Episode8 哀しい身代り8
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途端に目の前に広がったのは、いつぞやの施設らしかった。
武瑠、と声をかけたいけれど思うように声が出ない。それは武瑠も同じなのか喉を押さえて首を振っている。
どういう状況なのだろうと辺りに視線を向けてみると、さっきいた施設よりも更に人の気配を感じるようになっていることに気がついた。
そして、シロは気づく。
ここは昔誰かがいた時の施設なんだと。
武瑠もそれが分かっているのか、目が合うとコクりと頷かれる。
二人でしばらく様子を伺っていると、急に寂しい感情がぐぁっと流れ込んできた。
(おねぇちゃん)
そして聞こえた声。
スケッチブックの持ち主はどうやらあの声の主と同一人物みたいだ。
(おねぇちゃん、何処に連れていかれたのかな)
(おねぇちゃんがボクをこんなにも長く一人にするなんておかしい)
(おねぇちゃん、どこにいるの?)
(寂しいよ……)
少年のいろんな感情が飛び交っている。そんな感じだった。
少年の姿は相変わらず見えない。まずは少年を探すべきか、姉を探すべきか。いずれにせよ、二人を探さなければここに来た意味がない気がするのだ。
◇
さて、ここからどうするかとこの覚えのある感覚に身を委ねながら、武瑠は辺りを見回す。きっとここはスケッチブックから滲み出ていた思念の世界だ。前に夢の中を覗き込んだ感覚と似ている。
シロは戸惑っているようで、どうしようという表情でこちらを見ている。
声を出すことはできず、会話をすることはできない。
おねぇちゃん、おねぇちゃんという少年の声を聞きながらそこで立ち尽くすことしかできない。
すると、ここの施設長なのか、男性が一人武瑠達の目の前に現れる。見たところ四、五十代といったところか。
その男性は一人の少女を連れていた。
二人の後を追っていくと、男が少女を押し入れの中に入れ、襖を閉めたあと棒を立て掛け開かないようにした。
何だこれ……。
シロも驚きを隠せないのか目を見開いている。
俺達が少女を押し入れから出してやれない事がこんなにももどかしいなんて。
武瑠はグッと拳を握った。
◆
すると次には俺達が押し入れらしきものの中。真っ暗で足元には踞っている少年が目をつぶり耳を塞いでいる。
(おねぇちゃん、怖いよ。おねぇちゃん)
押し入れの隙間から見えたのは少女を愛でる男。頭を撫でたり体を触ったり、まるで人形遊びでもしているかのように偉いね偉いねと言って頭を撫でていた。
(さぁ、先生と一緒に結婚式をあげようね)
(花嫁はもちろん君だよ。さぁ、誓うんだ!)
(汝は病める時も健やかなるときもボクを愛すと誓うかい?)
男の問いに少女は答えない。
(何故答えないんだ!? お前もか! お前もはボクを拒絶するのか!?)
男は少女の肩を持ちぐらぐらと前後に体を揺らす。
それでも少女は何も答えない。
それに更に腹を立てたのか、今度は馬乗りになって少女の首を絞め付け始めた。
俺達はただ見ていることしかできない。
力の抜けた少女の肢体も男が「うぉー」と叫ぶ様も。
男は少女を抱き上げ、花壇の横へと横たわらせる。そして、穴を堀り始めた。人一人が入れるくらいの大きさの穴を。そして少女をその中に入れ、土を被せ花を元に戻す。
(また一人ボクの大事な人が死んだ)
男はそう呟き施設内へと消えていった。