#310 検証の成果
「すぐ調子にっ、乗るもんじゃないなっ……!!」
大量のモンスターを引き連れながら、全力疾走し続ける。
同士討ち作戦の案自体は悪くなかったが、攻撃したらすぐに身を隠すべきだった。ステルス化に甘え、ぼっ立ちしていた俺の詰めの甘さが招いた事態だ。しっかり反省して次に活かそう、うん、
幸い37階層で他プレイヤーから奪った【転移】のスクロールがまだ残っているが、転移先がどこになるか分からない上、既にモンスターハウスから飛び出してきたモンスター達も既にこの階層のそこかしこに動き回っている。転移先がモンスターの大群という事も割と有り得るのでどうしようもなくなった状況のみ使うようにしておきたい。
そう思いながら角を曲がると、丁度そこに43階層に繋がる階段が視界に入り、丁度厨二が降りてきているのが見えた。
「おっ、厨二! やっほー! お友達沢山連れてきたよ!」
少しほっとしたように笑みを浮かべた厨二だったが、すぐに後ろに引き連れたモンスター達を見て顔を引き攣らせた。
「君って奴は本当にトラブルメーカーだねぇ!? なんだいこの状況は!?」
「落とし穴の落ちた先がモンスターハウスだった! 一旦何とかなったけどちょっかい掛けたらまた見つかって逃走中!」
「見れば分かるさぁ! アホなのかい君は!?」
逃走メンバーに厨二を加え、そのまま通路を走り抜けていく。幸い階層の構造は最初の方と同じ洞窟のような坑道型。今の所広い部屋はあのモンスターハウスの部屋以外は無かったので、四方八方からモンスターに強襲されるような事は無い。
逃走を続けながら、ここからの打開策を考える。
(ライジンのあの配信を思い出せ、あいつはどうやってモンスターハウスのモンスター達を処理していた?)
以前見たライジンのローグライク配信。別ゲーではあるものの、同じ系統のゲームモードである以上対策を練る上で別ゲー知識は大いに役に立つ。
確かあいつは多対一を避けて、通路に誘導していた。そこで一対一の連戦の状況を作り出して、それで処理を続けて最終的に狩り尽す──そういう手法を取っていた筈だ。
だが、流石に通路が広すぎる。モンスター達と一対一の状況を作り出すのは無理だ。だから、別の方法を探さなければならない。
思考に耽る俺の顔を見て、厨二が少しジト目になりながら問う。
「その顔、まだ君粘るつもりなのかい?」
「当然。腹減らずのお守りが壊されたんだ、それを補うアイテムを手に入れないと割に合わねぇ!」
「しれっととんでもない事を言ってるのは聞かなかった事にして、深追いして死ぬのだけはやめて欲しいんだけどねぇ、アイテムを取りに行ける算段はあるのかい?」
「まだ、考えてる最中だけどな! だが──その確率を上げられる手段は思いついた!」
ちらっと後ろに視線を向け、迫り来るモンスター達を観察する。同士討ち状態が解除された今、あいつらは俺と途中で乱入してきた厨二へとヘイトが分散されている。
視線を向けられている以上、俺は透明化状態になれない。最低でも、また俺は透明化状態に戻らなきゃいけないが──。
「厨二! あのヘイト奪うスキル使えるか!?」
「……なるほど、何となく君の意図は察したよ」
走りながら厨二は一つ頷くと、スキルを発動させた。
「【視線釘付】!」
以前、海遊庭園で使用した事があるヘイトを集中させるスキル。そのスキルの効果で、俺達に追従してきたモンスター達のヘイトが厨二のみに注がれる。
そして。
「【夢幻の怪盗】!!」
現在向けられているヘイトの数だけ、厨二の分身が生成される。大量の分身達にヘイトが分散され、モンスター達は分身達相手に攻撃を始める。
それを見てから、俺はその場で立ち止まり、前を走り続ける厨二に向かって叫ぶ。
「厨二は先に階段を探して向かってくれ! 俺はまた後で合流する!」
「分かったよぉ」
ヘイトが完全に無くなった俺は、身体が再び透明化し始める。
その時、厨二が何かを投げて寄越してきたので、慌ててそれを掴み取る。
「使いなよ村人クン、君がやりたい事を為すにはそれが必要だろ?」
【腹減らずのお守り】。これさえあれば、俺の空腹値の減少を止められる。
まともな食料も持っていない今、これが一番ありがたい。
「すまん厨二、ありがとう!!」
「その代わり、ちゃーんと良いアイテム拾ってきてねぇ!」
「任せろ!」
厨二を見送り、モンスター達に向き合う。
一対一の状況を作り出して各個撃破は無理。だが、モンスターを減らさなければアイテムを取りに行くのも厳しい。一見すると両立するのは不可能に見えるが──道はある。
(本来なら散らすのが定石なんだろうが──)
逆だ。散らばってしまったモンスター達を一ヵ所に集中させる。それが俺が今すべき事だ。
【空中床・多重展開】を使い、追いかけてきていたモンスター達の真上を駆け抜けていく。【転移】の巻物を使った事でモンスターハウスの位置が分からなくなってしまったが、少なくとも先ほど来た道から大量のモンスターが来たって事はそっち側にあるのは確定している。
地面に降り立ち、モンスター達に向かって矢を放った。一ヵ所にまとめたいなら、透明化はむしろ邪魔だ。稼ぎたかったのは、俺が元来た道に戻る為の時間。厨二の分身と透明化のお陰で、それは既に稼ぐことが出来た。
攻撃した俺の位置がバレた事で透明化が解除され、モンスター達が俺に向かって一斉に駆け出す。
「はっはー! 持ってくれよ俺のスタミナ!!」
口元に笑みを浮かべながら、俺は十数分後の未来に胸を躍らせた。
◇
走る、走る、ひたすら走る。
道中で見つけたモンスター達のヘイトをひたすら取り、俺を追いかける集団の一員に加えていく。
正しくモンスタートレイン。通常エリアでこの状態のまま他プレイヤーにぶつけたらヴァルキュリアも呆れ顔で出勤してくる所だろう。だが生憎ここはPVPエリア、カルマ値の仕様から見てもモンスタートレインした所で増減する事は無いだろうが。
そんな事を考えながら、スタミナ草を噛み締める。減ったスタミナが急速に回復し、俺に走り続ける活力を与える。
(そろそろ……だな)
もう既にこの階層のマッピングは完全に終え、階層に居るモンスターのほぼ全てが俺に追従して来ている。モンスター達の弾幕と言うべき攻撃の数々をやり過ごすのに回復アイテムのリソースもかなり減らされた。だが、それでも俺は何とか生き延びる事が出来た。
(これまでの検証が正しければ、後はあの場所に向かえば……!!)
今まで奴が出現した時に発生していた音。あの音は、唐突に出現するのではなく──上から出現しているという事を教えてくれた。
であれば、迷宮内の上方に何かしら目印が存在するのでは? そう思った俺は、ここまでの階層を探索しながら良く観察し続けた。
結論から言うと、あった。天井に、縦に薄っすらとした亀裂が入っている箇所が。この階層を走り続けた事でもう既にその場所は見つけている。
そして、もう一つの問題はその出現する時間。
こればかりは読めない──そう思ったが、以前低階層で検証した時と17階層で出現させた時の時間は、かなり違っていた。恐らく、出現時間はある程度固定化されていて、難易度の上昇的に10階層刻みで短くなっていくのだろうと予想を立てた。
その予想が正しければ、後数十秒もしない内に出現する。丁度予想時間に到着するよう、俺はこの階層をぐるぐると回り続け、時間を調節した。
角を曲がり、俺は目的地にたどり着く。薄っすらとした天井の亀裂。しかもその場所は一網打尽にするにうってつけな、一直線の通路。
後は──奴が出現するのを待つだけ。
「時間ピッタリだ」
その時──風が吹いた。
「予想的中!! 来い、俺の切り札ァ!!」
ガジャゴン!!
全力でブレーキしながら後ろを振り向く。真後ろに投下された超大型兵器を前に、俺は声高に叫んだ。
「楽しい楽しい掃除の時間だ!! 家事使用人!!」
『進行方向ニ異物ヲ検知。掃除ヲ開始シマス』




