#010 運営SIDE、残業する。
今回は運営側の苦労のお話。
「冴木さんマジっすか?せっかくの面白い人材をつぶすなんて以ての外っスよ」
「いや流石にあれはないだろ!?あれを許しちまったら狩場の環境が一変しちまう!」
とあるビルの一角。大量のコンピューターがズラリと並んだその部屋で、眼鏡の男が冴木と呼んだ頬がこけている細身の男にそう言うと、冴木は深くため息を吐いた。
「まさかAがこのゲームでも猛威を振るってくるとは……」
A。SBO開発班の中でもその名を知らぬものはいない。
冴木と眼鏡の男、不知火は元々別のゲームのプログラム部門として働いていたが、今回のSBOプロジェクト始動に伴って異動していた。元々携わっていたゲームの名はルーインギア。副題から通称Aimsと呼ばれるゲームのゲームバランス調整を主に行っていた。
その中でも一番冴木が目の敵にしていたプレイヤーの名前は傭兵A。不知火の思い付きで提案した跳弾マガジンが環境のバランスを壊し、幾度かの修正をした後、跳弾のバランスが取れたと安堵していた所に他でもない跳弾を使い、他のプレイヤーを圧倒していた人物である。ツールアシスト無しで人力TAS染みたエイムと驚異的な演算力には開発班も相当驚かされた。だが、スポーンキルを跳弾で行い、その結果何度もプレイヤーからチート報告を受けてしまい、対策せざるを得ない状況を何度も何度も作り出されている。彼の対策として設置された壁の配置数はゆうに20を超えている。まともなプレイヤーなのに対策で残業するの嫌だ入りしているという悲しいプレイヤーだ。
「A君が大会でSBOの特典貰った時点でプレイするのは明確だったじゃないっスか」
「いやそうなんだけど初日でメンテナンス必要なレベルで暴れまわられるとは思わなかったんだよ……」
悲壮な表情を浮かべたままため息を吐き続ける冴木に不知火はニヤッと笑う。
「まあそのおかげで問題点が結構浮き彫りになって良かったじゃないっスか!彼、デバッガーの才能があるんじゃないっスかね?」
「まあ、スライムしか出現しない始まりの平原で『粛清システム』が起動してしまう問題が早めに見つかったのは良かったな……。犠牲になってしまったプレイヤーには申し訳ないが今後気を付けるべき問題が発覚しただけ儲けものだったのかもな」
「あそこまで狩りをし続けるプレイヤーがいるとはこちらも想定しきれなかったっスけどスキルの熟練度上げでスライム狩りをする人物が現れるのは時間の問題だったっスね。『代行者』の方に気を取られすぎて初歩的なことに気付かなかったっス」
不知火がそう言うと冴木も頷く。不知火はそのままパソコンに黙々とメモを見ながらプログラムを打ち込んでいく。
「とりあえず『粛清システム』の起動ノルマは一時間から三時間に変更っスね。さすがに重点的に狙うにしても一時間だと早すぎるっス。あとカルマ値の上がり方エグイっスから出現時間は15分に減少。始まりの平原含め単一MobしかPOPしないエリアには『粛清システム』をオフラインにするっス」
「……なあ、三時間だと上級プレイヤーが効率の良い狩場を独占しないか?初心者からのクレームが増えないか?」
「はぁ~冴木さんほんとフェアネス精神旺盛っスね!良いんスよ、まだメインコンテンツが出てない今、レベル上げが苦になっちまうと引退者が続出してこの先のサービス継続が厳しくなっちまうっス!……まあ、最悪うちが出資してるから、金銭関係は問題ないんスけど……」
不知火がこめかみを抑えてそうぼやく。
不知火自身は楽しければ何でもアリな精神の持ち主ではあるが、どうしたらユーザーがあまりストレスを抱えずに楽しくプレイできるかを模索しながら動いている。しかし冴木はその真反対。全ユーザーが対等に、平等になるべきだという思想の持ち主なのだ。今回問題となった『粛清システム』を組んだのも冴木だ。
「冴木さんは常識とか平等とか色々硬いんスよ!ゲームを長く遊んでくれたプレイヤーが楽をするのはある種の必然っスし、効率が悪くとも狩場は沢山存在する。結局時間さえ費やせば上級者に追いつけるんスよ。短い時間でこのゲームを極めようという考え自体が間違ってるんス!」
「いやそうなんだが新規プレイヤーが上級者に追いつけないって苦情メールを見るのはもう散々なんだよ……」
「そんなん言わせておけばいいんスよ!結局それはただのモチべーションの問題なんスよ!大してやり込んでもねえ新参者が廃人レベルにすぐになりたいなんてそれこそ時間を湯水のように費やしてる廃人プレイヤーに対する冒涜っス!」
不知火はそう話しながらもプログラムをどんどん打ち込んでいく。問題となった『粛清システム』のプログラム書き換えが完了し、傍らに置いてあったコーヒーをぐいっとあおると、メモを手に取り、椅子の向きを変えて冴木の方へ向いた。
「この話は終着点が見えないから一旦置いといて、次はスキルの修正っスね。今回スキル生成システムを行使して作成したA君の【跳弾】スキルをはじめ、それなりの数のプレイヤーが作成したスキルが問題となっているっス。A君のは強力というよりPSが影響してるスキルっスから冴木さんが言うように遠距離から単純作業できなくなっちまえば良いんスよね?」
「そうだな。モンスターの出現位置の不規則化だけではなんだかんだでまた別の方法を見つけてしまいそうだからスキル弱体化も視野に入れた方が良い。そう、方法を見つけたとしても一撃で狩り出来なければ良いんだよ」
「あーそれなら跳弾する毎に威力減衰とかが妥当っスかね。一定値以上は威力が下回らない感じで調整取れるんじゃないっスか?」
「……確かにそれでいいかもな」
あんまり弱体化すると彼が引退してしまう可能性もあるので、折角の自分お気に入りの人物をこんなくだらない理由で引退させるわけにいかない。恐らく彼ならこの弱体化すらうまく使いこなしてくれるだろうと期待しているのだ。跳弾の所にメモを書き込みながら次の項目へと目を走らせる。
「次にベータの時にも沢山の双剣士がスキル生成システムで作った【クリティカルゾーン】。VRMMORPG界隈を非常に盛り上げてくれているプレイヤー、ライジン考案の超強力スキルっスね。スキルポイントこそ30も使いますけどそれ以上にリターンが大きいっス。オイラはこのスキルもPSありきでバケモンスキルになるから結構好きなんスけど」
「双剣士と相性が良すぎる上に周囲のプレイヤーも影響が出るスキルだからなぁ……」
「なら効果範囲の減少、コンボによるクリティカル率の減少、周囲のプレイヤーも被弾してしまった時点で効果リセット辺りで良いんじゃないっスか?」
「ふむ、それなら釣り合いが取れるかもな」
「冴木さんもなんか提案してくださいよ……」
なんだかんだで自分ばかりが意見していることに気付いた不知火はジト目で冴木を見る。どこ吹く風と言わんばかりにそっぽを向いた冴木に再びこめかみを抑えた。
(この人サービス開始初日にクレーム多くて若干面倒くさくなってきてるっぽいっスよね…)
まあ気持ちは分からんでもないけど、と思いながらメモに書き込み、次へと目を移す。
「じゃあ次のスキルに行くっス。【疾風脚】の…」
◇
「……とまあスキルの調整はこんなもんスね。次に弓使いの矢の挙動バグについてっス」
「結局原因が全然分かってなかったアレか。どの部分が間違っていたんだ?」
「どうやら根本的に間違っていたみたいっスね。何を思ったのかアレ泥の挙動を参考にプログラムを書き込んじまったアホがいたみたいっス。しかも弓矢挙動バグのデバッグ班にプログラミングを打ち込んでた当人が居たんだから気付けるはずが無いっス。制止を振り切ってオイラが直接確認して良かったっスよ、本当に」
「アレクサンドロ・ビューロ……不知火がAimsで考案した武器の一つか」
「まあ、あそこまで酷い挙動じゃなかったっスけど、確かにあんなの使いこなせるの彼君とか一部のアレ泥使いしか無理っスよ。やっぱ新人にプログラム頼むのは間違いだったっスね。オイラが見るっていうのにやたら張り切って自分が見つけます!って言ってたから信用しすぎたっス」
「うちの会社も人材不足だからなぁ……。未来ある若者を無碍にするわけにもいかんし……」
「今度からはオイラもバグ等プログラムのミスが無いか監視するっス。っというか冴木さんが考案した『Mプログラム』の作成急いで下さいよ。それさえできれば新人も楽出来ますし」
「……正直このゲームの対応で手一杯だ。バグらしいバグが減ってから取り掛かることにする」
「先は長そうっすね……。まあサービスは始まったばかり。こっから神アプデの連続をかまして信頼をガンガン取り戻していくっすよ!」
「残業増えそう……おうち帰りたい……」
◇
外はすっかり朝。修正内容の会議とプログラム修正で時間はあっという間に過ぎていった。だが、それでも見つかったバグは殆ど修正、膨大な数のスキル内容の変更等を行ったとは思えないほどの驚異的な早さで作業が完了した。それも、冴木という人物と不知火という人物がこの業界においても飛びぬけて優秀だからということに他ならない。他のプログラム班も頑張ってくれていたが、彼らだけではもう半日かかっていてもおかしくなかったであろう。
「よ、ようやく……終わったっすね……。死ぬ気でやればこんなのちょちょいのちょい……あっ無理調子乗ったっす……肩こりひでえ死にそう……」
虚ろな目で不知火は最後の修正を完了し、サーバーに適用させた。後はメンテナンス終了告知してそれからそれから……。
「ああやること山積みっすね……。まあ仮眠取らせてたし他の人がやってくれるっすよね……。オイラは最後の仕事に取り掛かるっす……」
不知火は震える手でパソコンのエンターキーを押して、あるプログラムを稼働させる。
「メインコンテンツの実装……。本当は夏アプデと同時に公開する予定だったっすけど……メンテの詫び代わりにぶち込んでやるっす……」
そのままウトウトして眠りにつきそうな不知火がポツリと。
「A君の限界がどこまで見られるか……楽しみっすね」
コテン、と机に突っ伏して眠りについた不知火の目の前のパソコンに、煌々と文字が照らし出されていた。
『粛清の代行者=起動』
やめて!緊急メンテナンスの副次効果で村人君のアイデンティティが消されたら跳弾でかろうじてモチベを保っている村人君の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、辞めないで村人君!あんたが今ここで辞めちゃったら、ポンやライジンとの約束はどうなっちゃうの?モチベはまだ保ってる、ここを耐えれば、ゲームをもっと楽しめるんだから!
次回、「村人勝利のガッツポーズ」
デュ◯ルスタンバイ!