Episode6 桜と月とあの日の約束 1
そこには、暗闇に浮かぶ桜の木を眩しそうに見上げる二人の男女がいた。
「ねぇ、私達あと何回一緒にこの景色を見られるんだろうね……。来年もあなたとここでこうしてこの景色を眺めていられるかしら……」
「ああ……大丈夫、きっと大丈夫だから……。俺達は一緒にいる限り、毎年ここでこの月明かりに照らされた桜を二人で見るんだ」
風に吹かれてちらちらと舞う桜の花びら。それを照らす月明かり。それがより一層この場所を神秘的なものにしていた。
「そうよね……、こんな弱気になんてなっていては駄目ね。約束よ……、来年も必ず私をここへ連れてきて」
「ああ、約束だ。来年も再来年も、この先ずっと……必ず君をここへ連れてくるから」
二人は誰もいないこの場所で、二人だけの小さな約束を交わした。
◇
夜のネオン街を抜けて、ふらふらと俯きながら歩く一人の男。その姿は酷く疲れきっており、今にも倒れてしまいそうな程だった。
前方にある信号が赤に変わる。それに気付かない男はそのままふらりと道路に出た。トラックの急ブレーキをかける音が響き渡るが間に合いそうにはない。
男は生気のない目で自分に向かってくる光をただぼぉーっと見つめていた。
ごめんね、キミカ……。
男は目を閉じ、間もなくやって来るであろう衝撃に備えた。
しかし、やって来たのは想像していた衝撃ではなく、後ろにぐんっと体を持っていかれる感覚。
「何やってんだよ、あんた!」
助けてくれた青年が男に向かって叫んだ。男はその場にへなへなと座り込む。
「あんたさ、人の迷惑も考えろよな! アレであんたが死んでたらトラックの運転手が罪に問われんだぞ。死ぬのは勝手だけど、やるんなら人に迷惑がかからない方法でやれよ」
男は驚いて青年を見上げた。てっきり、自分が死のうとしていた事を咎められるのだと思っていたからだ。
確かに、自分を轢いてしまったせいで、トラックの運転手が加害者になってしまうのは不憫だ。そこまで、考えてはいなかった。もう、どうしようもなく疲れてしまって、消えてしまいたい。それしか、頭になかった。
「申し訳ない……」
男はぽつりと呟いた。
「取り敢えずは大丈夫そうだな。立てるか?」
青年は男の体を支えながら、立つのを手伝ってくれる。ヘッドホンをつけ、パーカーのフードを頭から被っている今どきの若者。それにしては、何だかとても温かくて、少しきつく聞こえる言葉の中にもどこか優しさが感じられる。
「……、あんたこれから何か用事とかある? ――つっても、今まさに死のうとしてたぐらいだから、暇だよな?」
「あ、はい……」
にやりと笑った青年に男は戸惑いながらも頷いた。
「んじゃ、行くぞ」
「え、どこに?」
「来れば分かるよ」
男は連れられるがまま、青年に付いていくこととなった。




