#311 危機を乗り越えろ
「楽しい楽しい掃除の時間だ!! 家事使用人!!」
『進行方向ニ異物ヲ検知。掃除ヲ開始シマス』
予想通りに出現した家事使用人。頭部のセンサーをギラつかせ、目の前のモンスターの大群を前にしても相変わらず無機質に仕事をこなそうと駆動音をかき鳴らし始める。
ここで住民IDカードを取り出……さない。これは敢えてだ。住民IDカードが視界に入ると、奴は敵対しなくなってしまう。検証時の反応から察するに、『住民』と呼ばれる存在に対しては基本的に危害を加えるつもりはないらしいからな。今ここで出してしまえば、奴が突撃する前に停止してしまう。それだけは絶対に避けたい。
(まだだ、限界まで引き寄せて……!! 3、2、1……)
前方から迫り来る大群。そして後方からの推進装置の噴出音が最高潮に達した瞬間、所持品のウインドウを操作し、【転移】の巻物を取り出す。
「巻物発動、【転移】!!」
俺がその場から姿を消した瞬間、遠くから凄まじい激突音が響き渡る。
後コンマ数秒遅れていたら俺はミンチになっていた事だろう。それほどのリスクを背負ってでも、先ほどの転移はやる意味があった。その証拠に、今俺の経験値バーは見た事も無い程にぎゅいんぎゅいん経験値を獲得し続けている。予めモンスターの大群にヘイトを向けられていたからこそ、家事使用人の圧殺攻撃で経験値を稼ぐ事が出来たのだ。今頃厨二も下の階層で高笑いしている事だろう。
転移してきた位置は幸いモンスターハウスの部屋から近い位置だったので、すぐに向かえばアイテムを物色する時間はある。理想はアイテムを回収した後、ミンチにしてきたモンスター達のドロップアイテムを回収したい所だが、そこまで悠長にしてる時間は無いだろうな。
「まだやり合ってる音は聞こえてる、急げ……!!」
レベルアップする度に獲得するステータスポイントをAGIに全振りしていき、一歩地面を踏みしめる度に速度を上げていく。ものの数十秒でモンスターハウスのあった部屋に辿り着き、そこかしこに散見される貴重なアイテムの数々に目を輝かせた。部屋に入ろうとして、とあるアイテムの存在を思い出して足を止める。
「取り敢えず先に【罠視え草】を……」
食べるとその階層の間罠が見えるようになるという草(生のニラのような味)を食べ、その辛みに顔をくしゃくしゃにしながら部屋を一望する。
予想通り、アイテムの他にも大量の罠があり、対策無しに入れば罠を踏みまくって何も出来ないまま死ぬ所だった。あぶねーと内心で呟きながら、部屋に足を踏み入れる。
「アイテムの効果を一個一個確認してる時間はねぇ、片っ端から詰めてくか」
罠をジャンプして回避しながら、地面に落ちている物を道具袋に放り込んでいく。
豪華な装飾が施された剣や弓、見覚えのある札など落ちているアイテムは様々だったが、レアリティが金の物が幾つかあったのを見ると、無理してまで取りに来た価値があるという物だ。
部屋のアイテムを回収し終わった頃、遠くで響いていた音が止み、経験値バーの上昇が止まった。
「もう処理終わったのかよ!? まだ一分ちょいだぞ……!!」
視界を埋め尽くす程の大群のモンスター達と言えど、あのお掃除マシンの前には一分程度しか持たないらしい。幾らAGIを上げまくったとは言え、推進装置を全力で吹かされれば一瞬でミンチにされてしまう。音が聞こえてきたら住民IDカードをすぐに取り出せるようにしておかないと……。
所持品を操作しながら予め調べておいた下層への階段へ向かって走り出す。
(ドロップアイテムの回収は無理だ、良い物が出なかったと割り切るしかない)
現在地からだと家事使用人の方が階段に近い。恐らく奴は階層に居るプレイヤーの位置が分かっているようだし、真っすぐ向かえば道中で轢き殺される可能性が非常に高い。
だが、住民IDカードさえあれば1、2回は奴の敵対を無効化出来る。このまま一直線に階段に向かうのが正解……。
と、その時曲がり角からギャリギャリギャリ!!と派手に強引ドリフトをかましながら家事使用人が顔を出す。
その巨大な体躯は殆どが真っ赤に染まっており、ホラー映画ぶりの装飾に思わず顔を引き攣らせる。
だが、すぐに住民IDカードを取り出し、家事使用人に向かってかざした。
「俺は住民だ! 敵対するつもりは無い!!」
『……………………』
家事使用人の頭部の赤いセンサーが俺を捉えるが、一向に色が変わる気配が無い。
何か嫌な予感がする。冷や汗が背中を伝い、思わず後退りしながら動向を伺う。
『損傷率、26%……ゲゲゲ厳戒態勢ププロトコルルルルニ従イィィ、現在カカ階層ニ存在ススル生命体ヲ全テ敵性生命体トトトトミナシ、掃除致シマスススス』
予感的中。住民IDカードをかざしているというのに、奴は敵対を解く様子は無く、推進装置を吹かし始める。そして、ジャゴン!と機械音を響かせ、その身体から多連装砲を取り出してこちらに一斉に向けた。
『射出アア』
「マジかよ!?」
多連装砲から一斉にミサイルが飛び出し、こちらに強襲する。舌打ちを鳴らし、やってきた道を戻っていく。一拍遅れてミサイルが真後ろの地面に着弾し、爆風で吹っ飛ばされる。
地面を転がり、すぐに立ち上がって【空中床・多重展開】を使用して空中へと駆け上がっていく。
(一定以上のダメージ与えちまうとアイテムも効かなくなるのかよ……! それは想定外だぞ……!)
完全に想定外の事態に陥ってしまい、すぐにリカバリー案を考える。
このまま階段に向かうのはかなり難しい。ただ突進攻撃してくるだけなら【空中床・多重展開】でやり過ごせるが、抵抗した場合に使うミサイルが既に解禁されている以上、追いかけっこする事も危険極まりない。かなり損傷していたから恐らくミサイル以外にも別の攻撃も解禁されていそうな気がするし、不確定要素で博打を打ちたくはない。
ならばどうする──そう考えた時、一つの案が思いついた。
「いやでも──クソッ、背に腹は代えられないか!!」
迷いは一瞬。
ワンチャン死ぬか、確実に死ぬかの二択だ。
それならば前者を選んで一秒でも生き延びる、それが良いだろう。
俺が先ほどまで駆け抜けてきた道を全力で駆け戻っていき、それに追随するように家事使用人が推進装置を吹かしながら追いかけてくる。
「ハハハハハハハ!! 追いかけて来いよ家事使用人!!」
思わずハイになりながら逃走を続ける。
追いかけっこの放たれ続けるミサイルと、ガトリング。その全てを被弾しながらもなんとか生き延び続け、俺はモンスターハウスの部屋へと戻ってきた。
何故この部屋に戻ってきたかと言うと……この部屋には罠が沢山あるからだ。
そして、罠視え草によって視界に映るようになったあの罠に向かって、全力で飛び込む。
「ま、に、あ、えぇえええええええええええええええええええ!!!」
俺がその罠に触れた瞬間、ガコン!! と音が鳴り、床が開いた。
そう、俺が触れた罠は落とし穴トラップ……強制的に次の階層に放り込まれる罠だ。
今回は偶然では無く、意図的にそれを利用してこの危機から脱したのだ。
頭上スレスレをガトリングの弾が通過していくのを見ながら、高速で落下していく。
「あばよ家事使用人!! 経験値サンキューな!!」
急速に遠退いていくその姿に中指を立てながら、俺は落下し続ける。
やがて次の階層へと辿り着き、地面に勢いよく激突した。
「ぐえっ」
落下の衝撃に全身を痺れさせながらも、周囲の状況を確認する。
とりあえずさっきのようにモンスターハウスに直接叩き込まれた訳ではない。
その代わり、ピエロメイクの男が呆れ顔で目の前に立っていた。
「本当に何をやってるんだい、君は」
「おいおい、大量の経験値とレアアイテムを持って帰ってきた英雄にその言葉は何だよ」
「英雄はそんな情けない落下はしてこないと思うんだよね、ボクは」
「おっちょこちょいな英雄だっているだろ」
そんな軽口を叩き合いながら、厨二がすっと差し出してきた拳に拳を合わせて返す。
こうして、44階層の危機を無事乗り越え、俺達は大量のリターンを獲得したのだった。




