#330 Aims世界大会観戦旅行初日その十 『最強への、宣戦布告』
「私の選手名はHawk moon。【Hands of Glory】というチームに所属している、プロゲーマーだ」
衝撃を隠せない。かつて憧れたチームのリーダーを目の当たりにしているという事実が、どうしようもなく心臓を高鳴らせる。
その背中が、俺の前から遠ざかろうとする。この夢のような時間が、終わろうとしている。
もし、HOGの関係者に会う事が出来たのなら、伝えようとしていた事も言えないまま──。
「ま、待ってください」
去ろうとする彼女──ルナさんに、何とか絞り出すように声を掛けると、ぴたりと足を止めてこちらに振り返る。
「どうしたんだ、少年?」
「……本当に、Hawk moon選手本人なんですか?」
「ああ、そうだ」
やはり、聞き間違いなんかじゃなかった。目の前に居るブロンド髪の美少女こそが、Hawk moon選手張本人。
何故俺がこんなに動揺しているのかというと、彼──いや、彼女の性別に関しては、公式発表では『男性』となっているからだ。
事実、俺も今しがた彼女から明かされるまでHawk moon選手の事を、男性だと思っていた。
そして、全盲であるという事も、初めて知った。HOGというチームはかつて憧れていたから、選手の情報まで調べていたが──そんな情報、どこにも無かった筈だ。
「……てっきり男性だと思ってました。それに、目が見えないなんて聞いたことが無くて──」
「ああ、そういう事になってるからな」
そういう事になってる? 何故わざわざそんな事を……?
「ややこしい事情だから、それはボクの方から説明するよ」
俺が困惑したまま固まっていると、ルナさんの隣に立っていた亜麻色の髪の女性が、一歩前に出て説明する。
「プロゲーマーって職業はね、上に行けば行く程、給料もとんでもない額になるんだよ。VR全盛の現代、世界一のプロゲーマーって肩書は凄まじい経済効果を生み出すからね。だから、選手を守る為に男性って事で公表してるんだ。男って公言してた方が多少なりとも身の安全に繋がるからね」
それを聞いて、納得する。
以前紫音にちらっと聞いたことがあるが、年収が数千万から億単位であるという話を聞いたことがある。日本国内の最強チームの年収がそれなのだから、世界レベルになったらどれ程の物になるだろう。
確かにプロになれば公の場に顔を出す事になるから、その資産目的に狙う人間が出てきてもおかしくはないのか。
「後はまあ──というか、本人的にはそっちが本命なんだけど──目が見えない事と、女性である事を公にせずに隠してるのは、偏に舐められたくないから、なんだよね」
「舐められたくない……?」
何となくその意味を理解しつつも、彼女の説明を待つ。
「身体的に障害を持ってるっていうディスアドバンテージ、そして性別における贔屓目ってのはどうしても存在する物だからさ。それを知った相手は、無意識化でも哀れみ、侮るかもしれない……要は手を抜かれて全力で戦えないのが嫌なんだよ、彼女は」
その言葉を聞いて、目を見開く。身体的に障害を持っているから、女性だから、手を抜く。
俺もゲーマーだから分かる。そんな事で手を抜かれる事程、屈辱的な事は無い。
プロとしてなら、尚更だろう。
「そんな精神的優位なんて無くても全力で捻り潰す。それが、彼女と──の、モットーだからね」
後半、ちょっと聞き取れない部分があったが、亜麻色の髪の女性がそう言って満面の笑みを浮かべる。
遥か遠い存在だと思っていた彼女達も、共感出来る部分を持ち合わせていた事に、親近感を覚えた。
そして……今の会話の流れから何となくそうなんじゃないかと思った事を尋ねる。
「もしかして……貴女も?」
「あー、ボクはただの彼女のマネージャーだね。ご期待に沿えず申し訳ない」
ごめんね!と片合掌し、ぺろっと舌を出しながら謝る亜麻色の髪の女性。
てっきり彼女もHOGの選手なのかと思ったのだが──。
「あ、言っておくけどこの件についてはオフレコね。もしどっかから漏れたら……分かるね?」
「大丈夫です、そこら辺については弁えてるつもりですので」
凄まじい影響力を持つ人間のプライバシーが露見してしまったら、間違いなく俺の人生は詰む。
流石にそこまで馬鹿ではないつもりだし、知ってしまった以上墓場まで持っていくつもりだ。
会話が途切れ、このまま解散──という流れになりかけたので。
「あの──最後に一つだけ、良いですか?」
元より、俺が彼女達を引き留めた目的はただ一つ。
Hawk moon選手に宣言しても良いのだが、俺の目標はあくまであの人だから。
「……来ているんですか、彼も。──Snow_men選手も」
その名を聞いて、亜麻色の髪の女性は少し目を見開いた後、ふわりと笑った。
「来てるぜ。まあ、大会だから当然だけどね」
どこか既視感のあるその柔らかな笑みを見据えながら、俺は吐息を一つ吐き出す。
「そうですか。では、伝えてほしい事があるので、貴女の口から伝えて貰っても良いですか?」
「ああ良いぜ。なんだい?」
ごく、と唾を一つ呑み込んで、高鳴り続ける心臓を深呼吸して落ち着ける。
この機会を逃せば、もう二度と会える機会は無いかもしれない。
次の日本大会を優勝し、世界大会に進出できたのなら会えるかもしれないが──それでも、今、この時点で宣言しておきたい。
「一人のファンとして応援している事──そして」
亜麻色の髪の女性を正面から見つめ、宣戦布告する。
「いつか、貴方を倒しに行くと」
「────」
俺の言葉を聞いて、虚を突かれたような表情をする彼女達。
しまった。俺はプロ選手でも無いし、なんならルナさんには一般客と告げてるのに、これでは意味が分からない事をほざいてるだけの人間になってしまう。
どう弁明しよう、と頭をフル回転させるが宣言する事だけを考えていたせいで良い案が思い浮かぶ事は無かった。
「あ、えっと……そのですね……」
だが、そんな俺を貶す事無く、亜麻色の髪の女性は勝気な笑みを浮かべると。
「──分かった。伝えておくよ。きっと、彼も喜ぶと思うな。彼、君みたいな挑戦者が大好きだからさ」
そう言って、亜麻色の髪の女性から差し出される手。その手を取り、しっかりと握手をする。
「君、名前は?」
「──渚。日向渚です」
「渚、か。良い名前だ。覚えておくよ、君の名前。……いつか、君が公式戦の舞台に上がってくるその日を、楽しみにしてる」
それを最後に、ルナさんと亜麻色の髪の女性は去っていく。
マネージャーと名乗っていた筈なのに──心底嬉しそうに笑っていた彼女の顔が、強く印象に残った。
◇
「意地悪な奴だな、君も」
「何がだい?」
部屋までの帰り道、亜麻色の髪の女性に向かって、ルナは呆れた表情のまま呟いた。
「彼、君のファンなんだろう。──もっと誠実に対応してあげれば良い物を、ユキ」
その言葉に、亜麻色の髪の女性──ユキと呼ばれた女性は、口角を吊り上げた。
「君はゴーグルで一部隠れてるとはいえ大部分の顔を晒してるから良いけど、ボクはわざわざヘルメットまでして隠してるんだぜ? サラシで身体を縛るのもキッツイんだからさ。そこまで徹底して隠してるのに、そこらの一般客にばらす訳が無いだろう?」
ぽんぽん、と自分の胸を叩きながらそう言うユキに対し、ルナは自身の胸元に触れてみた後、ユキの方をギロリと睨んだ。
「……私の貧相な身体に対する口撃と見て良いのか?」
「ああもう、そうやってすぐ曲解する。ボクだってこんなに成長するとは思わなかったんだから許してくれよぉ、ルナ」
ユキはルナに抱き着き、その豊満な胸を押し付ける。ぎゅぅっと潰れるその柔らかな感触を憎たらしく思いながら、ルナはふんと鼻を鳴らした。
「徹底して隠す……か。その割にはプレイヤーネームが安直だと思うがな」
「うーん、そこがボク唯一の失態と言うか……まあ、選手としてその名前で登録してしまった以上は仕方ないよね~って事で」
けらけらと笑ってから、ユキは目を閉じて先ほど別れたばかりの彼の顔を、瞼の裏に浮かべる。
燃え盛る火炎のような──そんな強い決意を瞳に宿した彼の姿を。
「彼がそうだったなら良いんだけどな。──ボクがわざわざ日本に帰ってきたのは、大会に出なきゃいけないってのもあるけど」
ゆっくりと目を開き、ユキは淡い微笑を浮かべながら、夢見る少女のように呟いた。
「──数年も会えてない可愛い妹と、ボクに匹敵するだろうプレイヤー……傭兵Aに会う為なんだからさ」
ユキ──本名、紺野雪。
選手名、『Snow_men』。
Hands of Gloryに所属する唯一の日本人選手。世界最強のスナイパー使いであり、日向渚の原点にして、憧憬。
両者共に正しい認識こそせずとも、確かに、世界最強のスナイパー使いと日本最強のスナイパー使いは、邂逅を果たしていた。
コメントで何となく予想出来ていた方もいらっしゃいましたが、大正解です。
名前が大ヒントでした。




