#306 苦労の対価
「12連敗……か」
フェリオ樹海、ボスエリア前のフィールドで樹木に寄りかかりながら項垂れる影が一つ。
声を漏らした少女……ポンは、自らのボロボロになった装備を見つめながら、ぼんやりと思考に耽る。
(村人君は確か、別エリアに居た串焼き団子さんのボス同士を衝突させることで切り抜けたんだっけ)
エクスポイズン・ギガイーター。あの【双壁】戦第5サイクルにも姿を見せた、極めて強力なボスエネミー。彼女が引き受けたユニーククエストの標的として設定されている以上、避けては通れない相手なのだが、12連敗した後でも活路を見出せずに居た。
それ故に、かつて討伐を成し遂げた村人Aの状況を思い起こしてみるが、どう頑張っても当時の再現は不可能だ。ボスエリアから引っ張り出す事は出来ない上、エクスポイズン・ギガイーターと同格のエネミーなど隣接するエリアにすら存在しない。
(粛清Mobをぶつけてみる? ううん、ボスエリアに侵入できるのは私一人だからカルマ値の仕様的にも無理だし、ボスエリアに引っ張ってこようにも他Mobはボスエリアに侵入できないから無理。となると、根本的に私自身の強化が必要……)
極論、VRMMOと言うゲームの仕様上、回避し続ければ無限に戦闘は継続できる。
だがそれは、時間制限が存在しないボスの場合であり、フィールド全体に対して影響を及ぼす攻撃などが飛んで来ればじわじわと削られ続けてジリ貧になったり、もしくは一瞬で消し飛ばされたりする。
エクスポイズン・ギガイーターもその例に漏れず、口から吐き出した毒霧が周囲に伝播+拡散する影響で戦闘を継続すればするほど毒霧がフィールド全体を覆い、最終的に継続ダメージだけで死に至らしめられる。
だからこそ、エクスポイズン・ギガイーターが毒霧でボスエリア全体を覆い尽くす前に、何とかして仕留める必要がある。ポンが得意とする爆破を主軸にした戦闘スタイルは毒霧などの攻撃とは相性が良いものの、それでも焼け石に水レベルでしかない。それならば、彼女自身がレベル上げなどで強くなった上で、真っ向からねじ伏せられるようになってから挑んだ方が良いだろう。
(とは、分かっているんだけど)
倒せるぐらい強くなってから挑む。それ自体は何ら間違いではないし、むしろ最適解と言えるだろう。
だが、レベル上げをするだけで強敵を撃破したとして、それは本当の実力と言えるだろうか?
システム的に強くなっただけで、自分は一切成長していないのでは無いだろうか?
自分の友人達は、どれだけ実力差がある相手だろうとも打破する手段を見つけ出し、越えてきた。
その姿に憧れ、追い付きたいと望んだからには、甘えている暇なんて無い。
「一に検証、二に検証、三四に検証、五で実践!」
彼女にとって一番の憧れである存在を脳裏に思い描き、頬をパンと叩いて気合を入れ直す。
ボロボロの装備のまま再びボスエリアに赴き、再びエクスポイズン・ギガイーターが出現するのを見ながら、笑みを浮かべる。
「強くなるのは当然として、それなら先に明確な突破口を見つけてからの方が効率が良い! きっと、村人君だってそうするだろうから!」
『ククク、脆弱なヒトの癖に中々気概があるでは無いか。良いぞ小娘、我が力を欲するならば、この程度の苦難ぐらいは越えてみろ!』
『キシャシャシャシャシャシャシャ!!』
だから彼女は挑み続ける。その先にある力を求めて。
◇
「厨二ぃ、こんなボスがこの先にもまだ居るのかぁ……?」
「安心して、こっから先は正統派ボスしかいないからさぁ」
「本当だな? 信じるぞ? 嘘だったら普通に明日に備えて寝るからな?」
【ファントム・ビー】という20階層ボスを倒した俺達は、地面に寝っ転がりながらぼやく。
いやあ、あのボスは本当にベストオブクソボスだった……。何が嫌って、普通に害悪戦法をしてくる割にHPはやたら多いし、向こうの攻撃もあまりにも単調な物が多くて、戦っていて楽しくないのだ。
そう、楽しくない。それが一番致命的だ。本来であればこういうギミックボスと言うのは解き明かして撃破した時に脳汁が出るからこそ良ボスになるのだ。そうでないと言うのなら、せめて専用の大技とか用意して、その技を回避したりしながらなんとか戦い抜いて勝利するというヒリつき要素を用意すべきだ。
だというのにこいつは針の突き刺し攻撃、たまに毒液散布。言ってしまえばマンイーターの下位互換だ。ただただ体力が多いだけの遅延ボスに何の価値があるというのか。
もしまた一階層から挑戦するとなると、またこいつと戦わないといけないんだろ……? こいつと戦いたくないという理由だけでこの先の階層を頑張れる気がしてきたぞ。はっ!?
「まさか、そういう意図があってなのか……!?」
「多分だけど、村人クンが想像している事は無いと思うよ」
うん、そうだよな。普通にあいつはクソボスだった。以上!
さてさて、ボスの報酬は……うーん、見た感じどれもパッとしないな。肝心の武器はレアだけか。
「なんか厨二は良いの出た?」
「僕もいまいちパッとしないねぇ。またメルかなぁ」
「俺もそうするかぁ」
俺も遺物ガチャに興味があるしな。また補給所に遭遇したら厨二のようにガチャ券を購入して銃器がワンチャン出るのをお祈りするのもアリだろう。持ち帰れるかどうかは別として、存在する事が分かればそれだけでもコンテンツに挑むモチベになると言う物。ここはメルを選択……っと。
「さて、バフの方は……お?」
「どうしたんだい?」
5階層刻みで貰える専用バフも確認すると、見慣れた【AGI+30%】【STR+30%】の他に、【隠密行動時、ステルス化】というバフが表示されていた。
「【隠密行動時、ステルス化】っていうバフが出たんだけど厨二知ってるか?」
「一応、バフをタップすれば詳細説明が出るからそこで詳しく調べると良いよぉ」
「オッケー、確認してみる」
厨二に言われた通り、ウインドウに表示されたバフをタップしてみる。
────────
【隠密行動時、ステルス化】
スニーク歩行、もしくはしゃがんでいる最中に透明化する。透明化状態は敵に攻撃し、敵に気付かれた場合のみ解除される。
────────
「……これ、結構ヤバくね?」
顎に手を添えながらまじまじとそのバフ効果を何度も読み返す。
スニーク歩行、しゃがんでいる最中に透明化する。まあ前半だけ見ると割とよくあるバフの一つではあるけど気になるのは後半の文章の方だ。
『透明化状態は敵に攻撃し、敵に気付かれた場合のみ解除される』。前線で戦うようなDPSジョブだったらすぐに気付かれてしまうだろうが、後衛で戦うDPSジョブには非常に相性が良いバフだろう。
そして、俺の想像が正しければ、このバフの効果は……俺が持ったらとんでもない相乗効果を発揮する予感がしている。
「厨二……俺、最強になるかもしれない」
「えっ、急にどうしたんだい? 君も遂にこっち側に目覚めたのかい?」
生涯厨二病にだけは言われとう無いわ。だが、調子に乗っても許される程度にはとんでもない効果を発揮するだろう。
「ここからは迷宮攻略RTAと行こうじゃねえか……!!」
そして、俺の予想は的中し、ここから俺達の迷宮攻略は一気に加速する。




