メラエル像の謎
「これから一緒に旅をするならお前達にも話しておかなければならないようだ」
「話すって何を?」
「実は俺の体内には」
『コウジ、私の事を話すというのならばここにいる二人には消えてもらうまでだ』
『ヴァルガか、聞いてくれ、これはこの世界が滅びるかどうかは俺達にかかってるんだ』
「知っている、お前の記憶は私と共にあるからだ、だからこそ忠告しておくが部外者はこの件に関わるべきでない、アルフ・ローガンと私なら数十年前にその事については話した』
『アルフ・ローガンと会っているだと!? だがこれからメラエル像にまで向かうのだとすれば目的を聞かれるだろ』
『そいつらは信用できない、もしお前に世界を救いたいという願望があるのなら今すぐ別れるのだな、特にそこのエルフの女はドラゴンに対し相当な恨みを持っている、その女が言っていたファルステッドは虚無の王の復活を目論んでいた、だから私を無理やり体内に引き込めようと争う事となったのだ』
『そんな事が……事情を全て話せば彼女も分かってくれるだろ』
『そいつは非常に危険な話だ、全エルフが私以外のドラゴンに子供の頃から恨みを持たせる教育をしている、これはお前の中の記憶から読み込んだものだが?』
『………』
「コウジ! コウジ! コウジってば! ねえあなた死んでるの?」
「うっ、ああ、どうしたんだ?」
「あなた具合でも悪いの? 急にぼーっとしたりして明らかに状態がおかしかったわ」
「大丈夫だ」
「それで話って? 大事な話をする予定だったんでしょ?」
「大したことは無い、シャロルが裸で毛布に入るから今日はお前が面倒を見てくれって言おうとしただけだ」
「はっ裸!? なっなっ……」
その後しばらくはヴァルガから直接話しかけてくる事が無かった、おかげでマリスの視線はますます凶悪なものとなったがこの世界が救えるのならいくらでも嫌われてやるつもりだ。書物のメッセージにはこの世界を愛するものよりと書かれていたが俺もこの世界が好きなのである。
『ついに虚無を読んだのですね』
『その声はメラエルか』
『そうです、あなたとまたお話できてとても嬉しいですわ、私の元まで来るのでしたらそのまま方向を変えずに真っ直ぐ歩いてください、30分もあれば着きますわ』
『なあメラエル教えてくれ、どうしてあの時に虚無の最後に書かれた事について何も言わなかった? ドラゴンソウルを宿す者のみがこの使命を任されているんだろ、君は俺がドラゴンを宿している事を知っていた筈だ』
『確かに私はあなたの中にインフィニット王が宿っている事を知っている、ですがはっきり言って虚無の王の復活を阻止するなどインフィニット内にいる全ての王達が賛成しませんわ』
『なに……? 全ての王が虚無の王の復活を望んでいるとでもいうのか?』
『そうなりますね』
『メラエルよ、私はコウジの意見を尊重している、協力して欲しい』
脳に直接話しかけてくるメラエルの返答に集中していたが、突如として乱れ始めると俺の中に宿るもう一匹の生物が会話に入り込んでくる。
『お久しぶりですインフィニットの王よ』
『今はインフィニットの王ではない、お前は虚無の王の復活を望んではいないようだがそれは何故だ? 愚かにも未だに迷信を信じているのか?」
『迷信などではありません、この世界の創造神が築き上げた虚無の王の復活で終焉を迎える事は古代からの史実でも書かれています、私達は皆自然から生まれたのであってそれに逆らおうとする事自体が罪深いのです』
『だから愚か者というのだメラエルよ、お前はそれ程生き永らえながら何故見た事もない神になんかに縋りつく? 古代から伝えられてきたと話したがこの世界に生きるもの全てが一度虚無の王によって殺されかけたのだ、お前は次に世界を救う者に託すため像になったのではないのか? それとも今更決意が揺らぎかけたとでもいうのか、アルフ・ローガンがこの世界に何をもたらしてくれたかを忘れるな』
『誰も断るとは言っていません、その人間がここに来たときには全面的に私も虚無の王の復活の阻止を手伝いましょう』
メラエルの一言によってヴァルガも喋らず会話は終了した。この話だけを聞いても一体この世界で何が起こっていたのかは未だに蚊帳の外ではあるが、像の近くに行けば全て明らかになる事である。
「そろそろ出発するぞ、この先を二十分歩く」
「ええ~もう少し休憩しましょうよ」
「駄目だ、出発するぞ」
「僕は全然元気だよ! 誰かさんと違って体力有り余ってるし、ぷぷっ」
「ああっ? 誰にものいっとんじゃ! このクソガキが!」
嫌嫌ながら立ったマリスにシャロルの一言がきっかけで火がつき、怒り心頭に達して乏しい語彙で二人は罵り合っていた。どんな状況であれ、目的地に辿り着けばそれに越した事はないがこの二人の仲は先が思いやられるものだ。
なんだかんだで本当に数十分が経った頃にメラエル像が建っているのを発見する。マリスは疲労困憊になりながらその場で倒れ、シャロルの方は何事も無かったかのように笑顔で体を寄せて俺に密着していた。流石の俺もこの数時間歩きっぱなしだったため疲労していないというのは嘘になる、恐らくこの中で一番体力があるのはシャロルであろう。
森林を抜けると景色はメラエル像が建っている以外殺風景であり、生き物すら視界には映らないでいた。
『よく来ました、さあお三方はこちらへどうぞ』
「うわあ!? 今の何?」
「あんたの声でびびったわ、でも今像が喋ったのよね?」
正直シャロルの声でびびったのは自分もだったが、どうやら今回は俺にだけではなく彼女達にも脳内に向かって喋りかけているようである。それにしても脳内での声がメラエルだけに聞こえるのならばマリスがいる前では体内にドラゴンが宿している事は黙ってて欲しいものだが。
『それは承知していますよ、安心してください今はあなただけに話しかけています』
『俺の考えてる事まで分かるのか? すまないな、ヴァルガはエルフを警戒しているんだ」
『………』
「え? 私が? 少しなら別に構わないけど」
シャロルと俺は同時にマリスが独り事を言った事で反応する、俺だけじゃない事からして彼女だけに言葉が送られたという事だろう。マリスは歩きながらメラエル像にへと近づいていく、この中からエルフを選ぶという事は協力に魔力が必要という事か。
『おいコウジ! あのエルフをメラエル像に近づけるな!!!』
「え?」
脳内にまたしても声が聞こえてくるが、今度は女性のものではなくヴァルガのものだ。一体何を言っているのか理解はできず体は固まってしまうが、二声目が飛んでくる事でヴァルガの焦りがようやく直に伝わる。
『メラエルは裏切った! 話し合いは中止だ! 今すぐメラエル像をぶち壊せ!!!!!』
「おいマリス! 今すぐそこから離れるんだ!!!」
急いでメラエル像の元に向かって走るがこの距離では間に合わない、マリスは声を聞く前に膝を地面につけていた。昏睡状態のマリスの手のひらは未だにメラエル像にくっついたままである、無理にでも引き剥がさなければ命の危険にもさらされかねない。
「よくもマリスを!!!」
手のひらに浮かびあがる慣れない火炎をメラエル像に向かってなげると、それがぶつかる間際で光を帯びていた、その間にマリスを抱えその場から離れる。
「ちょっと何!? どういう事?」
「シャロル! 今すぐマリスを抱えてここから離れるんだ」
「コウジは?」
「俺の心配はするな、あの像をぶち壊す」
メラエル像は光に包まれると徐々にその姿を現し、足が露出されると下半身から胸まで裸の女が出てくる。自分の姿など微塵も気にせずメラエルは不気味な笑みを浮かべこちらに向き合った。
「初めましてコウジ君、私はこのテリトリーを牛耳っているメラエル女王よ」
「こりゃあご丁寧にどうも、それより服を着たらどうだ?」
「あら、私の身体をみても興奮しないのかしら?」
「悪いが年増の身体には興味がないんでね」
「ふーん、身体的には一応二十五歳のものなんだけどな~もしかしてロリコンとか?」
「無駄話は終わりだ、お前に残された選択肢は二つある、俺に殺されるか全面的に虚無の王の復活を阻止する事に協力するかのどっちかだ」
「インフィニットの王だったと言っても今じゃ老けた老害よ? そんな力で私に勝てると思う訳?」
『私を舐めるな、いくら力が衰えたとしてもお前程度なら消し炭にしてくれる』
「いいえヴァルガ、あなたの相手は私じゃないわ、このテリトリーを牛耳ってるって言った事もう忘れた訳?」
「な、なんだこれは……」
森林の中に消えてゆく彼女だったが後を容易に追える状況ではない。メラエルの代わりに森林と空中から沸いたのはモーガンロール大陸内では決して存在しない魔物、しかし全て虚無の本で書かれたいた特徴通りの見た目をしている。一番大きい生物の名はグレイムパンズ、角が生えた四足歩行の魔物で空から飛んできたのは三匹もいる。それは体長10メートルもありおまけに空まで飛ぶなのだとしたら一人じゃとても手に負えないだろう。
更にそれが三匹、確か虚無の内容での強さ格付けでは三位であり王宮戦士1000人に匹敵すると書かれいた。それが定かなのかは然程問題ではなくアルフ・ローガンはそれ程危険だという事は伝えたい筈だ、勿論彼が本を面白くするために話を付け加えてなければの話だが。