第四話 昼食
「ここが生徒会室……」
生徒会室の中は、 とてもこじんまりとして本当に必要最低限のものしか置かれていなかった。
広さも僕たちが学んでいる教室の半分ほどしかない。
こんな場所で学校の為に様々な仕事をしているかと思うと少し心苦しい。
「ふふふ。 どう生徒会室は?」
「そうですね。 僕が思っていたよりは、 小さかったです」
「そう? 私としてはこれぐらいの大きさの方がいいのだけれど」
「はぁ……そうですか」
「まあそんなことはどうでもよかったわね。 それよりもはい。 これ」
「これと言われましても何故生徒会長が僕にお弁当をくれるのですか?」
そう。 彼女はなぜか弁当箱を今、 まさに、 この僕に手渡ししてきた。
少なくとも僕と彼女は、 今日初めて知り合ったはずだ。
そうであるにも関わらず何故彼女は弁当箱を僕に渡すのだろう?
もしかして自分の分を僕に? それに量も明らかに多い。 こんなの一人で食べきれるわけがない。
「どうかしたの?」
「いえ……ただ弁当の量少し多いと思いまして……」
「それはそうよ。 だってそのお弁当二人分だもの」
二人分? 何故二人分のお弁当を僕に渡すんだ? もしてかして嫌がらせ?
わざと二人分の弁当を僕に食べさせて、 完食できなかったら何か罰でも与える気なのか?
「貴方今失礼な事考えているでしょう?」
「あはは~そんなわけないじゃないですか~」
「そう? かなり白々しいけど……まあいいわ。 はい。 それじゃあ……あ、 あ~ん……‼」
「へ?」
「へ? じゃないわよ。 早く口を開けて頂戴。 そうじゃないと食べさせられないでしょう?」
「いや。 おかしいです。 なんで生徒会長が僕にそんな事するんですか?」
「何故って私がそうしたいからよ。 それ以外の理由は無いわ」
「そ、 そうですか……」
彼女の心意が全く読めない。 そもそも僕を生徒会室に招待したことでさえ謎なのに何故彼女は、 僕にその……恋人がするかのような事をしてくるのだろう?
そんな事をして何か意味があるのだろうか? 隼人に嫉妬でもしてもらいたいのかな?
それなら意味がない。 むしろ隼人なら僕がこんな事をされていると知ったらむしろ喜んで応援してくれそうだ。
「あの……こんなことしても隼人は振り向いてくれませんよ?」
「あははははははは。 戦場君って冗談言えるのね。 でもその冗談全く面白くないから今度二度と言わないで頂戴。 じゃないと殺すわよ?」
僕としては冗談じゃなくて本気だったのだが……でもなるほど。 この様子からするにこの人は、 本当に隼人の事が好きではないようだ。
仮に彼女がツンデレだったら話は別だろうが、 この人のこれまでの発言を振り返ってもその線は限りなく薄いだろう。
でもそうなると彼女の目的が全く見えない。 一体何を企んでいるのだろう?
「えい」
そう言って彼女は僕の口に卵焼きを突っ込んできた。 流石に一度口を入れたものを吐き出すのは、 申し訳ないので僕はそれをもぐもぐ食べる。
「ふふふ。 可愛い……本当今すぐにでも食べちゃいたい……」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
「はぁ……」
この人が考えていることは本当によくわからない。 僕の頭がよくないというのもあるのだけれどそれでも彼女はどこか得体がしれない。
それに先程から僕の脳がずっとこれ以上彼女に関わるのは危険だと警鐘を鳴らしている。
「あの……なんで僕を呼び出したんですか? 何か用事があったから僕を呼び出したのでしょう?」
「もう。 せっかちなんだから。 せっかちな男は、 女の子から嫌われるわよ? あ、 でも私からすればその方が都合がいいわね」
何が都合のいいかは知らないけれど大方僕みたいな愚図は、 一生独り身がお似合いだとでも言いたいのだろう。
でもその程度の事を今更言われようが僕の心は全く動じないし、 何よりその事に関してはきっと僕が一番自覚している。
「早く僕を呼び出した要件を言ってください。 先程あなたが言ったように時間は有限で、 僕には今やるべきことがあるんです」
「そのやるべきことってあの二人の恋のサポートでしょう?」
「……そうです。 よくわかりましたね」
「そんなの誰だってわかるわよ。 何せ貴方のやり方かなり露骨なんだもの。 私の誘いを受けたのだってあの二人の為なのだし」
「そこまでわかっているのなら早く……」
「そこまでわかっているからよ。 何せ貴方のやっていることは全くの無駄なのだから」
「え……」
彼女が何を言っておるのか全く理解できなかった。
僕のやっていることが無駄? 何が無駄だというのだ? 分からない。
それに何故彼女にそんなことがわかる。 唯のはったり? でもそれにしては先程の彼女の言葉から嘘だとは考えづらい。
でもだとしたら余計わからない。 僕には、 何もわからない。 分からない。 分からない。
分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 何もわからない。
「今はそう深く考えないほうがいいわ。 その方があなたの為よ」
「…………………………わからない」
「今はそれでいいの。 でもこれだけは理解して欲しい。 私はあなたの味方よ。 世界中の人間があなたの敵になったとしても私だけはあなたの事を絶対に裏切らない。 それだけは理解して。 お願いよ……」
暖かい。 こうして誰かに抱きしめられたのはいつ以来だろうか。
それに彼女が言ったこと……何故彼女がそんな事を僕に言うのかそれについてもわからない。
でもわからなくてもいいんじゃないのか? そこまで深く考える必要はないんじゃないのか?
だって僕は道化だ。 道化がそんな事を考える必要はないんじゃないのか?
例え彼女が敵であろうが味方であろうがどうでもいいじゃないか。
今はただこの暖かさに全てをゆだねてしまえば……
『ゆだねてどうなる? どうせまた辛い思いをするだけだぞ? お前はそれでいいのか? それにお前の目的は所詮その程度の物だったのか?』
もう一人の自分がそう言っている気がした。
それと同時に僕の胸中で黒いドロドロとした何かがどんどん沸いてくる。
それはとどまることを知らない。 どんどんどんどん沸いてきて留まることを知らない。
『お前が幸せになれると思うなよ? お前は所詮ピエロ、 ただの道化なんだよ。 道化は人に笑われて初めて輝く。 そして人に笑われるこそがお前の仕事であり、 お前の幸せだ。 それ以外で幸せになれると思うなよ?』
分かっているよ。 そんなことは。 僕が道化だってことは。 笑われるのが仕事だということは。
そして僕の存在意義は、 花蓮を幸せにすること唯それだけ。 それ以外の考えは捨てろ。
花蓮の幸せが僕の幸せ。 その為に僕は、 道化になると決めたんじゃないか。
「離れてください」
「え……?」
だからこそこれ以上彼女と関わるのは、 危険だ。
彼女は僕を狂わせる。 そんな相手と関わるのは、 ダメだ。 絶対にダメだ。
「生徒会長。 貴方に一つお願いがあります。 これ以上僕に関わらないでください。 僕の邪魔をしないでください。 もし邪魔をしようというのならその時は、 全力であなたを排除します。 それでは失礼します」
「ちょ、 待……」
結局彼女の意図は、 全くわからなかった。
けれどそんなこと今はどうでもいい。 僕は僕のやるべき事をやるだけ。 それ以外の事は何もいらない。