彼らは何も変わらない
「やばい。卵焼きが焦げる……ッ」
この世界のワタシである多田歩夢の朝は、一般的な社会人の例に漏れず慌ただしい。ただそれは、別に朝に弱いとか寝坊しやすいとか、そんなわかりやすい理由ではなかった。
「いたっ! くそぅ、何がバリアフリーマンションだよ。車いすくらい簡単に通れるように設計しててよっ」
朝から自らの怒りを見当違いなところにぶつけて盛り上がっている。先ほども気を付ければ何事もなく通過できたはずなのに、寝ぼけているせいで車いすの操作を誤ったのである。そのせいで、歩夢は腕を壁にぶつけていた。
――文句を言いたくなる気持ちが分からなくもないが……。
この世界のワタシはとことん不便な身体をしていた。本来あるはずの足はそこにはなく、ただの空白と化している。右足はひざ下付近から、左足に限っては大腿部からない始末だ。ゆえに、自分自身の力だけでは歩くことすら困難だった。もっぱら車いすか義足に頼るのがこの世界のワタシだった。
「うん、弁当の準備よし。洗い物は帰ってから。洗濯物は……もういいや」
カチャカチャと昨日外していた義足を再び自分の足につけ始める歩夢。慣れた手つきで行ってはいるが、それでも時間はかかる模様だ。
コンタクトと違って、つけたままにしていても人体への害は少ないのだからそのままにしておけばいいのにと私は思わなくもない。だが、歩夢にとってそれは嫌なことらしく、出来るだけ身軽にしておきたい人間らしい。
ワタシも義足の生活を強いられればこうなるのか。歩夢はワタシ自身でもあるためそう考えたが、すぐにそれ拭う。
「それじゃ、行ってきます」
そんなことを考えていると、いつの間にか身支度を終えていた歩夢が玄関から出ようとしていた。返す人がいるわけでもないのに、彼はいつも事あるごとに挨拶をしている。
ワタシも急いで彼の後を追いかける。別にぼーっとしていても、歩夢に引っ張られる形で連れていかれるのだが、それでは釈然としないのがワタシだった。たぶんだが、誰かに従わされているという状況が気に食わないのだろう。
「おはようございます」
「あら、歩夢ちゃん、オハヨウ。昨日の配信も見たわよ。なんか災難だったわね」
「あ、あははは……。まあ、よくあることですから」
追いつくと、大家につかまっている最中だった。何でも、昨日のワタシを見ていたということらしく、少し気恥ずかしくなってくる。誰かに見られているということは慣れたと思っていたが、面といわれるとやはり恥ずかしかった。
「そう、楽しそうだからいいけど。はじめにあれを知った時は驚いたわよ。全然性格が違うもの」
「そ、そうですかね」
心なしか歩夢のやつも恥ずかしそうにしている。彼も彼で恥ずかしいのだろう。実際面と向かって言われているのは彼のほうだから、ワタシよりも恥ずかしさはすごいのかもしれない。
「じ、自分これから仕事なので」
「あら、それはごめんなさいね。お仕事頑張ってね」
「はい」
一人暮らしを始めてからというもの、こういう風に見送られることに疎くなっていた歩夢は、嬉しそうに頬を赤く染めていた。大家に振り返す手の動きも、厳かだがはしゃいでいるようにも感じる。
そんな風に少し浮かれつつも、その金属質の足をかき鳴らしながら、歩夢は自分の住むマンションから出発した。
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