#331 Aims世界大会観戦旅行初日その十一 『あなたにしか』
「渚君、ごめんなさい! お待たせしました」
「いや、全然待ってないから良いよ」
ルナさん達と別れてから5分ぐらい経った頃。浴場から出てきた紺野さんが慌てた様子で駆け寄ってきたので、待ち合わせで定番の台詞を返す。まあ、ずっとルナさん達と喋ってたから本当に待ってないしな。
亜麻色の髪を揺らしながら、火照った顔を冷やすように手で扇ぐ紺野さんを見て、とある事に気付く。
「……あっ」
「……どうしたんですか?」
そうだ、あのルナさんの付き添いのマネージャーさん……なんかどこか見た事あるなって思ったけど、どことなく紺野さんに似ている気がする。そう言えば紺野さんの母親と面談した時に、お姉さんが居るって教えて貰ったような……。
「紺野さんってさ、お姉さんが居るんだっけ?」
「はい、居ますけど……それがどうかしたんですか?」
不思議そうな顔をしながら首を傾げる紺野さん。もしかしたらさっき会ったばかりのあの人が紺野さんのお姉さんだったかもしれない──そう口にしようとした所で、先ほど釘を刺されたばかりの言葉を思い出す。
「……いや、ごめん。やっぱなんでもない」
「……? そう、ですか?」
芋づる式に経緯を説明する事になって、Hawk moon選手の話をしてしまうかもしれない。
紺野さんは口が堅い人だろうが、それでもどこから情報が洩れるかは分からないからな。例え信頼出来る人間だと分かってるとは言え、そうやって情報を漏らしていてはいつかボロが出てしまう。
急にお姉さんの話を切り出した事に不思議そうな顔をしていた紺野さんは、顎に手を添えながら呟く。
「……あれ? でも私、渚君にお姉ちゃんの話しましたっけ?」
「えーっと、紺野さんのお母さん……優奈さんと話をした時にちょっとだけ話を聞いたんだよね」
「ああ、なるほど」
それで得心が言ったかのように頷く紺野さん。それから、何か思い出したかのようにぷくっと頬を膨らませる。
「そうだ。渚君、ちょっとお姉ちゃんの話、聞いてくれないですか?」
「はいなんでしょ」
「お姉ちゃん、本当に連絡してくれないんですよ。この前、今度仕事で海外から日本に帰ってくるって言ったっきり一切連絡くれないんです。どうせいつもみたいにサプライズ! とか言って急にやってくるんでしょうけど……」
「……本当に、なんか紺野さんと真逆のタイプなんだな」
紺野さんは約束事があればちゃんと定期的に連絡をくれる人だ。
優奈さんから自由奔放なタイプという風に話は聞いていたが、親族にもそんな感じなのか……。
「私の家に泊まりに来る、とも言ってたんですけど、連絡をくれないからいつ来るかも分からなくて準備も出来ないしで……本当に困った人なんです」
「あはは……」
「……でも、私……小さい頃からずっとお姉ちゃんにべったりで。何をするにしてもお姉ちゃん、お姉ちゃんって後ろに付いて回ってたんです。だから、久しぶりに会えるのが……本当に嬉しいんです」
「そっか。お姉さんの事、好きなんだね」
「はい。大好きです」
俺がクレーンゲームで取ったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、柔らかく笑う紺野さん。
俺に向けられた言葉では無いと分かっているのに、心臓を弾ませてしまったのは仕方のない事だろう。
「それこそ、私がAimsを始めたのも、お姉ちゃんに誘われたからなんですよ?」
「あ、そうなんだ?」
正直に言ってしまうと、FPSなんて無縁そうな紺野さんがAimsを始めたキッカケがお姉さんから誘われたと聞いてようやく納得がいった。……ますますさっきの人がお姉さん説が補強されていくな。
「でも誘ってくれた張本人は仕事が忙しいの一辺倒で一緒にやってくれなくて、結局一人でやる事になって……」
「……まあ、仕事が忙しいなら仕方ないよな。俺達学生はまだしも社会人組はどうしても時間が限られるし」
「でも、そのお陰で……渚君達に出会えたので結果オーライですね」
えへへ、とこちらを見ながら可愛らしく笑う紺野さん。そんな彼女に笑い返しながら。
「……そうだな。俺も、紺野さんに会えて、仲良くなれて本当に良かったよ」
紺野さんがAimsを始めて無ければ、大会に出場している事も無かっただろうし、きっとこうして隣を歩く事も無かっただろう。だから、お姉さんには感謝しないとな。
互いに照れくさくなりながら、部屋までの帰り道を歩くのだった。
◇
──部屋に戻ってきたは良いのだが。
「……隙間が無いぐらい……ぴ、ぴったりくっついてます……ね……」
「…………そう、だな」
問題発生。
事前に話を聞いていた通り、俺達が夕飯を食べている時間に仲居の後藤さんが布団の用意をしてくれていたようなのだが……密着するように二つの布団の用意がされていたのだ。
別に何をするという訳でも無いのだが……流石に距離が近すぎる気がする。
布団の傍まで近付いてから、紺野さんに苦笑いする。
「さ、流石に離そうか……?」
「あ……」
俺の言葉にしゅん、と明らかに落ち込んだ様子を見せる紺野さん。確かに、わざわざ距離を離すかどうか聞くのは、お前と近くで寝たくないって言ってるようなもんだ。
でも……そんな反応をされたら、誰だって勘違いしてしまうだろう。
俺だって年頃の男だ。ゲームに対しての欲求が強いだけで、そういう方面の興味だって勿論ある。ただでさえ同室で寝るだけでもいっぱいいっぱいだというのに、布団まで密着させて隣で寝るなんて俺の理性が吹き飛んでしまいそうだ。
内心で何とか堪えていると、紺野さんはゆっくりとこちらに近付き。
「な、渚君さえ良ければ、このままでも大丈夫ですよ……?」
こちらの袖を手に取り、上目遣いでそう呟く紺野さんに、ぐっと言葉を詰まらせる。
(あー……くそっ、流石にそろそろ釘を刺しておくべきか)
頭をがしがしと掻きながら、紺野さんに向かって注意するように言う。
「紺野さんは優しいからそうやって許してくれてるのかもしれないけど……誰にだってそういう態度を取ってたら……いい加減勘違いするぞ、本当に」
現に今、俺は勘違いしそうなんだよ。体調が回復してから、ただでさえ紺野さんに対して妙に意識してしまうようになっているというのに、そういう事ばかり言われていたら、本当に決壊してしまいそうなんだよ……。
紺野さんは少しだけ悲しそうな顔をした後、意を決したようにこちらに向き直る。
「……誰だって良い訳じゃ、無いです」
「……え」
俺の身体がとんっと優しく布団に押し倒され、その上に紺野さんが覆い被さった。
ふわり、とシャンプーと紺野さん自身の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「紺野、さ……」
俺はただ、身体を強張らせたまま紺野さんを見上げる形になった。
顔を真っ赤にした彼女は、その綺麗な瞳を潤ませる。それから、熱い吐息混じりにこちらを正面から見つめると、囁くように言った。
「私は渚君にしか、そういう態度を取りませんよ……?」
紺野さんの手が頬に触れる。彼女に負けず劣らず、俺も顔が真っ赤になっているのだろう──全身が燃えるように熱い。煩いくらいに心臓の鼓動が早まっていく。
(まさか、本当に、紺野さんは俺の事が……?)
互いの距離が近付いていく。紺野さんの顔が至近距離に迫ってくる。後数秒もすれば、その瑞々しい唇が触れてしまう──
──その時だった。
「渚~! 遊びに来たぞ~! トランプしようぜ~!」
「……ん、今夜は寝かせない……ぜ」
ガチャッと音を立てて部屋の扉が開かれた。そこから顔を覗かせたのは、トランプとお菓子を持ってきた雷人と紫音だった。
瞬間、時が止まった。ただ、四人の息遣いだけが聞こえる時間が、ゆっくりと流れていく。
こちらの状況に気付いた二人は、互いの顔を見合わせると、入り口の扉を閉めた。
「「……お楽しみ中の所大変失礼致しました……」」
「わぁい! 僕トランプだぁいすき!! 大富豪やろうぜ大富豪!!」
「わ、私もトランプやりたいです!! ババ抜きとかやりましょう!!」
耐えきれなくなった俺達は、全力で二人を追いかけたのだった。
ドヘタレ共がァ!!




