#322 Aims世界大会観戦旅行初日その二 『世界大会抽選会』
「…………人、多い」
「そりゃあ世界大会だからな。前日でもプロ見たさに人は集まるもんさ」
数年前、東京に新設された東京国際アリーナ。AimsWCS会場の控室にて。
紫電戦士隊のメンバー達は、入場の時間まで各々の時間を過ごしていた。
「…………早く旅館に行きたい。…………温泉に浸かりたい」
「同感~。最近は最終調整でずーっとカスタムばっか籠ってたから精神的疲労が凄いんだよなー。ゆっくり温泉に浸かりたいわ~」
「お前らな……気持ちは分かるが取り敢えず抽選会ぐらいはしゃきっとしてくれ。頼むから」
「……安心して、かめら前はそれ用のぱふぉーまんすするから」
「我が最愛の妹よ、世間体を大事にしてくれて嬉しいぞ。お兄ちゃん感激で泣いちゃう」
「うわあ、久々にリアルで見たな。串焼き君の気持ち悪い所」
串焼き団子こと藤咲冬馬が妹の紫音の肩に手を乗せながらガチ泣きしている様子を見て、SAINAこと四条彩奈はドン引きしながら一歩後退りする。
「何を言うか。誰がなんと言おうと俺の紫音に対する愛は永遠に不滅だぞ」
「頼むからそのシスコンっぷりはカメラの前で披露しないでね……。串焼き君って意外と女性ファン多いんだから幻滅されるよ……」
「はっ! 女性ファンより紫音の方が大事だから問題ないな!」
「……私はそれが冗談だって分かってるから良いけど、ファンに聞かれたら絶対炎上するから絶対に言わないでね。…………いや冗談だよね?」
マジだが?と真顔になっている冬馬の表情を見て、呆れたようにため息を吐く彩奈。
実態がこんなんでもこの二人がいなきゃ日本トップクラスのプロチームとしてやっていけないのよねーと彩奈は内心で愚痴りつつ、視線を時計に向ける。
「そろそろ抽選会の時間ね。ほら二人共、だらだらしてないで準備して」
「おう」
「……ん」
彩奈が声を掛けると、冬馬と紫音は外行き向けのキリッとした顔付きに変わる。
先ほどまでだらしない様子を見せていた二人の様変わりした表情を見て、彩奈は思わず苦笑いしてしまった。
(真面目な表情をしているとこの二人は凄く映える容姿をしてるのにね……まあ、チームメイトの私達が彼らを引っ張ってあげないとかあ)
世話が焼けるなあ、と思いつつも藤崎兄妹をサポートする事に対して満更でもない様子を見せる彩奈。
会場に向かう為一つ深呼吸してから、チームメンバーと共に控室を後にした。
◇
会場は既に熱気に包まれていた。まだ本選の試合が始まった訳でもないのに、プロ選手が会場に入ってくる度に歓声が沸き起こる。国内外のスター選手達見たさに、報道陣のみならず日本のファンや国外から応援しにきたファン達が既に会場に集まっているからだ。
『続いてのチームはァ! 日本代表!! 紫電戦士隊〜〜ッ!!』
そしてそれは冬馬達『紫電戦士隊』が入場した時も例に漏れず、大歓声が沸き上がった。
「凄い歓声だこと。……まー、この内の何人が俺達に期待を寄せてるのかは分からんけどな」
冬馬がそうぼやきながら、歩みを進める。彩奈はそれを聞いて、少し複雑な表情で頷いた。
前回のAims日本大会では、傭兵A率いる『変人分隊』に完敗した挙句、世界大会の出場権だけ貰った形になる。『世界大会に日本代表として出場するには実力不足』という意見もインターネット上で散見された。
その懸念を払拭するためにも、この世界大会では結果を残さなければならない。その為の努力は、しっかりと今日まで積み上げてきた。だが、それだけじゃ足りない事は、彼ら自身が良く知っている。
「プロは結果が全てだ。試合までにどんだけ頑張ろうが、結果が悪けりゃそれだけ評価は落ちる。ただでさえあいつらに比べて劣るって言われまくってんだ。ここで信頼、取り戻すぞ」
冬馬は真剣な表情でそう呟き、周囲のチームメンバー達もそれに頷く。
ステージに上がると、既にその場に居た海外プロの面々に視線を向ける。
(あれが……)
視線を向けた先に居たのは、一際異様な雰囲気を放つ五人組。
ゴーグルを取り付けた美しい中性的な顔立ちのリーダーを筆頭に、フルフェイスヘルメットを装着しているメンバー、豪快な髭を生やしたメンバーなど、個性的な面々。
FPSというジャンルに属するプロゲーマーとして、その容姿を見て一瞬で何者か判別がついた。
『Hands of Glory』。Aimsというゲームのみならず、FPS界隈に君臨する最強のプロチーム。
日本だけを見れば、『紫電戦士隊』は凄まじい戦績を残しているが、『Hands of Glory』はそれの遥か上位互換と言っても過言ではないだろう。
絶対王者の貫禄は、ただ立っているだけでも冬馬達を威圧する。冬馬はその圧を直に浴びて冷や汗を垂らしながらも口端を吊り上げた。
(勝ち続ければいつかはあいつらと当たる……!! プロとして、一度は挑戦してみたい……!!)
戦えば、ほぼ確実に勝てないと分かっていてはいても、同じプロとして興味が尽きない。
前回の日本大会で完膚なきまで叩きのめされた傭兵A達をしても『化け物』と評する彼ら。現在の彼らとの距離を知りたいと思いながら。
『それでは全てのチームが揃った所で、抽選会を始めます!!』
アナウンスと共に、チームのリーダーが前に一歩出る。
そんな彼らの前に、数字の書かれた用紙が入った抽選用の箱が用意される。
『今回のAimsWCSの対戦形式はシングルエリミネーション! 敗北即脱落のトーナメントになります!! 対戦相手の決め方は単純明快!! ステージ中央に用意された箱の中にある用紙、それをチームのリーダーが引き、同じ数字が書かれた相手が対戦相手となります!!』
VR、ARが発展した現代、抽選形式も電子化する事は容易だ。だが、それでは改竄が横行しかねないと昨今のe-sports業界ではこういったアナログ形式を用いる事の方が多い。
今回のAimsWCSが日本開催だし、下手に電子抽選すれば不正を疑われるしな……とそんな事を考えながら、冬馬は自身の抽選を待つ。
幾つかのチームが次々と対戦相手を決めていく中、『Hands of Glory』のリーダー……『Hawk moon』が抽選箱に手を入れた。
そして、抽選箱から手を抜き、用紙を広げると……そこに書かれていた数字は『1』。
『『Hands of Glory』の抽選番号は1だあああああッッ!! 明日の開幕戦は『Hands of Glory』の試合から始まりますッッ!!』
その瞬間、会場が大歓声で揺れる。世界最強の試合から世界大会の幕が上がるとなれば、これだけ会場が盛り上がるのは当然の事だろう。
ゆっくりと『Hawk moon』がチームの下に戻るのを見ながら、冬馬は前に出る。
(最低でも1勝はしておきたい……!! だから、絶対に1だけは引くな……!! これからのキャリアに確実に響く……!!)
チームのリーダーとして、あまりにも重い責任を背負いながら、抽選箱の前に立つ。
これまで数多の大会に参加してきたが、これほど緊張した場面は初めてプロとして公式戦をやった時以来か?と思いながら、冬馬は抽選箱に手を突っ込んだ。
(……いや、そんな弱気な事言ってちゃ駄目だ。どんなチームに当たろうともぶっ倒す! それぐらいの気概で引かなきゃ駄目だろ!!)
勢い良く抽選箱から引き抜き、用紙を広げる。
そこに書かれていた数字は──。
「…………にぃ」
「…………マジかよ」
『1』だった。
『これはッッ!? 日本プロチーム、『紫電戦士隊』が引いた数字も1ッ!! 明日のAimsWCSの開幕戦は、『Hands of Glory』VS『紫電戦士隊』に決定だァァァァァ~~~~!!!!』
その瞬間、地鳴りと錯覚する程の大歓声が会場を包む。
激しいカメラフラッシュの嵐を浴びながら、冬馬は引き攣りそうになる顔を必死に繕い続けるのだった。




