虚無の正体
前方にメラエル、後方にはグレイムパンズ3匹と挟まれながら飛行を続けるが、魔物が追いつけなくてしまっては意味がないため向こうに合わせて速度を調整する。飛行訓練には丁度良い機会だったが、メラエルが同じ方角に向かってる事が気がかりである。彼女がいるのはまだまだ先であり、見えない位置にいたがヴァルガが気配を察知して教えてくれた。
『やはりな、メラエルは間違いなくファルステッドの杖の元へ向かっている筈だ』
「何故分かる? ファルステッドと戦った時はメラエルも一緒にいたのか?」
『いや、メラエルはいなかった、だが虚無作成時にアルフ・ローガンには全てを伝えていたか知っているんだろうな、実に小賢しい』
「なるほどな、彼女は俺達が追ってる事に気付いているか?」
『私の気配を察知する事はできないだろうが後ろのグレイムパンズが向かってる事には気付いてるだろう、それに速度を緩めていない事からして気付いていなければありえないというものだ』
「向こうが俺達の気配を分かっていないなら奇襲は仕掛けられるんじゃないか?」
『言われなくてもそうするつもりだ、まもなくファルステッドの杖の場所にへと到着する、メラエルは先に降りた。戦闘に関しては傭兵止まりのお前より私の方が上だ、死にたくなければ操作権を譲るんだな』
「分かった、俺達の冒険はまだ始まったばかりだ、頼むから死なないでくれよ」
『ふんっ、言われなくても分かっている』
ここはヴァルガの意思に従い身体を任せる事にし体内から指示を出す役にへと回る。ファルステッドの杖を既に手にしているであろうメラエルからどう奪うかが肝となる、ヴァルガは後方にいたグレイムパンズ達が追いつけない程の速度でメラエルを追う、彼女の居所を知っているのはヴァルガだけである。
グレイムパンズから遥かに離れた位置まで距離を離すと、ヴァルガは慣れた動きで森林の中にへと潜む。メラエルがどこにいるかは分からなかったが、ヴァルガが木を壁にしながら少しずつ近づく処で視界には彼女が映り込む。まるでドラゴンだったとは思えない正確かつ丁寧な動きである、グレイムパンズも距離を大分離したからか追ってきていない、完璧な段取りだ。
「そこにいるのは分かっているはコウジくん、お姉さんがいい事してあげるから出ておいで、あら出てこないの? そうよね、あなたロリコンだものね」
何故か彼女には俺達がここにいる事を勘付かれているようだ、部下である筈のグレイムパンズと交信でもし合っているのなら理解できるが。しかし最初に喋った時とはかけ離れた口調で言葉遣いが悪い、ロリコンというのは大きな過ちではあるが彼女が向いている方向は明らかにヴァルガの位置と真逆、言葉でああは言っても場所までは掴み取れていないようだ。メラエルの手にはファルステッドの杖が握られている、これ程までのチャンスをここで逃す訳にはいかない。しかし先に動いたのはヴァルガでは無くメラエルだ、それを逃さなまいとヴァルガも飛びたつと瞬時に足が彼女の顎へと直撃しファルステッドの杖は俺の右手にへと握られていたようだ。インフィニット三位のグレイムパンズでも追いつけない程の翼を持つヴァルガだからこそメラエルは避ける事すらできずにいた、これなら真正面から彼女を狙い定めての奇襲でも良かったのかもしれない。メラエルは口内から外に血を垂れ流しながらもゆっくりと立ち合がる、ヴァルガもそれに合わせて杖を彼女に向けた。
「く……なんて速さなの……」
「ファルステッドの杖は私の手にある、命を落としたくなければグレイムパンズに攻撃をやめるよう指示を出してから地上に今すぐ降ろせ」
「くくくくくっ……攻撃を辞めさせろですって? 冗談言わないで頂戴」
「ならば死ねっ」
『待てっヴァルガ!』
「邪魔をするな、このまま放っておくとグレイムパンズが今にでもここにくるんだぞ」
『傭兵だった頃から交渉には慣れている、そのままファルステッドの杖を向けたまま俺に主導権を譲れ』
「甘い奴め、悪いが私も年だから睡魔が激しい、このまましばらくの間は眠らせてもらうぞ」
「ああ、十分に休んでおくんだな」
「あなた一人で何を言っているの?」
どうやらメラエルにはこちらがヴァルガと変わっていた事なんて微塵もばれていないようだ、それならば舐められずに済んで余計に都合が良い。右足に付けていたタガーを取り出し彼女に首に腕を回す。
「いいか、さっき言った通りに黙ってするんだ、さもないとお前のクビを掻っ切る」
「本当にできるのかしら? 私を殺せば虚無の王の復活を阻止する方法が完全に断ち切られるわ」
「俺は本気だぞ?」
彼女の首元にタガーをギリギリの処で突き立てようとする、意思を見せるため刃が無い部分を彼女の首元に当てたがメラエルが震えているのが分かった。
「女王だからって悪ふざけは無しだ、黙って協力すれば死なずに済む」
「……、いいわ……グレイムパンズがまもなくこっちにくる、その時に自爆させるって事でどう?」
「巻添いは食らわずに済みそうか?」
「当たり前よ、私だって死にたくないからね……それよりファルステッドの杖じゃなくタガーで私を脅すって、さっき私と喋ってたのはヴァルガだったようね」
「そうだ、だが傭兵の頃から拷問ならいくつかした事がある、お前が協力をしないのであれば首を掻っ切る事に躊躇はしないという事を肝に銘じるんだな」
「随分逞しい事……今にも惚れちゃいそうだわ」
間も無くしてグレイムパンズがやってくる、彼女の言った通り3匹は小さい範囲で自爆をした。見えざる扉は奥深くに入ってゆくごとに魔物の凶暴さも増していく、まだ浅い段階の女神が生物水準三位のグレイムパンズを仲間にしているのは正直驚きではある。
「あなたの思い通りに3匹全てを爆発させた、この格好で質問に答えなきゃいけないわけ? そろそろ信用してもらってもいいと思うんだけど」
「いいだろう、妙な真似は起こすなよ」
回していた腕を戻し彼女の拘束を解く、使い方は分からないがファルステッドはこちらにある以上彼女も妙な真似はしない筈だ。
「俺の質問に答えろ、お前の異常な行動から察するに虚無の王の復活を余程望んでいる何かがあると思える、奴と何か交渉でもしたのか?」
「ふふっまあそういう事になるかしら、でも私は彼と会った事がないわ、虚無の王との交信はインフィニット王がしているのよ、そこから私達インフィニットに住むそれぞれの領土の王達に目的を聞かされてる訳」
「インフィニット王? 確か昔はヴァルガがやっていたんじゃ」
「もう代わったわ、今はヴァルガ・ミラーの息子、フライク・ミラーが現段階でのインフィニット王よ」
「ヴァルガの息子が王だと?」
「インフィニット王はインフィニットで最強の生物が得られる君主号、つまりはフライクを倒さない限り虚無の王の復活を妨げる事はできないわね、彼の居場所は残念ながら私にも分からない、急にばったりと現れるからね」
「じゃあお前の目的を聞かせてもらおうか、一体世界の破滅をもたらす虚無の王の復活を望んでいる?」「生かしてもらえるから、それだけよ」
「生かしてもらえるから? たったそれだけの理由か?」
「ええそうよ、私がもし虚無の王の復活を妨げればフライクに殺される、虚無の王に忠誠なんてないわ、その後の世界でも生きたいだけよ」
「一体どうすれば虚無の王の復活を阻止できるか教えてくれ、インフィニット王は俺とヴァルガでどうにかする」
「ふんっ、不可能な話ね、モーガン・ロール王を殺すのならまだしもインフィニット王はあなたに殺せる筈がないわ」
「モーガン・ロール王を殺すだと!? 一体それはどういう事だ!?」
「虚無の王が以前復活したのは数十年前、そして封印されたのもそれから数年と経たない内に、虚無の王は休戦協定を出したモーガン・ロール王と前インフィニット王の手によって封印したわ」
「前インフィニット王? それってヴァルガの事か? じゃあなんで今のインフィニット王を倒さなければならないんだ?」
「封印した場所は彼ら二人の身体の中よ、でも刻印は息子であるフライクにヴァルガが移した、封印する時に使われたエネルギーが無くなった時虚無の王は復活する、だからこそ二人は協力し、寿命が残りわずかな自分ではなく息子に託したんでしょうね、でもそれがきっかけで復活しそうになってるけど」
「待て、何故ヴァルガはその事を黙ってたんだ? ヴァルガは話を知ってるだけのお前と違って当事者じゃないか」
「さあ? それはヴァルガに聞いてみるべきなんじゃない?」
「そうだな……」
ヴァルガは今は眠っている、起きてから問いただすしかないが不可解な点がいくつもある。虚無の本ならヴァルガと記憶を共有している以上奴もそれを分かっている筈だ。アルフ・ローガンとも会っていると言ってた事から察するにヴァルガは現インフィニット王よりも虚無の王の復活について詳しい筈だ、なら何故ヴァルガは俺に全てを放さずメラエルの場所に辿り着いてからも喋らなかったのだろう。
「もう無いわ、そろそろ解放してもらっていいかしら」
「ああ、立ち去れ」
結局ヴァルガの意図は読み取れないまま、何も感じなかった身体に蓄積していた疲労感が一気に襲いかかりその場で倒れた。メラエルが見えなくなるのを確認するとその場で眠りに着く事にする。