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#325 Aims世界大会観戦旅行初日その五 『裸の付き合い』


「まさかこの旅館で厨二と初めて会う事になるなんてな……」


「ですね、本当にびっくりです。……厨二さんが新藤選手だったなんて……」


「オリンピックの金メダリストだっけか? まさかそんな有名人だとは思わなかったわ……」


 前々からただ者じゃないとは思ってはいたが、メダリストレベルの体操選手だったとは。

 そんな有名人と知らず知らずの内に交流があったのだと言うのだから、世の中何があるか分からんもんだ。


「そう言えば、厨二の足の事、紺野さんは知ってるみたいだったけど……何があったんだ?」


 本人に直接聞くのは流石にデリカシーに欠ける話題だったので、紺野さんに聞いてみる。紺野さんは思い出すように顎に手を添えると、ええと、と一つ間を置いてから。


「当時、結構話題になったんですよ。……信号無視した暴走トラックから、横断歩道を渡っていた女子高生を身を挺して庇ったんです。事故の結果、一命は取り留めたものの……下半身不随になってしまったと。世界的にも注目されてた選手だったので、惜しまれながら引退する事になってしまったんです」


「……なるほど……」


 あの厨二が他人を庇って……そんな過去があったなんてな。

 でも、その話を聞いた上で厨二自身が言っていた、望んでこの状態になったという言葉が引っ掛かる。

 救われた人間が居る以上、流石に事故を故意で起こしたなんて事は無いとは思うが……。まさか怪我をする為にわざと事故に巻き込まれたとかか? それこそ常人の思考では無いんだが……あの厨二だしな。考えるだけ無駄か。


「……大体分かった。ありがとう、紺野さん。話しててあんまり気持ちの良い話題じゃないしな、これぐらいにしとこうか」


「……はい。そうしましょう」


 過去の出来事、そして本人がそれをあまり気にしていない様子とは言え、これ以上この話題を続けても気分は良くならない。頭を振ってから、紺野さんに笑いかける。


「一旦風呂に入って気持ちもリセットしようか」


「ですね、私もそれが良いと思います」


 折角の楽しい世界大会観戦旅行だ、憂鬱な気分で居たくなんて無いしな。

 そう思い、他愛の無い会話をしながら大浴場までの道のりを歩き続けるのだった。





「流石にまだ選手とか到着してないからそんなに混んでないな。この時間に入りに来て正解だったか」


 大浴場の更衣室に入り、周囲を見回してみるが、人がまばらに居る程度の混み具合だった。

 これならゆっくり風呂に入れそうだ……と思いながら服を脱いでいると。


「よっ、渚。紫音から話は聞いてたけど、もう着いてたのか」


 聞き馴染みのある声と共にポンと肩を叩かれ、怪訝な顔をしながら後ろに振り向く。

 すると、そこに立っていたのはライジン──桐峰雷人だった。


「なっ、雷人!? お前までこの旅館に来てたのか!?」


「新藤さんと一緒にな。俺もさっき初めて会ったんだが、もう渚達は会ったか?」


「ああ、ペアチケットの相手ってそういう……」


 なるほど、厨二が言ってたペアチケットの相手って雷人の事だったのか。

 このコミュ力お化けめ……ネットでの知り合いとは言え、初対面の人間と二泊三日の旅行なんて出来る気がしねえよ。ましてやあの厨二だぞ。何をされるか分かったもんじゃないぞ(失礼)。


「ったく、てっきり俺は渚から誘われるもんだと思って、宿泊先を合わせる為にホテルの予約してなかったってのに、紺野さんを誘っちまうんだもんな。慌ててホテルの予約しようとしたらどこも埋まっちまっててさ。不知火さんに招待券を貰えて良かったぜ」


 ジト目を向けてくる雷人にぐっと喉を詰まらせる。確かに、ペアチケットで誘う相手の選択肢は雷人か紺野さんの二択だった。普通であれば雷人を選択する所だが、俺は雷人が実費で来るだろうと踏んだのと紫音から紺野さんを誘うように言われていたのもあって紺野さんをペアの相手に選んだのだ。

 雷人はため息を吐きながら、肩を竦める。


「チケット貰った代償として将来的に融通を利かせろって脅されちまったけどな~。まあ、いずれは個人事業卒業してどっかのチームのストリーマーとして所属しようかなって思ってたから、丁度良かったんだけどな」


「お前もその手の話を持ち掛けられたのか」


「お前もって、渚も何か言われたのか?」


「プロゲーマーとして所属しないかって提案をな。ま、お前も知っての通り現時点で俺はプロを目指してる訳じゃ無いし断ったけどな」


「あー、なるほど……」


 もし紫音に招待券を貰う事が出来なければ雷人と同じ道を辿っていたかもしれない……そう思うと背筋が冷えた。まあ、まだ向こうの事をあまりよく知らないし、デスワさんも根は悪い奴では無いと思うんだが……なんかな。

 当時の事を思い浮かべて複雑な気持ちになっていると、雷人はこちらの肩に手を置いた。


「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。裸の付き合いしようぜ、渚」


 それを聞いて、俺は一歩後ろに引いて我が身を抱きしめる。


「おい、なんで引くんだ」


「いや、だって過去に告白された相手に裸の付き合いしようなんて言われたら貞操の危機を感じて……」


「おいふざけんな、記憶の彼方に忘却しろって言っただろ!? 大体俺は紫音一筋だっつーの!」


 まだ選手が到着してなくて良かったな、多分ここに串焼き先輩が居たら股間蹴り上げられてるぞお前。

 でもその絵面もちょっと面白そうだから見てみたかったりする。後ろで見ながらげらげら笑いたい。


「冗談だ冗談。で、今更裸の付き合いだなんて何をそんな語る事がある?」


「そりゃお前、男二人で語る事なんて決まってんだろ」



「恋バナ、って奴だ」



 そう言い、雷人がにやりとした笑みを浮かべるのに対し、俺は半目になりながらため息を吐くのだった。





 かけ湯で全身を洗い流してから、広々とした浴槽に浸かる。

 長時間の移動の疲れがじんわりと取れていく感覚に身を委ねながら、ゆっくりと息を吐き出した。


「やっぱ温泉は良いなー。インドア派な俺でも定期的に温泉に行きたくなるレベルだわ」


「同感だな。俺も温泉は久しぶりだし、今回の旅では動画編集の疲れを取る為にもたっぷり温泉に入るぞ~」


 互いにだらしない顔をしながら、温泉を堪能する事数分。

 ぐっと腕を伸ばしてから、雷人の方を向く。


「で、やりたくねえっつってもするんだろ、恋バナ。言い出した本人なんだからお前から始めろよな」


「仕方ないな。で、何が聞きたい?」


「ぶっちゃけどうなのよ、紫音との関係は。上手く行ってんのか?」


「お前が知ってる所から一切進展なし! 以上!!」


 腕でバッテンを作りながら、雷人はにやにやとした笑みを浮かべる。

 その回答を聞いた瞬間、俺はこいつに嵌められた事を悟って顔を引き攣らせる。


「まさかお前、それで自分の手番は終わりだなんて言わないよな……?」


「残念ながらターンエンドだ、そしてデッキに会話カードが一枚も存在しないのでこのままサレンダーします」


「余りにもカス過ぎやしないか!?」


 初手投了とかマジでやってるだろこいつ。言い出しっぺが話題を持ち合わせてないとか普通に考えて頭おかしいとしか言いようがないんだが?

 どうせ追求した所で話す気は無いんだろうという事を理解し、深くため息を吐き出す。


「はあ……まあ実際進展がねぇってんならそれでいいよ。で、アタックする気はあるのか?」


「あるにはある……が、俺としては今そう言った余計な思考を挟ませるよりも、試合の方に集中させてあげたくてな。当分アタックはしないつもりだ」


「凄い『俺分かってますよ』感出してる所悪いけど、実際はチキってるだけって知ってるからな?」


「ふっ、そう思っていれば良いさ。俺はやる時はちゃんとやる男、自ずとそのタイミングが来た時にはちゃんとアタックするさ」


「俺に告白した時みたいにか?」


「おっとっと、手が滑りそうだなあはははは」


「ちょっと待て、温泉で溺死はマジで洒落にならんっ!?」


 雷人が俺の頭を鷲掴みにしながら沈めようとしてくるので必死に抵抗する。こいつ、ちゃんと普段から鍛えてるだけあって力強いから本気出されたらマジで死ぬから勘弁して欲しい。

 沈められないように取っ組み合いする事一分程、落ち着いたらしい雷人は笑みを浮かべながら問いかけてくる。


「で、渚の方はどうなんだ? 今回の旅に紺野さんを誘ったって事はそれなりに進展はあったんだろ?」


「えっ、いや、特に……紫音に言われたから……」


 そう答えると、雷人は「こいつ何言ってやがるんだ?」と言わんばかりのアホみたいな顔になる。いやだって事実ですし……。


「いやいやいやいや、紫音に言われたとしても恋人でもない女の子と二人きりの旅行だぞ。普通選択肢から外れないか?」


「……言われてみれば、確かに……」


 そうだよな。普通、恋人でもない女の子を今後の世界大会挑戦の為とは言え、2泊3日の旅行に誘うのはどうかしている。泊まり掛けの旅行なんて向こうからしたら、好意があって誘ってきたと捉われてもおかしくはない状況だ。チケットを無駄にしたくない一心でとんでもない選択肢を選んでしまった気はしていた。


「だから、正直な話、渚が紺野さんを誘ったのは意外だったんだ。紫音に言われたとはいえ、紺野さんを誘うのは無いだろうなって思ってたからさ。てっきり俺はそれなりに進展があったからこそ誘ったもんだと思ったんだが……」


「残念ながら何も無い。まあ、旅行に行く前に紺野さんの両親に許可取ったりはしたけど……」


「何そのクッソ面白そうなイベント、なんか付き合うとかよりも数段上のステップ行ってないか?」


 ……うん。まあ、なんか向こうから茶化されたけど婚前挨拶みたいって言われたしな。実際絵面的にもそんな感じだったし。


「……いや、でもただ宿泊許可の為に話したってだけだぞ。……色々根掘り葉掘り聞かれはしたけど」


「根掘り葉掘り聞かれはしたんだな……」


 お陰で黒歴史も紺野さんの親御さんに晒す羽目になったんだよな。その必要があったとは言え、やはり自分の良くない過去を他人に知られるというのはあまり気分の良い物ではない。


「ま、それはまた後で詳しく聞くとしてさ。ぶっちゃけた話……」


 そう一つ間を置くと、雷人は真剣な表情になり。



「お前にとって、紺野さんってどんな存在なんだ?」





 雷人に問われ、俺は今一度考えてみる。


 俺にとっての紺野さんの存在とは……か。

 元々ゲーム友達で、親同士の知り合いの娘で、今はリアルでも交流があって。

 性格が温和で人懐っこく、文武両道、容姿端麗で、困ってる人が居たら放っておけない世話焼きな一面があって。

 ふとした瞬間の彼女の仕草が可愛らしくて、真面目な時の横顔がかっこよくて、いつも頑張り屋な彼女に元気が貰えて。

 好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きに傾くだろう。


「あれ? 渚? そんな深く考えんでも……まあ良いや、ちょっと俺露天風呂行ってくるわ」


 だがそれは、果たして恋愛的な意味での好きなのか?

 友達としては間違いなく好きだ。親友だとも思っている。

 でも、恋愛的な意味で好きかどうかと言われたら……どうだか分からない。

 

 周囲が俺と紺野さんをくっつけようとしているのは認識している。

 そもそも紺野さんが俺の隣の部屋に引っ越してきたのだって、親同士のお節介の結果だ。

 もし、本当に紺野さんが俺の事が好きだったら嬉しく思うし、その気持ちに応えたいと思う。


 だけど、紺野さんが俺に対して好意的なのが周囲に唆された結果だったとしたら、俺は応えられない。

 その人を好きになるというのは、本人が決める事であって、周囲が決める事では無いから。

 第一、俺なんかよりもずっと良い人はこの世にごまんといる訳で、紺野さんが望めばそういう人と付き合うのだって可能だろう。なのに、俺程度に甘んじる必要なんてない訳で。


「あれ、渚まだ入ってたのか。顔真っ赤だけど大丈夫か?」


 全てにおいて完璧美少女な彼女と違って、俺はただゲームが得意なだけの一般ピーポー。

 しかも男らしいかと言えばそうじゃなく、身体は鍛えてないからなよっちいし、顔付きまで女顔ときた。過去にこの顔のせいで真剣な告白をした際も女友達としてしか見れないと振られているおまけ付き。

 紺野さんが周囲に唆されている以外に俺の事が好きになる理由が見当たらないのだ。


 この状況は役得みたいなもんだし、流れのまま付き合った方が良いじゃないかという考えの人間の方が多いだろう。

 だけど、本当にそれは彼女にとって幸せなのだろうかと考えたらきっとそうじゃない。

 だから、俺は勘違いする訳には行かない……勘違いした結果、傷つくのは俺一人だけじゃないから。

 

 ……この胸の奥の方に僅かに灯る、この気持ちに気付かない方が、ずっと幸せだ。


 

 ────ああ、そうか。関係が壊れるのが怖いと言っていた時点で答え自体は出ていたんだ。



 俺はきっと──。

 


「おい、渚……? おい、渚!」



 なんだか声を掛けられているような気がするが、気のせいだろう。


 やはり温泉は良いな。ただ高温のお湯に浸かっているだけだというのに心が安らぐ。


 ああ、なんだかふわふわして心地が良い。視界が、意識が、ぼんやりと白く、なって────。



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― 新着の感想 ―
おお、自覚した。……湯あたりから回復しても覚えてるといいけど……()
お、朴念仁がついに自覚したか
自覚パートキタァァアアアアアアアアア!!!!
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