#337 Aims世界大会観戦旅行二日目その四 『試合開始』
旅館白雪から出た大型バスに揺られる事、約1時間。
俺達はAimsWCSが行われる会場──東京国際アリーナに到着した。
「初めて来たんですけど、広いですね……!」
「だな……!」
土地の問題から、海上に建設されたこの巨大なアリーナは、最大約4万人規模のキャパシティを誇る。
その大きさに圧倒され、俺と紺野さんは感嘆のため息を吐いた。
紺野さんと厨二、そして別の席に座っていた雷人と共にバスから降りて、チケットに付属していたパンフレットを広げて現在地を確認する。
「取り敢えず、招待客専用口に向かおうか」
ペアチケットの招待客は、一般客とは違い、招待客専用のゲートから入場する事になる。
アリーナ前の駐車場には、今この瞬間も多数のバスが往来し、そこから降りてくる観戦客達で溢れかえっていた。これだけの人数だ、ちょっと目を離せばすぐにはぐれてしまうだろう。
パンフレットとにらめっこしていた紺野さんの方を向くと、手を差し出す。
「紺野さん、手を」
「……え?」
「いや、これだけ人が居たらはぐれるかもしれないだろ? だから……さ」
俺の提案にぽかんとした表情を浮かべていたが、おずおずといった様子でこちらの手を取った。
そして、少し顔を赤らめながら、恥ずかしそうにはにかんだ。
「えへへ、ありがとうございます」
「ん」
離さないように紺野さんの柔らかい手をしっかりと握ると、こちらに向けられる生暖かい視線を感じ、そちらへとジト目を向ける。
「なんだよ」
「いやぁ、青春してるなぁってねぇ?」
「はぐれないようにしっかり握っておけよ。俺は新藤さんと手を握っとくからさ」
「流石にそれは勘弁かなぁ、というか、手を握るくらいなら車椅子を押して欲しいかなぁ」
「はいはい」
口では仕方ない風を装いつつ、既に雷人は厨二の車椅子を押し始めていた。流石気遣いの鬼、出来る男は違うね。
「じゃあ、行こうか。これだけの人混みだ、早めに動かないと試合に間に合わないからね」
「はいよぉ」
「了解」
「分かりました!」
パンフレットを見ながら、俺達はアリーナに向けて歩き出した。
◇
押すな押すなの状態になっている一般客用のゲートを尻目に、がらがらの招待客用のゲートをくぐる。
普通にチケットを取っていたら、高倍率の抽選を何とか通り抜けたとしても、この人混みと戦う事になっていたのか……本当に紫音には頭が上がらないな。
ゲートに入ってすぐスタッフにペアチケットを確認してもらい、無事にアリーナ内に入れる事が出来たので、安堵のため息を漏らした。
「招待客用の席は自由席らしいから、固まって観戦できるねぇ」
「あ、そうなのか。確かに観戦しながら内容について雑談したかったし、丁度良いな」
試合が全部終わった後に帰りながら感想戦をするのも悪くないが、リアルタイムで振り返る事が出来るならそれに越したことはない。時間がたてば細部の記憶が薄れていくものだしな。
都度休憩時間があると言えど、一戦一戦の試合は長い。今の内にしっかり済ませる事は済ませておかないと。
「昼時だし、何かつまめる物を買っていくと良いかもねぇ。折角だ、僕の奢りで色々買って良いよぉ」
「よっしゃ、厨二の奢りなら気にせず高いの買っていけるな」
「俺も基本奢る側だし、たまには贅沢するかな」
「あはは……二人共、あんまり厨二さんを困らせないようにしてくださいね……」
「……ポンの言う通りだよぉ、少しは遠慮してねぇ?」
普段あれだけ振り回されてるんだから、少しは還元してくれても良いだろう。と、思いつつも流石に人の金で豪遊する訳には行かないので、無難な焼きそば辺りを買っていく。厨二もタコ焼きやらなんやらを購入し、俺達は招待客用の観戦席へと向かった。
客席エリアに入ると、会場は既にむせ返る程の熱気に包まれていた。
会場に入る際に手渡された特殊なARデバイスを取り付けると、アリーナ中に巨大なスクリーンが出現し、迫力のある対戦映像が流れ出す。映像を見るに、過去の大会の映像だろう。
中には当然、HOGが魅せた凄まじいクラッチ映像なども含まれており、その映像が流れる事で会場が沸き立つ。バスの中でも見た映像だが、やはり音響と大画面の迫力もあって圧倒されるな。
「そろそろ始まるみたいだね。席に座ろうか」
既にある程度埋まっている招待客用の観戦席の中から、横並びで4人分の空いている席を探し、そこに座った。うわっ、この席、よく見たら普通のアリーナシートじゃなくて高級な素材で出来てるシートじゃん。金掛かってんなあ!
「これ、本来VIP席用に用意されてるシートだよねぇ。普通に予約取ろうとしたら数十万とか掛かるよぉ」
「「数十っ……!?」」
「あー、前イベントで参加した時そんな事聞いた気がするな」
厨二の言葉に俺と紺野さんは驚きの声を漏らす。雷人は雷人でとんでもない事言ってるし……なんでしれっと演者側で出演してるんだよ。
「聞けば聞くほど遠い世界の人達ですね……」
「……だな……」
厨二も多分この規模のアリーナとか競技場とかで大会に出ていたって事だろうし、雷人も現役でゲーム関連のイベントとかで呼ばれたりしているのだろう。
友人でこそあるものの、改めて生きる世界が違うなあとそんな感想を抱いてしまった。
そんなこんなで、恐る恐る高級シートに座ると、身体が沈み込むような感覚を覚える。これなら、長時間座っていても身体が痛くなるような事は無いだろう。
「……やっぱり、紫音ちゃんがくれたあのチケット、とんでもない物だったのでは……」
「……紺野さん、もう考えるのはよそう。あいつに返しきれない借りになっちまう……」
旅館といい、この贅沢すぎる観戦席といい……多分だけど100万そこらじゃ済まないぞこれ。運営から貰ったチケットだから実質タダとは言え、それぐらいの価値がある物を友人にポンと渡していい物じゃない。もうこの際開き直って……!
「ははっ、高級シートで食う焼きそばうめーや!」
「……ああ、渚君が現実逃避を……」
何だろうね、この背徳感。焼きそばという庶民的料理を敢えてこの場所で食べる事による台無し感がたまらないな。おっと、流石にシートを汚すのはマズいから丁寧に食べないと。
焼きそばの一口目を口に運んだ、その時だった。
『大変皆様お待たせ致しましたッッ!! これより、AimsWCS 20XXオープニングセレモニーを開始致しますッッ!!』
大会のテーマソングが大音量で流れ、アリーナ中にキラキラとしたエフェクトが飛び出した。AR技術をふんだんに使った派手な演出に息を呑んでいると、メインアリーナに歌手が登場する。
アリーナ中に響き渡る美しい歌声に徐々に会場のボルテージが上昇していき、最高潮に達したタイミングで歌手が退場していった。
そして──メインアリーナに続く通路にスポットライトが移動した。
『東口から入場するは日本代表!! 『紫電戦士隊』~~~ッッ!!』
凄まじい声援と共に、串焼き先輩達が顔を見せる。普段のようなおちゃらけた雰囲気では無く、真剣そのものな表情で、静かにメインアリーナへと歩みを進めていく。
『西口から入場するはアメリカ代表!! 『Hands of Glory』~~~ッッ!!』
西口からはHawk moon選手を初めとしたHands of Gloryの面々が顔を見せる。先頭を歩くHawk moon選手の表情にあの旅館で会った時に見せた笑みは無く、ただただ目の前の敵を排除する狩人のような表情をしていた。
「あれが生のSnow_men選手……!!」
そして、俺の視線の先──フルフェイスヘルメットを装着した世界最強のスナイパー使い……Snow_men選手の姿もあった。無邪気に観客に向かって手を振り、ファンサービスも欠かさない。
アリーナに選手が上がり、互いのメンバーが正面から見つめ合う。
彼らの背後にある、カプセルタイプのVR機器の蓋が開き、電源が起動する。
『それでは各チームの選手はVR機器への接続をお願いします!!』
選手達がカプセルに入ると、バシュウ!と音を立てて蓋が閉じた。
一拍遅れてブンとカプセルが輝き出し、アリーナ中に映し出される戦場に、選手達の姿が出現する。
『それでは本選第一試合ッッ!! 『紫電戦士隊』VS『Hands of Glory』の試合を開始しますッッ!!』




