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第一三話 最後の挑戦状

 ゆっくりと時間が流れる。

 その流れをやぶるように、大講堂のドアがひらいた。

 行方先生が顔をのぞかせる。

「遠坂くん、このとなりの会議室で理事会をひらく。セッティングを手伝ってくれ」

 わたしは立ち上がった。行方先生は、老師にその場にいるように指示した。

 わたしは老師にお礼を言って、廊下へ出た。

 すると行方先生は、

「ああいうあやしい男から話を聞くのはよくないぞ」

 と注意を受けた。そんなの知らない。

 わたしは反発する気持ちをおさえて、ひとつとなりの会議室に入った。

 ドアを開けると、見知ったふたりの顔があった。

 朝茅くんと白河先輩だった。

 朝茅くんはまるで祝日のお出かけみたいな服で、ちょっと学会っぽくなかった。対照的に、白河先輩はスーツをきちんと着こなしている。

 行方先生は、わたしたち三人に役割分担を命じた。

「朝茅くんは、打ち合わせ通り、講演者のレジュメをコピーして会場へ運んでくれ」

「はーい」

 ちょっと間延びした返事。

 行方先生は朝茅くんに、レジュメの原本を渡した。

 朝茅くんは会議室を出て行く。

「白河くんと遠坂くんは、この部屋のテーブルをふいて、お茶の用意だ」

「はい」

 わたしたちは作業にとりかかった。この会議室は、思っていたよりもずっと特別な部屋だった。床には厚めの絨毯が敷きつめられて、マントルピースの上には壷などの高価な調度品がならんでいた。天井にはシャンデリアがぶらさがっている。その中央に、十人がけほどの大きな楕円テーブルが置いてあった。よほどお偉いさんが来るんだな、と一発で察しがついた。

 白河先輩とわたしは、テーブルをきれいにふいて、お茶のペットボトルを用意した。

 紙コップがないけど、いいのかしら。

「白河先輩、これって各人がコップを持参するわけじゃないですよね?」

「そうね……紙コップが必要かも」

 あとで白河先輩が買いに行くことになった。わたしは自分が行くと言ったけど、こういうときの運営費を預かっているのは白河先輩だということで、わたしは折れた。白河先輩は、行方先生から一万円を預かっているらしかった。

「このくらいきれいにしておけば、大丈夫でしょうか?」

「いいんじゃない? どうせ理事会でしか使わないみたいだし」

 白河先輩、けっこうずぼらなところがあるかも。

 部屋にゴミが落ちていないか確認していると、大きな魚の絵が目にとまった。ちょうどA4くらいの額ぶちに、威勢よく跳ねる鯉がえがかれていた。白黒のうろこが目玉のように、こちらを見つめていた。

「遠坂さん、どうしたの?」

「……」

 タイトルは『昇鯉しょうり』――ここだ、犯人が選んだ犯罪の舞台は。

 わたしは背筋に、ぞくりとしたものを感じた。

「遠坂さん、その絵がどうかした?」

「……うまく描けてるな、と」

 白河先輩も、鯉の絵をじっと鑑賞して、

「中心線の法則ってやつかしら。この鯉の斑点が、ちょうど絵の真ん中にあるから」

 と評論した。たしかに、黒い目玉のようなうろこは、絵の中央にあった。わたしの注意が、ここに惹きつけられたようだ。老師が『詩経』の絵について論じていたことを、わたしも思い出した。

「卒業生の絵でしょうね。昇竜門しょうりゅうもんがテーマかしら」

 と白河先輩。詳しく尋ねたら、鯉の滝登りだと説明された。鯉が滝をのぼりきると、龍に変身するという、あの伝説だ。

「鯉が滝をのぼるなんて、根性論よねぇ」

 白河先輩は、いかにも現代っ子なコメントをした。

 

 コンコン

 

 ドアがノックされた。ふりかえると、行方先生が立っていた。

「そろそろ切り上げて、受付をやって欲しい」

 やれやれ、次から次へと雑用を頼まれる。ほんとに人手不足みたい。

 わたしたちは行方先生に怒られないうちに、会議室を出た。受付テーブルを会場の入り口近くにセットする。白河先輩とわたしで、学会費のやり取りに使うお札と小銭、それから領収書も準備した。

 九時になると気の早い参加者があらわれて、対応に追われた。そこがひと段落したところで、わたしは大講堂へもどった。パソコンの設定をする。老師に「お手伝いいたしましょう」と言われたけど、さすがに遠慮した。おとなしくお客さま身分で待ってもらう。十時前になって、朝茅くんがようやくレジュメを持って来た。そうとうな量だったから、段ボール箱に入れて台車で運んできた。

「ずいぶん時間がかかったのね」

「両面印刷だからすごいめんどくさかった」

 これも経費削減の一環なのだろうか。

 朝茅くんは会場にレジュメをならべて、それから力仕事の裏方にまわった。

 わたしはマイクのコードと格闘する。えいっとコードを伸ばしたところで、会場に人影が現れた。お腹の出た、口ひげのあるおじさんだった。

 おじさんは、にこやかな顔でわたしたちにあいさつした。

「学生さんたち、今日はよろしくお願いします」

 学生アルバイトをねぎらうなんて、ずいぶん気さくなひとだ。

 おそらく、どこかの大学の先生だと思う。丁寧に対応しておく。

「こちらこそよろしくお願いします」

 おたがいに一礼すると、おじさんは会場へ視線を移した。

 そして、老師に目をとめた。

「おお、きみ、おはよう」

「おはようございます、菅原すがわらさん」

「きみ、日本に来てたのか。連絡くらいしてくれてもいいだろうに」

「筆不精なもので……お元気そうでなによりです」

 菅原と呼ばれたおじさんは、ポケットに手を突っこんだまま、会場を見渡した。

「近松先生がご病気というのは、ほんとうかい?」

「わたし宛の招待状では、そのようなむねをお書きになられていませんでした」

「ふぅむ……だとすると、ただの噂か。あのひとも大変だな。定年間近なのに学会の理事までやらされて……っと、そうだ、白峯には行方くんという若手もいるそうだね。報告者の名簿で見かけたんだが、もう来てるかい? なかなか面白そうなテーマだった」

 老師は「準備でお忙しいようです」とだけ答えた。

 菅原先生は、一方的にまくしたてる。

「もともと日本の文学は、きみの国から影響を受けているわけだろう。『万葉集まんようしゅう』には漢詩が元ネタになっているものがいくつもあるし、その後に編まれた『懐風藻かいふうそう』では漢詩の影響がさらに顕著だ。国風文化にしたって、なるほど仮名文字の発明はあったかもしれないが、素材は多くを漢籍に依っている。中国と日本との文学交流は、もっと盛んであって然るべきだと、わたしは思うね」

 文学の話になったからか、老師も多少は興味を示した。

「日本では中国と異なるかたちで漢詩が受容されたようにみえます。せい少納言しょうなごんは『枕草子まくらのそうし』の中で『文は文集』といい、白居易バイジュイーを最も高く評価していました。しかし、彼女たちが好んだ作品は、白居易が自身の第一としていた諷諭詩ふうゆしではなく、感傷詩かんしょうしだったのです」

「そうそう、そういう話が聞きたいんだ。きみもどうだい。今から北京大学で博士号でも取って、アカデミアへ入るというのは。きみくらいの秀才なら、すぐにポストがみつかるぞ。日本で就職してもいい」

「わたしは現実に関心がありませんので」

 老師はだいぶめた感じで、そう答えた。

 菅原先生は肩をすくめてみせる。

「またそれかね……まあ、ひとそれぞれだな」

 菅原先生は豪快に笑って、老師の肩をたたくと、前列のほうに座った。

 ちょっと気さくすぎるかな。この手のタイプ、わたしは苦手。

 こうして会場は徐々に埋まり、理事長の挨拶で学会が始まった。大学教育における文学部の役割という悩ましい話が続いたあと、一人目の報告者が登壇する。菅原先生だった。

「本日は朝早くからご参加いただき、まことにありがとうございます。わたしが前座ということで、目覚めの珈琲がわりにでもしていただければと思います。さて、今回のわたしの報告は『都賀つが庭鐘ていしょうにおける明代みんだい白話はくわ小説の影響』となっておりますが、研究の背景などを、お話しさせていただきたいと存じます。昨年、本学会の懇親会で、白峯大学の近松理事と嚶鳴おうめいさせていただいた折、理事は『雨月物語』に興味をお持ちだとおっしゃいました。『雨月物語』は、いわゆる近世読本きんせいよみほんと呼ばれるジャンルに属しており、この読本の鏑矢かぶらやが都賀庭鐘の『英草紙はやぶさぞうし』であります。一七四九年の作で、中国の白話小説から強い影響を受けていることが分かっています。先行研究によれば……」

 なにかの役に立つ知識かもしれない。わたしはメモをとった。

 菅原先生の報告が終わって、質疑応答の時間になる。質問者があちこちで手を挙げるから、マイク持ちのわたしは大忙しだった。

 二人目の報告者は有名な国立大学の先生で、「明治期における言文一致運動と落語の役割」という、難解なタイトルが続いた。同じように質疑応答がおこなわれる。

 そこで一回仕切りが入って、昼食休憩になった。

 マイクの電池を交換していると、わたしは老師に声をかけられた。

「おつかれさまです」

「あ、老師、おつかれさまです……けっこう顔がひろいんですね」

 そんなことはないと、老師は謙遜した。いや、謙遜というか、まったく気にしていないっぽい反応だった。こちらのほうが老師らしくていい。そもそも、スタッフの位置からみえていた老師は、扇子で口もとを隠したまま瞑想していた。講演を聴いているのか聴いていないのかも、よくわからない雰囲気だった。

「老師は、お昼ご飯をどうなさいますか?」

「すこしそのあたりを散歩する予定です」

 食事の話を聞いたんだけど、ま、いっか。

 老師が会場を出て行くと、入れ替わりで行方先生があらわれた。

「遠坂くん、これから理事会だ。スタッフは大講堂で待機していてくれ」

 うわぁ、そういうオチか。会場から出られない。

 とはいえ、好都合だった。模倣犯コピーキャットが選んだ舞台は、理事会のひらかれる会議室。そのそばで待機できるのは、ベストな待ち受け方だ。

 模倣犯は、どういうトリックで挑んでくるのだろうか。学会の最中だから、推理に使える時間はそれほどない。あちこち調べて回ることもできない。一発勝負だ。

 わたしは心の準備をしつつ、学会のプログラムに目をとおした。いかにも仕事をしてますというフリ。

「行方先生、三時から報告なんだ……」

 タイトルは「国学における和歌の再評価」だった。

 ちょっと抽象的だな、と思う。

 一〇分が経ち、二〇分が経っても、それらしい事件は起こらなかった。

 わたしはだんだんれてきて、こっそり会議室をのぞこうかな、とすら思った。

 ついに三〇分が経過したころ、大講堂の入り口に朝茅くんが顔を出した。

「飯だってさ」

 朝茅くんは、三つの弁当箱と三本のお茶を運んできた。

 弁当箱のうえにペットボトルを乗せていて、危なっかしい。

 わたしはお茶を預かって、テーブルのうえにおいた。

「三個目は、白河先輩の分?」

 朝茅くんは、そうだと答えた。

 先に食べるかどうか話し合って、白河先輩を待つことに決めた。

 朝茅くんは午前の部のレジュメをかたづけながら、

「そういえば、行方もなにか講演するんだよな?」

 と言った。わたしは「国学における和歌の再評価」というタイトルだと教えた。

「朝茅くん、レジュメを印刷したんでしょ? そのとき見なかったの?」

「印刷にいそがしくて、レジュメの内容とか確認するヒマがなかった」

 そのとき、白河先輩がようやく顔をのぞかせた。

「遅くなってごめんなさい。参加費の計算に手間どっちゃって」

 わたしと朝茅くんは、かまいませんと答えた。

 白河先輩はもういちど謝って、わたしの右どなりに腰をおろした。

 それでは、ランチタイム。ふたを開けると、思っていたより豪華な代物だった。メインは焼き魚で、マグロのお刺身、卵焼きと海老に、ゆかりごはん。

「リッチな弁当を食べてお金がもらえるなんて、ラッキーだな」

 朝茅くんは元気よく食べ始めた。

 わたしはお茶のペットボトルを開けて、白河先輩に話しかけた。

「受付のほうは、いかがでしたか?」

「もう大変。お金のやりとりがあるから、すっごく神経を使う」

 会計か。たいへんそう。

 わたしは、左どなりの朝茅くんにも声をかけた。

「そういえば、朝茅くんは会場に一回も来なかったよね? どこにいたの?」

 朝茅くんは箸をとめた。

「行方のやつ、普段着じゃ会場には入れられないって言うんだ」

 それは残念ながらその通りな気がする。

 もうすこし楽な仕事かと思っていた。わたしたち三人は、その点で意見が一致した。

 あれこれ愚痴ぐちっていると、ふいにドアがひらいた。

 行方先生だと思って、わたしたちは私語をやめた。

 とびらの隙間から顔をのぞかせたのは――なんと小嶋さんだった。

「がんばってますか? トラブルはありませんか?」

 小嶋さんはそんなことを尋ねながら、大講堂に入ってきた。

 いつもの私服とはちがって、ちょっぴり正装していた。

「こんにちは……どうかなさったんですか?」とわたし。

 小嶋さんは照れ笑いして、

「わたしも一応、この学会の会員なんですよ。学者の道はあきらめましたから、退会してもいいんですけど、お世話になった先生も多いので」

 と答えた。小嶋さんは心理学部だけど文学研究も並行してやっていた。そのことを、わたしは思い出した。と同時に、小嶋さんのお弁当がないことに気づいた。

 朝茅くんは、

「どこかにあまりがないか探して来ましょうか?」

 と言いながら椅子を引いた。

 小嶋さんはあわてて止めた。

「いえいえ、おかまいなく。お昼は食べて来ましたので」

 わたしたちはしばらく歓談にふけった。ただ、わたしは若干うわの空だった。

 小嶋さんにそのことを見抜かれて、

「遠坂さん、なにか気になることでもありますか?」

 と尋ねられた。パソコンの設定かなにかでごまかそうと思ったけど、やっぱり会議室のようすが気になったので、

「となりで理事会をやってるらしいので、かたづけとかの段取りが……」

 と答えた。すると、小嶋さんは、

「理事会ですか……となりの会議室は、さっきからっぽだったような……?」

 と言った。

 え? ……あ、もしかしてこれ、防音がしっかりしてて、会議室のドアが開いてもここからは聞こえないパターン?

 わたしは青くなった。箸をおく。

「か、かたづけがあるのが、ちょっと見てきます」

 ほかのメンバーも、それなら手伝うということで、わたしのあとをついてきた。

 断ろうかと思ったけど、わたしは考えなおして行動をともにした。

 会議室へ足を踏み入れる。心臓がドキドキする。テーブルのうえには、弁当殻べんとうがらがいくつも放置されていた。理事の先生たちはここで会議をしつつ、昼食をとったようだ。

 わたしはすぐに、例の鯉の絵を確認した――消えている。

 額ぶちは消えていない。絵が白紙になっていた。

「遠坂、先にゴミのかたづけを……遠坂?」

「ろ、老師を呼んで来るから、みんなここにいてッ!」

 わたしは会議室を飛び出そうとした。

 ところが、老師はすでに会議室の入り口のところに立っていた。ドア枠に背をもたれかからせて、腕組みをし、足をかるく交叉させている。まるでこの事態を予知していたかのように、そっとくちびるを動かした。

「わたしなら、ここに」

「鯉が、鯉が絵から抜け出してますッ!」

「落ち着いてください。あなたらしくありませんよ」

 そ、そうだ、興奮しすぎた。

 まずは科学的に考えるのが第一。鯉が絵から抜け出すはずがない。

 わたしは額縁を調べることにした。

 ほかのメンバーのいぶかしげな視線をむける中、わたしは額ぶちを壁からはずす。

「……あれ?」

 わたしは、額ぶちが空っぽではないことに気づいた。

 うっすらと鯉の絵の輪郭りんかくがみえる。

 うしろのピンをはずして、額ぶちを解体する。

 すると、一枚の紙切れがはらりと落ちて、その下に鯉の絵が出現した。

「え……これだけ……?」

 わたしは唖然あぜんとした。絵のうえに、同じサイズの紙を重ねていただけだった。

「なんだ、ひと騒がせだな」

 朝茅くんは犯人に文句を言って、大きなタメ息をもらした。

 反対に、わたしは息をとめた――なぜこんな単純なトリックを?

 犯行に使える時間がかぎられていたから? ありうる。一番合理的な説明だ。わたしはこの会議室にいるメンツを一瞥した。朝茅くん、白河先輩、小嶋さん――これだけ簡単なトリックなら、全員に犯行のチャンスがあった。朝茅くんは午前の部にまったく顔を出さなかったし、白河先輩は昼休みに大講堂へもどって来るのが遅かった。最後に姿をあらわした小嶋さんは、言わずもがな、だ。

 でも、それ以外になにか動機があるような気がしてならなかった。まるで、すぐにトリックを暴いて欲しかったかのような印象を受ける。

 朝茅くんは、わたしが異様に考え込んでいることをいぶかしがって、

「まさか犯人さがしでもするつもりか?」

 と訊いてきた。

「……できれば」

「できればって、もうすぐ昼休み終わるぞ?」

 ここで、小嶋さんが発言の許可を求めた。

「あのぉ……ちょっとよろしいですか? これって、学会関係者のイタズラじゃないでしょうか? 菅原先生はお茶目なところがありますから、わたしたちをおどろかせようとした可能性もあるかな、と……その証拠に、隠すならもっと厚い紙を使いますよね? さっきわたしも気づいたんですが、うしろの絵の色がうっすらと透けてみえました」

 たしかに、犯行に使われたのは単なるコピー用紙だった。

 犯人は、わざと気づかれやすくしたのだ。わたしは確信した。

 つまり……これは模倣犯コピーキャットからの挑戦状。

 この謎を今すぐ解いてみろというメッセージだと受け取った。

 わたしはその挑戦を受けてたつことにした。みんなに向きなおる。

「……みなさんにお話したいことがあります」

 わたしは、卒論の第一章から第三章までの模倣犯について、いきさつを説明した。

 みんなおどろきの顔で聞き入っている。

 すべてを語り終えたとき、最初に声をあげたのは朝茅くんだった。

「死んだ学生の卒論をマネしてるやつがいる? ……ウソだろ?」

「ほんとう。そして、この鯉の絵が四回目の犯行なの」

 朝茅くんは、信じられないといった様子だった。

 次に、白河先輩は口をはさむ。

「でも、それって……わたしたちのあいだに犯人がいるってことにならない?」

 白河先輩は、じぶんたちが疑われていることに察しがついたようだった。

 そうだ。そこは伏せて話したけど、状況からしてこの部屋にいるメンバーが最有力候補だということは、慎重に考えればわかる。犯行現場は、文学部図書室→図書室→国文学の学会準備で使った部屋→この学会で、その四つに濃厚に絡んでいる人物は、ここに集まっていたからだ。ただし、行方先生を除けば、の話。あのひとも容疑者だった。

 最後に、小嶋さんが発言した。

「こ、このなかに犯人がいるとは、思いたくないのですが……」

 わたしははっきりとした口調で、

「それはまだ断言できません……老師、ひとつお願いがあります」

 と、老師のほうへ体をむけた。

 老師は、わたしのお願いの中身を察しているようだった。

「『夢応むおう鯉魚りぎょ』を物語れ、と、そうおっしゃるのですね」

 わたしはうなずき返した。

 ふたたびほかの三人へ話しかける。

「これまで、模倣犯は『雨月物語』を下敷きに犯行をかさねてきました。今から老師が語る物語が、今回の事件の背景です。それを聞いたあとで、みんなで推理をしたいと思います……老師、よろしくお願いします」

 わたしは老師に頭をさげた。

 老師はうなずいて、静かに扇子をひらいた。

 時計が針音しんおんきざむなか、老師は物語を始めた。

「振り返れば、遥か昔の出来事……」


  ○

   。

    .


 琵琶湖びわこを眺める高台に、三井みいという寺がありました。そこで暮らす僧の興義こうぎは、絵の達人として名高かったのですが、仏画には興味もなく、暇なときに琵琶湖へ赴いては、小舟を浮かべて周遊し、漁師たちに話しかけ、獲物を買い取っては逃がしてやり、その魚たちが泳ぎ回る様を、墨絵すみえに写しとっておりました。あまりにも熱心に描いたので、夢のなかまで水に入り、大小さまざまな魚たちと戯れることさえありました。こうして夢路に垣間みられた銀鱗ぎんりんも、興義の筆にかかって紙に閉じこめられ、『夢応むおう鯉魚りぎょ』と呼ばれたのでございます。その撥墨はつぼくの絶妙さに魅かれた人々は、ぜひにぜひにと先を争って絵を所望しましたが、興義は『夢応の鯉魚』だけは手放さず、冗談めかして、「わたしは、殺生戒せっしょうかいを守っておりますからな」と断るのでした。

 ところが、ある年、興義は病気で寝込んだかと思うと、七日後に目をつむり、息絶えてしまったのでございます。弟子や友人たちは枕元に集まって嘆き悲しみましたが、よくよく体を調べてみると、胸のあたりがまだほんのりと温かい。もしや、生き返るのではなかろうかと、遺骸いがいをそのままにして見守っていたところ、三日後には手足がだんだんと動き出して、長い吐息とともに開眼しました。

 興義は夢から醒めたように起きあがり、

「ずいぶんと気を失っていたようだ。どのくらい経ったかね」

 と弟子たちに尋ねました。

「師匠は三日前に、息絶えられました。寺の者のみならず、日頃から親しかった方々もいらっしゃって、葬儀についても相談を始めておりましたが、師匠の胸に温もりが残っておりましたので、ひつぎに収めず、一同見守っていたのでございます」

 それを聞いた興義はうなずいて、次のように命じました。

「だれでもいいから、たいら次官すけという檀家の館へ行って伝えよ。『不思議なことに興義が生き返りました。平の次官殿は酒宴をひらいて、鮮魚のなますを作らせているはずです。しばらく宴を控えて、寺までお越しください。世にも稀なる話をお耳に入れたいと思います』とな」

 使いの者はいぶかしく思いながらも、平の次官の館へ到着しました。すると、主人である平の次官、その弟の十郎、老臣の掃守かむもりらが、丸く並んで酒宴をひらいている最中。まさに興義が言った通りであったため、使いの者は奇怪に感じること、このうえなし。興義の話をそのまま伝えたところ、平の次官たちもおどろいて、とりあえず箸をおき、三井寺へ直行しました。

 興義が枕から頭をあげて丁寧に挨拶すると、次官のほうでも「此度の黄泉帰り、祝着至極に存じ奉ります」云々、祝いの言葉を述べました。しかし、さきほどの不可解な話が気になり、どうもおざなりな様子。興義もそれを承知のうえか、急に起きあがると、次のように切り出しました。

「次官殿、ものは試し。まずは、わしの話をお聞きくだされ。あなたさまは今日、漁師の文四ぶんしに、魚を注文なさいましたな」

 次官は怪訝に思い、なぜご存知かと尋ねました。

 興義はこれに答えず、ただ話を進めて、

「文四は、三尺あまりの大魚を入れた籠を持って、あなたさまの館に入りました。まさにそのとき、次官殿は弟の十郎殿と、表座敷で碁を打っておられた。掃守殿はそれを眺めながら、大きな桃の実をかじっておられました。お三方は、漁師が大魚を持って入って来たのをよろこんで、褒美に桃と酒をお渡しになられた。とうとう料理人がこの大魚をとりだして、膾になさった。委細、いかがであろうか。拙僧の言うところに、すこしも錯誤はなかろう」

 と告げました。この話を聞いた次官たちは、あるいは怪しみ、あるいは戸惑い、どうしてこと細かにご存知なのかと、重ねて尋ねました。興義は一座を見渡して、

「わしは最近、病気が悪化して、苦しみのあまりに、自分が死んだことも知らなんだ。ふと暑苦しい気持ちを和らげようと、杖を突いて門を彷徨い出たところ、病苦もいくらか過ぎ去り、鳥が木籠かごから解き放たれたような気分になった。山となく里となく歩き回っていると、いつものように琵琶湖のほとりに出た。水面は碧に美しく、水遊びでもしたい心地にさそわれ、着物を脱ぐと一段深いところへ飛びこんだ。すると、どうじゃ。まるで夢心地、すいすいと泳ぎ回ることができたではないか」

 その動きを真似するように、興義は両腕をさっとひろげてみせました。

「なんとも愉快であったが、生まれついては人の身。人魚のごとく自由自在な楽しみを覚えるわけにはいかぬ。足るを知るのは難しく、わしの心にふつふつと、魚たちを羨む気持ちが生じてきた。すると、そばにいた一匹の大魚が話しかけてきて、『あなたさまの望みを叶えるなど、たやすいことです。少々お待ちください』と言って、水底に消えて行ったかと思えば、衣冠束帯いかんそくたいに身を正した貴人が、その大魚の背に乗って浮かんできよった。そして、こう言うのじゃ。『海神わだつみ詔勅みことのりをお伝えします。あなたは日頃から殺生戒を守り、釣られた魚を琵琶湖へお逃がしになられてきました。この放生ほうじょう功徳くどくに報いて、一時いっときのあいだ、金色こんじきの鯉の衣装を授け、水府すいふの気晴らしを味わっていただきましょう。ただし、釣り糸のに目がくらんで、身を滅ぼさないようにご注意ください』とな。はて、どういうことか、我が身を顧みれば、わしの体は鱗の服を着ており、金色に光る一匹の鯉魚に生まれ変わっておった。わしは不思議にも感じず、尾を振り、えらを動かし、悠々と逍遥しょうようを始めたのじゃ」

 興義はいかにも楽しそうに、話を続けました。

「まずは長等山ながらやま山嵐やまあらし、それに吹かれて揺らめくさざ波に、身をゆらゆらと寄せて泳げば、志賀しがの入り江の水際に遊び、浅瀬を歩く人々の行き来に驚かされつつも、比良山ひあらやまの峰が影を落とす、深い水底。その水底に潜ってみれば、堅田かただいさり火が美しく輝いて、ついつい惹きつけられてしまう夢心地。夜も更けて暗がりにもどれば、まさに夜中よなかと名づく入り江に月が宿る。鏡山かがみやまの峰に浮かぶは、まさに鏡のごとし。八十やそみなと八十やその隅まで照らし出されたその風景は、今や言葉にも尽くせず。とりわけ心をときめかすものは、沖津島おきつしま竹生島ちくぶじま、そこに鎮座するやしろあけ玉垣たまがき蘆間あしまでうつらうつらとすれば、伊吹山いぶきやまから吹き下ろす朝風に夜が明け、漕ぎ出した旦妻船あさづまぶねの音に、一日の始まりを知る。渡し船のさおに遊んでは逃れ、瀬田せたに泳いでは橋守はしもりの足音に追われること、幾度。日ざしが暖かければ浮かび、風がすさめば水底に遊ぶ。これぞうおの楽しみにほかならず」

 興義はからからと笑い、一転、嘆息をもらしました。

「ところが、じゃ。急にひもじさを覚え、あちらこちらに餌を探してみれば、何処にも見当たらず、飢えて彷徨っていると、たまたま漁師の文四が釣り糸を垂れているところに出くわした。餌はたいそう芳ばしかったのだが、海神の使いの忠告を守ろうと、わしは我慢してその場を離れた。けれども飢えは増すばかりで、どうにも堪えることができぬ。おぬしたちも仏門に帰依する者ならば、こういう話を聞いたことがあろう。昔、お釈迦様は、苦行林と呼ばれる地で、六年もの断食行をなされた。しかし、苦行のみで悟りを得ることはできないとお気づきになられ、今にも朽ち果てそうな体を尼連禅河にれんぜんがで癒しておられた。すると、そのやせ衰えた体を見たひとりの女が、かゆを持参し、これをお釈迦様にさしあげた。飢えから逃れたお釈迦様は、その後、菩提樹ぼだいじゅのしたで悟りをひらかれたと言う。このように、いくら仏にすがる身であろうとも、この世での飢えを克服することはできないのである」

 興義は今更ながらに、あのときを思い返したのか、饅頭をひとつ頬張りました。

「さて、今や飢えは堪え難い。かくなるうえは、針にかからぬよう餌だけうまくかすめ取るしかあるまいと、サッと飲み込んでみた。途端に文四は竿を引き上げ、わしを捕えた。なにをするのか、と叫んでも、相手の耳には少しも入らぬ。文四は縄でわしの鰓をつらぬき、舟を岸辺に繋いで、きつく竹籠のなかに押し入れると、そのまま次官の館へ入った。あとはわしが述べた通りじゃ。平の次官殿は、弟の十郎殿と碁を楽しんでおられ、掃守殿はそのとなりで、桃を食しておられる。そなたらは、文四が持参した魚に褒美を出したであろう。わしは縁側へむかって、『貴殿らは、この興義をお忘れになられたのか。どうかご容赦。寺へ帰してくだされ』と叫んだものの、次官殿らは全然素知らぬ顔で、手を打ちながら喜んでおられた。料理人が出てきて、わしの両目を左手の指ではっしと押さえ、右手には研ぎすまされた包丁を持ち、わしを俎板まないたのうえにおいた。わしは苦しさのあまり『仏弟子を殺すという法があるか。助けてくれ、助けてくれ』と泣き叫んだが、だれも聞き入れぬ。とうとう斬られたと思ったところで、こうして目がめたわけじゃ」

 人々は、この話に感じ入って、

「今思えば、興義様がお話になられたところどころで、魚の口が動いたような気が致します。無論、言葉は聞こえませんでしたけれども、これほど不思議な事柄を目の当たりにしたのでは、信じないわけにはいきますまい。面妖めんようなことです」

 と述べ、次官は館に従者をやりました。残ったなますを、湖に捨てさせたのです。

 病から癒えた興義は、さらに後年、天寿をまっとうして亡くなりました。その臨終の際に、それまで描いた鯉魚の絵を数枚、琵琶湖に散らしましたところ、魚が紙から抜け出して、水のなかを泳ぎ回ったと、そう言い伝えられております。


  ○

   。

    .


 扇子せんすの音が鳴り、わたしたちは会議室へと引きもどされた。

「みなさんは、これがミステリだと思いますか?」

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