短編︰ヘタレ王太子殿下は私のことが嫌いなご様子で
ざまぁではありません。半分ギャグです。
合わない方はブラウザバックで。
フリードリヒ王立学院高等部貴族科の卒業式典が終わり、卒業を祝う親愛なる夜会の場でそれは起こったのです。
「アンネローゼ・フリードリジア! 俺はお前との婚約を破棄する!」
後ろにとりまきの男子生徒を引き連れ、女生徒の身体を引き寄せる男の名前はアレクサンドル・ユールノヴァ。この国の王太子──つまり次期国王です。
その飽きるほど聞き慣れた声が空間を切り裂くようにつんざきます。どうしようもなく不快で不安です。こんなふざけたことをしてる理由は分かっているのに。
彼が私のことを愛していないことも、全ては私を追い出すための根拠の無い芝居だということも。わかっているのに。
そして、一度目を瞬かせ、前を向き美しいお辞儀を見せます。
「かしこまりました。ご命令謹んでお受け致します」
「そう言うと思っ……は? 今なんと言った。嘘だよな?」
「我が国の重鎮がいらっしゃる場でのご発言、すなわち王命と理解します。勿論国王陛下の許可は得ていらっしゃるのでしょう?」
「あ、ああ! ももももちろんだ!」
少し強めな発言をしただけなのに殿下はたじろぎました。後ろに下がらないだけまだいいものです。殿下は形のいい唇を噛みました。これはどうやら陛下の許しを得ていないようです。
「だが……なぜ理由を聞かない!」
「なぜ、とおっしゃいますと?」
「お前は今、俺に理由もなく婚約の破棄を申し渡され、意味もわからず名誉を落とされたのだ。それなのにどうして何も聞かない!」
どうやら私が考えていたよりも、殿下はおつむが弱いようです。口元が緩みそうになるのを慌てて引き締めました。お楽しみは後に取っておかないと。
「必要ないからですわ」
「必要ない、だと?」
「ええ。私フリードリジア公爵家が娘アンネローゼ・フリードリジアとアレクサンドル・ユールノヴァ殿下との婚約を決めたのは陛下であり、その陛下が婚約の破棄を告げるよう殿下におっしゃったのであれば、私が否を唱えることはございません」
辺りが静まり、言葉のひとつひとつに耳をすませます。初めは面白半分で見ていた方々は、今は一人の貴族として見定めています。姫殿下のいらっしゃらぬ我が国の淑女界を率いていく者として、公衆の面前で婚約破棄されたことをどのように乗り越えるのかと気になっているのでしょう。
なにせ殿下が捨てたのです。殿下の後釜となり、優秀な人材を手に入れたいとどの貴族も考えているからでしょう。
「それに、もし仮に。仮に陛下の許可が降りていなかったとしても私は否を唱えなかったでしょう」
「……どういう意味だ?」
怪訝な顔をする殿下。このままではボロを出してしまうかもしれません。私には関係がないですけれど。
「殿下はなぜ私に婚約破棄の理由を聞かないのかとおっしゃいましたね?」
「ああ。それがどうした」
「私はすでに、その理由を知っているのです」
「……知っている、だと」
動揺されています。ええ、そうでしょう。気づかれているなんて思いもよらなかったはずです。その証拠に指先が小刻みに震えていらっしゃいます。私以外には気づいている方はいないと思いますけれど。
「殿下は真の愛を見つけた。そうでしょう?」
「……っ、そこまで知っていてどうして何も動かなかった。フリードリジア公爵に助けを求めなかったのか!?」
「求める必要がどこにあるというのです?」
会場の大扉が開きます。何度もご挨拶差し上げたので、そこにいらっしゃるのがどなたなのかすぐに分かりました。
「国王陛下のご入場にございます!!」
殿下が言葉に詰まった会場へ、ようやく陛下が現れました。人々はいっせいに立礼し、静まりかえるその会場の中心に三人の人影がいるのを見つけると、真っ先にその場へやってきました。
「面をあげよ」
陛下はその目に諦観を持っています。
そして重々しく口を開きました。
「なんの騒ぎか。答えよ、フリードリジア公爵令嬢」
「栄えあるユールノヴァ国王陛下に拙い言葉で問いかけることをお許しくださいませ。……この場を見て、説明が必要でしょうか?」
その言葉に、陛下ただ一言「いらぬ」と返します。そして物言わず手を振り、続きを促しました。まるでこうなることが分かっていたかのようです。
「では殿下、傍らにいらっしゃる男爵令嬢の名をお聞かせ願えるでしょうか」
アンヌが、そう口にしました。そして私の腰を抱いている殿下が、王立学院での私の名前を言葉にします。
「ああ。この者は俺の恋人である──アリシェリル・ロードラインだ」
身体が思わず震えてしまいます。歓喜です。興奮です。
ようやく、ようやく──私の出番が来ました。
「国王陛下、並びに皆様方に挨拶させていただきます。アリシェリル・ロードラインあらため、アリシェリル・コールドラインと申します。この度は名前を偽っていたことを深く謝罪申し上げます」
殿下から離れ、私は陛下へと頭を下げます。気づく気配はいくらでもあったというのに、さいごまで殿下は気づかなかったのです。
あの程度で……よくもアンネローゼを妻にしようとしたものです。吐き気がします。
「……どういうことだ。アリス! 君は騙していたのか!?」
なんと愚かなことでしょう。陛下の御前だというのに、よく声を荒げられるものです。たとえ立太子をしていても、陛下が一言告げればその地位が崩れ落ちると分からないのでしょうか。
「余が許す。真実を告げよ」
「かしこまりました」
陛下の許しを得て、私は顔を上げてアンヌの隣へ並びました。
「私はここにおわします国王陛下の名において、父であるコールドライン伯爵が持つ男爵家の名前で王立学院に通っておりました。その理由は、陛下よりアレクサンドル殿下を誘惑するよう王命を頂いたからです」
「なにっ!?」
「この場において皆様に宣言致します。この三年間の私の行動は、すべて殿下とその周りの方々の行動の是非を確かめるものだったと」
私の言葉に、皆様が顔を見合せます。驚きましたでしょう? それにしても、どうして殿下はそのように愕然としたお顔をされるのかしら。まだ終わっていませんのに。
「殿下。あなたは不合格です」
「何故だ!」
「言わなければわかりませんか?」
「……」
お可哀想に。言わなければわからないようです。
「このような場で婚約破棄などという真似をなさるのが良くないのです」
「だがそれは──!」
「私を不敬罪で追い詰めるつもりでしたのね? ですが他にも方法があったはずですわ」
そんなこと、考えもしなかったのでしょう。怪しい、おかしい。そして何より。
「殿下はただアンヌを嫉妬させたかったのでしょう?」
「なっ、何故それを!?」
「なぜも何も、見ていればすぐわかりますわ。殿下の真なる想い人とはアンヌのことですものね?」
私の言葉に、うんうんと頷く生徒たち。
「授業中は、ちらちらちらちらとアンヌを見ておりますし。私といる時もアンヌの話ばかりですし、夜会ではアンヌの傍から離れませんし。見ていて砂糖が出てきそうでしたわ」
またしても、うんうんと頷く生徒たち。
「ほら、何か言うことはありませんの? アンヌに何か言うことはありませんの? 散々言っていたではありませんか。好きだとか、愛しているだとか、付き合って欲しいとか結婚してほしいとか嫉妬して欲しいとかデートしたいだとか気持ちを教えて欲しいとか百本のバラを受け取って欲しいとか抱きしめさせて欲しいとか手作りのお菓子を食べさせてほしいとか手を繋ぎたいだとか手紙のやり取りをしたいだとかピクニックにでかけた──
「やめてくれぇぇぇええええ!!」
がくりと殿下が膝を付きます。半分魂が抜けているようでした。まぁ、はっきりと言えない方などアンヌの相手に相応しくありませんもの。
私の気持ちはさておき、満身創痍な殿下に、陛下が沙汰を下しました。とどめです。
「アレクサンドルに命ずる。これよりは王族に伝わる修行をせよ。それの完了と同時にアンネローゼ・フリードリジア公爵令嬢との婚姻を認める」
「は?」
アンヌが手を差し伸べました。さながら聖女のようです。殿下が涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげました。なんてひどい顔かしら。
しかしアンヌは聖母のような微笑みで殿下を立ちあがらせます。頬に少し紅が入っているのがなんとも愛らしいですわ。
「私のことを好いてくださっているのでしょう? 不器用なところも素敵ですが……このアンネローゼの隣に立つのですからもう少し自信を持ってくださいませ」
「ア、アンネローゼ……」
「アンヌ、でございましょう?」
亀のように進みの遅い殿下のことは置いておきましょう。まったく、私の愛しい友人が……殿下なんかに取られてしまうなんて。ですが、アンヌが望むことですものね。そのためにこの茶番に参加したんですもの。まぁ、理由はもうひとつありますが。
「そして此度の功労者アリシェリル・コールドライン嬢の望みをひとつ叶えると約束しよう。何がいいか」
そうです。私はそれを楽しみに待っていました。ここからが私の本番なのです。この三年間はこの言葉のためにありましたから。
「それでは、騎士団長ハロルド・カンツェローゼ様に求婚をすることの許しをくださいませ。彼の方が私をお認めになりましたら祝福をくださることも」
「よかろう」
「いやちょっと待て!?」
殿下がぐるんと私を振り返ります。
「どうしたアレクサンドル」
「陛下! いえ父上! もしやそれを餌にアリスに王命を与えたのですか!?」
あら、私がハロルド様を愛していること殿下は知らなかったのでしょうか? なかなかに有名な話ですのに。ほかの貴族の方々も後押ししてくださっているのですよ? 全く……情報収集能力に劣りますわね。
「ああ。あとはハロルドがアリシェリル嬢に落とされるだけだ。アリシェリル嬢、法に触れぬぎりぎりのラインまでの求婚と、カンツェローゼ家の通常室までの自由な出入りを許可する。故に──必ずやハロルドを落として見せよ!」
「かしこまりました。私、何年かかってもハロルド様を落としてみせますわ!!」
ハロルド様は今はまだ私から逃げていらっしゃいますが、陛下の後ろ盾がついた今なら逃げられるはずもありません。
私は立ち上がり、勢いよく人差し指を立てて宣言します。
「決して逃がしませんことよ!!」
その後のことですが……もちろん三年と経たずに結婚式をあげましたわ。その点はヘタレ殿下に感謝ですわね。未だにからかってさしあげているからか、殿下は度々失踪なさいますけれど。
読了感謝。他にも悪役令嬢もの書いてます。よかったら他の作品も見てください。一番下の作者マイページからいけるので。今後の更新については活動報告の重要を見てください。
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