Episode8 哀しい身代り3
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「あ、そういえばね。関係あるかは分かんないんだけど最近舞花、バイト始めたんだよね」
眠っている舞花を見ながら、シロが言った。目の前で眠っている彼女は特に苦しそうな様子もなく、静かにベッドに横たわっている。「舞花」と声をかければ今にもその目が開きそうだと思いながら、武瑠は舞花の様子を観察していた。
「バイト?」
「うん、お花屋さん」
「花屋ってチャラんとこの?」
「そーだよ」
「お前、よくOKしたな。絶対反対しそうなのに」
「まぁ、それはねー。色々と心配なことは多いけどさ、マユも一緒だって言うから」
「あぁ、確かにマユも一緒なら安心か」
武瑠はシロと言葉を交わしながらも、何処かいつもと変わった様子はないかと手を握ってみたり、「舞花」と声をかけたりして舞花の様子をみる。が、長い睫毛は閉じられており、震える様子も開かれる様子も一向にない。 触れた手は普通に温かい。
そこで武瑠は漸く自分がまだフードとヘッドホンを取っていないことに気が付いた。以前、入院している奥さんがいつまで経っても目を覚まさないと嘆き、憔悴しきった男が危うく自らの命を絶とうとしている現場に遭遇した。何やかんやあって奥さんの目を覚まさせる為に協力することになって。あの時は、武瑠が眠ったままの奥さんの夢を悟り、それを男に悟らせた。男は“悟られ”だった為、心を聞くことができず、彼女が夢を見続けていることに気付けなかったのだ。
あの時の感覚はというと、言ってみれば眠っている人の夢に自分達がトリップしたようなそんな感じ。映画のスクリーンを見ているようでもあり、自分が透明人間になってそこに立ち、目の前でその光景を見ているようでもあった。
シロも“悟り”なわけだし、もしかしたらできるかもしれない。そう思った武瑠は「シロ、あのさ――」と以前あったことを軽く説明をする。そして、シロと共に舞花に触れた。
二人は目を閉じて集中し、舞花に何度も語りかける。
“舞花、舞花”と彼女へのアプローチを続ける中で二人は何かを見つけた。それが何なのか、はっきりとは分からない。だけど、舞花の夢の中にトリップするならここだと直感的にそう思った。しかし、ここだと思うのに何かが二人を阻んでいる。入ってくるな、と見えない壁に阻まれていた。
“武瑠。ねぇ、入れないよ”
シロの集中力が先に切れてしまい、続いて武瑠もダメかと区切りをつけて目を開ける。
「なーんか、拒絶されちゃってる感じ……」
「あぁ。見えない壁に阻まれてその先に進めない」
「僕、舞花が受け入れてくれないなんて初めてだ。どうしたらいいんだろ……」
舞花に触れている手を頬に移動させるシロ。舞花に触れる手はどこまでも優しい。
「何か理由があるはずだ。俺達が入れない理由が。俺は兎も角、舞花がシロを拒絶するとは思えない」
「たけるー……」
「んな、泣きそうな顔すんなよ。大丈夫だって。助けるんだろ、シロ」
「うん、絶対助ける」
「舞花がこうなったのには何か原因があるはずだ。それを先ずは見つけないといけないのかもな。たぶんだけど、それが分かれば舞花の中に入れる気がする」
「うん。僕もそんな気がする」
よし、持ち直したな。意思の強い目を見て、シロの動揺が収まったことを確認した武瑠はニッと口の端を上げた。
「チャラんとこ行ってみるか。シロに心当たりがないんだとしたら、きっとシロと舞花が別々に行動してた時に何かあったんだ」
武瑠は舞花のその華奢な肩に触れ、あまりいいとは言えないその顔色を見つめる。
一週間も眠ったままで、水分はシロが取らせていたにしても、殆ど飲まず食わずな状態なのだ。舞花の体力を考えると(まぁ、精神状態もどうかは分からないけど)あまり悠長にはしていられない。いつも以上に白く発光しているように見える舞花がそのまま消えてしまわないように。武瑠は綺麗なまでに静かに眠っている彼女を瞼の裏に閉じ込めた。
“待ってろ、舞花。ちゃんと助けてやるからな”
この心が届いていると信じて、武瑠は舞花に語りかけた。




