#328 Aims世界大会観戦旅行初日その八 『旅館内巡り』
「あ、起きたんですね、渚君。おはようございます。体調は大丈夫そうですか?」
「うん、流石にもう回復したかな」
布団から身体を起こし、ぐるぐると肩を回す。身体にへばりついていたような怠さも、すっかり良くなった。ARデバイスを立ち上げ、時間を確認してみると先ほど寝落ちしてから2時間程が経過していた。
雷人が風呂から連れてきてくれた時に浴衣に着替えさせてくれていたみたいだが、流石に寝込んでいたこともあって汗が気になるな。水を張った洗面器とタオルも用意してくれてるし、一旦汗を拭っておこうか。
「ひゃあ!?」
可愛らしい悲鳴が聞こえたと思ってそちらを見てみると、顔を真っ赤にした紺野さんが顔を手で覆っていた。
「ぬ、脱ぐなら一言言ってからにして下さい!」
「ごめん。上半身ぐらいなら平気かなと……」
確かに急に女の子の前で脱ぎ出すのは無遠慮過ぎたか。でも上半身でこれって、水泳の授業とかどうしてたんだろうかこの子。流石に初心過ぎない?
まあ脱いでしまった物は仕方ない。取り敢えずささっと汗だけ拭っておくか。
上半身を一通り拭き終わり、浴衣を羽織ってから紺野さんの方をもう一度見てみると、指の隙間からこちらの様子を窺っていた。
「うぅ、次からはお願いしますよ……?」
「…………」
「な、なんで無言でもう一度脱ぎ出すんですか!?」
「いやからかってみたかっただけ」
「……もう!」
だって指の隙間から覗いてるしサービスしてあげようかなと……いてっ、クッション投げて来た。でもわざわざ柔らかい奴選んでる辺り人の良さが窺えるな。
「冗談はこれぐらいにして。取り敢えず後藤さんに連絡しておかないと……」
間違いなく後藤さんにも迷惑かけてるし、体調が回復したって報告しておかなきゃな。
部屋の隅にある受話器を手に取ると、2コール程で受話器が取られ、女性の声が聞こえてくる。
『はい。フロントです。如何なさいましたか?』
「あ、もしかして後藤さんでしょうか? すみません、303号室の日向です」
丁度電話対応してくれたのが後藤さんだったらしく、俺の声を聞いて安心したような柔らかな声音で声が返ってくる。
『日向様ご本人様でしたか。その後体調の方は如何でしょうか?』
「しっかり看病して頂いたのでもう大丈夫です。大変ご迷惑をお掛け致しました」
『とんでもないです。体調が回復されたようで何よりです。……ただ、お連れの紺野様がかなりご心配なさっていたので、しっかりお礼を言ってあげてくださいね』
「勿論です。彼女にはいつもお世話になってますので、その分もしっかり返すつもりです」
失態分も取り返さないといけないからな。そう意気込んでいると、電話の先で「そうですか」と心なしか嬉しそうな声が聞こえてくる。
『もし体調が万全で無いようでしたら、御夕食はお部屋の方でもご用意出来ますが如何なさいますか?』
「ああ、いえ。そこまでして頂かなくて大丈夫です。直接会場に向かいますので」
『かしこまりました。事前説明通り、御夕食の時間に布団を準備させて頂きますので、貴重品等はお持ちいただくか、お部屋内の金庫に入れてくださいね』
「ありがとうございます。では、失礼致します」
お礼を言ってから、受話器を置く。さて、報告も終わった事だし……。
ずっと寝ていた事で凝り固まった身体をほぐすようにぐっと身体を伸ばしてから、紺野さんの方に身体を向ける。
「まだ夕食まで時間あるし、約束通り旅館内巡りでも行く?」
俺の提案に、紺野さんはぱあっと表情を明るくする。
「行きます!」
「オッケー。じゃ、財布とか持って色々巡ってみようか」
紺野さんが隣に来るのを待ってから、俺達は旅館内巡りを開始した。
◇
「す、凄い。……まさか旅館内にこんな立派なゲームコーナーがあるなんて」
紺野さんが呆けながら目の前の光景を眺める。
ゲームコーナーがある旅館はちらほらあったりするらしいが、この旅館のそれはゲームセンターと言っても遜色ないレベルの広さを誇っていた。
「なんかエンタメ関係施設を総集結させたような感じあるんだよな……カラオケ、ボウリング、ダーツコーナーとかあったり……果てにはちっちゃな映画館まであるらしいぞ」
「映画館まで!?」
受付時に渡されたパンフレットを見ながらそう呟くと、紺野さんが驚きの声を上げる。
海外プロを招致しておもてなしする目的で建てた旅館とは聞いてるが、ここまでエンタメ特化させてるとなると最早迷走してるまであるだろ。流石に映画館の部屋自体は二部屋ぐらいしか無いみたいだが、それでも存在する時点で凄いんだよな。
「旅館って身体を休める事が目的の筈なのに、こんだけ色々あると逆に遊び疲れそうだよな……」
「あはは、確かに」
ストレス発散的な意味で言えば正解なのかもしれないけどな。
その時、ちょいちょい、と浴衣の袖を指先で紺野さんに摘ままれる。
「あの、渚君。……あれ、やってみても良いですか?」
紺野さんがそう言って指差したのは、ゲームセンターの一角にあるクレーンゲームの筐体だった。
「もしかして紺野さん、クレーンゲームやった事無い感じ?」
「はい、実は……。ぬいぐるみ可愛いなーと思ったりもしてたんですが、中々手が出せなくて……」
恥ずかしそうに、指を合わせてはにかむ紺野さん。
意外だな。紺野さんゲーマーだし、こういうのにも手を出していると思っていたんだが。
「それなら折角だしやってみようか。因みにどれが欲しいとかある?」
「本当ですか!? それなら、あれがやりたいです!」
目をキラキラさせて、紺野さんはこの旅館のイメージキャラクターらしき真っ白な犬のぬいぐるみが景品の台を指差した。
ぱっと見た所、確率抽選の仕様の台のようだ。
「確かに触り心地の良さそうなモフモフ感のあるぬいぐるみだ、良いね」
「一目見た時に可愛いなって思ったんです。早速やってみても良いですか?」
紺野さんに頷くと、嬉しそうに愉快なBGMを鳴らす台の前へと歩いていく。
その隣に立ち、彼女がプレイする様子を眺め始める。
「えっと、このレバーを倒せば動く感じですかね?」
「そうそう。このタイプの筐体はお金を入れると制限時間内は自由にレバーでアームを動かせる奴だから好きに動かしてみな」
「はい、やってみます」
そう言うと、紺野さんがレバーをゆっくりと動かし始める。
ある程度位置が決まったのか、「ここにしてみます」と呟くと、アームの降下ボタンを押した。
だが。
「あっ……」
アームが少しずれ、ぬいぐるみを持ち上げられないまま上昇してしまった。
しゅん、と残念そうに眉を下げる紺野さん。
「どんまいどんまい。次は取れるよ」
「むむ、意外と難しいですねこれ……もう一度やってみます」
紺野さんが眉を少し寄せながら、再びお金を投入すると、レバーをゆっくりと動かす。
そのレバーの動きに合わせてガラスケースの向こう側にあるアームが動き、ぬいぐるみの真上で停止した。
アームがゆっくり下がっていき、ぬいぐるみを鷲掴んだのを見て、ぱぁっと表情を明るくする。
「み、見てください、渚君!! 掴めました!」
興奮気味に報告してくる彼女を微笑ましく眺めていると、アームの力が緩み、ぬいぐるみがぽとりと落ちた。
その光景を見てぽかんとした表情を浮かべた彼女は、慌てた様子で。
「え!? 取れたと思ったのに!?」
「こういうクレーンゲームって、色々種類があってな。これは確率抽選式のクレーンゲームなんだよ」
「あ、アームで掴めるかどうかも分からないのにそこから確率なんですか!?」
ごもっともな事を言う紺野さんに思わず吹き出してしまう。
取れなかったのがショックだったのか少し頬を膨らましながら悔しそうにする彼女の隣に立ち、財布から100円玉を取り出す。
「ま、確率って言ってもそれはアームで掴んでからパワーが緩まないようになる設定の話だから、絶対取れないって事では無いんだけどな」
そう言いながら、100円玉を投入し、アームを握る。
ゆっくりとレバーを動かし、ぬいぐるみから少しズレた位置で止めると、後ろから困惑したような声が聞こえてくる。
「え? 少しぬいぐるみの位置とズレてませんか? これでは取れないのでは……?」
「まあ見てなって」
心配そうにする彼女を見てにやっと笑いながら経過を見守る。
気の抜けるようなSEを流しながらアームが下がって行くと、アームの先端に付いている爪がぬいぐるみに付いていたタグを引っ掛けた。
「あっ!?」
分かりやすく声を上げる紺野さん。
アームが上がっていき、やがてアームからパワーが無くなるが、タグは爪に上手く引っ掛かったまま外れない。
そして取り出し口の真上に来ると、止まった時の反動でタグが爪から外れる。
ごとん、と大きな音を鳴らしてぬいぐるみが落ち、紺野さんがキラキラした目でこちらを見る。
「す、すごい! あのタグを狙ったんですか!?」
「そうそう。こういう確率機の設定を無視したちょっとした裏技だ。こういう大きいぬいぐるみって大体タグがあるから狙いやすくて好きなんだよね」
「確かにこれなら確率関係なく狙えますね……」
おお、と感銘を受けたような様子の紺野さん。
先ほど取れた大きな犬のぬいぐるみを取り出し口から引っ張り出し、持ち上げる。
「タグ引っ掛けは慣れれば意外と楽なんだけど、置いてある位置が悪くて狙えなかったり、取り出し口の真上に来た時に引っ掛かったまま外れなかったりするから、そこが難点かな。外れなかった時に店員さんに報告しても、ゲット判定にならない場合もあるしね」
「条件さえ整っていれば狙えると……勉強になります」
頷きながらそう言う紺野さんに、俺は手に持っていたぬいぐるみを「ん」と言って渡す。
彼女の手の中に納まると、恐る恐るこちらの様子を見てくる。
「えっ」
「欲しかったから狙ってたんだろ? 折角だしあげるよ」
「た、確かに可愛いなって思ってはいましたが……その、良いんですか?」
「勿論。まぁ自分で取りたかったのなら処分してもらって構わないけど」
「そ、そんな事しません! ……ずっと、大切にします」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめると、蕩けたような笑みを見せる。
そんな彼女に思わず心臓を跳ねさせるが、本人に気取られないように顔を逸らす。
(……その笑顔は反則だろ)
その油断しきっている笑顔は、誰もが見惚れてしまうような蠱惑的な物だった。
真正面からその笑顔を見てしまい、心拍数が跳ね上がる。
顔に熱が上ってくるのを感じながら、誤魔化すように視線を彷徨わせていると。
「……ん、あれは……」
たまたま視線の先にあったのは、以前紫音と二人でプレイしたARゲーム……『DEAD OR ALIVE』の筐体だった。
俺が声を漏らした事に気付いた紺野さんが首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……以前紫音と二人でやったARゾンビゲーがあってさ」
「紫音ちゃんと……?」
う、そう言えば紫音と二人でゲーセン行った時って、黒歴史の時じゃないか……。
俺が内心気まずくなっていると、紺野さんは『DEAD OR ALIVE』の筐体を眺めながら羨ましそうな声で呟く。
「二人でかぁ……良いなあ……」
「……紺野さんが嫌じゃ無ければ、やってみる? その時の得点覚えてるし、超えられるかチャレンジしてみない?」
「え!? や、やりたいです!」
一緒にプレイしてみないか提案すると、声を弾ませながら身を乗り出す紺野さん。「そうこなくっちゃ」と言い、紺野さんの手を引いて筐体の所まで歩いていく。
「良い機会だ、変人分隊の連携力、見せつけてやろうぜ!」
「はい! 目指せハイスコア、ですね!」
その後も色々なゲームを巡りながら、夕食までの時間を満喫するのだった。




