この世界は何でもできる
初めましての方は初めまして。そうでない方は、再び私の作品を読むために来ていただきありがとうございます。
この作品は、いま開拓されているバーチャルの世界をモチーフに書いたものになっています。
ですので、その向こう側にリアルの人間がいるということを受け入れられない方は、まことに心苦しい限りですがブラウザバックを推奨しています。
そんなのきにしない、という方はどうぞ最後まで読んでいってください。よろしくお願いします。
「おおっ。しかと見よ、この美しい景色」
目の前には、鮮やかに色づいた生き物たちが広がっている。日本でこの景色を見ることは不可能かもしれない、そう思えてしまうほどの絶景がそこにはあった。
「あれは、たしかアレだな。昔の映画に出ていたヤツだ」
右手には、イソギンチャクに身を隠すクマノミの姿が見えた。それを認識した瞬間、年甲斐もなくワタシは大はしゃぎしてしまう。
興奮しながら激しく吐息を漏らすたびに、ブクブクといったかんじで気泡が上に昇っていく。その泡を押しやるように前に進んでいった。
「あの魚は何という名なのか、さすがに金魚ではないと思われるが」
その身体は金魚のように朱に染まっているが、きらりと太陽の光を反射する瞳はスペクトルのような虹色を奏でる群青だった。そんな奇妙で、でも不思議と美しいとも思えてしまう魚が目の前を横切っていく。
「むぅ、無念」
少し悪戯心が働いてしまった。
「逃げられてしまったか。まったく、ワタシからの好意を無碍にするとは……。しかし、だからこそ、ワタシはキミを追い求めるのだろう」
その魚の通り道を遮るように手をかざしたのだが、するするすると件の生き物は遠くに泳いで行ってしまう。彼に連れられてか、周りの同種の魚たちもまた、その軌跡が蛇のようにうねるように動きながら向こう側へと消えていった。
「やはりきれいなものだな、グレートバリアリーフっ」
朱に染まる彼らが去っていったほうを見ると、紅葉しているのかと勘違いさせるような大地が広がっていた。その光景に目を奪われると同時に、その“紅葉している”という言葉がいささか不適切だということにも気が付く。
そこに広がっていたのは、赤だけではない。緑や青が原色であろう色とりどりの樹々に、そこを優雅に泳ぐこれまた鮮やかな魚たち。これを言葉にすることは不可能、と半ばあきらめてしまうくらいのナニかがそこにあった。
「こんな景色、陸で見られることはめったにないだろう」
ぱしゃ、ぱしゃ、と。カメラのシャッターを切りながら口々にそんな思いを伝えようとする。ある程度状況は理解していたが、どうすることもできないほどに我を忘れていた。
「伝わるか、この美しさ。もうアレだ、あれ。こう母なる大地の神秘の結晶みたいな熱い思いを感じる。まさしく、大地讃頌といったところだ」
感動しすぎで、すでに語彙力に割く脳の面積はなくなっていた。いま目の前に広がる景色を焼きつけようと努力するあまり、これが仕事だということを忘れてしまう。
視界の端にも、この感動を理解してくれた人たちの言葉が流れていった。実際に一度は行ってみたい、沖縄にも似たようなところがあるよ、海を体験できてよかったですね。そんな暖かいコメントが並ぶ。
「これを見せてくれたチームのみんなに感謝だな」
そんなことを言いつつ、どこまでも広がっている光景をどうにかして収めようと、様々な角度から見ようとする。
空と海の境界は、まるでそれぞれの生と死を分けるみたいに薄く強くきらめいていた。海を支える大地は、その器のでかさを見せつけるように優しく気高い色を見せている。そんな世界を優雅に生きる生き物たちは、甘美な光景を見せつけてくる。
どれを失っても成立しない美しさに、ワタシは心をときめかせていた。
「……? なんだ」
そんな興奮冷めやらぬ中、唐突に不穏な音が耳をつんざく。先ほどまで流れていたポップでアップテンポな音楽は鳴りを潜め、サスペンスやホラー映画などで流れるような感じの音が世界に響く。
同じメロディラインを繰り返すようにして恐怖を与えてくる。不協和音が混じり始め、さらなる恐怖を与えてくる。さらには、息もつかせないといわんばかりに不気味なコーラスが聞こえてきた。
同じ表現が短いテンポで何度も繰り返される。
同じ言葉が短いテンポで何度も繰り返される。
同じ単語が短いテンポで何度も繰り返される。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返される。
同じリズムが続くことにより、永遠にそこから抜け出せないかのような錯覚を与えてきて、ワタシを恐怖に陥れていく。
「なにがっ。何かが来る!」
チラチラと目に入る言葉の数々は、この先に待ち受ける過酷に期待した熱意が並んでいた。あの企業がこんなもので終わるはずない、騙されたんだよ、流れ変わったな。先ほどとは打って変わって、心にもないコメントが一気に流れていく。
「草はやしている場合ではな――ひっ」
本当に自分のファンなのか疑いたくなる言葉に反論しようとするが、徐々にテンポが上がっていく音楽への恐怖が勝ち、そんなことをするどころじゃなくなってしまう。
駆け足になっていくメロディが、自分に何かが迫っているのではないかと疑心暗鬼にさせようとしてきた。しつこいように繰り返される単純な音型が、強迫的な心情を掘り起こしていく。
「これは、激ヤバというやつではなかろうか。どれがどうとは詳しく言えんが、優秀な君たちなら察してくれると信じている」
さんさんと煌めく太陽がこれでもかというくらい竜宮城を照らしていたはずだった。それなのに今や陰りが徐々に強くなってきており、それは音楽がハイテンポになればなるほど濃く深くなってきている。
先ほどまで感動的になるほどに美しい姿を見せていたはず海は、すべてを塵芥に化さんとする化身のごとき恐怖を纏っていた。
少し前までこの世界を享受していたワタシの喉元にその刃を突きつけてくる。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。怖い。恐い。怖い。怖い。恐い。怖い。怖い。恐い。怖い。怖い。恐い。怖い。怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い怖い恐い怖い――やめろっ。
ワタシの心はそんな思いだけに支配されていた。
「そんな笑ってないで少しはワタシのことも心配したらどうだ!」
流れるコメントに向けてそんなコメントを言うが、お門違いなことは分かっていた。そもそも、心配されたとしても彼らにこの状況をどうにかする力はない。
ただ、ワタシはそんなことも考えられないくらいに焦っていた。言ってしまえば、恐慌状態に陥ってしまっていた。
「う……うしろ――だと?」
そんな中、ある一人がそう言ってくる。すると、せきを切るように皆一様にそう言葉を残していった。
ある種の恐怖が振り向くことに歯止めをかけてくる。怖いものは見なければいい、嫌なことからは目を背ければいい。そんなものと似たような感覚で、ワタシの身体をがんじがらめにしてきた。
心臓が大きく震えているのが分かる。伸縮を繰り返す身体のせいで、呼吸が乱れているのを感じる。それを感じ取ってか、目の前では多くの気泡が生まれては天に召されていく。ブクブクといった音が、命を削る曲にさえ聞こえてくる。
そんなこんなで、どのくらいその場に固まっていただろうか。幾重にもそうだったかもしれないし、一瞬だったのかもしれない。真実は数秒だった。
ただ、その数秒というのは、ヤツにとって永遠にも感じるくらいの準備期間だったことだろう。
「……っ……」
自分のいる場所の影がより一層濃くなったのを感じた。ぬぅっ、と誰かが俺に覆いかぶさるような形で後ろにいるのだと直感する。
「……」
世の中には、怖いもの見たさという言葉がある――ただ。
「あっ」
好奇心は猫をも殺す、という言葉もある。
ワタシはそいつと目が合った。
もし、これがいたいけな青春時代を歩む男女だったら、そのまま恋に落ちてしまいそうなくらいに情熱的な邂逅だった。お互いしどろもどろになりながら自己紹介をし合い、どちらかが少しでも積極的であれば連絡先の交換でも済ましてしまうだろう。
今の若者だったら、そのまま告白まではいかなくてもマブダチのような関係にまで発展してしまうのかもしれない。
しかし、残念ながらそれはワタシの妄想であり、この世の幻想でもあった。そいつは、そのプラトニックに満ちた瞳でワタシを一途に見つめながらこう口を開いた。
――いただきます。
ワタシはそう感じ取った。
「た、食べようというのかっ」
叫び声をあげながら必死にもがくが、海のギャングには一切効果はなく、そんな行動など無いに等しかった。その可愛らしい見た目とは裏腹に、口の中に隠し持った刃でワタシの血肉を引き裂かんと迫ってくる。
「くっ、もはやここまでか……」
身体と比べたら思ったよりも小さく、でも人間基準にしてみればとても大きい口が目の前にあった。それを理解した時にそんな声が漏れる。
パクリという音が聞こえてきそうなほどの雰囲気で頭からかぶり付かれる。まるで棒の先に付いたキャンディを舐めまわす子供みたいに、もごもごとされている気がした。
「騙されたな、ほんとに……」
すでにワタシは逃げる気を失っていた。はじめは生物的本能からか生き延びようとしていたのだが、自分の力ではどうしようもない脅威が襲来した時、人は呆然と成り行きを見守ってしまうということを知った。
そんな悲惨なことになっているなど知る由もない奴らは、おのおの思ったことを視界の端の言葉という形で伝えてくる。それを見たとき、昔学校で習った故事成語を思い出した。
「天の理もなく、地の利なんてシャチに勝てるわけもない。ましてや、人の和すらない状態でどうすることもできないというものか! この馬鹿どもが――」
それが辞世の句といわんばかしに、ワタシの目の前は真っ暗になった。
長いトンネルを抜けた先に待ち受けていた太陽の光に襲われるような感覚にさらされる。急激に変化した明度を過敏に感じつつも、うっすらと映る景色を見ようと目を瞬かせる。
そこに見えたのは少し温かみのある砂浜と、それを遮るように書かれてるおどろおどろしい赤文字だった。君は死んだ。死因はシャチによる捕食だ、といった感じの言葉が綴られている。
「何かがおかしいと思ったのだ。うちの企業がこんな頭お花畑なもの渡すはずないと。ふたを開けてみれば、ホラゲームということだったのか」
ワタシの言葉に呼応するように、目の端には様々な言葉が見て取れた。
だから言ったのに、あの企業を簡単に信じちゃダメ、すべては受け取ってしまった君が悪い、草、草、草、草、草、草草草草草。
多くのコメントが流れていく。しかし残念ながら、ワタシを擁護してくれるようなものは一切見つからない。つまりはそういうことだった。
「ワタシのサポーターって皆そうだ。裏で口合わせでもしてるのか」
誰も自分を弁護してくれない状況に嘆息しつつ、時計をチラ見する。二十一時五十四分。お開きにするにはちょうど良い時間帯だった。
「次の配信は、これを作ったのであろう馬鹿野郎を切腹させるところからだな。いつになるかは不明だが、SNSとかでお知らせはしようと思うから心しているように。不安な人はこのチャンネルのフォローをしてくれ。通知が受け取れるはずだ」
幾度となく繰り返してきた常套句を口にする。ついぞ慣れてしまったのか、昔に比べて活舌良く言えるようになってしまった。
「それでは、ワタシに暇ができたときか、あの上司が無茶振りしてきたときにでも会おう。サラダバー」
もはや定着してしまった意味の分からない挨拶をしつつ、ワタシの意識はゆっくりと落ちていく。
周りに広がっていたきめ細かい砂浜も、透き通るような海の水も、彩り豊かな魚たちも消えていく。黒というよりは、何もないが故の無の色へと移り変わっていく。消える瞬間の事象なのか、ポリゴンのような角張った図形が見えてしまうのが、今のむなしさを余計に加速させている気がしてならない。
夢は終わりだ。そう世界が告げてきた。いや、もしかしたら夢を見ようといってきているのかもしれない。そんなよくわからない浮遊感に包まれながら、意識は暗転した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆さんの期待道理の作品になっていれば幸いです。
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今日、もう一話上げようと思っておりますのでそちらのほうもよろしくお願いします。