Episode3 悟られオジサンの憂鬱 5
武瑠が頭の中で彼女をどう逃がすか考えあぐねていると、目の前の男達がざわつき始めた。
「誰だ、てめぇ!」
「なんなんだよ、いきなり! うっ……」
ドゴッ――。バキッ――。
何だか物騒な音が聞こえる。
武瑠が警戒しながら状況を見ていると、突然男達の真ん中に見覚えのある中年男が現れた。
派手な服装の若者達は謎の中年男に戸惑いながらも、ぐるりとその周りを取り囲んでいく。武瑠達のことは一先ず後回しにすることにしたようだ。
「何なんだよ、次から次へと割り込んで来やがって」
「オッサン、てめぇ痛い目見たいのか」
「オッサンが一人で俺等の相手するつもりかよ?」
人数からして負けるわけがない。
神田を取り囲んでいる誰もがそう思っていた。勿論、それは武瑠も。
「オッサン!」ヤバイって、その人数は。
武瑠は神田に呼び掛ける。
「君、娘を頼むよ」
神田はそう言うと自分を取り囲んでいる連中に向かって「さぁ、来たまえ!」と両手を広げた。若者達は一斉に神田に殴りかかった、――はずだった。
武瑠は目を丸くしながら目の前の光景を信じられない気持ちで見つめる。
え、誰? キャラ変わり過ぎじゃない?
今、目の前にいるのは本当にあの気の弱い中年男かと疑わずにはいられなくなって、武瑠は目を擦る。何度見ても姿形はあのオッサンだ。
「つよ……」
神田は尋常じゃない強さで若者達を沈めていく。
あっという間だった。あっという間に神田以外の者達が全て地に伏せていた。
どーなってんだよ、これ……。
神田は服の乱れを直すと武瑠とマユの方へとゆっくり歩いてくる。
「オッサン、尋常じゃないくらい強いんですけど」
「偶々だ」
「んなわけないだろ!」
以前会った神田とはまるで雰囲気が違っていた。纏う空気感というかなんと言うか、とても気弱でおどおどしていた、あの中年男とは思えない。親父狩りの被害者になる為に、わざと気弱そうな振りをしていたってことか……? 心の中まで完璧に作っていたってことは、最初っから俺の性質についても気付いてたってことだ……。何だよ。食えねぇオッサンだな。
「そんだけ強くてあんなこと(わざと親父狩りの被害者になるとか)……、やってること、めちゃくちゃだなアンタ……」
どこまでが本当でどこからが嘘なのか、もう何がなんだか分からない。
呆れて神田を見る武瑠だったが、ふと神田の足元に何やら落ちていることに気が付いた。武瑠は近付き、落ちている紙きれを拾う。
コレって……。
そこには癌の症状や今後の治療方針についての諸々が詳細に書かれていた。
神田――と名前が書かれているから恐らくオッサンのだろうけど。そう思って見ていたが、ん……? とある部分を見て武瑠はぐいっとその紙に顔を近づける。
うん、どう見ても俺の見間違いじゃあない。
「……オッサンって、何歳だっけ?」
◆
「……そのオッサンさぁ、結局、癌でも何でもなかったんだよ。その診断書、同性同名の全く別人のものでさ」
武瑠は長い長い話の終わりをそんな言葉で締め括った。
「えぇー、何そのオチー。ホントにその人自分の生年月日と違うってこと武瑠に言われるまで気付いてなかったのー?」
シロは信じらんなーいと言いながら、だぼだぼの袖をパタパタとさせる。
「そう、しかも更に信じられないことに、そのオッサン医者だったんだよ」
「はい?」
◇
「オッサン……、一応確認するけど八十歳越えてるなんてこと無いよな?」
「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ」
神田は武瑠に冷めた視線を向けてくる。もう、キャラを作るのは止めたらしい。
「いや、コレ……、オッサンのじゃなくね?」
よく見てみろよ、と武瑠は書かれてある生年月日を指さし、神田にその紙切れを突きつける。
「んっ? うわっ、本当だ……」
目を見開く神田に今度は武瑠が冷めた視線を向ける番だった。
一連のやり取りを見ていた娘に、神田の隠しごとは結局バレてしまったわけで。癌の診断をされたこと。それを隠そうとしていたこと。ついでにそれが神田の勘違いだったこと。その全てが娘にバレた。
「お父さん……、何やってるのよ。自分も医者のくせに気付かないなんて……」
父親の行動に娘のマユも呆れている。
「……は? オッサンが医者?」
マユの言葉に武瑠は更なる衝撃を受けることとなった。




