度もありませんでした。だから、とても驚いたのでしょう。


 これが初めてで唯一、アイザードが父親に怒鳴られた瞬間となります。


 この時、アイザードだけではなくリッキーも驚いていました。そうして兄弟そろって父親の方を向いています。


 ウェイリー王は立ち上がったまま、せきを1つしてから言いました。


「……リィンダイトや、おまえもよくない。そうして軽々しく笑って、あの時もそうだが……お前が行っていることは“遊び”ではないのだ。お前自身にとってもそうだし、このわしを含めた国の全てにとっても到底とうてい、ふざけて語ることでもないのじゃよ」


 王様の言葉だけが王の間に聴こえました。だれもがめずらしく声を荒げた王の姿に驚き、視線を彼に集めて停止ていししています。ざわついてうわさ話しをする者もありません。


 ウェイリー王は王の間にある兄弟のことをじっと見ています。


 立派な甲冑を身にまとう兄と、たくましく成長した弟……そこに、産まれたばかりの弟を抱く幼き兄の姿を重ねて……家族の長として、口を開きます。


「リィンダイトよ、今日にお前がしでかしたことはあまりに重大なことだ。魔女を倒したということ、それはもちろん国としてとても良いことじゃよ。めてあげたいところじゃが……しかしな。お前は国の王子としてやってはいけないことをやってしまった。誘拐という犯罪を行ったことももちろんそうだが……加えて、帝国の使者を乱暴に連れ去ったという事実は何よりも重い。それも、“自分の都合のため”に……」


 ウェイリー王の表情はおだやかです。叱るような話しの内容に反して彼のひとみは優しく、黒髪の息子を見ています。


 リッキーは表情から笑顔を取り払いました。そうして身を正し、真っすぐに父親の目を見ます。となりに立つアイザードはいまだに驚きが残っているらしく、呆然とした表情で父親の言葉を聞いていました。


 ウェイリー王は少し言葉を止めて、机に視線を落としました。かつて自分が思い描いていた未来――そこにある3人の息子たちが国を背負って並び立つ姿――。


 机上きじょうに見た幻想から目を離し、そしてあらためてリッキー王子のことを見ました。


「我が子よ。お前は自分が何をしでかしたか、解っておるのか? ことの重大さを、解っているか?」


 王様は聞きます。罪を追及ついきゅうする言葉ですが、それは笑顔で発せられました。


 王様の表情を見て……リッキーもつられたように笑顔となりました。そして堂々と、息を吸ってから答えます。


「すぅぅぅ――――いいえッ、何一つ解りません!!! 私がなにか問題あることをしちゃったのか、まったく解らないので少しも悪いと思っていません!!! 私は私のやりたいように……後先考えず、自分のことだけをただ思い……そして帝国の使者である彼女を誘拐して、自分勝手に魔女を倒してみせたのです!!!!!」


 せいいっぱいに大きな声です。あまりの音量で、となりに立っていたアイザードがくらりとよろけました。


 周囲にある家臣たちも全員その言葉を「うるさい」と思うくらい、ハッキリと聞いています。王の間の外で耳をかたむけている使用人たちも、しっかりとリッキー王子の自白を聞きました。


 そして……それを聞いた王様は「くっくく」と笑い、涙を浮かべて言います。


「そうか、そうか……本当に、どうしようもない息子じゃ。そのような認識と態度、まるで王子に相応しいとは……思えんな」


 立派に成長したリッキー。たくましい身体で胸を張り、真っすぐに自分を見ている我が子の姿……王様はだれにも気づかれないように、頭をかかえるふりをして涙をぬぐいました。


 そうして力なく玉座に座り、困り果てた様子で言います。


「――リィンダイトよ。お前の行い、常日頃から目に余ってはおった。しかしこの国の王子である立場と、竜の奇跡である期待から……いつかは行動を正してくれると願っておった。だがなぁ……それもどうやら、ここまでのようじゃのぉ」


 目元を押さえて王様はそう言います。大人しく聞いていた家臣たちはざわつき始めました。


 まさか……と、だれもが息をのんでいます。会話を記録している書記官も思わずペンを止めて顔を上げてしまっていました。



 一瞬の静寂――そこに三度みたび、勢いよく扉が開かれて何者かが王の間へと駆けこんできました。



 ドレスの長いすそをひきずりながら、憔悴しょうすいした表情で駆け込んできたのは……この国の王妃様です。


 王妃様は恐怖と混乱が入り混じった絶望の表情で玉座へと向かいます。「あなた、やめて!」と繰り返しながら駆けていきます。


 そこに……紺色の甲冑を身にまとうアイザード王子が立ちふさがりました。そして母である王妃様の肩をやさしくつかみ、王妃様をそれ以上前に進ませません。


 それでもすがるようにして、我が子の肩越しに王様へと訴えを続ける王妃様。


 王様は彼女の言葉と姿に気がついていましたが、それに応えることなく続けます。


「帝国の使者は早急に事の次第を報告すると言って、さきほど出ていった……お前が連れ去った人じゃよ。彼女が全て報告し、そして“処罰”を与えよと……当然じゃな、とても怒っていたわい。そして帝国としてもきっとそう言ってくるじゃろう」


 家臣たちはなにも言葉を発さずにただ聞いています。王妃様は「あなた、ダメよ!」と叫び、アイザード将軍は彼女の身体を押さえて「母さん、仕方がないんだ!」と繰り返しています。


「よって……王子リィンダイトよ。エルダランドの国王として、お前に今回の件に関して処罰を与える」



 そして、王の間の中央に立つリッキーは……。



「エルダの王たる者の権限により、今日この場をもって――お前にある王位継承の権利を剥奪はくだつし、この城からの追放ついほう……及び、王族にある系譜からの除名を言い渡す!!」


 王様のさばきがひびき渡りました。王の間にある家臣たちと、王の間の外で聞く耳を立てていた使用人たちはそろって口と目を開き、驚愕の表情で固まっています。


 王妃様は数秒してから泣き崩れ、その場に倒れました。アイザード将軍は母の身体を支えつつ、王の間にある男の姿を見ます。


 紺色の絨毯の真ん中。そこに立つリッキー=ヴェイガードはしばらく王様の姿を見ていた後……うつむいて笑いました。


 しかし、そこにある笑みは「してやった!」というものでもありません。こうなることを望んではいたものの、実際に父からその言葉を言い渡されてみると……思わず、視界がぼやけてゆがんでしまいます。


 うなだれているリッキー……何者でもなくなった、リッキー少年に向けて王様が言いました。


「お前はもう、この国の王子でも……わしの息子でも、ない。どこへでも行って、思うがまま、やりたいことを好き勝手にするがよい。何をしたってわしらはもう知らんことにするから、お前もそうしなさい。そして……どうか、元気に……これからは……お前らしく、生きてくれ……」


 隠すことができません。王様はあきらめて目元を押さえていた手を放し、涙がこぼれる表情をさらします。


 そこに見た息子は顔を上げており、満面の笑顔でほほに涙を伝わせていました。


 リッキー少年はこたえます。


「はいっ、国王様!! このリッキー=ヴェイガードは確かにあなたの裁きを受けました。だから……言われた通りにこの国から出ていきます!! 本当に長いこと……迷惑かけて、すみませんでした!! そしてどうか身体に気をつけて……いままで、育ててくれてありがとうございました!!!」


 胸を張ってそう言う少年。彼は王様に深々と頭を下げた後、背中を向けて王の間の一番大きな扉へと歩き始めました。


 そこに、去ろうとする少年に駆けよる人があります。それは将軍の手を振り払って駆けだした王妃様です。


「リィンダイト、ああ……私のリィンダイト!!」


 名前を呼ばれて、少年は振り返りました。そうすると勢いよく王妃様がぶつかってきて、それを受け止めながら「無理をしないで」と彼女の身体を気づかいます。


 パァン――と、何かが破裂はれるするような音がひびきました。それは王妃様が少年のほほを叩いた音です。


「う、うぅぅ……どうしてこんな……! あなたはただ、私のそばにいてくれれば、それで……家族みんなで、一緒にいられれば良かった……なのに!」


 泣きながら少年に身体をあずけ、彼の胸を叩いてなげく王妃様。そうして悲しむ彼女をそっと抱きしめて、少年は言いました。


「ごめん、母さん。でも、確かにあなたのそばには居られなくなったけど……いろんな記録の中で僕はあなたの子供じゃないってことになるんだろうけどさ。そうしたって実際にあなたが僕を産んでくれた事実は変わらないから。父さんが父さんだってこともそうだし、兄さんたちも……たとえ道が分かれたとしても、俺にとっては尊敬する兄さんたちに変わりないんだ」


 やさしく王妃様を自分から離して――「大丈夫だよ。俺ってばほら、こんなにたくましいからね☆」と自身の腕にある力こぶを見せつける少年。王妃様は「そういう問題じゃないのよ!」と泣きながら叱りました。


 しゃがみこんで泣き続ける王妃様の背中をさすりながら、少年は顔を上げて玉座の方を見ます。


 それは王様を見たのではありません。その近くに立つ男――――アイザード将軍を、真っすぐに見ています。


 少年は将軍に向けて言いました。


「こっからは俺、好き勝手するけどよ……もう、何も心配しなくていいから。その代わりにさ、この国を……俺の家族を任せたぜ? どうか頼んだよ、アイザード将軍☆」


 ウインクをそえて言う少年。アイザード王子は真っすぐにそう言われて――なにも答えずに、ただ少年のことを見ていました。そして「リィンダイト、お前……」と小さく呟きます。


 たくましい少年は立ち上がります。まだ泣いている王妃様のことが気にかかりますが、それも将軍がきっと支えてくれることでしょう。



 そして、今度こそ大きな扉を開いて王の間を出ました。



 ……こうしてこの日、リッキー=ヴェイガードは王子じゃなくなりました。誘拐犯として罪を問われ、帝国への示しとして自らの行いの責任をとったのです。


 その日の夜。リッキーは自分が慣れ親しんだ部屋とベッドで最後の夜を過ごしました。そこに名残惜しさと寂しさはありますが……同時に解放感もあったようです。


 日中に体験した魔法使いたちとの戦い……魔術師のおねぇさんとの冒険……それらを思い起こしてニヤついて、自分と同じく特別だったあの人の最期を思って……複雑そうにまゆ毛を下げました。


 そうした感情を繰り返しながら……リッキーにとって、お城で最後の夜がけていきます――――。




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