表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

後章―『Chapter8「魔女の守護者(前編)」』

******************************



――Chapter8「魔女の守護者(前編)」――



 小鳥のさえずりが森に響きました。空を覆う枝葉のどこかにいるのであろう鳥たちは、森への侵入者を警戒けいかいしているのでしょう。


 鬱蒼うっそうとした大自然の中を歩くリッキー少年。肩から丸出しの上着にヒザ下を露出する格好かっこうは山の散策さんさくにはとうてい向いていません。ですが、このたくましい少年は生い茂る草葉も気にせずズンズンと道なき道を進んでいきます。


 まったく迷うことなくすずしい表情で突き進むリッキー。一方、その後ろをついて歩く人は……。


「うっ、もうっ……このっ!」


 どうやら魔術師イゼラは苦戦しているようです。彼女はフードで頭までをすっぽりと隠し、口元も薄い布でかくして防護ぼうごしてます。しかし、それでも突き出た枝や飛んでくる虫などが嫌なようでとても不機嫌です。服装のせいで蒸し暑いのもイラ立ちの原因でしょう。


 まるで涼し気に歩くリッキー少年。その背中を見ていたイゼラは荒い口調で言いました。


「ねぇ、王子様! あなたはそうしてまっすぐまっすぐ歩くけどさ……こんな山の中で目的の洞窟なんて、どこにあるか解るのかしら!?」


 たしかに彼女の言うとおりです。リッキーはすでに地図と資料をズボンの中に戻していますし、そもそも方位磁石などの道具すら無く、まったくの手ぶらです。森の中では似たような景色が続き、右も左も解らないというのに……どうして彼はまっすぐ進むのでしょうか。


 リッキーは答えました「このあたりはれているんだ」――と。魔術師イゼラは彼の返答に対して「はぁ?」と納得できない様子です。


 それもそうでしょう。一国の王子がどうしたってこんなお城から離れた山の中を「慣れている」などと、そんなことがあるのか……と疑っています。


 ――リッキー王子は少し特殊な環境で育ちました。お城の中だけでは力と時間を持てあましてしまうため、そうしたものを“単独登山”に使うことがよくあったのです。リィンゼンと出会ってからは山への遠出も容易たやすくなり、山脈の山頂までも何度か登っています。


 街で遊ぶようになってからはめっきりその機会も減ってしまいましたが……今でもリッキーにとってアスファラ山脈は「ちょっと遠い庭」みたいな感覚なのでしょう。


 リッキーも山のすみずみまで知っているわけではありませんが、現在に魔女がひそんでいるとされる洞窟には入ったことがありました。それほど深くも長くもなかったなぁ、と行き当たりでガッカリしたことも覚えています。


「昔はよく来たものだよ。山はとてもデカくてさ……僕みたいなヤツでもきずに遊ぶことができたんだ。なつかしいな……」


 お城のだれも稽古けいこの相手にならず、使用人たちとのかくれんぼなどでひまをつぶすしかなかった頃。リッキーにとって一番の遊び相手はこの雄大ゆうだいな自然だったのかもしれません。


 言われてみれば野性的に見えてくる背中。魔術師イゼラは「不思議な人ね」と、彼の背中ではずむ長い後ろ髪をぼう~っと眺めて思いました。


「でも、その話しが本当ならよくご両親が許したわね。こんな危険な場所に、しかももっと子供の頃にでしょう? 迷子になったらとか考えなかったのかしら?」


「そりゃ、迷子にもなったさ。何日か帰らなかったこともあって、そうすると母さんがとにかく怒ってねぇ。そうすると僕もしばらくはやめるんだけどさ……やっぱりひまになるとついつい、ここに来ちゃってね。へへへ☆」


 そう言って振り返り、鼻先をこする少年。無邪気に笑う姿に魔術師は呆れています。


「ふぅ……しかし、うわさ以上に奔放ほんぽうな王子様よね、あなたって。こっちの皇子とは別の意味で異常な存在だわ」


「ん? おうじって……そっちの、アプルーザンの皇子様? そういや俺と同じで竜の奇跡っぽいんだってね。いつか会ってみたいなぁ~♪」


「フっ……あなたみたいに無礼ぶれいな人、会わないほうがいいわよ。今回のことだって皇子の耳に入ればきっと、“帝国への侮辱ぶじょくだ”と激怒するに違いないわ」


「えっ。いや、ぶじょくってそんなつもりじゃ……あんまり怒るのは困るなぁ」


「怒らせようとはしたんでしょう、こうして私を誘拐してさ」


「そ、それは……うぅうむ」


 リッキーとしては帝国に対する「無礼」をあえて行った自覚はあります。しかしそれは自分に対する罰を重くするためであり、それによってエルダランド自体が帝国と悪い仲になることは望んでいないのです。


 そうして話しながら森の中を歩いている2人。なんだかずいぶんとノンビリしたものですが……。


 彼らは今、“永遠の老婆”がひそむ地へと向かっています。それもリッキーが言うように慣れたもので、たしかに確実に目的地へと近づいていました。


 ――森の中を歩く2人はいつしか、小さなたきが行きつくいずみへと出でました。木々が少しひらけたその場所からは空がよく見え、青空を流れる雲がハッキリとわかります。


「おっ、この泉は……よく水が冷えてて美味しいんだ! イゼラおねぇさん、飲んでいこうよ!」


 泉を発見したリッキーがうれしそうに魔術師をさそいます。誘われたイゼラは「本当に安全なの?」と自然のめぐみに不信感を隠しません。


 泉には小さな滝から水が流れ込んでいて、地下にある水脈すいみゃくへとつながっているようです。あふれる水気によって周囲の土は湿っており、あたり一帯が少し涼しく感じられます。


 ザバザバと浴びる様に水を飲むリッキーが「すごく美味しいよ!」と笑顔で言いました。


 イゼラは「気品の無い飲み方するわね」と嫌味に小言をこぼしていますが、涼しい空気が心地よいのでしょう。気分も悪くないようです。


 彼女は口元の薄い布を取り、フードもめくって外しました。そうして赤い髪とくちびるを露わとして、リッキーが水を飲んでいた位置から少し上流にある滝に両手を当てました。


 両手を器に水をすくって、透き通った水を飲み越します。そうしてイゼラは「……美味しい」と、小さく呟きました。


 イゼラがもう一度、小さな滝から水をすくおうとした時のことです。


 彼女はそこで、【人の顔のようなもの】が自分を見ていることに気が付きました。


「・・・・・きゃぁぁっ!?!?」


 イゼラはすくった水を捨ててその場に尻もちをつきました。湿った土の上で座り込んだ彼女を、滝から半身を出している“人の顔のようなもの”はじぃっと見ています。


 しかし、それに目はありません。代わりにただぽっかりと暗く穴が空いているだけです。口も鼻も耳もなく、のっぺりとした顔をしています。


 滝からでている上半身は“水”そのものらしく、透き通っていますが人のように身体から頭部と両腕が出ていて、成人男性のような身体つきをしています。


 “人間のようなもの”は魔術師イゼラを目の無い顔で見ながら、滝から下半身も抜き出しました。そうして全身を露わにした“人間のようなもの”は、ぽっかりと穴が2つ空いただけの顔面で魔術師を見下ろしています。


「なっ!? こ、これは……まさか!!」


 イゼラはどうにか立ち上がって一歩下がります。そうして慌ててフードをかぶり、両手の黒い手袋から赤い閃光をバチバチと輝かせました。


 なにか心当たりがありそうなイゼラと違って、リッキーは「なんだこれ?」と泉のふちから微動だにもしません。そしてじっくりと水でできた人間のようなものを眺めています。よく見ると、水をかためたようなそれはプルプルとしていて透明なプリンのようです。



 ふと、リッキーはほかに気配を感じて振り返りました。すると、そこには……。



『ふふふっ、うふふふ……おろかなり、帝国からの客人たちよ。君達の命運はここで尽きることになります!』


 だれの声でしょうか。森にひびき渡る声が聞こえてきます。


 反響していてどこから発せられているかわからない声。それにイゼラはビクッと肩を震わせましたが、リッキーはそんなことよりも目の前にある光景に注目しています。


 リッキーの視界にはいくつか……おそらく10体ほどある“人間のようなもの”が森の中に立っていました。それらの見た目はそろって人間のようですが、顔には目の代わりにぽっかりと空いた穴しかなく、身体は水ではなく“土”によって構成されているようです。


 人間のようなものたちは感情の無い様子で屈強な少年を見ています。リッキーは「ねぇ、これなんだろ?」と後ろで身構えているイゼラに聞きます。


 魔術師イゼラは警戒して両手に赤い閃光を奔らせながら答えました。


「だから情報を前もって見ておきなさいって……ああ、もうっ! ……あのね、これはきっと“魔女を護る魔法使い”の仕業しわざよ!! 周囲にあるものから“人形を作り出す”と情報はあったけど……きっと、こいつらがその人形なんじゃないかしら!?」


 イゼラの返答は荒々しい口調くちょうです。余裕よゆうがないのでしょう。目の前に現れた脅威――これが魔女を護る魔法使いの仕業だと判断して緊張きんちょうしているのです。


 リッキーは「へぇ、魔女の仲間か。じゃぁこれが魔術で、こいつらはてきか」と言いながら左の肩をぐるりと回しました。


 森に吹く風がさわさわと枝葉をゆらし、それに紛れるように、森の中に謎の声が反響します。


『ふふっ、ふふふ……ご名答めいとうです、バシャワールの者よ。私は偉大なる始祖様を守護する3神が1人――“魔神ロキアス”。創造そうぞうつかさどる我が魔力は御覧ごらんのように“大地の力を無数の人形として変換へんかん”するのです。どうですか、彼らは動く彫刻のように美しいでしょう?』


 声は跳ね返って周囲から聞こえてきます。そのせいか、まるでどこから発せられているのかわかりません。リッキーの常人離れした聴力をもってしても難しいらしく、彼はキョロキョロとしました。


『歓迎しますよ、わざわざ帝国からご苦労様です……しかし、あなた達は深入りし過ぎました。たった2人で我が領域りょういきに踏み込んだことは、明確な失態しったいです。あなた方は私の美しき魔法によって、哀れに地へと伏すこととなりましょう……』


 でどころ不明な声の主はそう言いました。イゼラは緊張しながらも「失態」という言葉に頭がカチンときているようです。「私だって好きで入ってきたんじゃないわよ!」とでも言いたそうに、にらみ顔で周囲を見ています。声の発生場所がわからないのでテキトウににらむしかありません。


 ――と、そうした時でした。「ボフッ」とした、なにかが砕けた音が森に響きます。


 ちらりとイゼラが視線を移すと……そこには上半身を失った土人形の一体と、それを前に立つたくましい少年の姿がありました。


 振り切った左腕をもどしつつ、リッキー少年は言います。


「やっぱ“土”なんだな、やわらけぇや。じゃぁ、こいつら1個ずつぶん殴っていけばいいんかな? ……まぁ、やってみるか!」


 そう言うとリッキーは目の前にある下半身だけの土人形を蹴とばし、粉々に破壊しました。


 そうして次々と迷うことなく。立ち並ぶ土人形たちを殴って蹴って、粉々にしていきます。ものの数秒で周囲にあった10体ほどの人形たちは呆気なく土のかたまりになってしまいました。


 あまりに早い判断と行動にイゼラは「うわぁ……」と気持ちから一歩下がっています。不明な声の主も同じような気持ちらしく『な、なんて乱暴な……』と驚いているようです。


 土人形をすべて破壊したリッキーはその場で屈み、大きく跳びました。そして太い槍のように足を伸ばし、イゼラの前で呆然ぼうぜんとしている水人形を一撃で粉砕ふんさいしました。


「これで全部か? ……おう、こいつら作ってるのは“お前”なんだろ? こんな“くだらない”ことはやめて、ちょっと姿を見せなさい。今なら一発殴ってそれで勘弁かんべんしてやるからさ!」


 水しぶきを浴びながら笑って空を見上げ、不明な声の主に語りかけるリッキー。間近に立つ男の荒々しい戦い方に、イゼラはまゆを下げて困惑していました。


 そうした荒々しいリッキーの言動を受けて……不明な声の主は『ふふふ』と笑い声を森に響かせます。


『あなたもバシャワールなのですか? とても魔術師に見えませんね……護衛の兵士にしても服装はなんです、ソレ? そんな軽装で森に踏み入ることもそうですが、何より我々をそのようなナリで相手しようと考えるとは……実に実に、おろきわまる』


 不明の声の主がそう言うと、リッキーは再び多数の気配を感じて周囲を見渡しました。それにつられて周囲を見渡したイゼラは「ひぃっ……!?」と口元を押さえて悲鳴を押さえます。


 リッキーたちの周囲には先ほどとは異なる数の人形が20……いや、見るうちに増えていきます。そこには次々と人形たちが沸くように出現していました。


「おおっ!? なんだなんだ、またいっぱい出てきたなぁ……さっきより多いし、どんどん増えてやがる。それに岩のかたまりとか葉っぱのかたまりとか……種類も豊富だねぇ!」


 少し関心しながらリッキーは周囲の状況を見ています。水や土、それに岩や葉っぱで構成された人形たちがぞろぞろと……やがてリッキーを取り囲むように集まってきました。数にしてもう、50体以上はあるでしょう。


 リッキーは「魔術ってこんなんもできるの?」と笑いながら後ろに同意を求めましたが……そこに“人間”はいません。いるのは表情のない土人形だけです。


「あれ? イゼラおねぇさん、どこ行った……??」


 不思議そうにリッキーは言いました。そこに居たはずの魔術師イゼラがすっかり姿を消したので、心配になっています。


 同じく不明な声の主もそのことに気がつきましたが……。


『むむっ、どこに消えましたかもう1人は? さてはあなたが隠しましたか、あの人が隠れましたか……ふっ、どちらでもいいですね。一度この領域に入ったのならば、逃げることは簡単にできません。そして、ならば残ったあなたから……さぁ、これでも“くだらない”でしょうか?!』


 なおも増え続ける人形たちがいっせいに動き始めました。滝を背にして泉の真ん中に立つリッキーへと、無表情な人形たちが同じような動きで迫ってきます。


 人形たちの動きはそれほど多様ではないようです。しかし1体1体がリッキーと同じかそれ以上に大きく、動きも決してゆっくりとはしていません。


 わらわらと迫りくる人形の群れ……リッキーはイゼラのことを気にしつつ、また不明な声の主について考えながら、大きく息を吸い込みました。


 そして「ニヤリ」と笑います。


 リッキーが笑った直後、土人形の1つがはじけ飛びました。それを始まりとして、次々と人形たちが砕けていきます。


 素材がなんであれ関係ありません。葉っぱでも水でも土でも岩ですら、問題なく砕けてバラバラになりました。


 人形たちも数にまかせてリッキーを押さえつけようとしますが、リッキーが片手を振り上げただけで1体が吹き飛ばされます。


「ハハハっ、うぉぉぉぉおおおおお!!!!!」


 リッキーは楽しそうに笑いながら、岩人形の1つを持ち上げて振り回し、加速をつけて放り投げました。成人男性ほどの大きさがある岩のかたまりが回転するとうてき武器となり、無数の人形たちが巻き込まれて吹き飛ばされます。


 破壊された人形たちはそれでもすぐに再生するようですが、新しく出来上がるのと同じくらいの速度で人形が破壊されていくので数がちょっとずつ減り始めました。


 そうしたあまりに無茶むちゃな光景を見ている不明な声の主は『ひぇっ、化け物か……!?』と不安になって小さく呟きました。


 そうして暴れまわるリッキー少年。それに次々と砕かれる人形ですが……そのうちの1つがタイミングよく少年の背後から飛びつきました。


 それは水人形です。魔力によって固められた水の人形はその身体をつかってリッキーの上半身を包み込みました。


 水で上半身をつつみこまれたリッキーは呼吸ができなくなり、水人形をはがそうとします。しかし、上手く掴むことができずに振りほどけません。握り潰してもすぐ元に戻ってしまいます。


 そうするうちに土人形たちが次々と跳びかかってリッキーの足元を固め、岩人形たちが身動き取れないリッキーへと殴りかかりました。


 リッキーの抵抗によって飛び散る葉っぱや土などでよく見えませんが、どうやら次第に彼の勢いは落ち着きはじめたようです。


『よしっ、いいぞその調子だ! そのまま気絶させろ、殺しても構わん!!』


 不安になっていた不明な声の主ですが、人形たちの頑張りが実ったらしい光景に調子を取り戻しました。少し声を大きくして森の中に響かせます。


 すると――――。


 すっかり人形たちに包み込まれた状態にあるリッキー。それが存在するであろう人形たちの群れの中。


 そこから、人形たちが重なるすきまから……光がこぼれだしました。


 急にまばゆい光がこぼれて見えたので、不明な声の主は『なんだろう?』と小さく呟きます。


 そうして少しすると突然として人形たちの群れがはじけました。数体の人形たちの残骸ざんがいと共に――結んだ長い後髪をなびかせながら、1人のたくましい少年が跳び上がりました。


 その左腕は全体が黄金に輝いており、手の先では水人形の頭部をしっかりと握りしめています。


 そうして跳び上がったリッキー少年はそのまま落下を始め、つかんでいる水人形ごと左腕を大地に叩きつけました。隕石でも落ちたかのような衝撃によって、数体の人形が巻き込まれてはじけ飛びます。


 不明な声の主は言葉を失い呆然とし、人形たちもそれに合わせるように立ちつくします。


 そうした中心でリッキーは満面の笑みを浮かべ、大声で言いはなちました。


「――――ふぅっ! しっかしこんな“ぶッッッさいくな人形”、いくら潰してもしょうがないなぁ!? まるで人形遊びだぜ、魔術ってこんなものなのか?? 期待外れだね、あ~~~あ、ガッカリするなぁ!!」


 胸を張って顔を空に向け、へらへらと笑いながら。なるべく森へと響くように大きな声でリッキーが叫びます。


 そうして悪口のように言われたことが不満だったのでしょう。不明な声の主はついにイラ立ちを隠せなくなったようです。


『いっ……いい加減にしやがれ!! 何度もくだらないくだらないと……この私の美しく、芸術性あふれる魔法を理解できない野蛮やばんなキサマの方が、よっぽどよっぽど……よぉッッッぽど、くだらない存在だッ!!!』


 そして叫びました。不明な声の主は今までで一番大きな声を森に響かせます。


 ――と、それを聞いたリッキーから笑顔が消えました。少年は真剣な表情となり、森の一方向を注視してその方角へと一直線に走り出します。


 道中にある人形たちを肩で弾き飛ばしながら、森のしげみを突き抜けてあっという間に“その場所”へと到達しました。


 森の中にある泉から少し離れた場所。草が深くしげったその場所に、かがんでうずくまっている人がいます。


『――――えっ?? ななっ、なんですか!?』


 森の中に声がひびきました。そうして響く声とまったく同じものが今、リッキーの目の前にうずくまっている“男性”からも聞こえました。


 屈んだ男を発見したリッキーは穏やかな微笑みを浮かべています。そして言いました。


「ずっとね……“もうちょっとなんだけどな~”と思っていたんだ。なんか聞こえる気はするんだけど、あとちょっとの細かい位置がわからなくってさ。しかしやぁ、ここにいたんだねぇ……みぃつけた♪」


 リッキーが微笑む理由。それは昔、お城の中でかくれている執事や女中を見つけた時のような……かくれんぼで遊んでいる気分だったからでしょう。


 森の中でうずくまっている男性は顔を上げて屈強な少年の姿を見ています。そうして先ほどにあった彼の様子を思い出しながら、身体を震わせて言いました。


『ご、ごめんなさい……わわ、悪気はなかったんだ。ちょっと、その……でも君が無事でよかったよ。うんうん!』


 リッキー少年のまるで無事な身体を見て、うずくまっている男は「へへへ」と薄く笑いました。少年の身体には無数の傷こそあるものの、活動に問題となるような痛手は1つも与えられていないようです。


 不安そうに小さく、呟くような声を森に響かせている男に対して、リッキーは満面の笑顔となって「安心しなよ」と言いました。


 そして言葉を続けます。


「言っただろう“一発殴るだけで許す”ってさ。俺の気持ちは今も変わらないよ……だから、一発だけ、ね☆」


 そう聞いて「そうか一発だけか」と安心したうずくまる男ですが……すぐにさきほどの光景を思い出して顔を青ざめさせます。


 そして、『アガッ!?』といううめき声が1つだけ、森の中に響きました。



 ……その頃、静まりかえった泉の近くでは1人の姿がありました。そこには人形たちだった素材のかたまりがあちらこちらに残っています。無数の人形は何らかの切っ掛けでいっせいに崩れ、自然にかえったようです。


 そうした光景を恐る恐る、慎重に眺めている人――“魔術師イゼラ”は一体なにが起きているのかと周囲を見渡して様子を探っているようです。


 そこに、ズンズンと森の茂みをかきわけてリッキーが姿をあらわしました。


「お~~っ!? イゼラおねぇさん、よかった無事だったんだね!」


 そう言いながら歩いてくるリッキー。彼は肩に男性を1人かついでいます。そして魔術師の前でゴロリとそれを地に降ろしました。


 それは自然の人形たちを操る魔法使い――自称、“創造を司る魔神”ことロキアス=ダレンシュタインです。彼はリッキーの拳骨げんこつ一発によって気絶したようです。


「ほぅ、すごいじゃない。この人って魔女を護る魔法使いでしょ? よく見つけたわね……」


「へへへ☆ どっかにかくれているみたいだったから、ちょっと大声だしてもらってさ! どうやら人形も消えたみたいだし、こいつが魔女を護る悪い魔術師に違いないね!」


 そう言って得意そうにするリッキー。その様子を見て、イゼラは少し不機嫌そうに表情をけわしくします。


「ふぅ……確かに、この人が魔女を護衛する“魔法使い”の1人でしょう。でもあと2人いるのだから、気を抜かないようにね。情報に間違いがなければの話しだけど……」


 イゼラは気絶している魔法使いの横に屈みました。そうして両手を彼の身体に触れさせます。


「へぇ、こういうのがあと2人いるのかぁ。それは楽しみだ――――だへぇぇあっ!?」


 リッキーは言葉の途中で驚き、目を見開いて顔面を硬直こうちょくさせます。


 衝撃の表情で目線を下に向けているリッキー。彼の視線の先には数秒前まで存在した魔法使いの姿がありません。そこには立ち上がって、パンパンと手を払っているイゼラしか人間が存在していないのです。


 ……実のところ、リッキーは視界のはしで一部始終を見ていました。屈んだイゼラが気絶している魔法使いに両手を触れさせ、それから数秒する内に突然として男の身体が消え去った光景を……その目でしっかり見ていたのです。


 リッキーは平然としているイゼラを見ながら思いました。「この人、やってしまったのか?」――と。


 つまりリッキーはイゼラが「ロキアスを一瞬にしてこの世から消し去った」と思ったのです。というより、見る限りそうとしか思えない光景でした。だから不安と恐怖が織り交ざった表情でイゼラのことを見ているのです。


 そうして見られているイゼラは「なんて表情で直視しているのか」と王子の視線を不満に思いましたが……すぐに「ああ」と思い当たって声なき疑問に答えます。


「心配しないで、大丈夫よ。先ほどの男は何もこの世から消し去ったわけではないから」


「そ、そうかな? だって今たしかに――」


「私の魔術によって所定しょていの場所に“転送”した――つまり、現在あの男は帝国の警備隊詰所に居るの。だから死んでないし、安心していいわ」


 イゼラはそう言って両手をひらひらとゆらして見せました。


 リッキーは少し表情をなくして呆然とした後、再び驚いて言います。


「ほぇぇっ!? そ、そんなことできんの!? 帝国って……そんな遠くに今の一瞬で?? えぇ、それって魔術??」


「ふふっ、そりゃ驚くわよね……まぁ、あなたにも色々見せてもらったから教えましょう。私は元々魔法使いでね、それが今使った“転送”の魔法だったの。使用の条件と現象しては――“意識を深く失っている人間”を“術者の知る場所へと瞬間的に移動させる”というものよ。今みたいな気絶する人や深く眠っている人も対象にできるわ。……まぁ、もっとも魔術として解釈はしたけど、未だに私専用の術と言ってもいい状態だけどね」


 イゼラは口元の布を取り去り、表情を露わにして語ります。


「ええ、本当かよ魔術ってすげぇ……しかしイゼラおねぇさん、それってかなり特別なんじゃないの??」


「うん、まぁね。結局今のところは私しかできないことだし、私の評価もその功績などを認められた成果だしね……フフっ!」


 イゼラは横を向いて肩にある翼の刻印をチラリと見せながらそう言いました。リッキーは「これって犬とかもできるの?」と聞きましたが「たまにできるけど人間以外は安定しない」と、少し悩むようにイゼラはくちびるに指をあてながら答えました。


 イゼラの魔術についてすっかり話し込んでいる2人……。


 そうする内に魔術や魔法についてもリッキーは質問していきますし、イゼラも得意気に少年の質問に答えていますが……。


 あまり森の中で時間を浪費ろうひしていると夜がきてしまいます。そのことにイゼラは「ハッ」として気がつき、リッキーに先を急ぐように言いました。


 まだなにか聞きたそうにしているリッキーですが、夜になってしまうと自分はともかくイゼラが危ないので「そうだった!」とばかりに森を歩き始めます。



 ……魔女を護衛する魔法使いのうち1人を倒したリッキー。


 しかし、護衛の魔法使いはまだ2人います。きっと、それらも危険な術を使うに違いありません――――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ