Episode4 君影草を君に [事件編] 12
マユから名前を聞くと分かりやすく拝田は喜んだ。更に“菫人さん”と下の名前で呼ぶとだらんと頬が緩んでいる。
チョロいな、変態教師。
そして、マユは自分の名前――下の名前だけ――を拝田に告げた。
まさか、“マユ”ちゃんがあの廣川真佑だとは思っていないんだろーな。
拝田のだらしない笑顔がそれを物語っていた。
マユは再び運ばれてきたオレンジジュースを飲みながら拝田に話しかける。
「菫人さん、この辺に住んでるんですか?」
「ああ、あっちの方にあるマンションだよ」
そう言ってあの高級マンションが建っている方向を指さす拝田。
「えっ! もしかしてあの高級マンションとか?」
「ああ……、実はそうなんだ」
拝田は得意気にふんと鼻を鳴らした。
「すっごーい! 菫人さん、一人で住んでるんですか?」
「ああ、いや……同居人がいる。だから、二人で住んでるんだ」
「その同居してる人って女の人? あっ、恋人と一緒に住んでる、とか?」
(すみれが僕の恋人だって? 冗談はよしてくれ。あの女が勝手に僕を慕って、勝手に色々と貢いでくるんだ。あのマンションだって……)
「恋人じゃないよ。シェアしてるんだ」
「そうなんですねー? それにしても、あそこに住めるなんて、菫人さんってお金持ちなんですね」
「はは、そんなに誉めたって何にも出ないよ?」
(実際、僕は一円も払ってないけどね。それをこの子に言う必要はない)
「私はオレンジジュースをご馳走になっただけで充分ですよ」
首をこくんと傾けて笑うマユに拝田は思わず口許に手を持っていく。顔が赤くなり、息も荒くなる。隠しきれていないソレにマユの顔がピクリと一瞬ひきつった。
「よ、よかったら今から家に来ないかい? 階も高いから、眺めも最高なんだ」
「そうなんですか? 行きたいです! あっ、でも同居人の方にご迷惑じゃ……」
「大丈夫だよ」
(この時間ならいつもすみれは家にいないし)
マユは目の先にいるテーブルの三人組へと目を向ける。そして、三人がこくりと頷いたのを見て、拝田に気付かれないようににやりと口角を上げた。
「それじゃあ、お願いします」と言って伝票を持ち立ち上がる。そして、拝田と共に店を出た。




