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第一一話 ポスト近松

 沈黙――最初に発言したのは、白河先輩だった。

「ミステリとは、どういう意味ですか? ただの復讐殺人ではないでしょうか?」

 ここぞとばかりに、わたしは自分のアイデアを言う。

「ただの殺人じゃなくて、遠隔殺人だと思います」

 老師は首をたてにふった。大神さんの概要にそう書いてあったのだから、ある意味でカンニングなのだけれど。

 白河先輩は「どこが遠隔殺人なの?」と尋ねた。

「魂よく一日に千里をもゆく……みたいな?」

「魂が千里を移動したら、なにか起こる?」

 続きを考えていなかった。我ながら、カンニングはよくないと実感した。自分で物事を考える癖をつけないといけない。借り物の知識は、役に立たないと思った。

 とはいえ、さっきの発言も、遠隔殺人という言葉で、朝茅くんの反応をみようと思っただけだ。朝茅くんは、今回も目立った反応を示さなかった。ただ、けっこうマジメに推理しているらしく、

「犯人は宗右衛門じゃないですか?」

 と言った。

 わたしは、この推理にびっくりした。

「宗右衛門は尼子経久に捕まって、牢屋のなかでしょ?」

「遠坂の考えだと、これってミステリなんだろ? まあ、『雨月物語』がミステリだなんて、俺も聞いたことがないけどな……とりあえずそう仮定すると、犯人は意外なやつじゃなきゃダメだよな?」

 なるほど……推理小説の読み方としては、ありなパターンだ。実際、推理小説には意外性が求められるから、主要登場人物のだれかでないといけない。さらに、一見するとその人物には犯行が不可能であったかのようなシチュエーションが望ましい。

 でも、朝茅くんの推理にはひとつ問題があった。わたしは口をはさむ。

「宗右衛門が犯人だって分かる記述、あった?」

「いや、トリックが分かってるとか、そういうわけじゃない」

 どうやら朝茅くんは、それ以上のところまで考えて発言したわけではないようだ。

 わたしたちは手詰まりになる。すると、老師は助け舟を出してくれた。

「『菊花の約』の結末部分は、文学者からも余計だと評されています。その冗長な箇所をミステリとして解釈したい……そういう趣向も、なかなか面白いでしょう。なるほど、翻案の元ネタには、このような殺人の場面がありません」

 わたしたちは、この物語に元ネタがあるのか、と尋ねた。

「『雨月物語』の多くは翻案小説、元ネタのある作品です。『菊花の約』は、中国文学の『死生交』を下敷きにしています」

 わたしはその書名が、概要に書いてあったことを思い出した。

「どういう話なんですか?」

「大筋は同じです。主要な登場人物は、青年ふたり。『死生交』の場合は、ふたりとも科挙の試験を受けようとしている学生です。張劭ちょうしょうという青年が、たまたま宿で寝こんでいた范式はんしきという人物を助けます。『菊花の約』では前者が左門、後者が宗右衛門にあたります。范式は一命を取りとめますが、ふたりとも受験日を逃し、試験を受けられなくなってしまいました。范式は、科挙を受ける機会を逸してまで助けてくれた張劭に感謝します」

 老師はそこで、ひと息ついた。ここまでは、たしかに話が似通っている。

「さて、後半は細部がかなり異っています。張劭は母と弟に会うため、范式は妻と子に会うため、それぞれ故郷に帰り、九月九日に再会を約します。ところが、范式は商売に忙しく、気づけば九月九日には間に合わないことが分かりました。そこで自殺して張劭に会いに行きます。『魂よく一日に千里をもゆく』という表現も、原文に登場します。范式の霊は張劭にむかって、お願いだから一度私の故郷へきて、屍を一見して欲しいと哀願し、張劭はこれに応じます。母と弟に別れを告げた張劭は、范式の故郷である山陽へおもむき、彼の棺桶のまえで自害するのです」

 わたしは頭のなかで、「菊花の約」と「死生交」とを比較してみた。

「宗右衛門は左門に、出雲へ来て欲しいとは言いませんでした。一方、范式は張劭に、故郷までわざわざ来て欲しいと、お願いしているわけですか」

 わたしの整理に、老師はこくりとうなずいた。そして、次のように付け加えた。

「左門は生き残ったのに対して、張劭は死んでいる点も異なります」

 白河先輩は、なにか意味があるようには思えないと言った。

 老師は「そうかもしれません」と答えつつ、わたしのほうに話をふってきた。

「遠坂さんは、あの物語全体を通じて、なにか違和感をおぼえませんか?」

 老師の期待に反さないよう、ミステリファンとして脳みそをふりしぼる。

「……尼子経久の性格描写が、ちぐはぐにみえます」

「ご明察です。宗右衛門の話によると、尼子経久は非常に猜疑心が強く、家臣から信頼されていない人物でした。ところが経久は、左門と宗右衛門の友情に感じ入って、彼の逃亡を許しています。ここから、宗右衛門の証言の信憑性が揺らぎます。史実でも、経久は家臣思いな武将でした」

 経久が残忍な人物なら、左門を逃がすはずはない。

 プロットが齟齬をきたしていることになる。

 老師は先をつづけた。

「以上のことから、宗右衛門が実際には左門を出雲まで誘導した可能性がある、と考えることもできるでしょう。目標は従兄の丹治。自分は牢屋に入れられて丹治を殺害することができないので、代わりに左門を使った、という解釈です」

「つまり、宗右衛門が左門のまえに幽霊として現れたのは、友情云々じゃなくて、従兄の丹治を殺害させるためってことですか?」

「左門は猪突猛進なところがあり、自分が丹治に殺されたことを話せば、それだけで復讐してくれると考えたのかもしれませんね」

「でも、動機が薄いですよね?」

「宗右衛門は、富田城の軍師でした。従兄の丹治とともに、なにか城塞の秘密を知っていたのかもしれません。史実においても、毛利元就に降伏して富田城を攻めたのは、赤穴氏でした」

 そうか……そういう歴史的背景まで織り込むと、丹治が重要機密を知っていて、尼子経久にそれをしゃべる前に殺害しておく必要があった、と考えることもできる。宗右衛門がやたらと出雲の様子を内偵したがっていたこと自体が、奇妙だった。なんらかの軍事的な密命があったとすれば、それを果たすために死を覚悟で潜入してもおかしくない。

 一方、白河先輩はスプーンをおいて、首をかしげた。長髪が流れる。

 朝茅くんも、「なんか憶測に憶測をかさねてませんか?」と疑心暗鬼だった。

 その横で、わたしは雷に打たれたような衝撃を受けていた。

 朝茅くんは、わたしが手をとめたことを不思議に感じたらしく、

「もうお腹いっぱいなのか?」

 と尋ねてきた。

 わたしは首をふる。

「ううん、ちょっと考えごと」

 わたしはそう答えて、かぼちゃの餡子を口に運ぶ――そうか、そういうことか。今回の模倣犯は、「菊花の約」で登場する遠隔殺人をマネしたわけだ。宗右衛門は自害することで、左門に自分が幽閉されたいきさつを説明した。これが今回の事件では、私宛のメールに該当している。

 わたしはトリックを考える。これまでも、科学的な部分は自力でなんとかしてきた。今回も自分でなんとかする。あのメールは、大手のフリーアドレスから送られてきた。ようするに、それっぽく名前をつければ、朝茅くんを装うことは簡単だ。現にわたしは騙された。

 じゃあ、わたしが朝茅くんに返信して、きちんと応答があったのは? 模倣犯はわたしからのメールにすぐさま返信できるように、ずっとスタンバイしていたのだろうか? 仮にそうなら、模倣犯はよっぽどの暇人ということになる。なにかひとつでも作業をしていれば、返信をすることができないどころか、着信を見逃す可能性だってあったからだ。でも、すこし考えれば簡単なトリックだ。メールの自動返信機能だろう。あの再返信のタイミングは、いくらなんでも早すぎた。人力で入力したとは思えない。となると、なにか作業をしていたから模倣犯ではない、という推理はできない。朝茅くんはまだ犯人候補だ。

 メールの件は解決。なんでもないトリックだ。トリックとさえ呼べないかもしれない。問題なのは、ハンコの偽造。これが全然解決しなかった。

 沈黙するわたしをよそに、朝茅くんは白河先輩に話しかけた。

「先輩、行方先生の講義って取ってますか?」

「ええ、近世文学史でひとつだけ」

「あれ、取ってもだいじょうぶですか?」

 だいじょうぶとはどういう意味か、と、白河先輩は質問でかえした。

 朝茅くんはちょっと照れた感じで、

「単位が簡単かなぁ、なんて」

 と邪心を告白した。白河先輩もすこしは実際的なところがあるらしく、イヤそうな顔はしなかった。くすりと笑って、

「単位をとりたいだけなら、履修してもいいんじゃない」

 とアドバイスした。そして、次のように付け加えた。

「マジメに文学をやりたいなら、オススメしないから、よろしく」

「俺はマジメなつもりですけど……れっきとした大学の講義なんですよ?」

「文法ミスが多くて、白峯の教員になれたのが、不思議なくらい。小嶋さんの話だと、学内業務で優秀だから、そっちの才能を買われて雇われたんじゃないかってうわさがあるらしいの。たしかに、事務仕事では優秀かもしれない。今日の学会の準備も、わりかしテキパキしていたから。大学の教員って、ああいうのがまったくダメなひとがいるでしょ」

「講義内容も、けっこうおもしろいって評判ですよ」

「でたらめな与太話を並べてるんだから、当然よ。基本的なまちがいがあるのに、眉唾な話ばかりしてるんだもの。上杉謙信は女だった、みたいな類いの。講義はおもしろいに越したことはないけど、ウソが混じってちゃダメ」

 そこで、老師がわりこんだ。

「おふたりとも、ここでは本以外の話はご遠慮ください」

 白河先輩たちは恐縮した。

「すみません……店長がお好きな文学の話にします。最近、江戸時代のおもしろい狂歌をさがしているんですが、店長さんは狂歌にお詳しいですか? 学問と、ハシゴは飛んで、のぼられず、みたいな」

 老師は、狂歌はあまりたしなまない、と答えた。

 わたしの高校時代の知識によると、狂歌は世相を茶化した文芸だ。

 さすがの老師も、そういうジャンルには手を出していないみたいだった。

「では、漢詩をひとつ聞かせてください。本場の発音で」

 老師は、そうですね、と答えて、扇子をスッと口もとに寄せた。

 

 花間一壼酒

 獨酌無相親

 ……


 老師は歌うように詩を詠んだ。意味はわからないけれど、その美しさは伝わる。

 すべての朗読が終わって、わたしたちは拍手した。

 意味をたずねる。

「李白の『月下独酌』です。花に囲まれて、ひと壺の酒を取り出してみたが、ひとりでついで飲むだけで、相伴しょうばんしてくれる者もいない、という意味です」

 意外と世俗的な歌だった。わたしはあんまりお酒は飲まないから、ひとりで晩酌するとどういう気分になるのか、イマイチわからなかった。

 もうひとつくらい聴けるかな、と思っていると、白河先輩は腕時計をみて、

「あ、すみません、そろそろ帰らないと」

 と言った。白河先輩はひとりで帰ると言ったけど、わたしたちもいっしょにおひらきにすることに決めた。スイーツと珈琲のお礼を念入りにして、三人で店を出る。

 白河先輩は、家族がむかえに来るらしい。すこし先へ行ったところにある交差点で、おわかれの挨拶をした。

「今日はありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします」

 タイミングよく高級車が到着して、先輩を後部座席に乗せた。運転席には初老の男性が座っていた。両親というわけではなさそうだ。おじいさんだろうか。

 わたしは大学へもどることにする。朝茅くんも用事があるらしかった。

 読書室で小説を書くつもりなんだろうけど、そこはコメントしないでおく。

 途中、朝茅くんは傘を片手にカバンのなかを整理した。すると、

「あ、いけね」

 と言って、眉間にしわを寄せた。

「行方に急かされたせいで、本を返すの忘れてた」

 と言って、カバンの中から一冊の本を出した。好奇心からのぞいてみると、俳句の研究書だった。黒十二というラベルが貼ってあるから、大学の本だと分かった。

「ずいぶんと古い本ね」

「俺の指導教授の、そのまたお師匠さんの本なんだってさ。黒田って言ったかな。遺族が大学に寄贈したものらしい」

 思い出の品なのに、よく手放せるものだと、わたしは理解しかねた。それとも、思い出の品だからこそ、どこかへ遠ざけたくなるのだろうか。

 わたしたちは、正門のところでわかれる。

 朝茅くんはわたしに背をむけかけて、

「あ、そういえば、メールがどうこうって、なんだったんだ?」

 と訊いてきた。

「ごめん、名前の似た情報学科のひとからのメールで、勘違いしただけ」

 ごまかしておく。朝茅くんは納得して帰った。

 わたしは急いで理工学部棟の七階へ移動する。

 会議室は開いていた。わたしはこっそりと侵入して、現場を調査する。テーブルの下に仕掛けがないかどうか、窓に細工がしていないかどうかを、丹念に調べた。

 なにもない。それを確認したわたしは、じっと考えに耽る――

「そっかッ!」

 わかった。あのハンコはカラースキャンだ。ハンコを行方先生から盗み出すのは、とてもむずかしい。でも、どこかで手に入れた印影をカラースキャンして、それを書類のファイルに貼り付けてカラープリントすればいいのだ。文学部図書室の書類管理はずさんだった。現に小嶋さんは、封筒をテーブルのうえに置きっ放しにしていた。あれとおなじように、行方先生のハンコを押された書類が、一度でも放置されていたら、そしてそのときに図書室にだれもいなかったら、簡単に持ち出してスキャンすることができる。

 よし、トリックは科学的に解明できた。あの書類は、窓から入って来たんじゃない。あらかじめ複写したものを傘につっこんで、水をかけただけだ。わざわざ濡らしたのは、スキャン画像の転用だとバレないようにするためだろう。いくら高性能のレーザープリンタを使っても、朱肉の凹凸は再現できないから、念入りにみれば模造品だとバレてしまう。だとすると犯人は……小嶋さんの可能性もある? 書類の管理がずさんだったとはいえ、小嶋さんが一番手を出しやすかったにはちがいない。ただ、小嶋さんの性格からして、こんないたずらをするとは思えなかった。

「と言っても、ほかに犯人候補は……」

「どなたかいらっしゃるんですか?」

 わたしは飛び上がるほどおどろいた。

 ドアが開いて、小嶋さんがのぞきこんでいた。

「こ、小嶋さん、なんでここに……?」

「行方先生が鍵をかけ忘れたとおっしゃっていたので、代わりに閉めに来ました」

 そうか、大学の会議室だから、ほんとうなら施錠されているのか。

 小嶋さんは、学生のわたしがここにいる理由を尋ねた。

 わたしはとっさにウソをつく。

「ボールペンがなくなったので、ここに置き忘れたのかな、と……」

「そういえば、遠坂さん、お手伝いを申し出てくださったらしいですね」

 あれは偽メールでここへ呼び出されただけだ。

 どうやらわたしは、この学会の手伝いをすることで確定したらしかった。

 気が滅入ると同時に、わたしは緊張した。学会についてじゃない。分野がちがうから、多少やらかしても就職には影響がない。これが情報系の学会だと、わたしが将来エントリする企業が来ていて、面接で「ああ、あのときの学会でやらかした子か」なんて評価になりかねない。異分野のほうが、かえって気楽だ。問題なのは、犯人候補に挙げていた小嶋さんとふたりきりなことだった。小嶋さんが犯人なら、わたしがここで現場捜査をしていたことに気づいたかもしれない。

 怖い。わたしは固唾を吞む。

 一方、小嶋さんは普段通りのようすで、戸締りを確認した。

「窓も閉まってますね……それにしても、学会の報告者がころころ変わると、わたしも案内状の書き換えがあってめんどうなのですが……」

 小嶋さんはタメ息をついた。どうやら雑用係になってしまっているようだ。

「小嶋さんは司書なんですよね? 本来は事務員のひとがやるんじゃないんですか?」

「人文学系はそもそも人手不足なので……」

 なるほど、そういう事情があるのか。

 彼女が何でも屋みたいな感じになっている理由がわかった。

「そもそも学会の報告を撤回したり再申請したりすることって、許されるんですか?」

「あれは特例のようですね。もともと近松先生が報告なさる予定だったので、その穴埋めだと思います。しかたがないかな、と。しかし、こうなってくると、近松先生ががんだいう噂はほんとうなのでは……」

 小嶋さんは、あわてて口をつぐんだ。

 わたしは聞き逃さない。

「癌? 近松先生が?」

 小嶋さんはひとさし指をくちびるに当てて、シーッと命じた。

「ただの噂です。本人から聞いたという事務員がいるんですけど、裏づけはありません。与太話程度に聞き流してください。お願いします」

 小嶋さんは、もう閉めますよ、と言って、わたしに退室をうながした。

 わたしは廊下に出て、小嶋さんの施錠せじょうを見守る。

 近松先生が癌? ……今回の事件と、なにか関係があるの?

「……小嶋さん、行方先生って准教授じゅんきょうじゅですか?」

 小嶋さんはドアノブに手をかけたまま、

「いえ、助教じょきょうですけれど……どうかしましたか?」

 と、ふしぎそうな顔をしていた。

 わたしはためらわずに質問をかさねる。

「近松先生も行方先生も、近世文学がご専門なんですよね?」

 小嶋さんは「はい」と答えて、

「他学部履修をお考えですか?」

 とたずねてきた。わたしは「ちょっと気になって」と曖昧に返した。

 そして、事態を理解する――行方先生は、近松先生の後任だ。まちがいない。文学部のポストは多くないだろうから、近松先生が退任して行方先生が准教授に上がる流れ。近松先生が亡くなっても同じ。そして、近松先生はあの大神磯良さんの指導教授で、白河先輩の指導教授でもある。

 どういうこと? なんで全体がこんなにくっきり繋がってるの?

 わたしはそのまま、夕方の講義に出た。話が頭に入ってこない。その時間に出された課題を済ませることができなくて、家へ持ち帰ることになった。提出先のアドレスを説明している先生の声も、ぼんやりとする。ただ、思考は妙に冴えていた。これまでのできごとが、だんだんと整理されていく。

 すべての事件は、大神磯良さんが遺した未完の卒業論文にたどりつく。模倣犯は、大神さんが考えていた結末を知っている。本文がないにもかかわらず。それを繋ぐリンクは、近松先生なんじゃないだろうか。近松先生は大神さんの指導教授だったから、卒論の内容についても相談を受けたはずだ。卒論は未完でも、大神さんは近松先生にあらすじを説明してあったかもしれない。そこから模倣犯コピーキャットに漏れた可能性がある。

 もし……もしわたしが犯人なら、どう行動する?

 あの書類は偽造だった。つまり、ほんものはきちんと郵便局へ出されたわけだ。ということは、郵送先に届くはず。郵送先は……鷺宮キャンパス! 明後日の学会の会場だ。もしかすると犯人は、現物を回収したがるかもしれない。

 わたしは明後日の朝、鷺宮キャンパスへ一番乗りをしようと決めた。

 理工学部棟を出て、夜空をみあげる。月に照らされた雲が、悠然ゆうぜんと東へ流れてゆく。月のほうが天を駆けているような、荘厳そうごんな風景だった。

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