#308 乱数の邪神は平等に微笑む
【アガレスの大穴】43階層、火山エリア。
40階層のボスを楽々越え、相変わらずのステルス戦法で着々と階層攻略を進めてきた俺達は【マグマトード】と言う名の溶岩カエルと戦闘をしていた。
『ゲコゲコッ!!』
厨二が一気にマグマトードに肉薄し、道中で拾った大鎌を振るって切り傷を作り続ける。
マグマトードも負けじと舌を伸ばして厨二を捕らえようとするが、【夢幻の怪盗】で生成された幻影に翻弄され続ける。
『ゲコォォオオオッ!!』
攻撃が当たらない事に苛立ちを募らせたらしいマグマトードは、ヤケクソ気味に舌を振るい、数打ちゃ当たる方式で状況を打開する事にしたようだ。
「おっと」
こちらへと飛んできた攻撃を回避し、攻撃のチャンスを伺う。
ちまちまと攻撃を加えてはいるものの、俺はまだマグマトードに捕捉されていない。
こんなヤケクソ攻撃で透明化状態が解除されたらたまったもんじゃないしな。今は取り敢えず回避に専念しよう。
「流石に階層が深くなってきただけあって、それなりにHPが高いねぇ……めんどくさいなぁ」
そう言いながら、厨二がうっとおしそうに舌攻撃を回避し続ける。
確かに、40階層を越えてから一戦一戦の時間がかなり長くなってきている。それはただ単にHPが増えているだけでなく、相手にしているモンスター達のAIが優秀になっていたり、厄介な能力を兼ね備えていたりするからだ。
これまでの階層である程度のレベル上げをしてこなければ、階層ボスを越えても通常モンスターで詰むぐらいには敵が強くなっていた。
(二人だから何とかなってるけど、これをソロはキツイな……)
デュオモードとソロモードがある以上、理論上はソロでも踏破可能なのかもしれないが、俺のようなプレイスタイルのプレイヤーはソロ攻略はかなり厳しいだろう。
今だって前線を張ってくれる厨二が居なければ、このマグマトードに相当苦戦させられるだろうしな。
ステルスが通用する相手だから良い物の、恐らく後半の階層は熱源感知系や音に反応してくる敵などわんさか出てくるだろうし、そろそろ何か別の策を講じなければならない。
「っと、危な……」
再びマグマトードの舌がこちらに飛んできて、それを回避するべく空中へ回避。
そして、地面に着地した途端、何かを踏んでしまった感覚が足に伝わってくる。
「は」
次の瞬間、俺の足元がガコン!と音を立てて開いた。
俺の足は空を切り、そのまま速度を上げて落下を開始した。
「村人クン!?」
「まずッ……!?」
上方から聞こえてくる厨二の声が急速に遠退いていく。
すぐさまミスをカバーしようと【空中床・多重展開】を発動し、厨二の下へと戻ろうとするが──スキルが発動する事は無かった。
「クソッ、トラップに引っ掛かったらスキルは発動しないのか!?」
ダメ押しをするように、落とし穴トラップの口が閉じる。そして、まるでそこにトラップなど存在しなかったかのように穴が塞がっていく。あの様子を見る限り、厨二が同じ場所を踏もうとトラップが発動する事は無いだろう。
「──どうする!?」
落下し続けながら思考を回し続ける。
この勢いで地面に落下すればタダじゃすまない。流石に落とし穴トラップを踏んだだけで即死は無いだろうが、それでもHPをかなり失う事になるだろう。50階層の大ボスを前に、回復アイテムのリソースが削られるのは痛手だが、それよりも……。
(分断された……それの方が問題だ……!!)
落とし穴トラップの性質上、踏んでしまった人間は下の階層に強制的に放り込まれる。
低階層ならまだいいが、ここは43階層。これから俺が落ちる44階層は完全に未知の領域だ。何が待ち構えているか分からない以上、単独行動は極力避けたいのだが……。
「ぐぁっ!?」
落下を終え、44階層に到着。地面に叩き付けられ、HPゲージが半分程まで削られる。身に着けている装備の耐久度が減り、痛みの代わりにじんわりとした痺れが全身に襲い掛かる。
(合流は何とかするとして、周囲の状況だけでも……!!)
『グエエッ!』
周囲の状況を確認しようと頭を上げた途端、こちらに向かって攻撃が飛んできた。反射的に身体を捩って回避する事に成功する……が。
「ッ……!!」
首から下げていたアクセサリーが攻撃に掠り、落下の影響で耐久度が減っていた事もあって、そのままパキリと音を立てて破損してしまった。
そして、その影響でこれまでの階層でずっと動いていなかったゲージが、ゆっくりと減少を開始した。
(よりにもよって……!!)
破損してしまったアクセサリーは……【腹減らずのお守り】。
装備品の耐久値を回復できる【簡易修理キット】は破損状態まで行ってしまうと使い物にならない。
つまりこのお守りはもう、今回の挑戦で修理する事は不可能。再度同じお守りを入手するしか、空腹値の減少を防ぐ術はない。
しかも、【腹減らずのお守り】の効果に頼り切りだったせいで、今俺の手持ちに食料は殆ど無い。今ある空腹値が0になったら、俺が死亡する可能性は急上昇する。
「取り敢えず先に、目の前の奴だけでも片付け…………」
兎にも角にも、敵に気付かれている以上倒さなければ再びステルス状態になる事が出来ない。
だからまずは倒してから考えよう──そう思ったが、すぐに言葉を失う。【腹減らずのお守り】を失った衝撃が大きすぎて、目の前の異変に直ぐ気付くことが出来ていなかった。
俺に攻撃してきた馬鹿でかい鳥の他に、黒いゴブリン、紫色の光沢を放つ殻のカニ、球体状の何か、スライムスケルトンアリドラゴンetc────視界を埋め尽くす程のモンスター達が鼻提灯を出しながらいびきをかいていた。
そして──モンスター達の鼻提灯が一斉に弾け、ゆっくりと身体を起こし始める。
『フシュルルルルルル…………!!』
『グルァウウウウウウ…………!!』
『gixixiixiii………!!』
各々が違う唸り声を上げながら、その視線をこちらへと一斉に向ける。
次の瞬間、階層を揺るがす程の大咆哮が耳朶を打った。
「モンスターハウス……!!」
これまでの運を全て帳消しにするような不運が、一気に押し寄せてくる。




