#175 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その七 『王水龍との攻防』
【性質模倣】。
銀翼が作った新スキルであり、一言で言うと『他者の特性、性質を模倣する』というスキルである。
以前キングダークスチールスライムとの戦闘の際は、『鋼のように硬い外皮』という性質をコピーしたわけだが、今回は『トラベラー』という生物が持つ『スキル』という特性をコピーしている。
そもそも、ライジンと違い、銀翼は【灼天】の発動条件を満たしていない。【灼天】とは一定量の日光の確保、もしくは事前に貯めておいた陽光マナの消費によって発動が可能になるからだ。
では何故【灼天】を使用することが出来たのかというと、それはスキルの効果による物だからである。
【性質模倣】の発動条件として、『戦闘中に一度でも使用した、または使用されている』という条件がある。その条件さえ満たしてしまえば元となったスキルの発動条件を無視してスキルの発動が可能になるのだ。
故に、本家とは矛盾が発生する不完全な再現────【簡易再現】という扱いになる為、そのコピー先となった物と違う点が二つある。
一つ目、発動条件の矛盾を代替的要素で解消する必要がある、という事。
今回の【灼天】の場合、『陽光マナ』という特殊な要素に対して矛盾が発生する。
なので、自身が持つマナ────無色透明のマナである【MP】を使用し、それを陽光マナに変換している。ライジンの持つ【灼天】の場合、スキルに用意された『陽光マナ』という別枠にあるタンクの中からマナを消費し続けるが、それに対し、銀翼はそのタンクが無いため、『自身』という器に用意されたマナを消費しなければならない。つまり、常にMPを消費し続ける必要があるのでセーブしないとすぐに枯渇してしまう。そのため、実質的に弱体化されているようなものだ。
二つ目、発動時間、そして発動回数が制限されている、という事。
【性質模倣】の効果は最長でも三分間しか継続する事が出来ない。そして、一度【性質模倣】としてコピーしたスキルはその戦闘中に再度使用する事は出来ない。
元々のスキルがどれだけ持続時間が長かろうが、制限を超えた時点で容赦なく終了する。なので、もし切り札級のスキルをコピーしても、無駄撃ちしてしまえばMPの無駄遣いな上に、そもそもの【性質模倣】というスキルの再使用可能時間が十五分掛かってしまうので、リスクはかなり大きい。
発動条件を満たす事自体は容易なので、汎用性が非常に高い有用スキルではあるが、その分制限が多く、扱いにくいスキルだ。
コピー先のスキルの詳細についての造詣が深く無ければ、かえって自分の首を絞める事になる。
だがどんなイロモノスキルだろうと、彼は自身のスキルとして使いこなす自信がある。
それは、あらゆる分野で天才と言われてきた彼は、他人に出来る事が自分に出来ないわけがないと自負しているからである。
◇
【灼天・鬼神】をコピーした事で王水龍は厨二を脅威だと認識し、ヘイトを固定したようだ。
【灼天・鬼神】の発動時に起きる【恐慌】状態が【不屈の闘志】の効果により緩和され、背筋が冷えるような感覚を覚える。
王水龍との戦闘開始から二分が経過した。だが、まだ増殖ギミックは発動しない。
このままギミックが発動せずに居てくれれば、戦況が覆される事はそうそうないだろう。
……だが、これまで奴はほとんど目立った行動は何もしてきていない。開幕に撃った極太レーザーも使っていない事から、ここからが本番なのだろう。
厨二が疾走し、王水龍目掛けて跳躍する。黒炎を振りまくと、足に炎を収束させていく。
「キツイの一発、行クヨォ!!」
そのまま空中で回転すると、鋭い踵落としを繰り出した。
踵が王水龍の脳天を直撃し、鈍い音を立ててめり込む。そして、一拍置いて王水龍の頭部が地面に吸い込まれるように叩き付けられる。
硬い材質で出来ている水晶の床に亀裂が入り、広範囲に渡って広がっていく。
「ッハァ、良いNeぇ!フィジカルに頼ルスキルも悪クネェナァ!!」
普段見せないような獰猛な表情で高らかに笑う厨二。
王水龍の頭部から飛び降りると、すかさず放ってきた王水龍の追撃の水弾を避けるように地面を疾走し続ける。
「トロイNa、ソレでボクガ倒セるとデモ??」
地面を踏み締める度に加速しながら王水龍の攻撃を悠々と回避し続ける。
その隙に【彗星の一矢】を放つ準備を整えようとするが。
『ゴァァァアアアアアアアア!!!』
ヘイトを完全に管理しているのにも関わらず、王水龍は危険だと判断したのか、こちらに対して顔を向けて口を開く。
だが、間髪入れずに厨二は王水龍の懐に入ると、腹部目掛けて拳を繰り出した。
「余所見厳禁だ。こっちダケ見Teイロ」
ドゴォ、と拳を叩き込まれた身体がくの字に折れ曲がり、水のレーザーは見当違いの方向に飛んでいく。
王水龍の血走った眼が厨二を捉え、鼓膜を震わせるような怒りの咆哮を放つ。
それに対し、厨二は笑みを崩す事は無い。
「ハハッ、ソレデ良イ!」
王水龍が翼を前面に広げると、翼の表面に生え揃った鋭利な棘を、厨二に向けて一斉に射出する。
それを見た厨二は眉をひそめると、舌打ちを一つ鳴らす。
「新手の技カ……面倒だナ」
厨二は黒炎を噴射して棘を相殺すると、覆うように放たれた炎を突っ切って王水龍が強襲する。
「ッ!?」
「厨二!!」
流石の厨二も想定外だったのか、王水龍の強襲に対して完全に避ける事は出来ず、片腕が噛み千切られ、そのままポリゴンとなって消滅する。
「Sou来なクっチャ!!」
だが、心底嬉しそうに笑みを浮かべた厨二は、再び王水龍に飛び掛かる。
片腕を失ったディスアドバンテージなど気にもしないとばかりに巨大な指を鷲掴むと、そのまま力任せにゴギィと音を鳴らしてへし折る。
悲鳴を漏らす王水龍に対し、折れた指を更に蹴り飛ばし、容赦なく攻め立て続ける。
王水龍は厨二の相手をするのが厄介と踏んだのか、大きく翼を開くと空へ向かって一気に飛び立った。
「逃がすな!!」
ライジンが叫び、雷を迸らせると、【電光石火】を発動させる。そして強化されたAGIを活かして大跳躍するが、王水龍を掴もうとした腕は空振りする。だが、すぐさまフックショットを飛ばしてその先端を見事王水龍の身体に突き立てる。
フックショットが収縮され、滑空を始めた王水龍の背に乗ると、無防備な背中を双剣で攻撃し始めた。
厨二はそれを見て一つ息を吐くと、空で動き回る王水龍を視線で追い始める。
「……さテ、準備しヨッカ。頼んダヨ、ポン、村人クン」
「……まさか」
「そロソRo、水位もマズくなっテきタ。……ココで仕掛けル」
と、厨二の言葉でようやく気付く。
足を動かすと、ちゃぷんと静かに水音が鳴る。まだ足裏程度にまでしか水位は上がっていないが、このまま水位が上がり続ければ足を取られ、まともに戦闘出来ない可能性も出てくる。
厨二は腕に炎を集中させると、失った片腕の代わりに、炎で出来た手を生成した。その後、今度は足に炎を収束させると、何もない空間を目掛けて跳躍する。
まるでそこに来ることが分かっていたかのように、厨二は滑空してきた王水龍の尻尾を鷲掴んだ。
「ウ、おoぉぉオoooオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
厨二が雄たけびを上げると、炎で作ったもう一つの腕と共に力の限り尻尾を握り締め、王水龍の勢いを殺し、徐々に減速させていく。
そしてセーブしていた火力を一気に押し上げると、厨二の全身が真っ黒に染まり、禍々しく変質した腕に込められる力が加速度的に増していく。
そのまま勢いを完全に殺し切ると、信じられない事に王水龍の身体が宙で浮き上がった。
「……マジかよ!?」
「ライジンノカバーは任セたヨ!!」
背に乗せたライジンごと、厨二は地面を目掛けて力の限り投げ飛ばした。
ドバッシャァァァアアアン!!!
王水龍が地面に叩き付けられると、水飛沫をまき散らしながら巨大なクレーターを形作る。
ピクピクと痙攣を起こしながら、何が起こったのか分からない様子で混乱しているようだ。
体勢を崩して落下するライジンを、すかさず串焼き先輩がバックショットで救出しているのを見届けてから、すぐに詠唱を開始する。
「《我は狙撃手、射貫き仕留めて積んだ屍は山なり》」
【爆速射撃】の自傷ダメージを活かし、わざとHPを二割以下にまで減らしていく。これまでの戦闘でほとんど被弾していなかったので、その分速度も底上げ出来る。出力を上げると毎秒のDotダメージが跳ね上がり、あっという間に条件を満たした。
「《我は死を齎す存在、狙う獲物に死を運ぶ者なり》」
続けて発動させる【矢・形状変化】。矢が光に包まれ、その形が不確かな物へと変化していく。
「《我が宿敵に血の薔薇を献上しよう》」
そして最後に発動させる【彗星の一矢】。これで、条件は整った。
青と白の粒子が舞い、エネルギーの充填を完了させる。
「《穿ち、貫け》!!」
矢を極限まで引き絞り、無防備な姿を晒す王水龍の逆鱗に照準を定める。
そこまで来てようやく身の危険を感じたのか、王水龍はすぐに身体を起こそうとするが、もう遅い。
「【終局の弾丸】!!!」
放たれた矢が白い弾丸の形状へと変化し、音速を優に超えて猛進する。逆鱗へと目掛けて放たれた一筋の光は、的確に逆鱗を貫いた。
ガクリと項垂れる王水龍を見届け、安堵のため息を吐くと。
オン!という高音が周囲に鳴り響き、反射的にビクリと肩を震わせる。
「……増殖ギミックはジャスト五分、か。……危ない所、だっ……た?」
既に王水龍は討伐した。だから、増殖ギミックが発動したところで意味は無い。
そう思った所で――ふと、違和感を感じる。
(待てよ、俺の【終局の弾丸】は確かに王水龍の弱点を貫いた。だが、それだけだとおかしくないか?……同時に放つはずだった、ポンの【花火】は?)
慌てて振り返ると、そこには腹部を貫かれて地面に倒れ伏すポンの姿があった。
一体、いつの間に。今の今まで王水龍と交戦し続けていたが、ポンが狙い撃ちされるようなことは無かった。殆ど一方的に攻勢を続けていたし、こちらに向けて攻撃は放たれていなかったはずだ。
思わず目を見開き、声を出そうとした所であり得ない光景が視界に入った。
……もう一体の、王水龍の姿だ。
「……嘘だろ」
そう、まだ生きていた。
確かに今俺に出来る全力の攻撃を叩き込んだ。これまでの戦闘で厨二やライジン、串焼き先輩の攻撃で奴はかなり手負いだったはずだ。
だが、それでも尚、奴を倒すに至らなかった、という事実に驚きを隠せない。
視線を前に戻すと、先ほど項垂れていた王水龍の瞳が突如として開眼する。
そして次の瞬間、大気を切り裂くような咆哮を上げると、その身体に異変が起き始めた。
翼に生えそろっていた棘が新しく生え変わり、艶のある真っ黒な棘が生えてくる。
腕や足にも同じように真っ黒な棘が生え揃い、その禍々しさを更に際立たせる。
そして王水龍の周囲の地面から吸い寄せられた水の塊が浮かび始めたかと思うと、形状が緩やかに変化し、鋭い剣のようなフォルムへと変わり、周囲に漂わせる。
体力が残り一割になって突入する、発狂モードだ。
しかも、二体同時という絶望的な状況。
それに加えて。
「厨二……ッ」
「……ハァ、ハァ、悪いね。時間切れだ」
過剰に出力を上げたせいか、所々が黒焦げになっている厨二はガクリと膝を突いた。
苦しそうに息を吐き出している彼は、【灼天・鬼神】の影響でボロボロになってしまっている。
ぐい、と厨二は口元を拭うと、真剣な表情で目の前の二体の王水龍を見据える。
「……手負いの獣は、何よりも恐ろしい。……正念場だよ、村人クン」
「……ああ!」
────水晶回廊冠水まで、後九分。
水を統べる龍の力の本質は、水を操る事である。そして、視界に入る範囲なら、水の形状を変化させる事でどこからでも攻撃する事が可能だ。
……王水龍にとって、詠唱中無防備になったプレイヤーを、背後から串刺しにする事など容易である。