#323 Aims世界大会観戦旅行初日その三 『旅館到着』
「うわぁ……串焼き先輩やったな……」
「ま、まさかの大会開幕戦から『Hands of Glory』相手ですか……運が悪いってレベルじゃないですね……」
旅館『白雪』に向かうバスの車内。ARデバイスで映し出した抽選会の映像をリアタイ視聴していた俺達は、互いに顔を引き攣らせた。
「どっかのチームが早々に1を引いてれば良かったんだけどな……言葉を選ばずに言うなら公開処刑だぞこれ……」
先ほども言った通り、串焼き先輩達がHOGに勝てる確率は0だと言い切っても良い。それだけ彼らとの間には隔絶した実力差がある。少し気になってe-sports関連を取り上げているネットニュースサイトの記事を覗いてみても、俺と同様の考えの記事が大量に作成されていた。
どれも、日本の敗色濃厚と書かれたような記事ばかりが。
「日本開催で日本が初戦敗退……大会形式もシングルエリミネーションだし、敗者復活の目も無い……ほんっっとうに引き運無いだろ串焼き先輩……」
そう、大会のルールがシングルエリミネーション……敗北即脱落のトーナメント形式だ。
せめてダブルエリミネーションならルーザーズサイドから戻って来れる可能性があるが、シングルエリミネーションである以上初戦敗退=大会からの脱落になってしまう。
自分のチームですら無いのに頭を抱えてしまう程の展開。こうなった以上、串焼き先輩達にはどれだけラウンド勝利を取れるかに掛かっている。最悪試合は負けたとしても、HOGに食い下がったとなればプロとしての評価はあまり落ちる事はないだろう。
「……紫音ちゃん……」
胸の前でぎゅっと服を鷲掴みながら、紺野さんが紫音の名をポツリと呟く。
「心配なのは分かるけど、こうなっちまった以上は串焼き先輩達に頑張ってもらうしかない。そもそも大会の参加権を譲った俺達があーだこーだ言うのは違うしな」
「……ですね」
元々変人分隊が大会を辞退したのはポン──紺野さんが、あの日本大会を最後にAimsを引退すると言っていたからだ。だからこそ、自分にも責任があると思い込んで居るのだろう。
紺野さんが安心出来るよう、座席に置かれた手に優しく手を重ね、笑いかける。
「大丈夫、案外アテが外れて串焼き先輩達が善戦するかもしれんぞ? 勝っちまう……いやそれは無いな。ま、1、2ラウンドくらいは取れるかもしれんしな」
前回大会で、強豪チームであるドイツの『Anstrum』でさえ『Hands of Glory』相手に2ラウンドしか取れなかったんだ。1ラウンドでも取れりゃあネットも大盛り上がり間違い無しだろうな。
そんなことを考えていると、紺野さんはこちらに顔を向け、微笑を浮かべる。
「……渚君は優しいですね。何も言わなくても、私の内心を察して気遣ってくれる。……そう言うところが、本当にずるいです」
「ずる? ……あ、ごめん無遠慮に手を重ねちゃってたな。嫌だったらすぐにハンカチかなんかで拭って」
「いやそんな自分を汚物みたいに言わなくても……はあ。渚君らしいと言えば渚君らしいですけども」
慌てて手を離すと、頬をぷくっと膨らませる紺野さん。自分の座席に手を戻すと、そこに紺野さんの手が乗せられる。
「……あの、紺野さん?」
急に乗せられた柔らかい感触に困惑していると、紺野さんはニヤリとした笑みを浮かべながらこう言った。
「嫌だったら手を振り払って、ハンカチかなんかで拭って下さいな」
「……いや、紺野さんに対してそんな反応をする人間が居るわけない……あ、いやってのは嫌って意味じゃなくて……」
「ふふ、渚君が慌てる様子を見るのは新鮮ですね。折角ですし、旅館に着くまでこのままでいましょうか?」
悪戯が成功したとばかりに上機嫌に微笑む紺野さんだっだが、耳先が赤く染まっている所を見るに、かなり無理をして俺をからかっている事が窺えた。
それを指摘する事も出来たが、ささやかな彼女の反抗を微笑ましく思い、降参とばかりにもう片方の手を挙げる。
「参った参った。降参だ、俺が悪かった。だからこんな馬鹿ップルみたいな事は辞めよう」
「かかかか、カップル!? そそそ、そうですね……!!」
ばっと手を離して、顔を真っ赤にして俯く紺野さん。
自分で言っててこちらも恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じながら外に顔を向けていると、バスの車内アナウンスが流れる。
『間もなく、白雪~、白雪~、旅館白雪に到着です~』
そんなこんなしている内に、旅館に到着していたらしい。
慌てて身支度を整え、バスを降車して、預けていたキャリーバッグを取り出す。
「うわあ、凄いですよ渚君っ!」
「おお、本当だな!」
目を輝かせ、声を弾ませながら指を指す紺野さん。
その先には巨大な滝と、太陽光に照らされて大きな虹が掛かっていた。
都会の喧騒から離れ、自然豊かな光景を目の当たりにして、心身が癒されるのを感じる。
ぐっと身体を伸ばし、長時間の移動に凝り固まった身体をほぐしながら、深呼吸する。
「山間部だからか空気も澄んでて美味しいなー……。うーん、都会からちょっと離れるだけでこんなに開放感があるとは」
「ですねー。ここならのんびりと過ごせそうです」
バスから降ろしたキャリーバッグを転がしながら、紺野さんが隣に並ぶ。
そして、正面にある豪華な旅館を見上げ、感嘆の吐息を漏らす。
「ネットで予め宿の写真は見てたけどまさかこんなでかい宿だとは……まあ、海外プロ全員が泊まれる宿となればこの規模じゃなきゃ入りきらないか」
「凄いですよねえ。普通に一般客として泊まりたいとなれば予約は数ヵ月から年単位で待つそうですよ」
そんな凄い宿に友達だからという理由でタダで招待券を譲ってくれた紫音には頭が上がらんな……。
ううむ、なんか申し訳なくなってきたし、大会前に軽くスクリムするぐらいには付き合っても良いな、折角VR機器が設置されてる事だし。
「じゃあ、受付済ませて部屋に行こうか」
「そうですね!」
他の旅行客の人達と旅館に入ると、沢山のスタッフが綺麗に整列しており、こちらに向かって頭を下げた。
「「「いらっしゃいませ」」」
「……すごいな」
「……ですね」
こういった高級旅館に泊まった経験が無いので、こうして沢山のスタッフが出迎えてくれるのは慣れないな。まるで本当の金持ちになったような気分だ。……実際は無料招待券なんだけど。
ロビーのソファに案内され、順番を待つ事数分。俺達の番がやってきたのでカウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ、ご予約頂いたお客様のお名前をお伺い出来ますか?」
「日向です。友人の招待を受けて来たのですが……」
そう言って、キャリーバッグから紫音から貰ったチケットを取り出す。
「御招待券を拝見致します。……確認致しました。紫電戦士隊、藤崎紫音様の御招待券でございますね。二名様、二泊三日での宿泊となっておりますが、宜しかったでしょうか?」
「はい」
「かしこまりました。日向様、お疲れの所申し訳ありませんが、お宿帳にご記入をお願い致します」
そんなこんなで、宿泊の手続きを進めていく。学生証を出したり、未成年なので保護者の同意書を提出したりなんだりしていると、ようやく手続きがひと段落する。
「日向様、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。本日のお部屋は303号室でご準備させて頂いております。担当の後藤がお部屋まで御案内致します。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「日向様、本日担当させていただきます、後藤でございます。どうぞよろしくお願いいたします」
本日、という事は日替わりでスタッフが変わるのか……? 凄いな、高級旅館。
丁寧な所作のフロントスタッフの人に見送られながら、担当の人──後藤さんに連れられて部屋へと向かう。
「303号室は三階のお部屋になりますので、エレベーターで移動致します」
後藤さんに連れられて紺野さんと共にエレベーターに乗ると、後藤さんが話しかけてくる。
「本日は彼女さんとお越しになられたのですか?」
「はは、まさか。ただの友人ですよ。そもそも、俺なんか全然釣り合ってないですから」
「いえ、そんなことはありません。良くお似合いだと思いますよ。日向様の隣に立っている彼女の表情を見ればすぐに分かります。日向様の事を、心の底から信頼している……そんな安らかな顔をされていますから」
「……っ!」
紺野さんの方を見ると顔を背けながら真っ赤にしている様子が見て取れた。友達としてそこまで信頼してくれるのは嬉しいのだが、そういう反応をされると勘違いするぞ本当に。
後藤さんは笑みを浮かべながら、ゆっくりと頭を振る。
「出過ぎた真似でしたね。ですが、本当に私はお似合いだと思いますよ」
「……そうでしょうか」
そう呟くと、後藤さんは優しく微笑みながら頷いた。
「スタッフの私が言うのもなんですが、この宿はとても良い旅館だと思います。この旅館の隅々まで、心ゆくまで堪能しながら、親睦を深めるのも良いかもしれませんね」
親睦……か。確かに、紺野さんにはいつも世話になりっぱなしだし、日頃のお礼に色々と労わってあげたいな。
そう思いながら、俺達は自分達の部屋である303号室へと向かうのだった。
温泉行きたい……




