第二話 鷺宮息吹
「ここは……」
そこにはとても僕の見知った風景が広がっていた。
何せ今僕がいるのは、 僕と花蓮達が通っている私立吹野宮高校の保健室なのだから。
「なんで僕はここに……」
「目が覚めたのね。 よかったわ」
「え……なんでここに鷺宮さんが……」
鷺宮息吹。 吹野宮高校の生徒会長にして、 花蓮に匹敵するほどの美貌の持ち主。
イギリス人の父を持ち、 その父がどうやら会社の社長をしているらしく、 家はかなり裕福なようだ。
それに加え彼女の髪は綺麗なプラチナブロンド、 瞳はまるでエメラルドの様に綺麗な碧色、 そんな彼女の外見だが花蓮とは対照的に彼女は可愛い系というよりも綺麗系という外見をしており、 そのせいか初対面の人は彼女にどこか氷の様な冷たい印象を受け、 その影響で≪氷姫≫などと一時期は呼ばれていたが、 それはあくまで見た目だけの話であり、 彼女は誰にだって分け隔てなく優しく、 困った人は見捨てないといった志を持ち、 学内での人気も非常に高い。
そんな彼女と僕の関りはといえば学年が同じ高校二年という以外特にかかわりもない。
クラスも違えば、 会話もしたこともなく、 そんな彼女が何故僕と関わろうとする?
考えれば考えるほど疑問が浮かんでくる。
「なんでも何も私があなたをここに運んだのよ」
「鷺宮さんが……僕の事を……なんで……」
「それは貴方が……」
どうにも歯切れの悪そうな彼女を鷺宮さんは、 浮かべている。
一体どうしたのだろう?
「鷺宮さん?」
「その……そう。 あなたが道端で泣きながら倒れていたのよ。 それを発見した私がここに運んだ。 それだけよ」
「え、 でもなんで僕は……」
「それだけよ。 これ以上の追及はしないで」
それは拒絶ともとれる言葉で、 どうやら鷺宮さんはこれ以上僕にこのことに関して聞かないで欲しいようだ。
僕としても彼女は、 僕を善意で助けてくれたのだから彼女の嫌がることをするのは、 本意ではない。
それに僕の脳もこれ以上の詮索を拒絶している。
実際僕も何故自分がここにいるのか全く思い出せないのにもかかわらず、 受け入れていた。
「分かったよ。 これ以上は聞かない」
「そう。 よかったわ。 本当に……本当によかった」
何故彼女がここまで安堵するのか僕には、 理解できないがきっと余程重要な事情があるのだろう。
「ねぇ戦場君。 その……一つ質問があるのだけれどいいかしら?」
「ええ。 構いませんよ。 僕の答えられる範囲なら」
「なら聞くのだけれど貴方は、 なんで先程ずっと泣いているの?」
「え……」
彼女の言葉が僕には理解できなかった。
僕が泣いている? しかも先程からずっと?
理解できない。 それに胸が痛い。
「い……ば……く……」
なんで? なんで胸が痛いんだ? 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。
「いく……さ……ば……く……‼」
僕の役目はなんだ? 道化を演じる事だ。 でもなんで? 花蓮の幸せの為だ。
そうだ。 僕は花蓮の幸せの為に道化を演じなければ。 でもなんでなんで僕は……僕は……
「戦場君‼」
「え……あ……ごめんなさい……」
「ああ‼ よかった……‼ よかったよぅ……‼」
そこにいたのはいつものクールな面影が完全に消え失せた今にも消えてしまいそうな弱弱しいさを見せた鷺宮さんの姿だった。
「もし……あのまま……戦場君が……」
「僕が何ですか?」
「え……あ……ええと……その……今のは忘れなさい……///」
何時もは見せない鷺宮さんの恥ずかしがる表情は、 僕にはとても新鮮に映った。
「私の事よりも戦場君の方が今は問題よ。 急に反応がなくなるんだもの。 誰だって動揺するわよ」
「そんな事ないですよ。 何せ僕は害虫ですからね」
その言葉を聞いた瞬間鷺宮さんの表情が途端に険しくなる。
「戦場君。 私そういう冗談は嫌いよ」
「あはは。 冗談じゃ……」
「嫌いよ。 分かった?」
「え、 あ、 はい。 それと顔近いです」
実際鷺宮さんの顔は、 かなり近く、 今の状況を他の人が見ればきっとキスしている様に見えるだろう。
そんな超至近距離にいるにも関わらず鷺宮さんは、 一向に離れてくれない。
「本当にわかったの? もし今度そんなこと言ったら殺すわよ」
こ、 殺す……これはまた物騒な物言いなことで。
でも彼女の態度。 明らかに僕に反論を許す気はない。
「分かりました。 今後は鷺宮さんの前では言いま……」
「私の前でなくてもダメよ」
「え?」
「私かなりの地獄耳なの。 だから貴方がどこで何を言おうが私には聞こえるの。 それと今後あなたが自分の事を卑下するような事を言えばその時も殺すわ」
「はぁ……わかりました」
「よろしい」
そう言うとやっと彼女は、 僕から離れてくれた。
「人間誰しも自分の事を卑下するのは、 イケないことなの。 自分を好きになれない人間は、 誰の事も好きになれないわ」
「それは、 違いますよ」
「どう違うのかしら?」
「人が人を好きになるのは、 相手に自分のない物を求めるからです。 そこに自分が好きかどうかは関係ない」
「…………………………」
鷺宮さんは、 何も言わない。
きっと僕のこんな捻くれた考えに呆れているのだろう。
僕だってわかっている。 彼女が僕を助けたのは、 彼女が困っている人を見捨てられないそんな人間だからだ。
だからきっと今彼女の胸中ではきっとこう思っていることだろう。
「こんな屑助けるんじゃなかった」と……
でも鷺宮さんの考えは、 僕なんかが予想した物とは全く違っていた。
「貴方がそう思うのは、 勝手よ。 でも私の持論を曲げる気はないわ。 だから私はあなたの考えを変えてみせる。 いつか自分の事を本気で愛せるような人間に私があなたを導いてあげる」
彼女は、 眩しい笑顔でそう言いのけたのだ。
その言葉に僕の心にかかった靄が少しだけ晴れた気がする。
「涙……止まったのね」
「え……」
鷺宮さんにそう指摘されるまで僕は、 その事に全く気が付かなかった。
そんな僕の様子が面白いのかクスクスと彼女は、 可愛らしく笑う。
「貴方には、 涙は似合わないわよ。 貴方に似合うのは、 間違いなく笑顔。 それもとびっきりの笑顔よ」
「あはは……それならいつも……」
「私が言っているのはあんな作り物の笑顔じゃなくて本物の笑顔の事を言っているの」
「僕の笑顔が作り物? 何を言って……」
「あれを作り笑顔だと言わずとしてなんというの? 正直私はあなたのあの顔が嫌いよ。 二度と私の前であんな表情見せないで」
「それは……また……」
酷い言い草だ。 僕だって僕なりに頑張っているのだけどな。
あの笑顔だってその過程で身に着けた賜物なのだし、 それに今の僕には笑顔が一体どういうものなのか完全にわからない。
「だからこそ決めたのよ」
「何を?」
「貴方を心から笑わせてあげる。 それがあなたの更生計画の第一段階よ」
「それ本気?」
「ええ。 本気よ。 私一度決めた事は、 最後までやり遂げないと気にくわない主義なの。 だからこれから覚悟しなさい。 私が絶対にあなたを救って見せるわ」
そういう彼女の顔を僕はなぜか直視することができなかった。
「それじゃあ私はもう行くわね。 これからよろしく怜雄君」
そう言って彼女は保健室を後にした。
「なんで今僕の下の名前を……」
それに彼女は僕の事を救うといった。
何故彼女はその様な事を言ったのだろう。
そもそも僕は、 何処かおかしいのだろうか?
おかしいのならどこがおかしいのだろうか。
その事について考えている内に始業のチャイムが鳴り、 結果として僕は授業に遅刻してしまった。