#329 Aims世界大会観戦旅行初日その九 『全盲の少女』
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紺野さんとゲーセンで遊ぶ事2時間程。
紫音とDEAD OR ALIVEをやった時のスコアを超す為に三回挑み、ハイスコアを更新した時には思わず彼女とハイタッチして喜んだ。少し汗ばんで、浴衣が着崩れていた彼女を正面から見てしまった時は、思わず視線を逸らしてしまったが。
そうこうしているうちに、夕食の時間がやってきて、旬の食材や高級食材がふんだんに使われた料理の数々に舌鼓を打ち、米粒一つ残す事無く平らげた。普段は小食の紺野さんも、しっかり食べていた所を見るに本当に美味しかったのだと思う。
「ふぅ、いっぱい遊んじゃいましたね。それに……ご飯も美味しかったですねえ」
「だな。あれだけの料理を食べてタダなのが本当に不思議なぐらいだ……」
今は、紺野さんと二人で、外にあった足湯に浸かりながら駄弁っている。夜風の心地良さと、足湯の温かさに目を細め、息を吐き出す。
隣に座っていた紺野さんがそっとこちらに手を乗せてくる。どきりとしながら彼女の方を見ると、にこっと微笑んだ。
「渚君、この旅行に誘ってくれてありがとうございます」
「いや、お礼を言うなら紫音に言ってよ。そもそも、このチケットをくれたのはあいつなんだしさ」
「それでも、私を誘ってくれて嬉しかったです。まだ大会は見れてないですけど……それでも、もう満足しちゃうぐらいには楽しませてもらってます」
えへへ、と可愛らしい笑顔ではにかむ紺野さん。彼女が楽しめているのなら良かった。少しでも日頃の恩を返したいからな。
「ん~!」と声を漏らし、ぱしゃっと足湯から足を出して、身体をぐ~っと伸ばす紺野さん。
「ちょっと汗をかいちゃったのでまたお風呂に入らないとですねぇ。はっ、もしかして今の私、汗臭いですか!?」
「大丈夫、全然気にならないよ」
距離が近いからか、普段より紺野さんのミルクのような甘いにおいが強く感じ取れて落ち着かない。それを言うのなら俺は昼間身体を洗えてないし、臭くなっていないか気になってしまう。
俺が自分の身体を見ながらそう思っていると、そんな俺の心情を読み取ったのか、紺野さんがこちらに近寄ると、くんと匂いを嗅いだ。
「ちょっ!?」
「……渚君のにおいだ」
ふにゃっと表情を和らげながら、そう呟く紺野さん。表情が柔らかいから臭い訳ではないのだろうが、その言葉の裏を探ってしまい、どぎまぎしてしまう。
「……風呂、入りに行こうか」
「あっ、ま、待ってくださいっ」
恥ずかしくなり、足湯から出て浴場へと向かおうとする。紺野さんが慌てて転ばないように、隣に来るのを待ってから、俺達は大浴場へと向かった。
◇
また風呂で倒れたら嫌だなあと思い、身体だけしっかり洗ってから大浴場を後にする。
紺野さんが出てくるのを待ちながら、椅子に腰かけて、ぼけーっとする。
「……喉乾いたな。紺野さんの分も買って待っておこうか」
喉の渇きを覚えて、自販機で飲み物を買おうと思い、椅子から立ち上がる。自販機に向かって歩いている最中、曲がり角から出てきた人とぶつかってしまう。
すぐに謝罪をしようと、その人の方を向くと……。
「Ah…………」
「あ、えっと……」
ブロンドの髪の美少年……いや、少女か? 中性的な顔立ちの、人形染みた綺麗な顔立ちの少女が、困ったように声を漏らす。
海外からプロチームの応援に来た観光客だろうか……? 英語を流暢に話せるわけではないので、ARデバイスの翻訳アプリを起動しようとした所で。
「……日本人か。すまない、少年」
少女の口から流暢な日本語が飛び出し、思わず困惑してしまう。明らかに海外の人だって一目見て分かったから、まさか日本語で話しかけられるとは思いもしなかった。
とはいえ、日本語が分かるというのは非常にありがたい。これなら、スムーズに会話できそうだ。
「あ、いえ。そちらこそ大丈夫でしたか?」
「特に支障ない。怪我が無いのなら良かった」
「ごめんなさい、周囲をしっかり確認してなくて」
「いや、こちらが注意していなかったのが良くなかった。少年が謝る必要は無い」
少女は薄く微笑み、俺の肩をぽんぽんと叩く。俺の事を少年って……この人、まさか年上なのか? 見るからに年下だと思ったんだけど……。
少女に対して興味が湧き、気になった事について聞いてみる事にした。
「凄い日本語流暢ですね? 日本に住んでたりしてたんですか?」
「いや、日本人の知人が居てな。そのお陰である程度は日本語で会話出来るんだ」
「ある程度はって……日本人と喋ってるかと思うぐらいには上手ですよ」
「ふふ、お褒めにあずかり光栄だな」
本当に、日本人と会話しているかのような流暢さだ。海外の人特有の独特なイントネーションなども無く、すらすらとした日本語で会話出来ているのだから驚きだ。
ふと、その時とある事に気付く。こちらに向けられている視線に対しての違和感。恐らくだが、この少女は……。
「あの……失礼かもしれませんが、目が?」
「ああ、全盲だ。私のこの両目は景色も光も、何もかもを映さない」
「……っ!!」
思い返せば、ぶつかった瞬間に「日本人か」と呟いたのも、俺が日本語で呟いたから気付いたという感じだった。見た目だけで言えば、俺を一目見れば日本人だって気付く筈だしな。
俺が何も言えずに居ると、俺の様子を察したらしい少女は儚げに微笑む。
「気にする必要は無い、生まれ付きの物だからな。その手の事は昔から言われ慣れている。むしろ、私にとっては良いハンディキャップなんだ」
「……え?」
良いハンディキャップ? ……どういう事だろうか?
「私は見え過ぎてしまうからな。それに──嫌な物を見ずに済むというのは幸せな事でもあるのだよ、少年」
その一言で、彼女が抱える闇が垣間見えた気がした。どこか、儚く消えてしまいそうな雰囲気を漂わせる少女に、思わず手を伸ばそうとした所で。
少女は纏わせていた雰囲気を解き、首を傾げながらこちらに問う。
「つまらない話はこれぐらいにしておこう。時に少年、君はどこかのプロチームに所属しているのか?」
「え? いや、ただ大会の観戦に来た一般客ですが……」
「そうか……というのも、君の足音や心音が静か過ぎて気付かなかったんだ。滅多にこんな事は無いから、どこかの国のプロ選手かと思ったんだが……」
えっ、そんな暗殺者みたいな褒められ方ある?
クセになってんだ、音殺して動くの……。
そんな暗殺者一家染みた事を考えていると、少女は顎に手を添えながら考え込む。
「……私の人を見る目は確かな筈なんだけどな」
「…………」
「……少年、今のは目が見えないんじゃないのかよ!ってツッコむところだぞ。私の鉄板アメリカンジョークだ」
(いやツッコめねえよ!?)
不謹慎すぎる事を言いながらどや顔でサムズアップする少女に、顔を引き攣らせる。
何と言うか、厨二と会話しているような気分だ。いや、あいつと比べるのは少々、いや大分失礼かもしれないが、我が道を往くな所が似てる気がする。
「あの……一人で出歩いていて大丈夫ですか? 部屋の番号さえ教えていただければ一緒に付いていきましょうか?」
見た所、彼女は白杖も持っていないようだし、先ほどのように人にぶつかってしまうかもしれない。
そう思い、部屋まで付いていく提案をしたが、少女は目を閉じると、ゆるゆると首を振った。
「大丈夫だ。そろそろ迎えが来るだろう……そら、来た」
「え?」
少女の言葉に、周囲に視線を巡らせてみるが、それらしき人影は無かった。
だが……その十数秒後、廊下の奥の方から一人の女性が顔を出す。
「あっ、居た! 勝手に一人で動かないでくれよ、ルナ! 補助器も着けずに出歩くんじゃない!!」
その時、ルナと呼ばれた少女の後方から金……いや、亜麻色の髪の長身の女性が走ってくる。浴衣に包んだ胸部をバインバイン揺らしながら。……少し目に毒過ぎる。視線を逸らしておこう。
「はぁ……はぁ……あー……つっかれた……無駄に広いんだからこの旅館……」
女性がこちらまで走ってくると、膝に手を突きながら息を整える。
亜麻色の髪を揺らしながら、女性がこちらに向かって頭を下げる。
「ごめんなさい、うちのルナがご迷惑をお掛けしたみたいで……」
「あ、いえ、別に迷惑なんて……」
その様子を聴いていたルナさんが口をへの字に曲げると、女性に向かってぼやいた。
「試合の前は補助器を外して集中力を高めるといつも言っているだろう」
「知ってるよ、いつものルーティンだろう!? でも、だからってそれで人に迷惑を掛けてちゃ元も子も無いじゃないか!」
ぷんぷん、と腕を突き出しながら怒る女性。
日本語で会話している所を見るに、彼女が先ほど言っていた日本人の知人とはこの人の事か。
というか試合って……ルナさんってもしかして、どこかの国の選手だったのか? いや、でも全盲のFPSプロゲーマーなんて聞いた事無いんだが……?
ルナさんは少し困ったように眉根を寄せてから、こちらへと顔を向けた。
「少年、君は困っているのか?」
「え? いや……別に大丈夫ですけど」
「ほら見ろ、大丈夫だそうだ」
「大丈夫じゃなーい!!」
すぱーん! と気持ちの良い音を出しながらルナさんの頭を引っ叩く女性。ルナさんは表情を一切変えず、不思議そうに首を傾げた。
「……何故私は叩かれたんだ?」
「君はマイペース過ぎるんだよいつもいつも! 人に迷惑を掛けたら素直にごめんなさいでしょ! 異国の地でトラブル起こさない!!」
「もう既に謝ったぞ」
「ああはいはい、それなら良いですよーだ!! 謝れて偉いですねー!!」
何となく、ルナさんとこの女性の普段の関係性が分かった気がする。
きっといつもこんな感じで天然な彼女に振り回されているんだろうなあ、と苦笑いしてしまった。
亜麻色の髪の女性は、懐から何かを取り出すと、ルナさんに向かって突き出した。
「はい、補助器! 集中力高めるのは良いけど、部屋に戻ってからにしてね! もう、折角久しぶりの温泉でリラックスしてたのに、君を探すのに走り回ってたから汗かいちゃったじゃん!」
「確か客室露天風呂? というのがあるのだろう。そこで汗を流すと良い」
「この……!! 他人事だと思って……!!」
頬を膨らませたまま怒る女性から逃げるように視線を逸らしたルナさんは、俺の方に向き直ると、僅かに口角を上げる。
「ではな、少年。迎えも来た事だし、失礼するとしよう。明日の大会、私も出場するから応援してくれると嬉しい。……そう言えば、名乗るのが遅れてしまったな」
亜麻色の髪の女性から手渡された視覚補助器──ゴーグルを取り付けたルナさんが改めてこちらに向き直る。その姿を見て、俺は全身を貫く程の衝撃を受けた。
「あなた…………は…………!」
──何故今の今まで気付かなかったのだろう。俺は既に、この人の事を知っていたというのに。
俺が敬愛して止まないAimsというゲームにおける頂点に君臨する存在。世界最強の名を、その手にしているこの人を。
「私の選手名はHawk moon。【Hands of Glory】というチームに所属している、プロゲーマーだ」
──その名を聞いて、ドクン、と心臓が高く脈打った。
最強、邂逅。




