Episode9 サボテンの花が咲く頃に 4
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「えっ、それ以降お嬢様と青年は会わなかったの? それとも会えなかった? 家の人に邪魔されてとか……」
「邪魔はされていませんよ。ただ、会わなかったのです。青年は自分が悟りだということを打ち明けると決めた時から固く誓っていました。もう、会わないと。会ってしまえば、いつまでもずるずると気持ちを引きずってしまう。それではお嬢様のためにもならないと」
(何だか、切ないね……)
舞花の言葉に皆が頷いた。
「サボテンは? サボテンはどうなったの?」
シロが教えて教えてと身を乗り出す。
「サボテン……、ですか。サボテンはその後もお嬢様が大切に大切に育てられましたよ」
◇
美緒は青年と会わなくなって直ぐに縁談話が持ち上がっていた男性と結婚した。しかし、男性には甲斐性がなく他所に女性を作って帰ってこないこともしばしばだった。その度に美緒は一人でサボテンを眺めながら青年を思い出していた。
美緒の寂しさを埋めるのはいつだって青年で、それは生涯ずっと変わらなかった。結婚したあとも美緒は一人で過ごすことが多く、青年との思い出だけが彼女の支えになっていた。彼女は孤独と闘いながらも必死で妻の役目をつとめ、一年に一度七夕のその日だけは誰にも邪魔されることなく庭に一日中居続けた。青年を思い、星を見上げ、思い出の中の青年と話し続けた。
(去年は雨だったけれど、今年は晴れましたね)
(サボテンは今年も花を咲かせましたよ)
(織姫と彦星のお話のように1年に一度でいいからまたあなたに会いたいです)
(あなたは元気でいらっしゃいますか。どうか幸せでいてください)
(この声があの人に届いていればいいのだけれど)
美緒は青年に隠していることがあった。それは悟られであるということ。幼い頃、自分の心の声が他人に聞こえるのだと知ったときから、美緒は姿の見えない誰かに助けを求めていた。この寂しさから誰かが救ってくれることを願っていたのだ。そうして現れたのは青年で。美緒は自分の声が届いたのだと思った。しかし、青年はその事について何も言わず、ただ一年に一度会いに来てくれるようになった。それだけで良かった。会えなくなった今でも青年がどこかで自分の声を拾ってくれるのではないかと思いながら美緒は一年に一度、七夕のときだけ青年を一日中思い続けたのだった。
青年に美緒の声は届いていた。彼もまた一年に一度彼女の声を聞きに彼女の家を訪れていたのだ。訪れていたといっても中には入らず、庭の垣根を隔てて彼女の声にひっそりと耳を傾けていた。その時間は五分にも満たない僅かな時間。その時ばかりは自分の声を彼女に届ける力が欲しいと何度も願った。しかし、青年は彼女の寂しそうな声を聞くことしかできない。それでも青年は彼女の声が聞こえる限り一年に一度は必ず彼女の家を訪れた。身を隠しながら。ひっそりと。




