Episode6 桜と月とあの日の約束 6
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数日後――。
武瑠と河原町はキミカの病室にいた。窓もカーテンも閉め切って、この場所に一つの空間を作り出す。
「本当に、出来るんでしょうか……」
河原町はぽつりと呟いた。
「二十何年も一緒にいたんだろ? 大丈夫だよ」
「そうですよね」
武瑠に迷いなく言い切られて、河原町の不安もどこかへ吹っ飛んでいくようだった。
「都会のど真ん中にあるのに、あの場所だけが何か異空間って感じがしたな」
武瑠は月明かりに照らされた桜を頭の中に思い浮かべる。
「はい。彼処にいると、何だか彼女と二人だけの世界にいるようで――」
武瑠は河原町の顔をじっと見つめた。
「なぁ……、始めたら俺の存在は忘れろよ。キミカさんの事だけ考えて。彼女と一緒に二人で居ることだけ考えるんだぞ。な?」
分かりました、と河原町は頷いた。
「よし、じゃあ準備できたし始めるか」
武瑠は電気を消して、撮ってきた映像を天井に映し出した。彼女のちょうど真上に月明かりに照らされた桜の木が映し出されるように調整する。壁一面に貼られた桜の写真と、ひらひらと舞う花びらが流れる映像により、この部屋があの異空間へと変わった。
武瑠はヘッドホンを首に掛け、フードを取る。そして、河原町とキミカに手を握らせ、その上からそれを自分の両手で包み込んだ。
河原町は武瑠に言われた通り、彼女のことだけを考え、天井に映し出された桜の木を愛しそうに見上げる。
「キミカ……、今年も桜が綺麗だね」
ここは病室のはずなのに、不思議とあの場所と同じように感じてしまう。彼女と二人で本当に月明かりに照らされた桜の木を見ているようだった。
武瑠は眠っているキミカの意識の中を覗こうと意識を集中させる。本当にただ眠っているだけならば、彼女はずっと夢の中にいるのかもしれない。彼女がどんな夢を見ているのか。それが分かればいいんだけど……。そんな思いで彼女の心に集中する。すると、武瑠の中にキミカの心が流れてきた。
(靖くん、今年も桜が綺麗ね。ずっと、このまま二人でいられたら私、とっても幸せよ)
キミカは夢の中であの場所にいた。月明かりに照らされた桜の木があるあの場所に。
武瑠は河原町に心がそのまま届くようにと、きゅっと手に力を込める。悟りの性質で彼女の心を悟り、悟られの性質で河原町に彼女の心を悟らせる。彼がピクリと反応したところを見るとどうやら成功したようだ。
「ねぇ、キミカ。俺の為に、俺と一緒になってくれてありがとう。一年前、君にyesをもらえて俺はとても嬉しかったんだ。ずっと、俺と一緒にいてくれると君に言ってもらえた気がして。桜にも負けず劣らず美しい君だから、その分余計に儚くて消えてしまいそうで、俺はとても不安を感じていた。だけどね、君が形をくれたからそんな感情も愛しく思えるようになったんだよ。喜びも不安も何もかもが俺にとっては愛しい。来年も再来年も、この先もずっと……俺は君が消えてしまわないようにこの手を掴んでおくからね……。ね、キミカ……」
彼女の指がピクリと反応を示した。
また、反応だけだろうか。意識は……?




