幕間 SBO運営のその頃
一方その頃。
「いやいやいやいやいやどう考えてもおかしいでしょコレェ!!!」
夕陽が沈み、夜の帳が降りようとしている頃。
とあるビルの一室。半透明なスクリーンが映し出される前で、一人のプログラマー……清水が頭を抱えながら叫んでいた。
「なんでリヴァイアが初見突破されてんの!? いや正確には二回目だけど開幕即死だからほぼ初見だよねこれ!? しかも想定装備からかけ離れた構成でクリアしてるのマジでなんなん!?」
「wwwwwwww(笑いながら机を叩く音)」
「デバフ無効ガン積み想定の海遊庭園、誰一人としてデバフ無効装備着けてないでクリア出来るなんて誰も思ってねえよぉ!?」
「wwwwwwwwww(笑い過ぎて椅子から転げ落ちる音)」
「なんで不知火さんはずっと笑ってるんですかぁ!?」
事の発端は突如として始まった超有名配信者であるライジンの【二つ名レイド】生放送。
開発部の一人がそれに気付き、仕事でストレス溜まっていた彼らは、「ボコボコにされるのをエナドリでも飲みながら観戦してやりますかねっとw(慢心ドヤ顔腕組み)」と意気込んだは良いものの、観戦している内に約一名を除いてお通夜ムードに突入していた。
清水の隣に立っていた開発部の女性……佐々木は眉を寄せながら。
「……一応、めちゃくちゃテストしたはずだよね。デバフ耐性装備無し構成」
「やったし何ならウチのテスター筆頭の『Arcadia』レイドレースガチ勢にもやらせたけど覚醒フェーズの前に大体全滅だったぞ。極致職六人構成でも無理だったのに、まさか上級職六人で攻略されるなんて……マジでどうなってんだとしか」
そう、開発側としては海遊庭園のギミックの都合上、【毒】や【凍結】耐性のあるデバフ無効装備を身に着けての攻略を想定していたのだ。
所が蓋を開けてみれば、一番最初に海遊庭園を突破した村人A達一向は、誰一人としてデバフ無効系の装備を着けずに攻略した。否、してしまったのだ。
真っ青な顔でスクリーンの前に立ち尽くしていた一人の男が、ガクガクと膝を震わせながら呟く。
「バ……バランス調整ミス……? あば、あばばばばばばばばばば」
「ほらぁ! 冴木さんなんて泡ァ吹き始めましたよ!? どうすんですか不知火さん!?」
「wwwwwwwwwwwww(過呼吸気味)」
「…………不知火さん、社内の至る所に勝手に置いてある貴方のフィギュア、中古買取屋に持っていきますよ」
「──ッスゥ────OKOK、落ち着こうか。対話が出来る以上、話せば分かるっスよ。対話は人類の特権っスからね」
何言ってんだこいつ、といった目を不知火に向ける清水。
ずり落ちていた眼鏡を掛け直した不知火は、わざとらしく咳払いすると。
「ま、起きた事はもうどうしようも無いっス。正直、いくら彼らでも30回ぐらいは全滅するもんだと思ったんスけどね……」
「そう、問題は一発でクリアしてしまった、という点だ。……SBOのエンドコンテンツとして謳っている以上、見ている人間に『あれ?簡単なのでは?』と認識させるのは非常にマズイ。……やり込んでいる人間からしたら、モチベーションの低下に繋がりかねない」
「ポジティブに解釈するなら敷居が低いと思ってくれた方がプレイヤー達が挑んでくれる、という所なんスけど……。……まあ彼らが異常なだけで、難易度的にはエンドコンテンツに相応しいんスよね……」
はぁ、と皆一様にため息を吐き、重たい空気がその場を包む。
「しかも正規の攻略法では無いのよね……。本来なら最終フェーズは六人到達及びリヴェリア乱入が前提条件、聖なる焔抜きでリヴァイアを削り切らなければならないのに……何故か聖なる焔が残っていたせいでたった一人で最終フェーズを越えてしまった」
「それなんスよね……オブジェクトに聖なる焔が残るなんて想定外ッスよ……。でも、あれはA君だったからこそ勝てたのであって、ほぼ詰みの局面だったのは間違いないッス。聖なる証が無い状態だったッスから、聖なる焔は取得出来ない、矢に焔を移す事なんて出来ない、まさに極限まで追い詰められた状態だったッス。……それを、聖なる焔を纏った矢に継ぎ矢をする事でHPを削り切るなんて、誰が予想出来るんスか本当に」
そう、その点についても想定外だった。
聖なる焔ギミックは一人一回ずつ、合計六回のチャンスでリヴァイアを削り切り、最終フェーズはリヴェリアと協力しながら残る10%を削り切る、というのが本来の形だったのだ。
所が、村人Aが最終フェーズに突入する前に放った【聖焔の一矢】……逆鱗に突き刺さったその矢に、聖なる焔が移り、放たれてしまった。
どうせその聖なる焔に触れても意味が無いからこそ安堵していたのに、まさかそれを再利用されてしまうなんて思いもしなかったのだ。
泡を吹いて倒れていた冴木が意識を取り戻すと、胃を抑えながらぼやく。
「非正規手段での攻略は流石になぁ……。……一度、彼らをコンテンツから追い出すか?」
「バッカそんな事してみたらお終いッスよ! 見てくれッス、このライジンの配信の同時視聴者数を!! ついさっき30万人を超えたのにもう40万人に突入するんスよ!? この40万人から反感を買う勇気があるのならロルバでもなんでもやってみるが良いッスよ!?」
「流石にそれは胃が爆散しちゃうからやめよっか……おうち帰れなくなっちゃうし……」
「折れるの早ッ!?」
不知火の余りの剣幕に、あっさりと冴木が折れる。
止める者が居らず、半ば興奮状態となった不知火は、怪し気に笑う。
「逆にこれを好機と捉えようッス。元々SBOはプレイヤーがスキルを自由に作成が出来る、自由度の高さを掲げて作られたMMORPG。そういう自由な発想力でオイラ達の想定を超えてくるのなら願ったり叶ったりッス。……攻略法が一つしかない、なんてつまんないッスからね!」
「確かに、ライジンの配信のコメント欄は好意的なコメントばかりだ。海外視聴者のコメントの比率も増えてきている。……日本人が面白そうなゲームをやっている。俺もやってみたい。そういうコメントがな。……兼ねてより計画していたサーバー増設に伴う海外展開も、早めても良いかもしれない」
ライジンの配信は良くも悪くも、SBOというゲームに多大な影響を及ぼしていた。
登録者1000万人を超える超人気配信者ともなれば、その広告効果は絶大。
しかも、その彼が挑んでいるのはSBOの最難関コンテンツ、【二つ名レイド】だ。
ならば、それに便乗しない手は無いだろう。……『なるようになれ』とも言えるが。
「でもどうする、不知火。……この調子で、【双壁】までも攻略されてしまったら……」
「いや、それだけは無いっス」
冴木の言葉に、きっぱりと断言する不知火。
「リヴァイアの難易度も相当高いっスけど、それ以上に【二つ名】……粛清の代行者達は特別だ。勢いづいた彼らの鼻っ柱をへし折る、いい機会じゃあないっスか」
不知火はそう言うと、ふっふっふと悪い笑みを浮かべる。
実際、苦労して調整したリヴァイア戦を軽々と越えられたのには少し……いや、かなりショックを受けていたのも事実だ。
だからこそ自信を持って最高難易度と言い切れる粛清の代行者に早く挑んで欲しいと、そう強く願っていた。
「……オイラは見たいんスよ、人間の限界って奴を。……そしてそれをプレイヤー達が乗り越える瞬間を」
不知火が少年のような笑みを浮かべながら語る。
運営として文句を言う事こそあれど、この場に集う人間は、誰しもがこのゲームに対して情熱を注いでいる。
だからこそ、熱を込めて語る不知火に異を唱える者は居なかった。
「変人連合諸君……限界を超えてみるが良い。これはオイラ達からの挑戦状だ。────人間の可能性を見せてくれ」
スクリーンを見据える眼鏡の奥。
その瞳は、世界へと羽ばたく英雄を渇望していた。
「とか言って今日攻略されたら不知火さんクソダサいですけどね」
「ちょっと、シリアス風に締めようとしてたんスから茶々入れんのやめてくんないっスか!?」
リヴァイア戦の掲示板回書こうか悩んでます




