#321 Aims世界大会観戦旅行初日その一 『旅館への旅路』
本日朝4時にも更新してます。まだの方はそちらから。
世界大会観戦旅行当日。
「着替えよし、生活用品よし、チケットと財布も……よし、持ったな」
自宅を出る前、キャリーバッグの中身を再度漁り、この2泊3日の旅行に持っていく物の中に抜けが無い事を確認する。チャックを締めて、取っ手の部分を引っ張り出す。
そのタイミングで、来客を告げるインターホンが鳴った。
「渚君、おはようございます」
日差し避け用のキャップを持ち上げながら、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる紺野さん。今日は白のTシャツに、青のデニムを着たラフな格好で、紺野さんの整ったスタイルと相まって非常に似合っている。
「おはよう紺野さん。良く似合ってるよ」
「そうですか? えへへ。旅行だから、少し気合入れちゃいましたっ」
顔を少し赤らめながらはにかむ彼女に笑みを返すと、再度確認するように。
「忘れ物は無い?」
「はい! お財布とかもちゃんと確認しました!」
ふんす! と気合十分な様子を見せる紺野さん。
彼女もこの旅行を楽しみにしてくれていた事に嬉しく思いつつ、キャリーケースを引きながらゆっくりと歩き出す。
「じゃあ、出発しようか」
「はい! 旅行、楽しみましょう!」
Aims世界大会観戦旅行一日目、スタート。
◇
今日の目的地である高級旅館『白雪』は、新幹線で首都へと向かい、そこからバスで向かう事になる。
予め時間にゆとりを持って出発した俺たちは、駅へと向かうバスに乗りながら今日の予定を再確認していた。
「今日は大会の前日泊だから、旅館に着いたら各自自由行動で。温泉に浸かるも良し、旅館内をぶらつくも良し、ゲームするも良しって事で良い?」
「はい。それにしても、凄いですよね。旅館にVR機器が設置されてるなんて」
「元々国外からのプロゲーマーを招致する時のおもてなし用として作られた旅館らしいからな。各部屋にプロゲーマー御用達のカプセルタイプのVR機器が設置されてるみたいだけど……いくら掛かってるんだこれ?」
一回興味本位で調べてみた事があるけどうん百万からうん千万したんだよな。それが旅館の部屋の数だけ設置されてると聞いた時は流石に驚いた。
「あはは、一回使ったら普段使ってる方に戻れないかもしれないですね」
「本当になー……。ただでさえヘッドマウントディスプレイタイプのVR機器からリクライニングチェアタイプの機器に乗り換えた時にもう戻れないな〜って思ったのに、カプセルタイプの機器でフルダイブしたらどうなることやら……」
高級品は一度手を出せば次も同じ物を使いたくなるのが人間というもの。ランクを下げて費用を抑えようとしても、やはり完璧な充足感は得られないだろう。
「でも良い機会だし、ちょっと使ってみたくもあるんだよな。ゲームチップも持ってきてるし」
そう言って紺野さんにAimsのゲームチップを見せると、彼女も懐から同じチップを取り出した。
「考える事は同じ、ですね」
「だな」
やはりゲーマーたる者、チャンスは逃したくない。
今後使う機会があるかどうかは別として、最高級の物を体験できるなら是非ともやってみたい所だ。
と、その時ある事を思い出して「あ」と声を漏らす。
「Aimsと言えば、今日の昼に抽選会なんだっけ?」
「ですです。AimsWCSの会場で、本戦の組み合わせを決める抽選会が行われる予定ですね」
「串焼き先輩達がどこのチームに当たるかだなー。ドイツとかアメリカに当たるとかなりきっついぞー」
AimsWCSの優勝チームにして絶対王者『Hands of Glory』を有するアメリカ、準優勝チーム『Anstrum』を有するドイツと当たればかなり厳しい戦いを強いられる。串焼き先輩達も日本大会の頃と比べてかなり強くなっていたが、それでもその二国と当たれば初戦敗退があり得てしまうラインだ。
今回日本が開催国という事もあり、串焼き先輩達『紫電戦士隊』にも国内外からも非常に注目されている。是非とも彼らには結果を残してもらいたい所だ。
「でも、シオンちゃん達もすっごく強くなってましたし、もしかすると優勝しちゃうかもですよ?」
「うーん、串焼き先輩とかシオンを貶したい訳じゃないんだけど、『HOG』と当たったら100%負ける。串焼き先輩達だけじゃない、仮に俺らが当たったとしても100%負けるだろうな」
「そ、そんなに強いんですか?」
それだけ『HOG』というプロゲーミングチームは圧倒的なのだ。常勝無敗、絶対王者の名に相応しい彼等が負ける姿など想像が付かない。恐らく、今後の競技シーンにおいても彼等程のチームは現れないと言っても過言では無い程に。それだけ各選手のフィジカルの強さや戦術を含めた立ち回りは圧巻の一言だ。
「紺野さんはHOGの試合って見た事ある?」
「ええと……過去の大会で有名な試合の内幾つかは見た事ありますね」
「そっか。じゃあ、俺のオススメの試合を一緒に見ない?」
バスでの移動時間の僅かな時間ではあるが、如何にあのチームが圧倒的であるか紺野さんに知ってもらう為にも布教しよう。
懐からワイヤレスイヤホンを取り出し、片耳分彼女に渡す。
「良ければこれ使って」
「っ! い、良いんでしょうか!?」
「そりゃあ勿論。俺のデバイスで流すからイヤホン無しだと何も聞こえないし……あ、俺のイヤホン付けるの嫌だったら自分のデバイスで見る?」
耳なんてデリケートな部位を扱う物だから人によっては嫌悪感があるか。耳もイヤホンもしっかり掃除しては居るけど少し配慮に欠けていたかもしれない。
そう思いイヤホンを戻そうとすると、紺野さんが俺の手を掴んだ。
「いえ! 渚君のイヤホンお借りしたいです!」
「あら、そう? ならこれ使って」
紺野さんにイヤホンを手渡してから、ARデバイスを操作して動画を再生する。この位置だと見え辛いか?と思い、彼女の方へと少し身体を寄せる。
「ごめん、少し身体近付けるね」
「っ!?」
ほぼ密着に近い距離にまで近付き、動画を眺める。
そうそうこの試合。あのドイツ相手にHawk_moonが不利ポジから1v5クラッチするシーンが余りにもカッコ良過ぎるんだよな。後ろに目ん玉付いてんのかってぐらい背後にも意識向けられてるし、エイムもヘッドラインビタ止め過ぎて見てて惚れ惚れしちゃうんだよなー。
「これ凄くない? 相手『Anstrum』だよ? Flugelも居るのに1v5クラッチ決めてるのやばいよね」
「ハ、ハイ、トテモスゴイデス」
「やっぱ何度見ても凄いよなーこれ。……他にもSnow_menの変態射撃のクリップとか色々見て欲しい動画あるんだけどこのまま流しちゃって良い?」
「モチロン、ズットミテイタイデス」
「オッケー、なら俺のオススメの動画流してくね」
なんかカタコトっぽいのが少し気になるが、見たいと言ってる事だしこのままHOGの選手達のクリップを流すとしよう。
そうして俺達はバスを降りて新幹線に乗り換えた後もHOGの動画を一緒に見ながら、楽しく目的地へと向かうのだった。