#095 1st TRV WAR 本戦 銀翼VS村人A その七
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(ディアライズが消えたッ!?)
無様に弓を構える体勢のまま硬直した俺は、置かれた状況を顧みて混乱に陥った。
確実に厨二は麻痺の状態異常に陥っていたはずだ。麻痺の状態異常は、状態異常に掛かってから数秒はスキルが封印される仕様だ。なので、身動きが取れたとしても、【宵闇の怪盗】を発動することは出来なかったはずなのだ。
(いや違う、そもそもいつ条件を満たした?)
まずもって、【宵闇の怪盗】の発動条件は『相手の武器に触れる事』、『自分が武器を持っていない事』の二つの条件があると予想している。この対戦中に厨二に俺の武器を触られた覚えは無いし、そもそも【黒刀アディレード】と呼んだあの黒い刀を持っているのを見るからに、どちらの条件を満たしていないように思える。
――発動条件を勘違いしていた?
いや違う。もしかしたら――既に条件を両方とも満たしていた?
「はは、ようやく君の無表情を崩せたね。答え合わせをしようか、村人A」
麻痺の状態異常に陥っていたはずの厨二は、さも状態異常を負っていない様子で立ち上がると、にこやかな笑みを浮かべ、舌を突き出す。
すると、そこには何かが噛み砕かれたような欠片が残っていた。
「まず一つ目。何故僕が麻痺していないか。答えは単純さ。ポンとの試合で状態異常を用いた矢を持っていることは把握していた。そして、その中で一番脅威なのが【麻痺】の状態異常だから……麻痺、毒に対応可能な【解毒の丸薬】を予め口内に仕込んでいたのさ」
――やられた。解毒の手段は、てっきりポーションだけとばかり認識していた。
散々やり込んでいる厨二が、麻痺の解除する手段を複数用意していることぐらい予測が付いたはずなのに。
俺から奪った相棒を持ち、弦を弾いてへらへら笑う厨二は言葉を続ける。
「そして、二つ目に何故君が僕を仕留めに来る瞬間が分かったのか。……この試合の中で、散々僕が煽りに弱いように見せかけていたおかげで、君が僕を仕留めに来る瞬間を予測するのは簡単だった。僕が激昂する瞬間なら、攻撃を当てる事が出来るという認識を刷り込ませることで、予測をしやすくしたのさ」
錯覚させられていた?厨二が、避けられる攻撃をわざと当たる事で、後の展開を有利にするために……?
「そして三つ目。【宵闇の怪盗】の発動条件を満たしていた、という事。僕が君の武器に触れたのは、君が壊れる廃墟から逃走して体勢を立て直そうとしていた時だね。【静音歩行】で近付いたおかげで君は僕に気付くことが出来なかった。そして、もう一つの条件は――」
「そもそも、その【黒刀アディレード】という武器を装備していなかった、だろ?」
「あら、そこは分かったんだ。その通りだよ」
ちぇ、と子供のように唇を突き出し、分かりやすく眉を顰める厨二。
淡々と述べた事実だが、こいつ、とんでもない事をやらかしている。
このゲームの仕様上、武器を装備していないと武器の恩恵を最大限に発揮することが出来ない。分かりやすく言うと、武器を持つと補正されるモーションアシストが抜きになるので、完全に個人の技術のみが物を言うようになるのだ。他にも、ウェポンスキル持ちの武器はウェポンスキルを発動できなかったり、装備補正による重量軽減が無かったりなど、装備しないで武器を持つ事はデメリットしかない。その状態であれほどの剣技を見せたのは、厨二の天賦の才があっての事だろう。
「さて。ナイフも地面を転がり、相棒も敵に奪われた絶対絶命の村人A。ここからどう逆転するつもりだい?それとも、恥をかく前に降参するかな?」
――――ああ。ついに来たか。
肩を震わせ、俯く俺に対して厨二はにこやかな笑みを浮かべたまま、相棒を構えると。
「じゃあ折角だから、君の相棒で終わらせてあげようか。それとも、【黒刀アディレード】の真の力でトドメを刺されたいかい?」
「……」
「戦意喪失かい。まあ、本気の僕に対して良く立ち回れた方だと思うよ。もう少しうまく立ち回れば僕に勝つことも出来たかもね」
ディアライズを地面に置き、厨二が黒刀を持ち直すと、黒いオーラを纏い始める。ゆっくりと刀の柄に手を添えると、じりじりと近付いてくる。厨二の足音が近づくたび、俺の敗北は近づいていく。
「―――さよなら、僕の宿敵。また、腕を上げて挑戦してくれ。……正直、期待外れだったよ」
俺の行動は何もかも読まれ、その上で厨二は立ち回っていた。
俺がチャンスと思ったタイミングの攻撃も、挑発すらも全て読まれた上で。
俺が全力を尽くしてもなお、あいつの掌の上で踊っていたと。
ああ、まったく。
――――全部思惑通りで笑いが出ちまうよ。
どこからどう見ても絶望的な状況でニィ、と笑うと厨二はあり得ないものを見るように目を白黒させながらも、刀を抜き放とうとする。
そして、俺はそのカウンターに温存していたスキルを発動させた。
「【運命の鎖】!!」
抜刀された刀に対し、最後の最後まで取っておいたもう一つの切り札で対抗すると刀がすんでの所でピタリと止まる。光り輝く鎖が、俺の首と厨二の首を繋ぎ、キィン!という音を立てて固定された。
その様子を見てスキルの効果を察した厨二は、頬をヒクつかせる。
「道連れって事かい、タチが悪いねぇそのスキル!」
「道連れ?違うな、お前を地獄に叩き送る片道切符だよ!!」
厨二がスキルの効果を警戒して刀を止めたタイミングで先ほど俯いている時に用意したあるものを装備すると、俺は厨二の心臓に目掛けて襲い掛かる。
次の瞬間に【運命の鎖】を解除、鎖はパキン!と割れそのまま効力を失う。
すべては、この瞬間の為に!!
厨二が最も油断するだろう、完全に対抗手段が無くなったと思い込んだ時のトドメの一撃を利用した、起死回生の一撃!!
もう既にまともな武器が無いと思っていたであろう厨二は、俺の武器を見ると驚いたように目を見開き――そのまま心臓を穿たれた。
ゴフッと赤いポリゴンを口から吐き散らし、厨二はゆっくりと口を開く。
「……何だい、その心躍る武器は」
「超特急でモーガンさんに仕上げてもらったからちぃとばかり出来損ないの武器だが、元の素材が良いからそこに転がってるコンバットナイフよりも性能が良いんだぜ」
水晶の如く煌めく、美しい一振りのナイフ。素材があまりにも硬すぎるせいで加工が上手くいかず、形は歪だが、その攻撃力は【水龍奏弓ディアライズ】に匹敵するほどだ。
予選終了後に、素材をモーガンさんの所に持っていき、本選開始ギリギリで取り敢えずの形になった物を受け取ったのだ。
水晶蜥蜴の素材を用いて作成された俺の新しい相棒、【水晶蜥蜴の短剣】。
厨二の心臓を串刺しにした【水晶蜥蜴の短剣】を引き抜いて赤いポリゴンを振り払うと、傍らに落ちていた俺のもう一つの相棒を拾い上げ、勝気な笑みを浮かべる。
「化かし合いは俺が一歩リードだぜ。めげずにリベンジしに来いよ、厨二」
地面にドサリと倒れ込んだ厨二を背後に、俺は歩き出す。
やはり、自分を騙そうと思ってもダメみたいだ。立ち回りが上手く行って相手を騙し切る事が出来ると快感を感じずにはいられないし、強敵を倒した瞬間の得も言われぬ爽快感は、隠しきれない。
――――ああ、やっぱりゲームって楽しいな。
「……来いよ厨二。今の俺はボルテージが最高潮だぜ」
カッ!と光り輝き、天高く光の柱を立ち昇らせている厨二の姿を見ながら、最後の決戦に備える。
ゲームを楽しんでいない奴に、勝利の女神が微笑むはずが無い。
俺は、とっくの昔に勝利に固執するのは辞めたんだ。今の俺は、最後まで全力でゲームを楽しむって決めてんだよ。
◇
どういうことだ。一体、いつから読まれていた?
あの場面から逆転するなんて、想像すらしなかった。完全に僕の策略に嵌り、彼は僕が想像していたシナリオ通りの動きをしてくれた。
僕が挑発に乗りやすいように演じたのも、上手く行っていた。
彼が最善の手段しか選ばないように思考を誘導するのも成功していた。
勝利のために感情を押し殺していた彼が、【宵闇の怪盗】で武器を取り上げた時に浮かべた驚愕の表情だって、本物だった。本物の、ようだった。
――まさか、彼は、最初から僕の思い描いていたシナリオ通りに動いている彼を演じていたというのか?
とんだ道化師だ。役者でも、あそこまでの演技を出来る者はそういない。
完全に勝利を確信したトドメの一撃という、一番油断をするタイミングで――――彼は温存していた切り札を差し込んできた。
想像の斜め上を行くまさかの道連れスキル、しかも僕の蘇生スキルと相性が悪すぎるせいで彼に攻撃する事もままならず。
僕はそのままあっさり逆転敗北、蘇生スキルが無ければその時点で終わっていた。
HPがゼロになり、迫りゆく視界の中、うっすらと彼の口元が弧を描く。
「化かし合いは俺が一歩リードだぜ。めげずにリベンジしに来いよ、厨二」
嬉々として、戦いを楽しんでいる彼の顔を見て、僕は思い起こす。
その目の輝きは、かつて見たあの時の彼の物と同じ。
あれは、どうしても一矢報いたくて感情を押し殺して、勝利に向けてひたすら足掻いている表情なんかじゃなかったんだ。
全力でゲームを楽しんでいた表情だったんだ。
―――僕の思い込みで、彼には悪い事をしたね。
多分あの状態の彼は、先ほどまでの無表情で淡々と機械的に行動を行っていた彼よりもずっと強いだろう。
意図せず昔の彼を彷彿とさせる状態を呼び起こす事が出来た僕は期待に胸を躍らせる。
――――でも、もう負けない。最後に笑うのはこの僕だ。
「《嗚呼、目覚めるよ》」
長かった試合の終わりを告げる、蘇生スキルの詠唱を始める。
次回、決着。
40000pt越え記念の番外編は大会終了後にでも…。
【運命の鎖】任意発動型MP消費:20
発動条件:自分のHPが九割以上で尚且つ相手のHPが三割以下
制限:プレイヤーのみにしか使用が出来ない。一回の戦闘で一度までしか使用することが出来ない。
致命的な一撃を受けると、相手にも同じダメージを与える鎖を作り出す。
また、逆も然りなので、スキル発動中は迂闊に攻撃することは出来ない。要は道連れスキル。