夢から覚めた先に
昨日はもう1話投稿するとか言っておきながら、それをしなかったこと誠に申し訳ございませんでした。
学校のテストか、バスケの試合か、例えはなんだっていい。集中しているせいで視野が狭まっている状態から、まるでチャイムが鳴った瞬間のように、ホイッスルが鳴った瞬間ように、その専心していた心が瓦解した。
今目覚めたはずなのに、あの煩わしいくらいの倦怠感もあの激しく後を引く欲求もなく、ただただ知覚範囲が広がっていくような心地しかしない。
「あっ…………。今日もチャージ感謝する」
急激に身体が覚醒するさなかに拾ったのはそんな声だった。幾星霜にも渡り聞き続けたことのあるその音色には、もはや愛着と呼べるものすらあった。
「では、今度こそ、サラダバー」
ワタシが良く述べる挨拶を、ワタシではない誰かが、ワタシと同じ声で発した。明々と光るモニターに照らされている彼は、ワタシとはまったくもって異なる容姿容貌だった。しかし、その人影は紛れもなくワタシ自身であった。
そんな奴の後頭部を見るような形で、ワタシは目覚めるように意識を取り戻す。
「はぁ、本当に上司は何を考えているのか」
カチカチというマウス特有の音を鳴らしながら後処理を行う男性。画面には、先ほどの配信のフィードバックが示されていた。最高視聴者数から投げ銭の合計金額までといった感じで、ありとあらゆる情報がそこに乗せられていた。
ページをまたぐと、変化をわかりやすくしたといわんばかりのグラフが表示されたり、コメントをしてくれた人たちのアカウントがずらりと並んだりしている。
ただ、そんな画面の中でも、変わらずに表示され続けているっものが一つだけあった。
「高評価と低評価の割合は今までと同じくらいか。ドッキリだった分、その数はいつもより少し多いかな」
自己分析をすることは殊勝な心掛けだと思わなくもなかったが、目の前の彼にとってそれは果たして自分なのだろうかと思えてしまう。
「アーカイブはこのまま残すし……」
現代人の常か、若干独り言が多い。ただ、これはワタシにも言えそうなことのため強くは言えない。はたから見れば、ワタシもただ独り言をつぶやくだけの生き物だ。
「アユム……か。本当にどうしてこんなことになったんだろうね」
男はワタシの名を口にした。彼の目の前に表示されているのは『AYUMU Ch. 多田アユム』の文字と、ワタシのバストアップ写真。その近くには、十万人という数がフォロワーの人数を示していた。
これが多いのか少ないのかは個人によるだろうが、少なくともワタシも目の前の男も少ないとは感じていなかった。むしろ、自分の誇りになる程度には名誉な出来事だと実感している。
「外見が似てないのももちろんだけど、性格もどこか浮世絵離れした気持ちになってしまうし、本当に夢でも見ている気分になる」
彼の言う通り、画面に映るワタシの写真と男性の姿は、お世辞にも似ているとは言えないほどかけ離れていた。顔とか髪の色とか瞳の色とか言い出せばキリはないのだが、何よりも絶対的に同じでない部位が存在していた。
「だからこそ、配信が終わるたびに、計り知れない虚しさに襲われるよ。いまもだ。子供のころの――無邪気で何のプライドもなく、ただただかあさんに甘えていた日々の夢から覚めてしまったみたいになる」
目の前に映るワタシが、まるで自分であるかのように語る男。その言動に、一種のロマンチストな何かを感じられずにはいられなかった。自分に自惚れてうっとりしてしまうような感覚になる。
「ほんと、お前は誰なんだ?」
――ワタシはキミだ。
彼の言葉にそう返す。ただそれが聞こえることは一生ない。そんな奇跡起きようがない。そもそも、奇跡のような薄っぺらな代物で片づけられることでもなかった。
気が付いたら、ワタシはここにいた。こいつの周りをただぐるぐる回るような存在だった。この男を観察している何かかと聞かれれば、YESとも答えるしNOともいえるだろう。
底知れぬ何かを直感していた。俯瞰で自分を見ているのだという、まったく訳の分からない事実をワタシは理解している。
「……なんて、お前は俺なんだけど。まあ、配信者のサガというやつなのかもしれないな。ネット上で性格が変わるやつがいるのは周知の事実だし、俺もそういうものなんだろう。うん、きっとそうだ」
この男はこう言っているが、ワタシは知っている。
「明日は練習日だし、そろそろ寝るか」
彼はワタシ本人なのだろう。彼の深層心理が手に掴むようにわかる時点で察していた。だからこそ、こうやって自分に言い聞かせるように我慢する理由も知っている。周りに隠すように生きているということも。
それもまた一興というものなのだろう。真実がすべて押し通るならワタシという存在が生まれた意義がない。
「歯磨き粉、歯磨き粉ーと」
ギコギコと、元来であれば人の身体から鳴るはずのない音が彼から聞こえてくる。金属部をこすり合わせるような音。ゴムで守られているのか、甲高い気味の悪い感じではない。だが、それを差し引いてもおよそ人体からは発生するはずのない音だった。
ワタシと彼の最大の違い。髪の色とか瞳の色とか、そんなものが陳腐に見えるほどに、ワタシと彼の間には決定的な差があった。
「ふんふーん」
まるでコンタクトを外すように、まるで眼鏡を外すように、彼は鼻歌交じりの声であるものを身体から脱がす。
「おやすみ」
ただ、それだけを言って部屋の明かりを落とした彼は、すぐに寝息を立て始めた。
カチコチと、壁にかけている時計が六〇ビートの速さで音を刻む。それを聞きながら、ワタシは自分の足を見た。
――こんなオレだからこそ、こんな姿のワタシの夢を見るのだろうか。
まどろみに溶けていく意識の中、あるもう一つの仮説をひらめく。しかし、それは遠い彼方の無意識へと消えていった。
――こんなワタシだからこそ、こんな姿のオレの夢の見るのだろうか。
すべてを包み込む安らぎの奔流の中、最後に残った意識が見たものは――二つの義足と車いすだった。
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