Episode9 サボテンの花が咲く頃に 2
「まるで織姫と彦星だな」
マスターの話を聞いていた武瑠がオムライスを頬張りながら言った。
「ちょっと、武瑠! 折角いい話の途中なのに、口に物入れながら喋らないでよ!」
(武瑠にロマンチックは分からないんじゃない?)
相変わらずな白崎姉弟に何だよ、と溜め息を吐く武瑠。
「マスター、それでその二人はどうなったの? 結局結ばれたの?」
「そうですねぇ……」
シロが先を促すとマスターはどちらとも取れない表情で微笑んだ。
「シロ、お前も急いてんじゃねぇか! お前にロマンチックの何とかを説かれる筋合いはねーな」
「武瑠にだけは言われたくないやい!」
(ちょっと二人とも黙って)
舞花に怒られやっと静かになった二人を見て、マスターはまた静かに語り始めた。
◆
美緒と青年は逢瀬を繰り返す内、会わない間もお互いがお互いのことを考える時間が増えていた。
「今日はまだ咲かないわ。あの人が来る頃には可愛らしい花が咲くかしら」
「あと少し、あと少しで咲きそうね。あの人が来るまでどうか咲いていてちょうだい」
「花が咲いたわ。早く会いに来てくださいな」
お嬢様は空を見上げることが多くなった。それだけあの青年への思いが募っている証拠だ。当の本人は気づいてはいないけれど。
美緒と青年が出会って三年目の七夕。その日青年は短冊を持ってやってきた。
「それは何かしら?」
勿論美緒は短冊のことなど知らない。
「これは短冊といって、お願い事をここに書いて、それを笹の葉に吊るすのです。そうすれば願いが叶うとか……」
「まぁ、素敵ね。私もやってみたいわ」
「勿論です。どうぞ」
青年は美緒に短冊を渡す。
「お願い事を一つ書くのよね。どうしようかしら」
美緒は初めてのことにわくわくし、頬を染めながら何にしようかと一生懸命に考えている。その姿に青年はただただ見とれていた。
「あなたは何を書くの?」
美緒に話し掛けられ、ハッと意識を戻す青年。そして
「お願い事は他人に知られると叶わなくなるそうですよ」
なんて口から出任せを言っていた。
お互いに何と書いたのかは伏せて、二人は笹の葉に短冊を取り付けた。
「織姫様と彦星様が無事に会えますように」
美緒が空を見上げて呟く。
「そう、お書きになったのですか?」
「内緒よ。だって、あなたに知られてしまったら願いが叶わなくなってしまうのでしょう? それは困るもの」
「そうですか」
青年は美緒の楽しそうな顔を見て、良かったと微笑んだ。
次はまた一年後。まるであの織姫と彦星のようじゃないかと思うけれど、私とお嬢様は恋仲ではない。似ているようで天と地の差ほども違うのである。
青年は分かっていた。身分の違いすぎるお嬢様と自分とでは本来関わることすら許されない。このほんの僅かな時間だけがお嬢様とお話しできる唯一の時間なのだ。いずれお嬢様は顔も知らない誰か金持ちと結婚でもするのだろう。自分なんかが割って入ることはできない。その時が来たとき、私は私で居られるだろうか。織姫と彦星になったつもりで、ずっと逢瀬を重ねていたけれど。それはこちらの勝手な解釈であって。彼女がどう思っているかなんて分からないのだ。
その時ばかりは綺麗な月が憎く思えた。