#324 Aims世界大会観戦旅行初日その四 『ファースト・エンカウント』
「こちらが303号室でございます」
「わあ……!!」
「おお……!! 流石高級旅館……!!」
仲居の後藤さんの案内で部屋に着くと、紺野さんが喜びに満ちた声を上げた。
二人で過ごすには広すぎる程の客室。それに加えて、事前情報通りの客室露天風呂と更衣室、カプセルタイプのVR機器専用の部屋まで備え付けてあった。
窓の方に近寄ってみると、3階という事もあり、外の景色も絶景だった。紅葉の季節で無いのが残念だが、自然豊かな景色を一望出来る最高の立地だ。
「お喜び頂けて何よりでございます。日向様、一度旅館の設備や温泉の利用方法など説明致しますので、客室の方に戻っていただいても宜しかったでしょうか?」
「あ、は、はい。ごめんなさい」
部屋にはしゃいでいる俺達に対して、微笑ましく笑う後藤さん。
恥ずかしくなり、おずおずと客室の座布団に座ると、後藤さんが旅館の設備に対しての説明を始める。
色々と質疑応答する事十数分。諸々の説明が終わり、後藤さんが立ち上がった。
「また何かございましたら、部屋備え付けの受話器からご連絡下さい。すぐに対応致しますので」
「はい。ありがとうございました」
「それでは、失礼致します。ごゆっくりどうぞ」
にこりと笑い、深々とお辞儀をする後藤さん。
部屋から退出する後藤さんを見送り、紺野さんと二人きりになる。
「さて、これからどうしようか」
抽選会も見届けたし、これから明日まで完全にフリーの時間だ。何をしたっていい。
紺野さんは少し悩んだ様子を見せると、指を立てて提案する。
「折角なので、一度温泉に入りに行きませんか? 外もそれなりの熱さでしたし、少しは汗もかいてるでしょうし」
「そうだな、一度風呂で汗を流してこようか」
早めに風呂に入れば浴衣に着替えられるしな。そうしよう。
そんなこんなで、俺達は部屋を後にし、浴場へと向かうのだった。
◇
「あ! ごめんなさい、ちょっと部屋に忘れ物してきたので取りに戻ります!」
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
「いえ! すぐに戻るので渚君は先に行っててください!」
そう言うと、紺野さんは速足で来た道を戻っていく。
本人が良いって言うなら大丈夫か……と思い、廊下をのんびりと歩く。
そのまま一人で廊下を歩いていると、車椅子に乗った青年の姿が視界に入る。どうやら、床にタオルを落として困っているらしい。
「あ、俺が拾いますよ」
「ありがとう、助かったよ」
タオルを手渡すと、車椅子に乗った青年がにこりと微笑む。まだ二十代前半ぐらいの、アイドルグループに所属していてもおかしくない整った顔立ち。青年は自分の手元にタオルを置くと、こちらの顔を見て。
「おや、君は……」
青年は俺の顔をまじまじと見るなり、少し驚いたような表情に変わる。
俺もどこか青年の顔に既視感を覚えて、尋ねてみる。
「……あの。もしかしてなんですけど、俺達どこかで会った事あります……?」
俺の問いに対し、車椅子の青年は少しだけ悩んだ様子を見せた後。
「ま、そっちの方が面白いしいいか」と呟き、にやりと笑った。
「あっちゃあ、ばれちゃあ仕方ないねぇ。まあ、あっちが仮初の姿なんだけど、キミが気付いたのなら明かしても良いかなぁ」
車椅子の青年は、まるで人が変わったかのようにお道化た笑い方をする。
それを聞いて、俺は目を見開いた。俺は知っている。この独特な喋り方と笑い方を。
間違っていれば失礼極まりない単語を、俺は思わず口にする。
「厨二……!?」
「だいせいかーい。正真正銘、変人分隊所属『卍血の弾丸卍』ご本人だよ」
にやにやとした笑みを浮かべた青年──厨二に思わず後退りする。こんな、黙ってればただのイケメンがあの厨二拗らせ奇抜なファッション野郎……!? そんな馬鹿な……!?
未だに信じられない思いで厨二を見ながら、口を開く。
「まさかこんな所で厨二と初エンカするとは……」
「だねぇ。会うとしても、もうちょっと先だと思ってたんだけど……まさかここで出会うなんてねえ」
そう、ボッサンとは一度リアルで会った事があるが、厨二とはこれが初エンカウントだ。
それがまさか旅先の旅館の廊下で出会う事になるとは……人生何があるかは分からんもんだ。
「もしかしてキミもペアチケットの招待で来たのかい?」
「君もって、厨二もペアチケットでこの旅館に泊まりに来たのか?」
俺は紫音から譲り受けた物なのだが、厨二も誰かから譲ってもらったのだろうか?
首を傾げながらそう問うと、厨二は一つ首肯して。
「本当は最初断ろうとしたんだけどねぇ。不知火財閥のご令嬢にどうしてもって言われちゃって根負けしちゃってね。それと、僕が行かないともう一人誘った人間が困るって言われてね……」
はあ、と憂鬱そうにため息を吐く厨二。不知火財閥のご令嬢ってもしかしてデスワさんの事か?
あの人マジでどういうコネで厨二と連絡取ったんだよ……普通に怖くなってきたぞ。
「渚君っ、ごめんなさい、お待たせしました!」
と、その時だった。厨二と会話していると、部屋に戻っていた紺野さんが合流した。少し走ったらしく、息を荒くしていた紺野さんだったが、俺と厨二を見て首を傾げた。
「あの、そちらの方は……?」
「ああ、この人は……」
と、この車椅子の青年が厨二だと説明しようとしたその時、紺野さんは厨二の顔を見るなり、驚いたように目を見開いた。
「えっ、もしかして新藤選手ですか……?」
紺野さんが厨二を見て、開口一番そんな事を呟いた。
「新藤…………選手?」
なんだ、選手って。もしかして、厨二ってそれなりに有名人だったりするのか?
ポンの言葉を聞いた厨二は、ひくりと口端を引き攣らせた後、額に手を当てた。
「……ポンは知見が広くて嫌だねえ。真っ先にその名前が出てくるなんて、有名になり過ぎたのも考えものだよねえ」
「えっと……何かの選手だったのか?」
「な、渚君、知らないんですか!? 体操のオリンピック金メダリストの新藤明人選手ですよ!?」
「金メダ……!? は!? 厨二が!?」
ちょっと待て、有名人も有名人じゃねえか!? いや確かにあんまりテレビ見ないから世間に疎い自覚はあるけども……!!
「声が大きいよぉ、傭兵クン。まあ、そうだねえ。一応元体操選手ではあったかなあ」
明らかに常人じゃないと分かる、異様に高い技術の数々は体操選手としての経験があったからなのか。それにしたって、厨二のVR適性の高さはまた別物なのだが……。
と、俺の言葉に紺野さんがえっと声を漏らし。
「厨二って……あの厨二さんですか!?」
「あのってなんだいあのって。……まあ、そう思いたくなる気持ちは分からなくもないけどねぇ……」
「新藤選手が……厨二さん……えええ……!?」
俺以上に困惑した様子を見せる紺野さん。体操選手としての彼を知っているから余計にびっくりしているのだろう。
それよりも、もっと気になる所があるのだが……如何せんデリケートな話題過ぎて触れるか困っているんだよな。
と、俺の視線を感じたのか、向こうから話題を持ち掛けてくる。
「どうしたんだい、傭兵クン。僕の足がそんなに気になるのかい?」
ふと、とある言葉が脳裏に過ぎる。デスワさんと対峙した時に言っていた、『堕ちた天才』というワード。恐らくは、彼の足の事を言っていたのだろうが……。
何も知らない俺の代わりに、紺野さんがぽつりと呟く。
「確か交通事故で……」
「うん。事故でちょっとね。見ての通り、動かないよ」
「動かない、って……」
余りにも衝撃的過ぎる告白を、さらりとした様子で告げる厨二。気にしていないと言わんばかりの彼の様子に、言葉を詰まらせる。
「というより、僕の意思で動かしてないというのが本当の所なんだけどね」
「動かしてない……?」
「現代医学って凄いよねえ、こんな状態になっても回復する手段があるんだってさ。でもね、僕は望んでこの状態になったんだから、わざわざ治すのは勿体なくない?」
自身の身体機能の一部を失って、それを回復させるのが勿体無い。……あまりにも常人離れした思考ではあるが、まあこいつとはそれなりに付き合いが長い。そういう変な奴だってのは元から知っているしな。
「……まあ、厨二自身がそう望んでるのなら良いんじゃないか……?」
「ふふ、そういう所がキミの良い所で僕がキミの事を好きな理由なんだよねぇ。他人の意思を尊重出来るのは、君の美徳だ。大事にすると良いよぉ」
うんうん、と満足そうに頷く厨二。紺野さんの方を一瞬ちらっと見てから、車椅子のハンドリムを掴んだ。
「という訳で、僕はここら辺で失礼するねぇ。デートの邪魔をして悪かったねぇ」
「ででででっ、デートじゃないですっ!!」
顔を真っ赤にしながら否定する紺野さんを見て、厨二は半目になりながらへっと笑う。
「……まあそういう事にしといてあげるねぇ。この旅館に泊まってるならまたどこかで会うかもねぇ」
そう言って、ひらひらと手を振りながらその場を去っていく厨二。
こうして、厨二とのファーストエンカウントは幕を閉じるのだった。
厨二「……しっかし、二人の顔、SBOのアバターそっくりだったねえ。まあ僕もフェイスペイントの下はこの顔だから人の事は言えないんだけど……」




