#335 Aims世界大会観戦旅行二日目その二 『客室露天風呂にて』
(み、見られた、見られた、見られたぁっ……!!!)
渚君が去って行ったのを確認してから、顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。
たまたま身体を洗おうと移動していた直後だったので、タオルで身体を隠していたのが幸いだった。移動前の温泉に浸かっている状態だったら、産まれたままの姿を彼に晒す所だった。
この旅行中に仲を進めたい一心で一気にアプローチを仕掛けてはいるけども、流石にそこまではするつもりは無かった。ちゃんとお付き合いして、仲が深まってからゆくゆくは……そう考えていたのに。
(……ううう、逃げられたくなくて変な提案もしちゃったし……)
自分だけ見られるのは嫌だ、と。
彼の罪悪感を利用してとんでもない提案をしてしまった。
彼の事だ、きっと私が入っている事にも気付かずに入ってきてしまったのだろう。しかも、彼はしっかり水着を着ていたのに私は……まるで見て欲しいから水着を着ていなかったようではないか。断じてそんな事は無いのに。
そもそも、まだ起きそうに無いと思っていたから、水着を着なくて良いかと横着してしまったのが間違いだった。まさか寝起き一番にお風呂に入ってくるなんて思っても居なかったし、本当に油断していた。
でもよく考えたら自分も汗をかいてしまっていると気付いたからお風呂に入ったのに、彼がお風呂で汗を洗い流そうと考えるのはなんら不思議ではない訳で。
でも、だって……ぐるぐると頭の中で後悔と言い訳ばかりが湧いてくる。
後悔しても後の祭り。起きてしまった事は仕方ない。そうは思っていても恥ずかしい事は恥ずかしい。
ならば死なば諸共。こうなったら、渚君にも恥ずかしい思いをしてもらおう。
「……ううう、どんな顔して会えば良いか分からないよぉ……」
恥ずかしさで沸騰しそうになりながら、渚君が来るまでその場でうずくまるのだった。
◇
この後世界が滅亡するって聞いた時の気持ちってこんな感じなんだろうな。
なんか現実味が無くて、ふわふわしていて。そして、ああこの後死ぬんだな、と漠然と死を受け入れる感じ。
ふらふらとした足取りで紺野さんが持ってきたキャリーバッグの前に辿り着く。その場でしゃがんでファスナーを開き、中身を確認する。
「……マジで良くない事してる気分なんだが……」
完全に絵面が犯罪者のそれなんだよな。付き合っても居ない女の子の友達の荷物漁るなんて。
心の中で罪悪感が肥大化するのを感じながらも、全面的に俺が悪いからこそ、彼女の要求に従わざるを得ない。
確か彼女の話によると、白の水着らしい……あ、これかな?
それらしき物を手に取り、広げてみる。
「…………」
下着だこれ。
無言のまま、目の端から涙を流し、静かに下着をバッグに戻す。
「もうこの時点で十分罰受けてるから勘弁してくんねえかなぁ……」
本当にね、辛いの。あんなに純情な子を汚しているような気分になるのが本当に辛いの。
性欲を罪悪感が軽く凌駕してしまうぐらいには今マジで生きている心地がしてないんだよ。
俺が悪かった、俺が悪かったから早くこの地獄から解放されたい……。
「……今度こそ、これか?」
柔らかな手触りのそれを、手に取って確認してみる。
白のひらひらとしたフリルが付いた可愛らしい水着。これで間違いないだろう。
上下ちゃんとある事を確認してから、俺は浴室の方へと向かった。
「……紺野様。お召し物の方、持って参りました」
「えっと、水着を扉の前に置いてもらっても良いですか……? 着替えるので……」
「はい……卑しい私めは外に出てお待ちしておりますので、ご準備が宜しければお声を掛けて頂ければと思います……何卒ご容赦を……」
「な、なんでそんな変な感じなんですかぁ……っ!」
だって罪悪感で死にそうなんだよぉ……。
「……あの、その……別に、怒ってないので大丈夫ですよ。……かなり恥ずかしい思いはしましたが」
「そうですよね、死にます」
「死なないでください!?」
『渚君、心底失望しました。消えてください』なんて言われたら速攻で窓から飛び降りる自信はある。
死んだ目になっていると、おずおずといった様子で紺野さんが聞いてくる。
「あの、見ちゃ駄目……ですよ?」
「絶対に見ません」
「…………」
食い気味に見ないと宣言すると、扉の向こうから無言の圧を感じる。えっ、俺今間違った事言った?
僅かに扉が開き、白く細い腕が水着を取るのを見て慌てて目を逸らし、ぎゅっと目を閉じる。
無言の時間に胃が痛くなっていると、扉の向こうから声が聞こえてくる。
「あの……水着着たので、もう入っても良いですよ」
紺野様から許可が下りたので、俺は処刑台への道を歩き出す。
ゆっくりと扉を開き、閉じていた目を開ける。
「どう、でしょう……?」
少し不安そうな顔で、腕で前を隠そうとしながら、こちらを上目遣いで伺う紺野さん。
先程見た通り、白いフリルの付いた可愛らしい水着を身に纏っていた。
紺野さんの新雪のような白い肌と相まって、その清楚さが更に際立っている。
細すぎて心配になる……という訳では無いが、無駄な肉の無い、程よく柔らかそうな肉付き。
思春期の男からしたら、余りにも目の毒過ぎる光景を目の当たりにして、何とか絞り出すように呟く。
「滅茶苦茶似合ってる。誇張抜きで」
「そ、そうですか……? やったっ……」
嬉しそうにはにかむ紺野さんを見て、心臓を弾ませる。ただでさえ昨日好意を自覚してしまったのに、その矢先にこんなイベントが待ち構えているなんて聞いていないぞ、全く。
互いに赤面しながら無言の時間が流れる。その空気に居たたまれなくなり、ぼそりと。
「で、その……何をすれば?」
「あっ、えっと……その……どうぞっ」
どうぞ、と言われましても。
彼女がばっと手で促した先を見てみると、そこは洗い場だった。恐らく風呂椅子に座れという事なんだろうが、まさか……。
「お背中、お流しします!」
そのまさかでした。
思わず顔を引き攣らせ、首に手を当てながら呟く。
「や、その……それは流石に……」
「……覗きましたよね」
「ぐっ…………!! いや故意で覗いたわけじゃないけど……!!」
「……すっっっっっごく、恥ずかしかったんだけどなあ……」
「……ハイ、分かりました」
駄目だこれ、多分始まりの村とかのNPCとかと同じ流れだ。三つぐらいの台詞が一生ループする奴。
このまま耐久し続けても大会に向かうバスの時間が迫るだけだ。ならば、無心となって彼女の罰を粛々と受け入れる他無い。
観念して風呂椅子に座ると、紺野さんが後ろに移動してくる。
「先に髪から洗いますね。痛かったら遠慮なく言って下さいね?」
そう言って、紺野さんは前の方にあるシャンプーをプッシュすると、よく泡立て始める。
「では……失礼しますね……?」
緊張で心臓をバクバクさせていると、泡立て終えた紺野さんの手が頭部に触れる。
頭を撫でるように泡を広げてから、ゆっくりと指の腹でもみほぐしていく。
「痒い所はございませんか~? ふふっ、一度言ってみたかったんです」
楽しそうな声で、俺の頭をわしゃわしゃと洗い始める紺野さん。
洗髪って自分でやってても特に何も感じないけど、なんで人にしてもらうとこんなに気持ちいいんだろうね。中学の時に親から別にお洒落しなくても良いから、せめて髪ぐらいは何とかしろ、美容院に行けって言われてたから、行ってるついでに毎回洗髪して貰ってたけど、気持ち良くて寝そうになるんだよな。
紺野さんの優しい手つきと、丁度良い力加減の洗い方に、思わず目を細めてしまう。
俺が何も言わない事に不安を覚えたのか、心配そうな声音で尋ねてくる。
「…………渚君? ごめんなさい、痛かったですか?」
「ん、ごめん。普通に気持ち良くて寝そうになってた」
罰という名目の筈なのに、まるでご褒美みたいな事になってる。
いかん、自責の念まで洗い流されちまう。リピートアフターミー、俺は罪深き人間……許されざる所業をしてしまった人間……。
「そうですか……えへへ、良かった」
可愛いな、畜生。
鏡越しに見える柔らかい笑顔に落ち着き始めていた心臓を再度高鳴らせていると、紺野さんはシャワーを手に取って泡を洗い流し始める。しっかりと泡を洗い流したのを確認してから、トリートメントで再度頭を洗っていく。
「……紺野さん、なんか手慣れてる?」
ふと、そんな事を思って思わず口に出す。
なんか手慣れているというか、普通ならもうちょっと手間取るものなのかなと思ったのだが、凄くスムーズだったのでそう思ったのだ。
少し驚いたように目を瞬かせた後、彼女は「ああ」と呟き。
「昔、よくお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ってたからですね。お姉ちゃん、めんどくさがりなので、良く私に髪を洗って~って言ってたんですよ。それでかもしれないですね」
普通逆では? いやまあ姉妹の形は人それぞれだろうけどさ。
「だからか。凄く洗うの上手だったよ。またお願いしたいと思うぐらいにはさ」
あ、やべえ。思わず口を滑らせた。これではまた紺野さんと一緒にお風呂に入りたいと言ってるようなもんでは……。
「きょ、今日だけの特別サービスですっ」
「ご、ごめん」
優しすぎる紺野さんでも流石にそこまでは許容していないらしい。
慌てて謝ると、紺野さんはこつん、と背中に頭を押し当てる。
「……付き合ってからなら、別に良いですけど……」
聞き取れない程小さな声で、何か呟く。
10秒ほどその状態のまま固まっていたので身動きが取れずに居ると、彼女は取り繕うようにばっと顔を上げる。
「な、流しますよっ。これが終わったら身体の方を洗っていきますねっ」
その言葉を聞いて、錆びた機械のようにぎっと身体を硬直させる。
シャワーで丁寧に頭を洗い流され、泡が無くなったのを確認してから、紺野さんはボディソープに手を伸ばす。
アメニティのボディタオルで良く擦って泡立て終えると、ぴとっと首筋に触れた。
「……っ」
頭と違い、皮膚が薄い部分だからかぞわぞわとした感覚が襲ってくる。そして、畳み掛けるように紺野さんがこちらに近付くと。
「くすぐったかったら、遠慮なく言って下さいね……?」
「……ッッ!!」
耳元で吐息と共に囁くようにそう言われ、脳が痺れるような快感に襲われる。
大場がやたらと「日向、ASMRは良いぞ……」と熱弁していたが、今ならあいつの気持ちが少しだけ分かるかもしれない。だがこれは、疑似的な感覚では無く直なのであまりにも刺激が強すぎる。
思わず目を瞑って震えていると、紺野さんがくすっと笑った。
「ふふっ、悪戯成功ですっ」
本当にさあ!! 君は一体どういった所からそういう知識を仕入れてるんだ!!
理性がマジで決壊しそうだから勘弁して頂けませんかね!!!
と、内心で大暴れしていると、紺野さんはタオルで俺の背中を洗い始めた。
「しっかり男の子なんだなあ……」
ぽつりと、紺野さんがそう呟いたのを聞いて、思わず首を傾げながら。
「そりゃ男ですし」
「あ、いや……背中、広いなあって」
「雷人とかと比べるとがっしりしてないけどな」
「でも、私にとっては頼もしい背中ですよ。向こうでも、こっちでも」
ぴと、と背中に手で直接触れながら笑みを浮かべる紺野さんに、「……そっか」と照れを隠すようにそう返す。
背中を一通り洗い終わり、前面にタオルを移動させようとしたのを見て、ぎょっとしながら慌てて手を取った。
「ちょ、ちょっと待った」
「えっ、ど、どうしました?」
「ごめん、マジで前だけは勘弁してもらうと助かる」
「え、でも……」
「いや本気で頼みます。流石にデリケートな部分は自分で洗うので……」
ただでさえ昨日から色々と我慢しているから限界寸前なんだ。うっかり事故で局部に触れようものなら流石にこの場所から飛び出してトイレに駆け込まなければならなくなる。
そこまで考えていなかったのか、鏡越しに見る紺野さんの顔は朱色に染まり、「そ、そうですかっ」と上擦った声を漏らした。本当に無防備過ぎて困る、この子は。
「で、ではこれで終わりという事でっ」
それから、いそいそと隣の風呂椅子に座って自分の身体を洗い始めたのを見て、俺は深々と息を吐き出すのだった。
ちなみに知識の仕入れ先は紫音。




