#317 異端審問と乱入者
学校に到着し、バスを降りてゆっくりと教室へ向かう。
紺野さんは少し用事があるとの事で、一人で教室に辿り着くと。
「おう、日向おはよう。相変わらず眠そうな顔してんな。ほれ、眠気覚ましのエナドリ。フレーバーも3種類あるから好きなの選んで良いぞ」
教室に着くや否や、頭に布を被った変な男がカラフルな配色のエナドリ缶を三つ俺の机の上に置く。
声的にこいつは大場か。寝ぼけ眼でそれを受け取ろうとするが、ピタリと手を止める。
「…………無性の善意が一番信用出来ねえ、絶対になんか裏あるだろ」
「イヤイヤ裏なんてあるわけないだろ。取り敢えず今朝の紺野さんとのイチャイチャについてお話を聞かせてもらいたいだけさ」
「バリバリ裏あるじゃねーか!」
危ねえ、手をつける前で良かった。手を付けたら最後、異端審問が始まる所だったぞ。
大場をスルーして自席で寝ようとするが、両肩を掴まれる。
「ちょおい待てよ、スルーは流石に無いだろ!?」
「めんどくさい気配しかしないから黙秘権を行使する」
「残念ながらこの教室の中はたった今から治外法権になったんだよぉ!! てめぇに黙秘権を行使する権利はなぁい!」
「じゃあ俺が今からお前をフルボッコにしても法は適用されない訳だな?」
「嫌ッッ!! 暴力反対ッッ!!」
そう言いながら自分の身体を抱く大場。本当に殴ろうかなこいつ。
大場は気を取り直すようにこほんと咳払いをしてから。
「万年寝不足不健康優良児なお前が寝不足なのはまだ良い。だがな、紺野さんまで寝不足たあどういう事だ? もしや2人で寝落ちもちもちでもしてたのか!?」
「お前がもちもちって言うと気持ち悪いんだが? つかなんで紺野さんが寝不足って知ってるんだよ」
「話を逸らすなッッ!! 答えろ若造ッッ!!」
いやお前も同い年だろうが。
はぁ、とため息を一つ吐いてから正直に答える。
「俺はフレンドと徹夜でゲームしてただけ。紺野さんは紺野さんで夜更かししたらしい。ただそれだけだ」
事実を伝えたのだが、大場は携帯を操作して──
「ほざけっっ!! なら何故バス内であんなぴったり寄り添って眠りこけて居たのだッッ!! 完全に事後のそれじゃねーかッッ!!」
「……は?」
ぴったり寄り添って眠りこけてた? いやまさかそんな、確かにいつの間にか寝てしまっていたが、普通に俺は座席で寝ていたはず……?
「証拠は挙がってるんだぞ!」
そう言って大葉がスッと差し出してきたスマホをまじまじと眺めてみる。
寄り添って……それどころか、頭をこつんとくっつけ合うようにして眠る姿が収められていた。
俺は口元に手を当てながらふむと呟き。
「最近の加工アプリってここまで捏造できるのな。かがくのちからってこえー!」
「断じて捏造では無いッ!!別角度からの写真もあるんだぞッ!!」
「ねえ、肖像権って知ってる?」
俺は最悪身内内でフリー素材にされる分には構わないんだが紺野さんは流石に駄目だろ。
確かに別角度からの写真もあり、紛れも無くその写真に写っていたのは俺と紺野さんだった。
「……ちなみにこの写真の撮影者は誰なんだ?」
「──ふっ、聞いて驚くなよ。この俺だ」
「素直なカミングアウトありがとう、後で一発殴らせろ」
うーん、でもここまで決定的な証拠あったら流石に弁明の余地なしか。
「って事はこの写真、マジなのか……」
「だからマジだと言ってるだろうッッ!!」
えぇ~。なんかバス降りてから紺野さんの顔がやたら赤いなとは思っていたけど、まさかこんなバカップルみたいな事になっていたとは。先に寝たのは俺だし、これは俺が悪いな。後で謝っておかないと。
「……邪推してる所すまんが、これは故意じゃなくて事故だ」
「恋!? 恋と申したでおじゃるか!? それは分かってるで候! なんせ公共の場でこんな熱々バカップルみたいな事してるんじゃけえのお!!」
駄目だ、怒りの余り日本語すら理解出来ない悲しい化け物になっちまった。というかもはや何キャラなんだよ。普通にキャラがブレすぎてて怖くなってくるわ。
まあいい、言語を理解しない化け物は置いといて、取り敢えず状況確認だ。
「ちなみにこの画像って拡散範囲どんぐらい?」
「このクラスの非リアの集いのグループに共有されてる」
「よし、取り敢えず最悪の事態だけは防げたか」
最悪なのはクラス単位の垣根を越えて学校全体に流布される事だ。最悪上級生からもバカップル認定される所だったし、誤解を解くのに一苦労するからな。流石のこいつらも人としての理性を保ってくれているようで何よりだ。
「ただし、返答次第では手が滑るかもしれんがな」
「ちょっと待て、いくら欲しい」
「金には屈さんッッ!! 俺にも可愛い女の子を紹介してくれればそれでいいッッ!!」
「なっ!? 抜け駆けはズルいぞ大場ァ!」
「男同士の友情よりも女を優先するというのか大場ァ!!」
「だからそんながっついてるから彼女出来ないんだって」
「ぐはッ!?」
「「「大場ァーッ!?」」」
本当に朝から元気だなこいつら。マジで眠いからそろそろ勘弁してほしいんだが……。
そんな事をぼんやりと考えていると、教室の入り口のドアが開く。
「──あの、日向さんはいらっしゃいますか?」
その声は、今の教室の空気とはあまりに不釣り合いなほど、柔らかく落ち着いていた。
声のした方へと振り向くと、長い黒髪を背に流し、凛とした美貌を湛えた少女が、紺野さんと一緒に教室に入ってきていた。
その美少女の姿を見て、クラスの連中が騒然となる。
「嘘だろ!? なんであの不知火さんが日向を……!?」
「まさか日向お前、紺野さんだけじゃ飽き足らず……!?」
「いやいやいや待て待て待て、マジで知らんぞ!?」
完全に初見の人なんですが!? あの不知火さんってどの不知火さん!?
いや待て、確か聞いた事あるぞ……この学校での三大有名人の内の一人、どっかの財閥のご令嬢が不知火って名前だったような……?
俺が怪訝な反応を示すと、不知火さん?が口元に手を当てて悲しそうな表情になる。
「そんな……!? あれだけ熱い夜を過ごした仲だと言うのに……!?」
「え……? な、渚君……!? 熱い夜って何の事ですか!?」
「本当に誤解を生む表現はやめてくれませんかね!? 俺とあんたがそんな関係になった覚えは一ミリたりとも無いし、そもそも誰なのこの人!? 普通に怖いんだけど!?」
よよよ、と嘘泣きを始める美少女にドン引きする。本当に身に覚えが無いんだが、周囲の人間はそんな俺を置き去りにしてざわざわと騒ぎ始める。
「転校してきたばかりの美少女に加えて不知火財閥のご令嬢まで既に堕としていたというのか……!?」
「なにそのフラグ建築スピード、棟梁かよ……!?」
周囲の反応を見て満足そうにくすりと笑った不知火さん?は俺に近寄ると。
「ここで話すのは何ですので、またお昼にお伺いします。少しお時間頂きますが、よろしいですか?」
「……取り敢えず昼に話だけは聞くんで、誤解だけ解いて帰って貰えます?」
げんなりとしながら大きくため息を吐く。
なんかもう疲れた。なんで夏休み明けからこんなハードな日常になっちまったんだ俺の高校生活は。
突然現れた美少女、一体誰なんだ(すっとぼけ)




