#127 漁夫の垣間、その双眸は遥か先の獲物を捉え
なんで恒星の欠片英雄級か伝説級じゃないの……?
(ポンとライジンの現在位置からして、カバーに入ってくるのは最速でも40秒後か)
マップを開き、ライジンとポンの位置を確認する。
隣のビルに降りてアイテムを漁っていたポンは直ぐに合流できるだろうが、ライジンはこのビルから少し離れた所にある広場でアイテムを漁っていたようで、突撃兵の固有アビリティであるグラップリングを使用しても今自分が居るビルに到達するにはそれなりに時間を食ってしまうだろう。
となれば、この状況を打破するのは自分一人でどうにかするしかない。
(少しばかりやんちゃしても問題はねえか)
折角の放送中だ。少しばかり無茶をしてもむしろギャラリーは盛り上がるだろ。
机に身を隠していたが、即座にある物を取り出し、ピンを引き抜いた。
「へいこっちだぜブラザー」
「そこか!」
声の出所に即座に反応するプレイヤー。対する俺は、そのまま取り出したグレネードを投擲すると、相手のプレイヤーは目を見開く。
「グレッ……!」
このランク帯だ。伊達に反応速度が良いだけあって、持っていたARのトリガーを引いて放たれた銃弾は正確にグレネードを撃ち抜いてしまい、閃光と共に爆発が巻き起こる。
投擲したとは言え至近距離で爆発したグレネードの衝撃に、吹き飛ばされそうになるが、机にしがみついて何とかこらえる。
爆発が起きて三秒、煙の中、立ち上がった敵プレイヤー達は腕で煙を振り払いながら声を上げた。
「くそっ、おいビッケス!無事か!?」
「ああ!片目が持ってかれたが五体満足だ!……芋野郎はどこに!?」
「ここだよ、お兄さん」
地面すれすれを身を屈めて疾走。ビッケスと呼ばれたプレイヤーの元まで到達すると鋭く足払い、宙に浮いた瞬間にアブレラ14を乱射する。
銃声が鳴り続け、1マガジン丸ごと叩き込まれた肉体は、容赦無く砕け散り、ビッケスと名前が刻まれたタグとバックパックが地面を転がる。
アブレラのリロードをする暇も無いので、即座に投げ捨ててキューティコアを装備。
銃を構え、トリガーに指を当て射撃を開始する。
「傭兵A……!!」
「おっと、ご存知だった?」
「このゲームプレイしてる上級者でお前の事を知らないプレイヤーが居るはずないだろう……!」
「それもそうか」
一応俺、このゲームの公式大会の日本チャンプだしな。まあ顔が割れてるのも当然か。
そんな会話を交わしながらもキューティコアを撃って牽制。エネルギー弾特有の独特の射撃音を響かせ続けるが、ワンマガジン使い切った所でプシューと気の抜けた音が鳴る。
弾切れだ。ああ、そういえばエネルギー弾拾ってなかったっけ。
「貰った!」
その隙を相手が逃すはずも無く、すぐに銃を構えて射撃を開始しようとするが……。
『Sに10、飛んで』
同時に、インカムを通して俺が最も信頼する仲間の声が聞こえてくる。
その言葉の意味を理解するよりも先に、即座にダイブ。そして俺と入れ替わるように球体状の何かが割れたガラス窓から室内へと入り込んだ。
炸裂する閃光と、再び巻き起こる爆風。このゲームで爆風を生じさせる類のアイテムや武器は、FFが起こりがちだが、指示通りに飛んだ位置では、ダメージが一ピクセルも発生しなかった。
先ほどの爆風で吹き飛んだプレイヤーのタグが地面を転がり、それを握り締めると。
「やってくれるぜポン……!」
思わず笑みが引き攣りながら、相変わらずの精度を発揮しているグレポン丸の実力に戦慄する。
寸分たがわず正確な位置にグレネードランチャーをねじ込んだのはポンの仕業だ。
窓の外をのぞき込むと、ポンのアバターである大男が大手を振って満面の笑みを浮かべているのが目に入った。
「相変わらずガバのカバーが早いこって。全く、これで実力不足を嘆くなんて俺も余裕ぶってられねえな」
この部隊は壊滅させることが出来たが、別階に居た敵プレイヤーが体勢を整えて再び襲撃してくる可能性もあるだろう。バックパックの中身を漁りながら、必要な物を取り出していく。
「おっキュボイドあるじゃん、やるぅ」
俺がそう言って先ほどの部隊のバックパックの中から取り出したのは『キュボイド』という名称のボルトアクション式のスナイパーライフルだ。威力が高く、ヘッドショットならば最上級レアリティ、エキゾチックの防弾アーマーでもワンパン出来るという代物で、二つしか持てない武器の一つに採用するプレイヤーも少なくない。
「ポンと合流して拡マガ貰うとして、後は漁夫の警戒……」
と、言葉にした瞬間、頭上に銃弾が通り過ぎる。
身を屈めて舌打ちを一つ。今の交戦の音を聞きつけて、上階のプレイヤーが戻ってきたのだろう。
「まだデスバあるぞ!タグはないだろうがアイテムを漁ろうぜ!」
(だぁ、くそ。まだ十分に漁れてないのに早すぎるぜ全く……!!)
幸い、まだ俺の存在には気付けてはいないようだ。ここで物音一つ立てようものなら即座に戦闘が開始する事だろう。
と、ここでインカムを二回起動するが声を出さない。声が出せない時の合図の内の一つ、無音で救援要請を送る時の合図だ。
その合図を送った瞬間、外の方からグラップルの音が聞こえてくる。
「っと、援軍か!」
そう言うと敵プレイヤーが外に向けて銃を構える。意識がそちらに向いた瞬間、俺は立ち上がりキュボイドのトリガーを引いた。
「っは!まだこの階にいるって事は想定済みだ!」
だが、俺の放った銃弾は、虚しくプレイヤーの真横を通り過ぎてしまう。
敵プレイヤーの銃がこちらに向く刹那、俺はぼそりと。
「あー違う違う、避けるならまずこの階から逃げるぐらいしないと」
銃弾は壁を跳ねて室内を蹂躙する。
そして、五回目の跳弾を経て、敵プレイヤーの頭に銃弾を叩き込んだ。
ぐらりと身体が揺らぎ、そのまま敵プレイヤーはポリゴンとなって砕け散る。
「標的撃破っと。いやー久々の跳弾砂は楽しいね!」
キュボイドに取り付けられた跳弾マガジンを指でなぞると、笑みを浮かべる。
SBOの跳弾弓も楽しいが、やはり本家が一番だ。欲を言えば相棒であるゼロ・ディタビライザーを使いたいが、バトルロイヤルというゲームのルール上、それは叶わぬ願いだ。
まあ、タグを一定数集めると支援物資を要請できるので運が良ければそれでも出る可能性はあるから一概にも出来ないとは言えないが。
「わり、遅れた。まあ、傭兵だから既に終わらせてると思ったけどさ」
と、先ほどのグラップリング音の主であるライジンがグラップリングフックを取り外しながら窓の外から顔を覗かせる。
それに対し、苦笑するとライジンの近くに寄っていく。
「まあ音だけでも助かったよ。隙を生んでくれたから勝てた」
「そんな事言って、自分一人でもどうにかする癖に。それにしても相変わらずの実力だな」
「お褒めにあずかり光栄ですライジンさんや。あなたの方が凄いですわオホホ」
「謙遜しなくとも大丈夫ですぞ傭兵さんや。知ってますわオホホ」
「そこは認めるんかい」
お互いにふざけ合っていると、階段から足音が聞こえてくる。
マップを見ていると、仲間である青い点が表示されている事から、この場所に向かっているのはグレポン丸だろう。
「あ、お二人とも無事でしたか!遅れてしまって申し訳ないです。また漁夫が来そうなので移動しましょう!」
俺達の姿を見たグレポン丸は顔をぱあっと明るくさせると、こちらに手招きしてくるので頷いて応じる。
「今やったプレイヤーの仲間がやってくるかもしれないしな。ジップライン使って下に降りるか」
「そうだなぺきょ」
と、隣に立っていたライジンの頭部が謎の言語を残して突然吹き飛ぶ。
そして一拍遅れて頭部を損失した身体がポリゴンへと変わり、ライジンの名前が刻まれたタグが地面を転がった。
余りにも突然すぎる出来事に数瞬固まるが、状況を理解すると口をヒクつかせる。
「あーー……。やべえ、これガチの猛者が来た奴だ」
銃弾が飛んできた方向を見てみると、そこには別のビル……の窓が割れていた。そしてそのビルの先には建築物が存在せず、かなり離れた先にソルトシティと言う街が存在するのみ。
つまり、ソルトシティからの超長距離狙撃を行った人物がいる、という事。
こんな芸当が出来るのは俺が知る限り、ただ一人しかいない。
「なんでこの鯖に居るのか分からねえが、折角の機会だ!受けて立つ!」
◇
「あは、今日も絶好調だ!」
遥か遠く、日差しに煌めく金髪の少年アバターは『ソルトシティ』の建築物の頂上で、スコープに映し出される透き通るような碧眼を離す。
彼の居るソルトシティの建築物から傭兵A達の居るビルまでの距離はゆうに1500mを超えていた。
「さーて、キルスコ稼がせていただきますよん」
そう言うと再び引き金が引かれる。少年が持つ真っ赤なスキンのスナイパーライフルからピシュン!と甲高い音がなったかと思うと、少年アバターのキルログにダウン表示が流れる。
隣に立つ深い新緑色の髪をしている、サングラスを掛けた筋肉質な大男は、その様子を見ながら呆れたようにため息を吐いた。
「全く、JP鯖に遊びに来たい、なんて突然言い出したかと思えば初心者狩りか?これからスクリムもあるんだ。どうせ結果は分かってるんだ、手早くこの試合を終わらせるぞ」
「流石全武器種合計キルスコ一位は言う事が違うねぇ!はー、たまには気楽にやらせてほしいってもんさ。……それに」
金髪の少年は、瓦礫に座っている細身の銀髪の青年の方へと振り向く。
「まさか一発でマッチングするなんて僕も運がいい!!そう思わない?ホーク!」
金髪の少年の問いかけに対し、銀髪の青年は碧色の瞳を細め、静かに口を開く。
「……君はスナイプしただけだろう。まあ、君がどうしてもというから仕方なく付いてきたが、期待しても良いのだろうか」
ホークと呼ばれた銀髪の青年が苦言を漏らすと、あれ、そうだっけ?ととぼけたような表情をする金髪の少年。だが、すぐにその口元が弧を描き、目を輝かせながらスコープをのぞき込むと。
「そりゃあもう!多分見たらビックリするよー。だって僕よりも跳弾技術が凄いんだもん!……跳弾技術の開祖として嫉妬しちゃうよね、全く」
指がトリガーに添えられる。そのスコープの先に立っていた一人のプレイヤーがこちらを見ている事に気付き、舌をペロリと動かした。
「さぁて、傭兵A君?僕と撃ち合おっか?」
純然たる悪意が、傭兵Aに襲い掛かろうとしていた。