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後章―『Chapter10「魔女を守る者」』

******************************



――Chapter10「魔女を守る者」――



 流れ落ちる滝……水流の勢いと飛び散る水のしぶきを見下ろして、リッキー=ヴェイガードは「力強いねぇ」と大自然の迫力に感心していました。


 滝を登った場所は山脈の中腹あたりにあります。見渡せば広がる山林と河川の景色が望めるでしょう。リッキーはがけっぷちに足をかけて景色を眺め、一休みしています。


 その横では岩場の上に座り込んで「へぇへぇ」と息を整えている女性の姿がありました。


「こ、こんな場所に洞窟、あるの? というかそろそろ、あってほしい。私は、肉体派じゃない……からね? ふぅ、ふぅ……」


 魔術師イゼラはこの滝横にある山道――というより崖に近い道をよじ登るのに疲れて切ってしまいました。


 そうしてぜぇぜぇと中々息が整わない彼女の様子を見て、リッキーが「おんぶしよっか?」と屈んで尻を向けます。


 そうした態度に対してイゼラは「必要ありませんッ!」と憤慨ふんがいし、手でヒザを押さえながら不安定に立ち上がりました。リッキーはその姿を余計心配しますが、イゼラは「本当にしつこい人!」と強く怒ってしまいます。


 怒鳴られたリッキーはしょんぼりとしつつ、もうすぐ近くにある洞窟へと歩き始めました。その後ろをついて歩くイゼラはやはり若干足元が危ない様子です。


 そうしながらも目的の場所――山肌にぽっかりと口をあけた洞窟へと2人は到着します。


「……ここに魔女が居るのか。よし、さっそく入ろう!」


 リッキーは洞窟の前で少しだけ立ち止まり、それだけでさっさと歩き始めました。それに驚いたイゼラは「ちょ、ちょっと!?」と彼の上着をつかんで止めます。


 リッキーは不思議そうに「どうしたん?」と振り返りました。一方、イゼラは険しい表情で「そっちこそどうしてなのよ!」と怒っています。


 とりあえず彼女が怒っているのでリッキーは話しを聞くことにしました。


 イゼラは言います。


「あのね、あなた大丈夫? 護衛の魔法使いはもう1人いるのだから、周りに気を付けてね? それと……ちゃんと覚えているかしら? じゃ、魔女を前にして気をつけることを言ってみなさい!!」


 叱るように言われてリッキーは思わず母の顔を思い浮かべました。そうして緊張きんちょうしながら彼女の問いに答えます。


「えっと、気をつけること・・・・・あ~~、アレだ! 噛まれないようにする、だっけな。噛まれると大変なことになるかもしれないんでしょ?」


「そう! だからくれぐれも慎重にね? それに相手はあの永遠の老婆なのだから……正直、彼女自身の扱う魔術ってよく解っていないのよ。彼女が老齢の姿で生きながらえているらしいことは解っているけど、それ以外は不明なことが多いの。生い立ちから本名、実年齢までね。だからどのような魔術を使ってくるのか……もしかしたら多様魔法者かもしれないし、とにかく気を引き締めて!

 ……いままでもそうだけど、遊び半分な気持ちは絶対ダメなんだからね。精神に干渉かんしょうしてくる可能性だってあるし、それに彼女との“会話”にも気をつけなさい。あの魔女が巨大な組織を築いたのはそうした部分にも要因があると言われているのだから…………ねぇ、聞いてる??」


「え・・・あっ、ハイ、聞いてますよ。大丈夫っすよぉ! ハハハ、心配性だなぁイゼラおねぇさんったら☆」


 ぽけ~っとしていたリッキーから返ってきた答えがあまりに軽い調子なので、イゼラはまったく満足した表情をしません。ふてくされたように「いざとなったら逃げてやる」と、魔術師は心に決めて顔を少年からそむけました。


 また怒っているらしいイゼラを気にしながら、リッキーは「んじゃ入ろうよ」と洞窟へ進んでいきます。


 そうして山肌にぽっかりと空いた洞窟の前にまでさしかかった時です。



「――――待ちたまえ、お客さんたち」



 低い声が頭上から聞こえました。リッキーとイゼラがそろって見上げます。


 すると、洞窟の入口にある突き出た岩の上に、1人の男が立っているのが見えました。


 その男はリッキーよりさらにたくましく、身長は190cm近くあるでしょう。かなりの大男です。そしてその姿を見たイゼラが「やっぱりか」と呟きました。


 どうやら彼女はその大男に見覚えがあるらしく、「生きていたのね」と警戒しながら言います。


 大男は「もちろんさ」と答え、入口の岩から跳び上がりました。自身の身長より2倍以上ある高さから地上に落下、大地をえぐって両足で着地する大男。


 その男は「私も君の見覚えがあるな、バシャワールの者よ」と、はち切れそうな胸筋を張って言いました。


 大男は続けます。


「私はエリシア様をお守りする者――“ゲラルダ=バンロッド”。そこにいる青年はお初だな? ならばあらかじめ言っておこう。私の魔力は“強靭きょうじんな肉体と怪力かいりき”……それだけだ。ただ単にパワフルに、そしてタフであることこそ我が力である!」


 大男の魔法使い――【ゲラルダ】は両腕をきしませて筋肉を盛り上がらせています。


 見覚えがあるらしいイゼラは戦う気などまるでないらしく、こっそりリッキーの背後に隠れて様子をうかがいました。


 ゲラルダは太い腕先から指を立て、少年と魔術師を示します。


「バシャワールの女性は以前によく知っているだろうが……私は小細工などしない、できない。真っ向から君たちを叩き潰すことになる。ただし君たちがどのような工夫くふうをしたって私はまったく構わない。どうぞ手をつくし、このゲラルダに挑みたまえ。私も君たちが死力しりょくをつくすという前提ぜんていにおいて、全力で君たちを叩き潰してみせよう!」


 ゲラルダがさらに力むと……全身が灰のように色味を失い、いっそうに身体が大きくなったように感じられます。筋肉の盛り上がりも岩のように角ばって硬くなっており、さながら動く岩人間といった具合です。


 もっとも、この前にあった土や岩の人形とはわけが違います。大きさもそうですし、実際の頑丈さも比較ひかくにならない程、圧倒的な戦力の差がそこにありました。


 魔術師イゼラはすっかり戦意が無い様子ですが……それは彼女が行える全力の一撃がまるで効果がないことをすでに知っているからです。だからリッキーの背後に隠れて後は彼がどうするかだけを見ています。


 そうして強大なゲラルダを前にして……。


 リッキー王子は鼻息を強く「ふん!」と出して何度も拳を打ち鳴らしました。そしてお返しにゲラルダを指さして言います。


「あんたがそういうつもりなら……こっちもそういうつもりだぜぇ!! 真っ向勝負、いいじゃぁないの~。俺って人生において、殴り合いでそういうのは初めてだかんね☆ 俄然がぜん興奮こうふんしちゃって、もう待ちきれねぇっすよ!!!」


 リッキーの左腕が黄金に輝き始めました。隠さず、惜しみなくといった具合ですが……この場合その輝きはあまり意味がありません。どうにも単に気合が入って光ってしまったらしく、彼が本当に惜しみなくというのは“右腕”のことです。


 この人ならいいだろう……と、本能が自然とリッキーの右肩から先をぐるぐると運動させ始めました。


 そうした様子を見てゲラルダも胸をさらに厚く張り上げます。そして「たまらん!」とばかりに走り始めました。大男の疾走しっそうを見た魔術師が、慌てて王子の背中から離れていきます。


「ぬぉおおおお!!! 真っ向勝負、こちらから行かせてもらおう!!!」


 ゲラルダは真っすぐに突進します。そうしてもはや腕とは言えない岩のかたまりのような両腕を振り上げ、真下に立っている男に向けて振り下ろしました。


 叩き下ろされたゲラルダの両腕によって、大地ははじけて土砂が飛び散ります。それは何mも離れて振り返ったイゼラにも降り注ぐほど、ド派手な一撃です。


 大地もぜさせるゲラルダの両腕による叩きつけ攻撃。その一撃が落された地点に立っていた少年は――――そうした状況において、なおも同じ場所に立っていました。


 両足はヒザまで大地にうまっていますが、交差させた両腕でしっかりと大男の一撃を受け止めています。そして交差させている腕を「えいっ!」と勢いよく開き、ゲラルダの両腕も広げさせました。


 ゲラルダは腕をはじかれた勢いで少しよろけました。そうして踏みとどまった彼の眼前に、跳び上がっている人の姿があります。


「あんたには“一発”なんて言わないぜ!! くらってみろ、俺の拳骨……本気の力を、試させてくれ!!!」


 リッキーは叫びながらゲラルダの胸板にヒザを乗せ、つかみきれない太さの首を左手の指を食い込ませて無理やりつかみます。


 そうして振り上げた右の拳を…………思いっきり岩のような頭に叩きつけました。



 1発目。拳骨を浴びたゲラルダの視界がゆれます。同時にヒザもゆれました。


 2発目。拳骨を浴びたゲラルダの視線は上を向いて腰が屈みました。


 3発目。拳骨を浴びたゲラルダの視界には何も映らなくなり、巨体は後ろ向きに、ゆっくりと倒れていきます。



 ……こうして、3回拳骨を頭部に受けたゲラルダはその場に倒れました。目はすっかりと白目をむいており、動く気配がありません。倒れた大男の様子を見たイゼラが「うそでしょ!?」と、関心より恐怖するような表情で顔をこわばらせています。


 大男を倒したリッキーはその胸板を蹴って跳び上がり、空中でくるくると回った後、片足で地面に「ストン」と着地しました。


 そしてイゼラの方を振り向いたリッキーがいいます。


「うおお……! この人、強いな。3回殴ってやっと倒れた……初めてだよ、こんな人……本当に人間か??」


 リッキーもまた「うそでしょ!?」という表情で驚愕きょうがくしているようです。


 そうして真顔で振り返ってくる少年に、イゼラは何も言うことができません。ただ「すごいわ、よくやりました」と、とりあえずほめてあげました。


 そう言われてリッキーは「そうかい!?」とニッコリ笑い、身体をくねくねとしながら後頭部を掻いて顔を赤らめています。イゼラにほめられたことがよほどうれしいのでしょう。


 そうしてくねくねしている王子はともかくとして……イゼラは急いで大男に近寄ります。彼女はこのゲラルダがとても頑丈であることをよく知っていました。


 ――過去にあった戦いにおいて、バシャワール部隊のすさまじい火力掃射を集中して浴びながら原型を留め、そうして廃棄場の穴へと落下していった姿を見ていたからです。それがこうして再度姿を見せたので、なおさら「危険だ」と彼女は考えています。


 慌てたイゼラが倒れた大男の身体に触れると、「うぅう~~ん」とうなり声が聞こえました。


 それはゲラルダです。この大男は目を回しながらむくりと上半身を起こします。真横にいるイゼラは「……ッ、……ッ!?」と恐怖で声を失いながら口をパクパクとさせました。


 そこに、勢いよく跳んできた人がいます。


「――――うぉらぁっ、もう1回!!!」


 それはリッキー王子であり、彼は渾身の力でもう1回、拳骨をゲラルダの頭部に落としました。


「マ゜っ!? フスン……」


 ゲラルダは空気が抜けたような声を出すと、再び倒れました。そして数秒の静寂を経て……「今度こそ!」とイゼラが大男に両手を触れさせます。すると、一瞬にして大男の姿はその場から消え去りました。


 こうして巨体が消えてなくなった洞窟前……。


 イゼラは思います「転送先で目を覚まさないといいけど」と。しかし確かめようがないので後は故郷にいる仲間たちを信じるのみです。


 リッキーは「あんな硬いやつもいるんだな」と自分の拳に残る感触を思い起こしていました。ですが、心のどこかに「納得できない」という思いが沸いており、それはやはり自分が全力を出せたという実感がまだないからでしょう。


 拳をにぎにぎとさせてぼ~っと立つ少年。そのたくましい背中を眺めて、魔術師イゼラは言いました。


 彼女の表情は少しくもっています。


「――ゲラルダは私たちにとって脅威だったのよ。彼は教団が全盛期にあるころから“教団の怪物”として名をとどろかせていたわ。魔女にたどり着きそうになると、いつもあの化け物じみた巨体が私たちの前に立ちふさがった……だから、もし生きていたらきっと今度も苦戦するだろうと……むしろ“逃げよう”って、私はそう考えていたの」


 イゼラは過去にあの怪物じみた大男と戦った想いを語りました。リッキーは「ほぅほぅ」と少ししびれている左腕をみながら聞いています。


 ……帝国精鋭部隊であるバシャワールが「倒せない」と思うほどの脅威。それが今、目の前であっさりと殴り倒されたことが実感として沸かないのでしょう。イゼラにとっては自分たちの誇りを少し、傷つけられたようにすら思います。


 だからリッキーのことを関心はするものの、同時に恐怖も感じていました。


 イゼラは真っすぐに少年を見ました。彼女にじっと見据みすえられて、しかしリッキーはその目線を合わせられません。赤くなったほほをいて、どこか地面でも見ているようです。


 イゼラは彼を見つめながら言葉を続けます。


「あなたのこと、素直に賞賛しょうさんするわ。そして、私たちの皇子とあいつが戦っていないから比べられないけど……少なくともあの方と同じ、まぎれもない“竜の奇跡”だと実感したわ」


 木々のさわめきがあります。ゲラルダが作った大地のくぼみをはさんで、少年と魔術師が立っています。リッキー少年はチラチラと彼女のことを見て、魔術師イゼラはまったく目をそらさず彼のことを見続けました。


 落ち着かずにキョロキョロとしている彼の姿を見て……真剣な表情だったイゼラは「フッ」と思わず笑ってしまいました。


 そして少年に近づき、彼を見上げて言います。


「まぁ、そう思うとね……確かにあなたがだれかの影でひっそりと生きていくのはもったいないと思うわ。私もちょっと興味きょうみでちゃったから……本当のあなたはどれほどのものなのかなぁ~~ってね」


 魔術師は風で流れた赤い前髪を手でかきあげます。目の前で自分を見てくる彼女の様子にリッキーは「はぁ、えぇ、そうですか……」となおさら落ち着かずに顔を上下左右に動かします。


 王子はそうしてついに背中を向けて「いやぁ~~しっかし森は木が多いなぁ☆」と、どこか山の一部を見て言いました。


 魔術師イゼラは「ふぅ」とため息を1つこぼした後、微笑みながら視線を洞窟の入口へと向けます。


 守る者が消えた今。その先にはただ1人、魔女がひそんでいるはずです。


 帝国の歴史に間違いなく名を残すであろう脅威……。



 それはここまで近づいてもまるで気配がなく、洞窟前には不気味なほどの静けさがありました――――。




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