借りとは時の呪いである
『みんな、待たせたわね。グローカルの胡蝶漣よ。なに、お呼びではない? ふふふ、照れなくてもいいのよ』
なぜこうなった……と歩夢は頭を抱えながら、目の前にあるスピーカーから流れる声を聴いていた。もうすぐ夢から覚めて、ワタシとして目覚めないといけないのにもかかわらず悠長なものである。
『今回はね、前もって告知していた通りコラボ配信なのよ。それも外部。あたしの初めての外部コラボよ、讃えなさい』
歩夢が自身の安直な選択を反省している間にも、目の前のディスプレイに移る高飛車な少女の話は進んでいく。このままでは、すぐに私の出番とやらは来てしまうだろう。しかし、それにもかかわらず、ワタシはいまだ夢を見ていた。
ただ、それは仕方なかったことなのかもしれない。
ワタシにとっては夢から覚める程度の感覚だが、歩夢にとっては悪夢を見に行くに近い状況だったのだ。自分から進んでそれを見に行くやつもいまい。
なぜこのような状況になったのか。ワタシはこの厄介ごとを運んできたババアとの出来事に思いを馳せた。
「コラボなんて、どうしてそんな話になったんだ」
体育館の閉館時間もあり、落ち着いた場所に行こうと提案し、近くのファミレスへと移した歩夢と千和。軽食とドリンクバーを注文した歩夢は、飲み物を取りに行くことすらせずそんな質問をした。
「一応、発案者は視聴者っていうことになるのかな」
「しちょうしゃ?」
「うん。ほら、私はさ、少し前に流行ったLIVE2Dを使ったキャラクターで活動してるじゃない」
「まあ、そうですね」
歩夢にとっては周知の事実だった。
千和はイラストレーターであり、小説家でもあった。本人曰く、もともとイラストレーター一本だったはずなのだが、ネットで小説を投稿していたら当たってしまったらしい。そこからは成り行きでという感じで小説家へとなった。しかし、もともとただの趣味。一年間本を出さないなんてざらだった。
「こういうクリエイターって顔を出す機会かないから、存在そのものが怪しいなんて言われるの。近年はSNSの発展でそういうの減ってきたんだけどね。で、私はそういうのが少し怖かったのもあって、何かないかなって思っていたの」
「まあ、確かにSNSも人が増えると本来の使われかたしなくなったね」
「そうそう。そうしたら、ちょうどVTuberが流行っているときにコレが顔として使えないかなって。それでたまに配信しているとね、ちょっと困った提案があって……」
千和が言いよどむ。もともとSNSの嫌な部分を嫌っていた彼女だ、何かそういう嫌なものにでもさらされたのだろう。
十秒くらい、ああどうしようかな……みたいな表情であたりを見回した後、彼女は意を決した態度でそれを告げてきた。
「こう、私の子供たちのコラボってないんですかって?」
「――ごほっ」
予期していた言葉の斜め上を行く回答に歩夢はせき込んでしまう。
「千和さん、子供いましたっけ」
そうなのだ。彼女に子供はいないはず、そもそも結婚すらしていないはずだった。最低でも、歩夢とワタシはそのことを知らない。
「い、いるわけないよ!」
「で、ですよね」
ワタシの疑問はある程度解消された。しかし、ならばなぜ子供という単語が出てくるのかという新たなクイズがワタシたちの前に提示される。
「なら、その子供とはどういうこと」
当然の質問だった。こんな不確定要素が多い問題なんて解けるはずもないのだから、ギブアップして本人に聞くのが一番だろう。
そう思って千和の口が開くのを二人して待つ。この時、まさか先ほど以上の衝撃がその口から語られるとは思っても見なかった。
「そんなのあゆむちゃんに決まっているじゃないか」
「……はあ!?」
目を見開くワタシと歩夢。自分の従弟だと思っていた人物が、お前の母親だとカミングアウトすればこうもなろう。
ただ、冷静になればなにかしらの揶揄だということは分かることだった。
歩夢と千和の年の差はわずか三歳とちょっとだ。もし、本当に母親ならば、彼女は三歳のころに出産したことになる。それはつまり、葉月千和の名前がギネスに乗るということであった。
「で、本当にどういうこと」
もちろん、そんなことはない。
「えっと、ライバーには自分の身体の生みの親、つまりはイラストレーターをママやパパって呼ぶ習慣があるの」
「つまりは、俺のママは千和さんってことか」
「そういうことだね」
「はぁ……、はじめて知ったよ、そんな慣習。どこかの部族?」
少し失礼な物言いで文句を言う歩夢だったが、彼もその部族の一員だということに気づいているのだろうか。たぶん失念しているだろう。
ここまで来たら、ワタシも歩夢も目の前の彼女が言いたいことが何となく予想できていた。同じ業界の人間の情報が一切聞こえないことはさすがにない。たまに聞く『○○家』や『△△家族』はそういう要因でできたグループということだと考えることができた。
「部族は失礼じゃないかな」
「バーチャルに生きる新生物だから、あながち間違ってないよ」
「それはそうだけど」
不遜な物言いでそれを口にする歩夢。その言葉に、千和は苦笑いを浮かべるのだった。
「まあ、それでね。私が担当した子が二人いるんだけど、一人はもちろんあゆむちゃん。もうひとりは――」
「その子ってわけ」
机の上に投げ出されているスマホの画面を歩夢はさし示した。そこには、先ほどと変わらずある少女の写真があった。
確かによく見てみると、ワタシに似ている気がする。髪の毛の透き通りや目元などはそっくりだった。ここまで似た容姿であると、少しセンチメンタルな運命のようなものを感じる。
「そう、グローカルに所属している子なんだけど」
「ああ、確か大手だっけ」
「そう。で、その子のもとにも同じようなリクエストが来ていたわけ。それで、その子のマネージャーさんからどうにかして連絡取れませんかねと依頼されたわけさ」
「ふーん」
「いや、ふーんじゃないよ」
頼られたことを誇っているのか、そのボリューミィな胸を張る千和。その双丘に吸い寄せられないように上の空を見ながら、歩夢は関心のないような返事した。
「でも、あまり興味ないし。もともと、この業界そのものはどうでもいいんだよね。個人で楽しんでいるだけだから」
「で、でも配信してるじゃん」
「あれも広告塔みたいなものだよ、うちのチームの。動画投稿サイトの最盛期の時にプロ野球とかのチャンネルができたのとあまり変わらないよ。今は5Gのおかげでそういうサイトが使われることはあまりないけど」
歩夢は昔を懐かしむような瞳をしてそう語る。その哀愁が伝わったようで、千和も感慨深い表情をしていた。
「そんな感じで、俺の娯楽を支援するのを条件に配信しろということ。だから、俺は顔バレしているし、義足のことも視聴者は知っているよ。ある意味、有名人がバーチャルの世界へ行ってみたというアプローチに近い」
「ということは、私と似ているってこと」
「そういうこと。だからその……胡蝶漣っていう人がどれだけ有名かとか知らないよ。NBA選手の名前が言えて、メジャーリーガーの名前が言えないのと一緒」
そう言い切ってしまう歩夢。その言い方には少しとげがあり、人によっては無関心という意味に聞き取られない発言だっただろう。むしろ、そっちのほうが多いのかもしれない。だが、歩夢は決してそういう意味で言ったわけはなかった。
千和もそのことには気づいていた。
「コラボは受けてくれるよね」
だからこそ、彼女は強気に行く。歩夢が断れないことを見越しての行動だった。
実はいうと、歩夢は断りたかったのだ。ただ、一方的に拒絶するのは千和の恩があるから避けたかった。だからこそ、彼は少しずつ外堀を埋めていったにもかかわらず、彼女はそれを一足飛びしてきた。
「えっ、それは」
さすがにまずいと思ったようで歩夢は反論しようとするが、それを遮るように横やりが入った。
「失礼します」
店員が注文した品物を運んできたのだ。これによって、反論の機会は失われたに等しい状況だった。
だが、そんな劣勢でも、歩夢はその案件を回避するために手を打とうとする。
「やっぱり上司がうるさ――」
「おごるよ」
たったそれだけの言葉だった。そんな貧相な文字によって、歩夢の身体は拘束されていた。それほどに、今の彼にとっては魅力的な音だったのだ。
「この前言っていたよね、いい機材を買ったからお金がないって。ぜいたくな暮らしはできないって。良いんだよ、今日は。どんな高いもの頼んでも私が持つから」
「で、でも、千和さんにお金を払わせるのは……」
そういって、自分の心に逃げ道を作ろうとする。身を焦がすような耐えがたき誘惑を阻んでくれる壁を建築しようとする。
だが、
「大丈夫、金は腐るほどあるから」
そんな男前で、どこかから怒られてしまいそうな言葉によって壁は簡単に瓦解した。
残念ながら、千和は一応スポーツ選手である歩夢よりも稼ぎがいい。どれほどかというと、一年間本を出さなくてもいいくらいである。
「それに、あゆむちゃんのアバターの件もあるしね~」
挙句の果てにそんなことを言われてしまえば、歩夢にはもう逃げ道などなかった。残るのは、一寸先がどうなっているのかわからない暗雲立ち込めるルートだけである。
「……わかりました、受けます」
「うん、よろしい」
彼女の案を呑むしか、彼に許された行為はなかった。
そして、ワタシは巻き込まれた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆さんの期待道理の作品になっていれば幸いです。
最後に『面白い』や『楽しかった』『頑張って』と思っていただけましたら、下の広告の向こうにある評価をしていただけると幸いです。
特に【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にしていただけると途轍もなくやる気が出ます。
続きを描くやる気やほかの作品を描くモチベーションになりますのでぜひよろしくお願いします。