#315 VS【迷宮の牛闘士】終幕
「厨二──次の一撃で仕留めるぞ」
発狂モードに突入した【迷宮の牛闘士】を前に、俺がそう厨二に告げると、彼は眼を細めながら問い返してくる。
「次で仕留めるって、まだ3割もHPが残っているのにかい?」
「ああ。今のあいつに長期戦を挑む訳には行かないからな」
そう言って、全身から氷塊が生え始めているミノ公の姿を見る。
システムメッセージの内容を見るからに、飢餓状態とやらに突入したらしいミノ公は、何かしらを捕食する事でその捕食した物に応じた能力を獲得するようになった。その能力が攻撃に使えるというのは先ほど見た通りだが、耐性も獲得しているっぽいんだよな。
獲得できる能力の上限が幾つなのかは分からないが、もし仮に獲得できる能力の数に制限が無い場合、長期戦になればなるだけこちらの打つ手が無くなり、最終的に詰む。それだけは絶対に避けたい。
そして……俺が短期決戦で終わらせたい理由がもう一つある。
ぶっちゃけよう。そろそろ登校時間が迫っている。割と本気で早く仕留めないとヤバい。
視界の端に映る、リアルタイム。そこに刻まれた時刻は午前7:00。徒歩で移動してからバスに乗る必要があるので家を出る時刻は8時がタイムリミットだ。まだ一時間あるとは言え、ここから戦闘に十数分、その後のイベントやらなんやらを考慮したらマジで時間が無い。
なんでそんな切羽詰まった状態でゲームやってんだよって話だが、まだ5時ぐらいかなーって思ってたら普通にヤバかった。まあゲーマーって時間の感覚がバグる癖があるしそんなもんか(良くない)。
と、一撃で仕留める為の算段を考えつつそんな事をぼんやりと考えていると、ミノ公が再びクラウチングスタートの体勢を取る。
「来るよ!」
厨二の声とほぼ同時、ミノ公が地面を爆砕しながら突進してくる。涎をまき散らしながら迫り来るミノ公をすんでの所で回避するが、広大な部屋を活かして走り続けながら急カーブしてくる。
「当たるまで止まるつもりは無いってか!」
あの凄まじいスピードでの突進を延々と繰り返されたら射撃までの時間を稼げない。
どうにかして奴の動きを止めないと、奴の弱点を狙い澄ました一撃を放てない!
「クソッ、せめて透明化出来れば……!!」
【隠密行動時、ステルス化】のバフを発動させ、奴のタゲが外れれば射撃の隙を確保出来るが……そもそも、ずっと奴に捕捉され続けている以上ステルス状態に移行する事が出来ない。
厨二に【視線釘付】を使って貰ってタゲを外してもらうか? いや、奴も嗅覚が長けている可能性は十分にあるし、そんな悠長な事をしている暇は無い。
視線の先、急カーブしたミノ公は大きく腕を振りかぶると、こちらに向かって特大ジャンプをかます。
「ッ、空中へ逃げろ!」
『ヴモォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
すぐに【空中床・多重展開】を使ってその場から離脱すると、ミノ公の腕振り下ろし攻撃が着弾する。
凄まじい激突音と同時、大量の氷が地面から勢いよく飛び出し、こちらへと襲い掛かる。
「野郎……ッ!」
そのまま空中床を伝って攻撃を避けるが、身体を起こしたミノ公が即座に周囲の氷を握力だけでもぎ取り、そのまま投げつけてくる。空中床を飛来してくる氷の礫に向けるが、すぐに破壊されてしまう。
(取り込んだ属性が氷なだけあってやり辛い……!! 炎とかだったらまだマシだったんだが……!!)
奴が大技を放つ度に氷塊が生み出されてしまうので、攻撃を外しても氷塊を活かして二の手三の手が飛んでくる。その圧倒的な攻撃の手数のせいで回避に徹する事しか出来ず、攻撃のチャンスを生む事が出来ない。
「なら、せめて視界を潰す!」
【フラッシュアロー】で閃光矢を生成、それを装填して武器スキル──【ルミナスレイン】を発動。
【ルミナスレイン】の効果で【フラッシュアロー】が幾重にも分裂し、ミノ公の周囲で炸裂する。
『ヴモォォオ!?』
耳を塞ぎたくなるぐらいの爆音と、眩い閃光が視界を覆い尽くし、さしものミノ公も苦しそうに声を上げた。
「これで……!!」
【終局の弾丸】を発動させようと詠唱を始めようとした瞬間、ミノ公はその場から跳躍する。
そして、腕を高くつき上げ、天井へと勢いよく腕をめり込ませた。
「何を……!?」
『ヴモォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
片腕を天井へと突き刺してぶら下がった状態のミノ公は、特大の咆哮を上げる。
そして、確かに視界が潰れている筈だと言うのに……こちらへと顔を向けた。
「ッ、エコーロケーション……!?」
近くにいた厨二がそう呟き、顔を引き攣らせる。エコーロケーション──音の反響で物体の位置を特定する能力。先ほどの【フラッシュアロー】+【ルミナスレイン】のコンボで聴覚にもダメージが行っている筈だと言うのに、まさか爆音でのエコロケーションでダメージ分を帳消しにしてくるとは。
ミノ公は涎を垂らしながら下品に笑い、器用に体勢を変えて天井へと足を着ける。
そして──まるで弾丸のように、天井からこちらへと一直線に飛んできた。
「クソッ!?」
『ヴモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
すぐにその場から退避する事で間一髪避けられるが、尚も吠え続ける事でこちらの位置を特定し、追撃してくる。
透明化での時間稼ぎも無理そうで、閃光での目潰しも駄目。参ったな、マジで攻撃の隙が無い。
今の俺の手持ち的にも打つ手は無い──なら。
「厨二! 一秒で良い! あいつを完全に停止させられないか!?」
今の俺にその手段が思いつかずとも、あいつならば必ず導き出してくれる。
そう信じ、俺は【終局の弾丸】の詠唱を開始する。
◇
「無茶言ってくれるね……!!」
村人Aの無茶ぶりに、厨二は冷や汗を垂らす。
閃光による目潰しや聴覚への攻撃でも駄目、その場に留まるという事を知らない牛の怪物を足を止める手段など、行動と結果を逆転させる【真実の切り札】ぐらいな物だが、生憎【嘘吐き】スタックを溜める手段はない。一体分の効果では、ボス相手にはほぼ効かないのだ。
──いや、一つだけ。厨二の脳内で渦巻く、気がかりな単語があった。
飢餓状態。
発狂モードに突入した時にシステムメッセージとして表示されていたその単語が、厨二の脳内に浮かび上がる。
【迷宮の牛闘士】は発狂モード突入後から、こちらの攻撃を喰らい、取り込む性質を得た。
その衝動が、飢餓状態と呼ばれる状態から来るものなら──或いは。
(上手く行くかどうかは博打だけども……命を賭けた検証と行こうじゃないか)
息を吐き出し、厨二は村人Aが44階層で拾ってきたとある札を取り出す。
その札の名は、【身代わりの護符】。一度限りではあるが、護符を消費する事で直前の死を無効化出来るという破格の効果を秘めたアイテム。
「来い!」
そして──突進してくる【迷宮の牛闘士】を前に、厨二は避けるという選択肢を取らず、正面から受け止める。
視界の端で村人Aが目を見開きつつも詠唱を続けているのを見ながら、厨二は口の端を吊り上げた。
「お腹が空いて仕方がない──なら、そもそも空腹を感じなくなったら、君は一体どうなるのかな?」
そう、飢餓状態。
空腹を満たす為に捕食行動を繰り返す今の【迷宮の牛闘士】に『空腹の減少が無くなる』というアクセサリーを取り付けたら?
効果はないかもしれない──だが、万が一という事もある。
突進で吹き飛ばされつつも、厨二は確かに【腹減らずのお守り】を、その角に被せた。
『ヴ、モ…………?』
狂う程に空腹を感じていたというのにも関わらず、突如としてその飢餓感が消え失せた。
本来であればそれは、相手に理性を取り戻させる行動。何のメリットも存在しない。
だが、たった一秒。たった一秒の脳内に生じた空白が、致命的なまでの隙を生んだ。
その瞬間──【迷宮の牛闘士】は呆けたように動きを完全に停止した。
「最高だ厨二! 後は任せろ!!」
既に【矢・形状変化】による形状変化、【爆速射撃】による射速の向上、【栄光の一閃】によるエネルギー充填を終え、詠唱を終えた村人Aは、空中床を大量に展開し、最後の一撃を放つ。
「【終局の弾丸】!!」
彼の手から離れた矢──いや弾丸は、音速を越えて飛来し、空中床を跳弾していく。
そして、【跳弾・改】によって威力が最大まで高まった弾丸は──呆けて停止した【迷宮の牛闘士】の眉間を正確に貫いた。
「ヴモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?!?」
壮絶な断末魔をあげながら、急激に減少していくHPバー。やがてそのHPバーは漆黒に染まり、ゆっくりと膝を折る【迷宮の牛闘士】。
そして地面に手を着き、そのまま消えていく──
「村人クンッ!」
──寸前。
その様子を見ていた厨二が叫ぶ。次の瞬間、【迷宮の牛闘士】は地面を蹴り砕きながら村人Aへと突貫し、拳を振るって──
──彼の顔面に触れる直前、ポリゴンとなって掻き消えていった。
50階層の激闘。VS【迷宮の牛闘士】。
勝者、村人A及び、銀翼。
◇
「あっぶな……!?」
まさかHPバーが削れきった後の最後の最後に足掻いてくるとは思わなかった。あの拳が直撃していたら首が吹っ飛んでいてもおかしくなかった。一度きりの実質蘇生アイテム──身代わりの護符も厨二に渡した分しかなかったし、消えるのが後一秒でも遅ければ50階層クリア目前で死んでいた所だった。
「おーい厨二、生きてるか?」
壁にめり込んだ状態のまま放置されている厨二の下へと行き、引っ張り出すとため息交じりの返答が帰ってきた。
「こっちの台詞だよぉ全く。最後の最後にヒヤヒヤさせてくれるねぇ」
「いやまさかあいつが最後まであんなに足掻いてくるとは思わなかったんだよ……」
HPバーが0になったら死ぬ。その認識のままで居たら良くないというのが今回の件で良く分かった。
ミノ公はすぐに消えてくれたから良いものの、もしかしたら消えるのが遅い敵が今後出てくるかもしれない。もしその敵と相対した時、油断して最後の最後で命を落とす羽目になるのだけは絶対に避けないとな。
未だ鳴りやまない心臓の鼓動を何とか鎮めていると、無機質な機械音声が階層全体に響き渡る。
『上級住民IDカード発行手続きテスト合格、おめでとうございます』
ウィーン、と機械音が鳴り、俺と厨二の前に台座が出現する。
その台座に納められていたのは銀色のカード。恐らくこれが、上級住民IDカードとやらだろう。
台座から上級住民IDカードを取り出すと、俺の名前が刻印された。どういう技術なんだこれ。
『試験に合格した為、これより下の階層──上位区画への立ち入りを許可します』
無機質な音声がそう告げると、部屋の最奥が開き、下へと続く階段が出現する。
そしてその階段の隣にあった何かの機械が起動し、青白いエフェクトを断ち昇らせ始める。
「あれってもしかして……」
『地上への脱出装置です。入り口で上級住民IDカードを使用すれば再びこの場所に戻ってくる事も出来ます』
機械音声の言葉に、思わず厨二と顔を見合わせる。
つまりこのカードは50階層へのスキップ券!? 上位区画に入れるようになる、という抽象的な特典以外どんな効果があるのかは不明だったが、通常の住民IDカードとは比べ物にならないぐらい有用な代物だ。
だが……唯一の懸念点は、これがアイテムであるという事。もしロストした場合、また一から入り直さないと行けないんだよな。
「なあ、もしIDカードを無くした場合ってまたここで再試験を受けないと行けないのか?」
『いいえ。一度テストに合格された方は再度発行手続き致します。ただし、対価にメルを要求致しますが』
なるほど。つまり50階層のボスは一度きり……と。
確かにやたら強かったもんな……ああいうフィジカルゴリ押しのボスとは何度もやり合いたくない。
メルが要るってのも覚えとかないとな。
「こういう試験的なのは今後の階層でもあるのか?」
『100階層に到達した場合、特級住民IDカード発行手続きテストを行います』
「またテストがあんのかよ……」
「一体何をテストしてるんだって話だけどねぇ」
そもそもなんでこの階層だけ機械音声が流れてるんだって話だしな。3000年前の兵器があるとは聞いてはいたが、AIが残っているとは思わなんだ。
『では、お二方。100階層でお待ちしております。ご武運を』
それを最後に、機械音声がぶつりと途切れる。こちらから声をかけても、うんともすんとも言わなくなってしまった。
このまま探索を続けたい所ではあるが、もう時間も無い。流石にリアル優先するしか無いか。
仮病という誘惑を振り払う為にゆるく頭を振って、厨二の方へと向く。
「取り敢えず目標の50階層踏破おめでとう、って事で」
「だねぇ。村人クンも長時間ありがとねぇ」
こつん、と拳を軽く合わせて、俺達は当初の目標である50階層の踏破の喜びを分かち合った。
【迷宮の牛闘士】
スライムとミノタウロスの合成獣。3000年前の大戦の余波により魔物の巣窟と化したアガレスの大穴に残された無人AIによる生物の創造の産物。武器に不壊属性を付与する魔法が常時展開されており、武器を作り出す材料を与えるとその材料を用いて扱いやすい武器を作り出す為、非常に危険。
身に纏う鎧には念動力を操る力が付与されており、その鎧を破壊しない限り作り出した武器を遠隔でも扱えるようになる為鎧の破壊を推奨。
生命の危険を覚えるとスライムの側面が強くなり、捕食した物の力をコピーする能力を獲得する。
ただし、取り込んだ物を体内のスライムが一瞬で消化してしまう為、強い飢餓感に襲われるようになり、狂ったように捕食行動を繰り返すようになる。




