Episode8 哀しい身代り9
◇
スケッチブックから見えた光景に武瑠もシロも言葉を失っていた。
おねぇちゃん、おねぇちゃんと呼んでいた声もいつの間にか止んでいる。
「武瑠……、どうして舞花が目を覚まさなくなったか。僕分かったかもしれない」
シロはポツリと呟いた。
武瑠はこれから何か話し出しそうなシロに静かに目を向けた。
「僕も舞花も施設で育ったんだ……」
ぽつり、ぽつり、と話し出すシロ。
「あんまり良い思い出はないんだけどね。だから、ある程度の年齢になるまでは我慢して、それからは早々に二人で逃げ出した。僕が名前で呼ばれるのを嫌な理由、女の子っぽいからってだけじゃないんだ……」
◆
シロと舞花は施設で育った。性質のこともあって、二人がそこに馴染むことはなかった。
舞花は喋らず、シロは無表情で他の子ども達からは気味悪がられ、大人達もあまり深く関わってくることはなかった。シロは今の彼からは想像もできないほど、表情のない子どもだった。
そんな中で施設長の男だけが二人を気に掛けた。
他の大人達とは異なるその施設長に二人は徐々に心を開き始めていた。
そんな時、事件が起きた。
ある夜、シロは施設長に呼び出され、男の部屋へと行った。
何だか、いつもは優しい男の様子がおかしい。そう感じないこともなかったが、シロは特に気にすることなく男の前へと姿を現した。
すると男は突然、いやらしい手つきでシロの体を触り始めたのだ。
「優、優……可愛い俺の優……」
男はシロの頬に手を滑らせうっとりとしている。
「綺麗だね。本当に綺麗だ。俺の期待どおりの姿に育ってくれて嬉しいよ」
シロは何が起こっているのか、理解するまでに時間がかかった。
今、自分に起きているコレは何だ?
何でこの人はそんな目で自分を見るのだろう。
あぁ、気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
(シロ!)
震えて何もできないでいるところに舞花が突然飛び込んできた。そして、男を突き飛ばすとシロの手を引っ張ってそのまま二人で施設の外へと飛び出した。
(シロ、シロ、シロ!)
舞花はシロの名前を呼び続け、ぎゅーっと彼を抱き締めた。
そこでやっと自分に起きたことを理解したシロは自分よりも背の低い姉の肩へと顔を埋め、唇を噛んだ。
「舞花……っ、ぼ、ぼく……」
(何も言わなくていいよ。大丈夫、大丈夫だから。大丈夫よ)
舞花はぎゅーっと抱き締めたまま、シロが満足するまで大丈夫よ、と言い続けた。
◇
「僕、その時から自分の名前が気持ち悪くなっちゃってさ。まぁ、舞花や武瑠達が呼んでくれる“シロ”が今は僕の名前だと思ってるよー」
シロの話の重さに武瑠は何も言葉が見つからなかった。
「別に何も言わなくていいよー」
シロはそれが分かっているのか、ゆるーくそう言った。
「何も言わないのが、正解」
そして、いつもよりちょっとだけ情けない顔でふにゃりと笑った。
「ま、シロはシロだからな」
意味の分からない返しなのは武瑠自身も分かっていたが、やっぱり何かやらずにいるのは気持ち悪い気がして、パチンとシロの綺麗なおでこにデコピンをお見舞いしておいた。
「痛いよ、武瑠! 何すんのさー」
「何か腹立ったからデコピンしといた」
「いや、意味分かんないよー」
「分かんなくていいんだよ、俺だって分かんねーんだから!」
「逆ギレはんたーい」
「うるせー」
と、いつもの二人の雰囲気に戻ったところで武瑠は改めてシロに向き直る。
「で、舞花が眠り続けてる理由が分かったって言ってたけど、それはどうなんだよ?」
「あ、そうそう。たぶんね、共感しちゃったんじゃないかな? 」
「共感?」
「そのスケッチブックの主はたぶん弟くんでしょ? その弟くんの感情と舞花の感情が重なっちゃったんじゃないかな?」
「共感したからって眠り続ける理由にはならないだろ」
「うーん、えーっと舞花はお姉ちゃん、でしょ? 弟くんは舞花のことお姉ちゃんだと思って離さないんじゃないかな」
「それに同情した舞花がその子といるって?」
「分かんないけど、弟くんを探すことが舞花が目覚める近道なんだと思うんだ」
「それなら探す場所は一つだな」
武瑠は分からないという顔をしているシロを引っ張りある場所へと連れていった。




