#046 1st TRV WAR 予選 その二
彼らの集合地点である、木々に囲まれた『海鳴りの洞窟』前での出来事。
「二十五ォ……!!」
ズバァン!と凄まじい切断音を響かせながら地面を滑走する男が一人。その男はパシュン!と左腕に取り付けたフックショットを飛ばし、木にフックを掛けると、急速に移動速度を上げながら他のプレイヤーに迫りくる。
「二十六ゥ……!!!」
またもやズバァン!と切断音を出しながら、自由自在に地面を滑るようにしてプレイヤーに襲い掛かる男。男のカウントする数は自らの手で屠ったプレイヤーの数であり、その数だけ脱落者が出たという事を示す数値である。
「お、おい、次お前行けよ」
「えっ無理無理、あんなん勝てな――カヒュッ」
「二十七ァ……!!!」
自由自在に動き回る双剣を持った男――ライジンは、切っても切っても増えてくるプレイヤーの数に辟易することなく、笑みを見せる余裕すら保ちながら高速移動を続ける。
ライジンが笑いながら襲い掛かってくる姿は恐怖でしかなく、彼目当てに襲い掛かろうとしたプレイヤーはすっかり尻込みしてしまい、順番を譲り合う程怯え切っていた。
そんな彼らを見逃すはずもなく、動いていないプレイヤーだろうが問答無用。これまでのゲームで培ってきた洗練された技量をもってして、一撃必殺でプレイヤーを仕留め続ける。
「どうしたぁ?三万人のリスナー共ォ……?俺を止めてみろよ」
普段動画では使わないような口調でライジンは暗く嗤う。スキルの紹介動画で見るような優しい彼の面影はどこへやら、今は人相悪く、プレイヤー達に牙を向ける。
ライジンは基本的にPVPの時はこのような調子なのだが、実際に目の当たりにすると圧倒的に迫力も違い、周囲のプレイヤーは思わずごくりと喉を動かす。
「生放送出来ないのが残念だけど……まあ、一応録画はしてるし」
運営からの計らいで、放送を見ながらプレイ対策のために生放送は行えないようになっている。だが、大会後の動画公開は禁止されていないので、録画の真っ最中だ。
まあ放送を見ながらプレイされようが全滅させて見せるんだけどな、と一人ごちるとライジンは一旦木の上にフックショットを飛ばし、軽やかな身のこなしで枝の上へと身体を乗せる。
「なーんか一方的すぎてつまんねえな……」
ぽつりと呟いて、どうすれば面白くなるかなーと思案した後、名案を思い付いたかのような表情へと変える。
「そうだ。…リスナー諸君、今俺は録画しているんだけどさ、この大会で俺を倒すことが出来たプレイヤーは俺とコラボでもなんでもしてやるよ。……やる気、出ないか?」
「「「「「!!??」」」」」
ライジンが笑顔を浮かべて発言したその提案は、彼らにとって非常に魅力的な提案だった。ライジンは国内に留まらず、海外にまで固定ファンが存在し、ライジンの動画配信チャンネルの登録者は一千万人近く存在する。その存在とコラボが出来る。その影響力は考えるまでも無く、凄まじいものだ。とある企業の案件で紹介したお菓子の宣伝だけでも、その年の年間売り上げ数が例年の三倍以上に売れた事のある実績も持っている、化け物インフルエンサー。
そんな人間とコラボが出来るという事は、ほぼ間違いなく無名から一躍人気配信者の仲間入りをすることも可能であるという事を示唆している。『あのライジン』が紹介したVRゲームプレイヤーとして。
彼らのその言葉に対しての反応は劇的だった。やる気をなくして怯えていたプレイヤー達の目に再び闘志が宿る。絶対に、ライジンを倒して見せるという態度の現れが伺えた。
一見、ライジンは相手に檄を飛ばして自分が不利になるような立ち回りをしたかのように思えるが、実際の所は。
(本選ではあいつとタイマン張るんだ、こんな有象無象連中に悩まされているようじゃあいつを倒すことは出来ない)
少し失礼な考えな気もするが、そういった思考が彼の頭を支配していた。
超人気配信者の彼をもってしても尊敬に値する存在、それが村人Aなのだ。
彼の得意分野ではボコボコにされたが、今度は自身が最も得意とする分野での対決。
ライジン自身のプライドもあり、絶対に負けるわけにはいかないと密かに闘志を燃やす。
「さあ来い、リスナー諸君。知恵と勇気と技量の限りを尽くして俺を越えてみろ!」
まるで魔王のようなセリフを吐いて、再びライジンはプレイヤー達に向かって高速機動しながら襲い掛かる。
◇
「おっと、危ないねぇ……」
「なんだこいつ、攻撃が当たんねえ!?」
ひらりとまるで攻撃の軌道が読めているかのような身のこなしで回避する、漆黒のローブに身を包んだ中性的な声の男。槍で刺突を繰り返すが、やはりその男には当たらない。全てを見透かされたような感覚に陥り、槍を持ったプレイヤー、『tama』は身を震わせた。
「ねえ、君。傭兵Aって知ってる?」
「はあ!?誰だよそれ!?どんだけプレイヤーの数が居ると思ってるんだ!?」
「あ、今は村人Aだっけ。その名に聞き覚えは?」
「あ?それだったらさっき向こうの方にいるって他のプレイヤーが……隙あり!」
「そうかそうか……情報ドーモ。ありがとねぇ、もう君は良いやぁ」
tamaが攻撃を続けるが、軽やかに回避し続けるローブの男は手を振りかざす。
「【宵闇の怪盗】」
「ッ!?」
透けるようにしてその姿を消した漆黒のローブの男。慌てて先ほどまでいた空間に槍で攻撃してみるが、感触は無い。慌てて辺りを見渡してみるが、男の気配はなかった。何とも言えない不気味さを感じながら、槍を背に担ぎ直そうとした所で、違和感に襲われた。
装備している武器の筈なのに、装備していないときに発生する、武器の重量軽減バフが発生しなくなったのだ。
「あれ、なんで装備品扱いになってない……」
「敵の目の前で武器を仕舞うなんて間抜けさんだねぇ、まったく」
声のした方向に慌てて拳を振るうが、空を切る。そして、確かに感じていた槍の重みがパッと無くなったと思えば、今度はその重みが頭に……。
「ッ……!?」
何が起きたのかも理解できないまま、tamaは倒れこむ。頭を貫通している自分の槍が、彼自身のHPを根こそぎ持っていった。
徐々にブラックアウトしていく視界の最中、くすくすと笑う声が耳に届く。
「安心して、その装備品は一時的にキミの手元を離れているだけだから。自分の愛武器を奪われるのが嫌なのは僕も同じだからサ」
今度こそ、ローブの男の気配が消える。なんだか狐に化かされたような気分を味わいながら、『tama』はこの大会から脱落した。
◇
「串焼き先輩ィ!矢ぁ足りてっか!?」
「大丈夫だキチ砂ぁ!てめえはてめえの心配だけしとけ!」
「オーケイ後で泣き言言っても聞かねえからなぁ!?」
近接職すら圧倒する二人の狩人は、次々に来る人間たちを屠り続ける。片方は研ぎ澄まされた射撃で正確無比に頭を撃ちぬき、片方は弓を連射しながら数の暴力で圧倒し続ける。
蹂躙の限りを続ける二人組は、止まらない。
「はっはー!やっぱ対人は楽しいなあ!?」
村人Aは襲い掛かってくるプレイヤー達に向けて咆哮する。目の前の他プレイヤー達の死屍累々たる光景を見て、始まりの平原での私怨で襲うことを選んだプレイヤー達は後悔していた。
人は、ゲームを極めればここまで化け物染みる事が出来るものなのか、と。
矢を外したと思えば、背後から矢が飛んできて頭を撃ち抜かれる。それを見て止まっているとマズイと判断して動いても動いた先で頭を撃ち抜かれる。まるで、どんな行動をとるのか、手に取るように分かっているかのように。人力TAS染みた弾道計算、そして未来予知にも等しい先読み技術はまさしく――。
「チートかよ……!?」
「おっFPS廃人にチートは褒め言葉なんだよなぁ!サンキュー!」
ぼそりと呟いた言葉に反応して村人Aは矢を放ちながら笑う。その矢も正確にプレイヤーの頭を撃ちぬき、一撃で体力全損、ポリゴンへと姿を変えた。
一方的に攻撃されるわけにはいかないとプレイヤー達は動き出すが、もう片方のプレイヤー、串焼き団子によって阻止される。
「させるかっての」
息もつかせぬ程の連続射撃。村人Aと違い、MPを消費しない【自動装填】を作成していた串焼き団子は、【高速射出】といったスキルを作成することで高速連続射撃を可能にしていた。
まるで銃弾の如く降り注ぐ矢の嵐に、プレイヤー達はたじろいでしまい、動けなくなる。
それを見逃さず村人Aが支援してプレイヤーの頭を撃ちぬき続ける。
「あっキチ砂てめえ俺のキル取んなよ!」
「もたもたしてるからだっての!」
一見、仲が悪いように見える彼らは、コンビネーションは完璧だった。
特にタッグでの特訓をしてこなかったというのに、この息の合いようは、知らない人からしたら嘘だろ!?と思えるだろう。
互いをライバルとして認め合い、常に変わり続ける戦術を読み合い続け、自らのチームを勝利に導くため、互いの事を熟知しているからこそ可能にしているコンビネーション。
ここまで型にはまるコンビも稀だろう。
「ついて来いよキチ砂ァ!」
「言われずとも!頼んだぜ相棒!」
二人の狩人の高らかな笑い声は、澄んだ青空に響く。
tama氏がなんか重要な人物だからPNを出したわけじゃないです。