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Episode6 桜と月とあの日の約束 5




 そして、一年後。去年の春だった。二人は桜の木の下にいた。月明かりに照らされた桜がひっそりと二人を見守る。


 何も言わずただ二人でそこにいる。そんな空間が心地よかった。キミカは手の平に落ちてきた桜の花びらを見つめてぽつりと呟く。


「ねぇ、私達あと何回一緒にこの景色を見られるんだろうね……。来年もあなたとここでこうしてこの景色を眺めていられるかしら……」


「ああ……大丈夫、きっと大丈夫だから……。俺達は一緒にいる限り、毎年ここでこの月明かりに照らされた桜を二人で見るんだ」


 河原町はひらひらと舞っている花びらを目で追いながら、キミカの手を握った。


「そうよね……、こんな弱気になんてなっていては駄目ね。約束よ……、来年も必ず私をここへ連れてきて」


「ああ、約束だ。来年も再来年も、この先ずっと……必ず君をここへ連れてくるから」


 そして、二人は夫婦となった。お互いにお互いを感じながら、ゆっくりと過ごしていければそれで良かった。


 彼女はその数日後、事故に遭い目を覚まさなくなってしまった。




「俺が悟りだったら、キミカが眠っていたとしても彼女が何を考えているのか分かったのかなとか、考えてもどうしようもない事ばかりを最近は考えてしまって……。彼女は心を閉じたまま眠ってしまって俺にはどうすることも……」


 河原町はカウンターにカタンと肘をつきながら、頭を抱える。


「彼女と約束したのに……俺はそれを叶えてあげることも出来ない。もうすぐ、桜も散り終わってしまう……」


 武瑠もマスターも口を挟むことなく、黙って河原町の話を聞いていた。


「彼女との大切な思い出のはずなのに、最近は月や桜を見るのがとても辛いんです……。月の満ち欠けと桜は何だかどちらも人間を現しているようで……。下弦の月を見ているとどうしても人の気持ちが薄れていく様を想像してしまうし、桜はとても儚い。散ってしまう儚さの中に美しさを見出すのはとても雅なことだとは思うけど、俺は心がきゅーとなって、この寂しさというか、虚しさにどうしようもなく押し潰されそうになる……」


「だったら二人でそれを共有すればいいよ」


 武瑠の言葉に河原町は何を言っているんだと視線を向けた。この青年はちゃんと自分の話を聞いていなかったのかと。


「二人って……」


「勿論、あんたとキミカさんだよ」


 にぃっと笑う武瑠を見つめる河原町。しかし、冗談を言っているようには見えなかった。


「でも……、キミカは今眠ったままで病院から出られないんだよ?」


「ああ、分かってるよ。でも、方法はある……はずだ。一つ、思い付いた事があるんだけど。俺もやった事はないから確実だとは言えない。けど、何だか出来る気がするんだよ。なぁ、どうする?」


 武瑠の強気な視線に河原町はこの青年に賭けてみようと頷いた。


「ああ、やりたい。少しでも可能性があるなら俺は何にだって縋るさ。お願い、してもいいかな?」


「もっちろん!」


 話が纏まったタイミングで河原町の目の前に再び湯気の立ったティーカップが置かれた。


「よろしければ、もう一杯どうぞ」


 マスターの笑みは相変わらず柔和で温かい。


「ありがとうございます。この紅茶……、キミカが入れてくれる生姜入りの紅茶と同じ味がするっ……。甘くて、温かくてホッとします……」


「隠し味は、ハチミツですね」


 パチリとウインクをしたマスターにふふっと表情を崩しながらも、河原町はズズッと鼻を啜ったのだった。




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